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「ちょっと、どうしたの」
出張が終わり久々の自宅。扉を開けたその先には男が座り込んでいた。お帰りと答え、沙綾を見上げる目は虚ろで、クマはひどい。肌髪も艶がなく明らかに睡眠不足の男がそこにいた。心配する彼女をよそにゆるゆると一人立ち上がり、生まれたての子鹿のように歩み寄る。青年、聖夜は彼女に体を投げ出しもたれかかるように抱きついた。
「沙綾、何年ぶりだっけ?」
「一週間ぶりだね」
寂しかったと言わんばかりに強く抱きしめられ、沙綾は少しだけ苦しさに顔を歪ませた。それでも、彼の頭を2,3回撫でて返した。皮脂ですこしベタついている。
「お風呂入ってないでしょ」
「はいってない。一人じゃやだ」
「やだじゃないの」
付き合いはじめてから数年かけて彼の生活リズムを整えたのだ。自分の世話すらできなかった彼をせっかく日常生活が遅れる程度には更生させたのだ。
お風呂を沸かし、彼を連れて行く。服も脱げない、動けない、なんて言う彼にさっさと脱がせつい世話を焼いてしまうのは、私がダメ男製造機なのだろう。
「沙綾は本当に優しいね」
湯船につかる。2人分はいってしまえば、お湯が流れ出ていってすこしだけ罪悪感が募る。彼にもたれかかるようにはいるのは、同棲し始めてからのルーティーンみたいになっていた。そんな何気ない日々が続けば私は幸せなのだ。
「僕はもっと大人になりたい」
どうして、と聞けば彼は夢があるんだ、と答える。そんな他愛のない会話。将来のこと、明日の朝食何作ろう、次のデートどこいこう。温かい湯に浸かり2人で穏やかに過ごす時間。昔では考えられない。
「沙綾、いつもほんとうにありがとう」
背中から伝わる他人の体温は1人では決して得ることのできないものだ。それによってもたらされる多幸感と安堵で眠気を誘う。
横目に映る彼の手首のケロイドは過去のものだから、見なかったふりをする。
「私も聖夜がいるから頑張れるの」
のぼせる前に上がり、寝かしつける。寝室の化粧台から取り出したのは化粧道具の1つ。目の下の隈がすこしでも薄くなるようにクリームを塗りつけた。されるがままの彼は昔と打って変わって人形のようで可愛らしいなと思い、また恋慕の情を抱く。
「みてみてさあや、あの犬自分の尾追っかけてる。馬鹿だねえ」
携帯で動画を見る彼。朗らかな横顔。彼は、昔世は違うから。自分に言い聞かせるように何度も何度も唱える。時計の針はもう12時を越えようとしていた。
「ちょっと眠りな。ほら薬は飲んだ?」
定期的に飲まないといけない薬。彼の病気はまあ、いろいろ。薬を定期的に飲めば特に悪化もしないのだが、どうしても彼はその重要さに気づけていない。元気になったから大丈夫、僕は普通、そればっかり。出張前に口を酸っぱくしてまで伝えていたからわかってくれたはず。眼の前でまどろむ、天使のような彼にどこか胸騒ぎがしてしょうがなかった。
「薬は大丈夫、それより」
薬を入れている床頭台に手をのばす沙綾の腕を引き、ベッドへ誘いこんだ。倒れ込んだ彼女は聖夜に抱きかかえられる。恥ずかしくて身をよじった。正直、クマの濃い彼は危うげな美少年という風貌で直視できない。なにか引き込まれるような物がその瞳にはあって本能的に目を背けてしまうのだ。押しのけ、距離を作ろうとするが、彼の力は思いの外強く叶わない。
2、3回軽く蹴ってみたが動じない。
諦めて彼に身を任せるように力を抜くと彼は幸せそうに笑みを浮かべる。そのままパジャマのボタンに手をかけ、1つ、また1つと肌が露出されていく。電気が点いたままの明るい部屋。下着が見えかけたところで羞恥心が勝ち、一度手を握り静止させた。だめ?と囁く吐息がくすぐったい。
「眠りなって」
「うーん、ほら、あるじゃん。ご飯にする?お風呂にする?それともわたし?ってやつ。僕を選んでよ。お風呂……は入っちゃったから。ご飯よりも先に僕を選んで」
「わかった、わかった。一緒に寝るから」
「そうじゃない。もっと。もっと僕を求めて」
ああ、私は彼に甘い。指と指を、脚と脚とを絡ませる。
「好きだよ、沙綾」
恥かしいからやめてと言わんばかりに首を振る。
「奥、あ、奥、」
「沙綾は全て受け入れてくれるね、大好き」
「さあや、さあや」
「なんか今日、すごくくっつくね。ねちっこいよ」
「僕はうさぎさんだからね、ぴょんぴょん」
「寂しくなると死んじゃう?」
「うん、死んじゃう」
そのまま彼は私に乗っかったまま寝転んだ私に腕をまわす。
そんな彼を抱きしめ返し、次の言葉を待つ。
「最近僕不安になるんだ、僕に未来はあるのかってね」
声に体温がなくなっていく。とめどなくネガティブな言葉が彼から溢れてくる。彼のただひたすら後ろ向きな事を考えてしまう癖。初めて会った頃の彼の裏の顔を思い出してしまった。穏やかで優しくなった彼がもしかして。良くない予感が脳裏をよぎる。
もしかして、薬飲むのやめてしまったの?
手首に冷たい感覚と重みを感じた。手錠だ。
「そう、薬になんて頼っちゃダメだと思ってね。最近ね、薬なんてやめた」
確信した。彼は今普通ではない。
「そしたらね、最近気分さえなくてさ。すっごく悲しいときにそばに沙綾がいなくて何日も眠れなかった」
背筋が凍る感覚。
「僕はもう変わることがないんだ。ただただあるのは未来に対する絶望。醜く老いるのも、年齢相応に成長できない自分も嫌」
耳元でささやく彼の顔をうかがい知ることができず、なすがまま恐怖で動けないままだった。
「メンヘラのおっさんとか、気色悪い。でもきっと僕の行き着く先はそれ。そんな僕の隣に君はいないんだなって、そんなことばかり」
「聖夜は考えすぎだよ。ありのままのあなたが好きよ、私は一緒にいるよ」
地雷を踏んだのか彼の動きが止まる。密着していた肌と肌とが離れ彼はわたしを見下すような、押し倒したようなそんな体勢になった。目が冷たい。
「沙綾、君はそんな無価値な戯言をいうような存在に堕ちたの?違うよね?」
「そうやってありのままの僕が好きとか変われるとか中途半端に励まし、綺麗事を言う人間ほど簡単に僕を捨てる!」
「あ、そうか、沙綾も僕を捨てるんだ!捨てようとしてるんだね?そうなんだ、許さない。ほら沙綾、答えてよ。ねえ沙綾、どうなの?いつ出てく予定なの?
嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ。君のいない世界なんて嫌、捨てないで?ねえ沙綾、沙綾沙綾沙綾!」
違う、と弁明しようにも彼の目は血走っており何も伝わらないことは明白だった。そもそも彼はわたしの回答なんて求めていない。ここまで被害妄想が酷くなった彼を見るのは久々で、どうすればいいのか彼女は必死に考えた。彼を安心させたくて手を伸ばしたくとも、両腕は拘束されていてどうしようもできない。自己に対する執着と依存心、将来に対する絶望をうわ言のように吐き続ける彼。
沙綾、好きだよ愛してる。貪るようなキスを落とされる。口内を蹂躙されて何度も何度も角度をかえてくる。息苦しくて、涙が薄っすらと浮かぶ。
こんなどうしようもない僕を支えてくれたんだよね。でも君がいなくなったら僕もう立ってられない。
首筋を噛み、吸い上げ、彼との情事の痕を残されてしまう。
僕の全てを君に捧げてきた。君は僕のすべてを受け入れてくれれば良いんだよ。
唾液を飲むように強要される、だからひたすら口を開き、舌を伸ばして受け入れた。
僕はどうすればいい、ねえさあや、さあや。
何も考えられなくなった彼は耳元で私の名前を呼ぶ。呪いのように。首を掴み、頭が持ち上げられる。苦しくて、彼の声だけでいっぱいになる。酸素が足りず、意識が飛ぶ。
下腹部の痛みで、気がついた時には彼は私を犯していた。恐怖で受け入れる準備のない、摩擦しか無い内蔵の痛みで首を振りやめてという私の言葉に耳を傾けない。
「やめて、ねえ、なんで?どうしたの?」
死んじゃう、途切れ途切れの言葉。
「あはは、死ぬ?そのまま死んじゃったら君は変わらないもんね、僕を見捨てない」
上に乗った聖夜は首が体重をかける。頸椎が変な角度に曲がる。これ以上力を加えられてしまえば折れてしまうのではないか、そんな恐怖で体に氷を流し込まれるようなそんな感覚。
「そうだ、死ねよ。美しいまま、僕のことを好きなままで死ね! 僕に抱かれたまま! 僕以外を好きになる前に! 僕だけを考えて死ね!」
だんだんと力の入る両手。それは今までの彼の性癖で頸動脈を絞める、言ってしまえば遊びのようなものとは違った。明確な殺意を持った行為。指は首にめり込むほどに力が加えられ、気道を押しつぶし酸素が肺に届かない。相手に殺されるかもしれない恐怖と酸素への渇望で死にかけの魚のように口をぱくぱくさせていた。
体は本能的に逃げようと暴れ、手錠が今までに聞いたことのないぐらいに強い音を鳴らす。こんな殺人まがいの行為をしている中でも彼の興奮は止むことがなく腰を打ち付け快楽を貪り続ける。死ねと何度も、刷り込むようにつぶやきながら、愉快そうに笑う彼がおぼろげな視界の中でもわかる。
「こんな目にあっても、君は僕を必要として締め付けてくる。君が淫乱だから?男なら誰でもいいのかな?それとも僕が好きなのかな?僕だけ?ねえ、どっち?答えて、沙綾」
可哀想、私を憐れみながら、見下しながら彼は私を犯す。
彼の思い込みで散々に嬲られる。段々と冷静になっていく。現実が直視できなかった。
「僕のことを受け入れてくれる君が好き」
今日の晩御飯は何だったんだろうな、
デートの約束、次どこ行こうって話していたっけ。
「好き、ねえさあや、僕を見て?」
ああ、出るんだ。そっか、やっと開放される。
「っは、気持ちいい、はらめ、ねえ孕んで」
あれ、生ぬるい。
「ごめん、あんまりに沙綾が僕のことを誘うから、」
呆然と空を見ながら最低、一言つぶやくことしかできなかった。下腹部の体温がこぼれ
動かない体と近所の産婦人科が今やっているのか
頬をまた1つ涙がこぼれ落ちた。幸せだった、
気味悪さだけが残り、彼を睨みつけるだけだった。
「何に怒っているの?妊娠のことかな?
あはは、中に出しちゃってごめんね?
でも大丈夫」
聖夜は突然の枕の下に手をのばす。とりだした四角い箱の中からあらわれたのは千円そこらでは買うことの出来ない立派な包丁。それを手にとった彼は沙綾の顔の真横、髪に触れるか触れないかの際を狙い枕を串刺しにした。横目に見えるのは刃に反射し映る自身の怯えた瞳。何の抵抗もなく貫かれた枕を見れば余程切れ味の鋭いものなのだろう。
「今日君は死ぬんだ。僕が殺すから。妊娠のことも問題にならないよね?」
そのまま引き抜けば羽が舞い上がった。ああ、なんて素敵な天使様。
「本当はね、いつか君に僕を食べてもらうために用意したの。君にこの指を一本一本落とされるのを想像しては興奮が止まらなかったよ」
味見させてあげる、喉奥まで。指を入れられ構内を蹂躙される。舌を弄び、気が済んだら奥へ奥へ入り込む指。
「ああ、やっぱりえづく君、かわいい。苦しむ君の顔って可愛いんだね
今度機会があったら目の前で吐いてよ、というけ今吐け」
口内に飽きた彼はあろうことか気道内にねじ込んできたのだ。帰り道に軽食として食べたサンドイッチの存在を思い出しなんとか我慢しようとした。
が、無駄だった。
「ふふふ、あはははは!
かわいいね、とってもかわいい」
愉快そうに高笑いをする彼に恐怖する沙綾。そんな私の顔を見てさらに高ぶり、精神が揺らぐ。包丁を彼自身の腕ににあて、何本も何本も赤い線を描いていく。見て、見て、見てと彼女に強請り、腕を刻む。私もまたあまりの非現実的な光景から目をそむけることはできなかった。だらだらと流れる血は青白い彼の肌を伝い、病的な美しさがたしかにそこにはあった。
既視感があった。思い出すのは暗闇の中、部屋の片隅で腕から血を流す青年の姿。それは過去の彼そのままで。乗り越えたはずだったのに、一緒に頑張ったはずなのに。涙を流しながら止めるわけでもなく、その凶行をただ見ることしかできなかった。
「ほらよく見て。僕の血、飲んでよ。僕、君の体の一部になりたい」
近づいた彼は彼女の目の前で見せつけるように、ゆっくりとそして深く腕にまた1つ切り傷をつくる。
眼前で切られた傷口から唇の上に血液が滴り落ちた。鉄の匂いとその温度の生々しさ、そしてこの異常さに嘔気を覚え強く口をつぐんだのを彼は見逃さなかった。
瞬間、かわいた音が響く。彼の血は飛び散り彼女の皮膚に紅をさす。またその後の熱感は彼からの暴力を暗に示していた。髪を掴まれ、自由を奪われる。なすがままの私の視界にはまっかな傷の数々が目に入った。
「舐めて」
「い、や」
「抵抗しないでよ」
また音が聞こえ、頬が熱い。恐る恐る見上げた彼の瞳は笑っていなかった。
「舌出せ」
彼に服従し舌を伸ばす。舐めろ、といわれ、彼の腕に舌を這わす。
鉄の臭いが気持ち悪い。
生暖かくて気持ち悪い。
髪を撫でられ、ありがとう、かわいいねなんてささやく彼の中途半端な甘やかしも気持ち悪い。
「わかる?これは本当に素晴らしいことなんだよ」
心底嬉しそうに笑い、吐息はいつも以上に熱がこもっていた。恍惚とした表情だった。
「君のためにご飯を作ってるとき、ずっと思ってた。僕の作った料理が君の体をつくる。なら僕を食べてもらえれば体内を巡る血液から細胞の1つ1つまで僕のもので構成されるってことでしょ?それって最高じゃない?」
口の周りが血液でべたつく。
頬を滑り落ちる涙を舌で器用に舐め取った。刃先が頸にゆっくりと沈んでいく。
「僕も我慢できないんだ、今日はいっぱい君を味あわせてよ」
─────────
───
──
沢山の皿となにかの匂い。
マンションの一室、バルコニーから下の
を見下ろしていた。
「ごちそうさま、大丈夫。君は僕と一緒に死ねるんだよ」
出張が終わり久々の自宅。扉を開けたその先には男が座り込んでいた。お帰りと答え、沙綾を見上げる目は虚ろで、クマはひどい。肌髪も艶がなく明らかに睡眠不足の男がそこにいた。心配する彼女をよそにゆるゆると一人立ち上がり、生まれたての子鹿のように歩み寄る。青年、聖夜は彼女に体を投げ出しもたれかかるように抱きついた。
「沙綾、何年ぶりだっけ?」
「一週間ぶりだね」
寂しかったと言わんばかりに強く抱きしめられ、沙綾は少しだけ苦しさに顔を歪ませた。それでも、彼の頭を2,3回撫でて返した。皮脂ですこしベタついている。
「お風呂入ってないでしょ」
「はいってない。一人じゃやだ」
「やだじゃないの」
付き合いはじめてから数年かけて彼の生活リズムを整えたのだ。自分の世話すらできなかった彼をせっかく日常生活が遅れる程度には更生させたのだ。
お風呂を沸かし、彼を連れて行く。服も脱げない、動けない、なんて言う彼にさっさと脱がせつい世話を焼いてしまうのは、私がダメ男製造機なのだろう。
「沙綾は本当に優しいね」
湯船につかる。2人分はいってしまえば、お湯が流れ出ていってすこしだけ罪悪感が募る。彼にもたれかかるようにはいるのは、同棲し始めてからのルーティーンみたいになっていた。そんな何気ない日々が続けば私は幸せなのだ。
「僕はもっと大人になりたい」
どうして、と聞けば彼は夢があるんだ、と答える。そんな他愛のない会話。将来のこと、明日の朝食何作ろう、次のデートどこいこう。温かい湯に浸かり2人で穏やかに過ごす時間。昔では考えられない。
「沙綾、いつもほんとうにありがとう」
背中から伝わる他人の体温は1人では決して得ることのできないものだ。それによってもたらされる多幸感と安堵で眠気を誘う。
横目に映る彼の手首のケロイドは過去のものだから、見なかったふりをする。
「私も聖夜がいるから頑張れるの」
のぼせる前に上がり、寝かしつける。寝室の化粧台から取り出したのは化粧道具の1つ。目の下の隈がすこしでも薄くなるようにクリームを塗りつけた。されるがままの彼は昔と打って変わって人形のようで可愛らしいなと思い、また恋慕の情を抱く。
「みてみてさあや、あの犬自分の尾追っかけてる。馬鹿だねえ」
携帯で動画を見る彼。朗らかな横顔。彼は、昔世は違うから。自分に言い聞かせるように何度も何度も唱える。時計の針はもう12時を越えようとしていた。
「ちょっと眠りな。ほら薬は飲んだ?」
定期的に飲まないといけない薬。彼の病気はまあ、いろいろ。薬を定期的に飲めば特に悪化もしないのだが、どうしても彼はその重要さに気づけていない。元気になったから大丈夫、僕は普通、そればっかり。出張前に口を酸っぱくしてまで伝えていたからわかってくれたはず。眼の前でまどろむ、天使のような彼にどこか胸騒ぎがしてしょうがなかった。
「薬は大丈夫、それより」
薬を入れている床頭台に手をのばす沙綾の腕を引き、ベッドへ誘いこんだ。倒れ込んだ彼女は聖夜に抱きかかえられる。恥ずかしくて身をよじった。正直、クマの濃い彼は危うげな美少年という風貌で直視できない。なにか引き込まれるような物がその瞳にはあって本能的に目を背けてしまうのだ。押しのけ、距離を作ろうとするが、彼の力は思いの外強く叶わない。
2、3回軽く蹴ってみたが動じない。
諦めて彼に身を任せるように力を抜くと彼は幸せそうに笑みを浮かべる。そのままパジャマのボタンに手をかけ、1つ、また1つと肌が露出されていく。電気が点いたままの明るい部屋。下着が見えかけたところで羞恥心が勝ち、一度手を握り静止させた。だめ?と囁く吐息がくすぐったい。
「眠りなって」
「うーん、ほら、あるじゃん。ご飯にする?お風呂にする?それともわたし?ってやつ。僕を選んでよ。お風呂……は入っちゃったから。ご飯よりも先に僕を選んで」
「わかった、わかった。一緒に寝るから」
「そうじゃない。もっと。もっと僕を求めて」
ああ、私は彼に甘い。指と指を、脚と脚とを絡ませる。
「好きだよ、沙綾」
恥かしいからやめてと言わんばかりに首を振る。
「奥、あ、奥、」
「沙綾は全て受け入れてくれるね、大好き」
「さあや、さあや」
「なんか今日、すごくくっつくね。ねちっこいよ」
「僕はうさぎさんだからね、ぴょんぴょん」
「寂しくなると死んじゃう?」
「うん、死んじゃう」
そのまま彼は私に乗っかったまま寝転んだ私に腕をまわす。
そんな彼を抱きしめ返し、次の言葉を待つ。
「最近僕不安になるんだ、僕に未来はあるのかってね」
声に体温がなくなっていく。とめどなくネガティブな言葉が彼から溢れてくる。彼のただひたすら後ろ向きな事を考えてしまう癖。初めて会った頃の彼の裏の顔を思い出してしまった。穏やかで優しくなった彼がもしかして。良くない予感が脳裏をよぎる。
もしかして、薬飲むのやめてしまったの?
手首に冷たい感覚と重みを感じた。手錠だ。
「そう、薬になんて頼っちゃダメだと思ってね。最近ね、薬なんてやめた」
確信した。彼は今普通ではない。
「そしたらね、最近気分さえなくてさ。すっごく悲しいときにそばに沙綾がいなくて何日も眠れなかった」
背筋が凍る感覚。
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「沙綾、君はそんな無価値な戯言をいうような存在に堕ちたの?違うよね?」
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僕の全てを君に捧げてきた。君は僕のすべてを受け入れてくれれば良いんだよ。
唾液を飲むように強要される、だからひたすら口を開き、舌を伸ばして受け入れた。
僕はどうすればいい、ねえさあや、さあや。
何も考えられなくなった彼は耳元で私の名前を呼ぶ。呪いのように。首を掴み、頭が持ち上げられる。苦しくて、彼の声だけでいっぱいになる。酸素が足りず、意識が飛ぶ。
下腹部の痛みで、気がついた時には彼は私を犯していた。恐怖で受け入れる準備のない、摩擦しか無い内蔵の痛みで首を振りやめてという私の言葉に耳を傾けない。
「やめて、ねえ、なんで?どうしたの?」
死んじゃう、途切れ途切れの言葉。
「あはは、死ぬ?そのまま死んじゃったら君は変わらないもんね、僕を見捨てない」
上に乗った聖夜は首が体重をかける。頸椎が変な角度に曲がる。これ以上力を加えられてしまえば折れてしまうのではないか、そんな恐怖で体に氷を流し込まれるようなそんな感覚。
「そうだ、死ねよ。美しいまま、僕のことを好きなままで死ね! 僕に抱かれたまま! 僕以外を好きになる前に! 僕だけを考えて死ね!」
だんだんと力の入る両手。それは今までの彼の性癖で頸動脈を絞める、言ってしまえば遊びのようなものとは違った。明確な殺意を持った行為。指は首にめり込むほどに力が加えられ、気道を押しつぶし酸素が肺に届かない。相手に殺されるかもしれない恐怖と酸素への渇望で死にかけの魚のように口をぱくぱくさせていた。
体は本能的に逃げようと暴れ、手錠が今までに聞いたことのないぐらいに強い音を鳴らす。こんな殺人まがいの行為をしている中でも彼の興奮は止むことがなく腰を打ち付け快楽を貪り続ける。死ねと何度も、刷り込むようにつぶやきながら、愉快そうに笑う彼がおぼろげな視界の中でもわかる。
「こんな目にあっても、君は僕を必要として締め付けてくる。君が淫乱だから?男なら誰でもいいのかな?それとも僕が好きなのかな?僕だけ?ねえ、どっち?答えて、沙綾」
可哀想、私を憐れみながら、見下しながら彼は私を犯す。
彼の思い込みで散々に嬲られる。段々と冷静になっていく。現実が直視できなかった。
「僕のことを受け入れてくれる君が好き」
今日の晩御飯は何だったんだろうな、
デートの約束、次どこ行こうって話していたっけ。
「好き、ねえさあや、僕を見て?」
ああ、出るんだ。そっか、やっと開放される。
「っは、気持ちいい、はらめ、ねえ孕んで」
あれ、生ぬるい。
「ごめん、あんまりに沙綾が僕のことを誘うから、」
呆然と空を見ながら最低、一言つぶやくことしかできなかった。下腹部の体温がこぼれ
動かない体と近所の産婦人科が今やっているのか
頬をまた1つ涙がこぼれ落ちた。幸せだった、
気味悪さだけが残り、彼を睨みつけるだけだった。
「何に怒っているの?妊娠のことかな?
あはは、中に出しちゃってごめんね?
でも大丈夫」
聖夜は突然の枕の下に手をのばす。とりだした四角い箱の中からあらわれたのは千円そこらでは買うことの出来ない立派な包丁。それを手にとった彼は沙綾の顔の真横、髪に触れるか触れないかの際を狙い枕を串刺しにした。横目に見えるのは刃に反射し映る自身の怯えた瞳。何の抵抗もなく貫かれた枕を見れば余程切れ味の鋭いものなのだろう。
「今日君は死ぬんだ。僕が殺すから。妊娠のことも問題にならないよね?」
そのまま引き抜けば羽が舞い上がった。ああ、なんて素敵な天使様。
「本当はね、いつか君に僕を食べてもらうために用意したの。君にこの指を一本一本落とされるのを想像しては興奮が止まらなかったよ」
味見させてあげる、喉奥まで。指を入れられ構内を蹂躙される。舌を弄び、気が済んだら奥へ奥へ入り込む指。
「ああ、やっぱりえづく君、かわいい。苦しむ君の顔って可愛いんだね
今度機会があったら目の前で吐いてよ、というけ今吐け」
口内に飽きた彼はあろうことか気道内にねじ込んできたのだ。帰り道に軽食として食べたサンドイッチの存在を思い出しなんとか我慢しようとした。
が、無駄だった。
「ふふふ、あはははは!
かわいいね、とってもかわいい」
愉快そうに高笑いをする彼に恐怖する沙綾。そんな私の顔を見てさらに高ぶり、精神が揺らぐ。包丁を彼自身の腕ににあて、何本も何本も赤い線を描いていく。見て、見て、見てと彼女に強請り、腕を刻む。私もまたあまりの非現実的な光景から目をそむけることはできなかった。だらだらと流れる血は青白い彼の肌を伝い、病的な美しさがたしかにそこにはあった。
既視感があった。思い出すのは暗闇の中、部屋の片隅で腕から血を流す青年の姿。それは過去の彼そのままで。乗り越えたはずだったのに、一緒に頑張ったはずなのに。涙を流しながら止めるわけでもなく、その凶行をただ見ることしかできなかった。
「ほらよく見て。僕の血、飲んでよ。僕、君の体の一部になりたい」
近づいた彼は彼女の目の前で見せつけるように、ゆっくりとそして深く腕にまた1つ切り傷をつくる。
眼前で切られた傷口から唇の上に血液が滴り落ちた。鉄の匂いとその温度の生々しさ、そしてこの異常さに嘔気を覚え強く口をつぐんだのを彼は見逃さなかった。
瞬間、かわいた音が響く。彼の血は飛び散り彼女の皮膚に紅をさす。またその後の熱感は彼からの暴力を暗に示していた。髪を掴まれ、自由を奪われる。なすがままの私の視界にはまっかな傷の数々が目に入った。
「舐めて」
「い、や」
「抵抗しないでよ」
また音が聞こえ、頬が熱い。恐る恐る見上げた彼の瞳は笑っていなかった。
「舌出せ」
彼に服従し舌を伸ばす。舐めろ、といわれ、彼の腕に舌を這わす。
鉄の臭いが気持ち悪い。
生暖かくて気持ち悪い。
髪を撫でられ、ありがとう、かわいいねなんてささやく彼の中途半端な甘やかしも気持ち悪い。
「わかる?これは本当に素晴らしいことなんだよ」
心底嬉しそうに笑い、吐息はいつも以上に熱がこもっていた。恍惚とした表情だった。
「君のためにご飯を作ってるとき、ずっと思ってた。僕の作った料理が君の体をつくる。なら僕を食べてもらえれば体内を巡る血液から細胞の1つ1つまで僕のもので構成されるってことでしょ?それって最高じゃない?」
口の周りが血液でべたつく。
頬を滑り落ちる涙を舌で器用に舐め取った。刃先が頸にゆっくりと沈んでいく。
「僕も我慢できないんだ、今日はいっぱい君を味あわせてよ」
─────────
───
──
沢山の皿となにかの匂い。
マンションの一室、バルコニーから下の
を見下ろしていた。
「ごちそうさま、大丈夫。君は僕と一緒に死ねるんだよ」
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隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
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……歯が痛い。
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えーっ!
最初は微笑ましく読んでたのに…。
まさかこんな事になるなんて(T_T)
最後…なんてもう。死んじゃったよねあれ。
マジか。。ショックです。可哀想に
感想ありがとうございます。
まあ広く言えばありのままの自身を受け入れて行動しないと(今回はちゃんと薬飲む、とか)いい結果につながらないよねって言うのをめちゃくちゃ血生臭くした感じです。あと幸せだったのから暗くなるのが好きでして…
それはそれとして地雷踏んじゃいましたか…?って心配にもなりました…大丈夫でしたか…?