鏡合わせのナルシズム

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鏡合わせのナルシズム

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 宵闇の中、月光に照らされた2つの影。天蓋に守られるように双子がそこにいた。甘い声と、荒い息が響く部屋。白く艷やかな丘陵を細い指が撫でていく。
 女の方は昂ぶる思いをこらえきれずに男の乳頭に八重歯を当て噛んでしまう。心地よい刺激に表情が歪む、そんな男を愛しく感じた女は感嘆のため息をつく。
「お兄様、とってもお綺麗」
「お姉様も」
 鏡に合わせたかのようにそっくりな顔。
 高校生でありながら未だに性の分化が進んでいないかのような中性的な二人は男を真宵、女を真昼といった。
 肉欲が故の下品な水音と共に白い肌と肌とが重なり合う。甘美なその痛みに悦びの声を漏らし、より深くへと求め、また受け入れていく。
「ああ、このまま一つの姿に戻りたいわ」
「暖かく、何も考えなくても良い二人だけの世界に戻りたい」
手と手を絡ませ夜闇に耽溺していく。朝陽が二人を照らすまで、彼らは離れることはない。ただ羊水のなかに浮かびながらまま眠る、胎児であったあの日のように彼らは二人だけの世界を望むのだった。


 太陽が登れば美しい二人も高校生として当たり前の生活を送らなければいけない。朝食を取り、家を出てしまえば薄汚れた空気が頬をなでる。学校へ向かう有象無象に交じり、流されていった。地元ではそれなりに頭がいい公立高校に通う二人。残念ながら双子というのはクラスが別になるのが世の常だ。昇降玄関の前で二人は別れを惜しむ。
「お兄様、またお昼休みに。お気をつけて」
「お姉様も。今日は何も問題を起こさないでね」
「お兄様がしっかりしていれば私もあんなことしなくていいのにね」
 靴箱を開ければラブレターが二、三枚ヒラリと床に落ちていく。そんな他人の想いを踏みにじり、教室へと向かった。
 代わり映えのしない学校生活。いつも図書室で時間をつぶす事が二人の学校中での唯一の癒やしの時間だ。
 浮世離れした美しさを持つ彼らにとって他の人間は醜い泥人形以下にしか見えない。そんな泥人形同士が愛だの恋だのそれらしいことを言っていると笑えてきてしまう。
 ただ美にひれ伏し、隷属する美徳を知らない彼ら。そんな人達に囲まれる数時間は精神を穢されているようで辟易とした。ただひたすらにお互いがお互いに会いたいと望み続ける。
 午後の眠たくなる日差しの中、美しいものだけを映す時間を心待ちにしていた。今日もまたつまらない午前の授業を終え、真宵は図書室で真昼を待っていた。
「真宵、おまたせ」
 扉が開かれ自身の名を呼ぶのは待ち人ではなく、知らないの女。
 名前は興味ないから忘れた。が、厳密には問題児であることは彼の耳にも入っていたし、その顔を把握はしていた。
「真昼ちゃん、今日は来ないから」
 真昼が来ないのは絶対にありえない。教師に呼ばれた可能性もあるが、それにしてもこの女が伝書鳩となって来ることはないだろう。無遠慮に近づいてくる女に警戒心が隠せないがあまり力の強くない真宵。
 そのまま裏の書庫に連れ込まれ、押し倒され。ネクタイで拘束されてしまった。
「僕にこんなことしても良いことないと思うけど」
 高校生活で何度目だろう。真宵はそんなことを思いながら目の前の女を見た。一応進学校のくくりではあるうちの高校でも落ちこぼれというのはいる。頭が良い、と言われた中学生活が終わり高校生活を送る中で、その道を外れていく人間がいる。案外そういう人間は堕ちるのが早いものだ。成績も悪ければ素行も悪い。そして品格すらも捨てているのだろう。
 香水の趣味も悪い、顔も悪い、体もだらしなく豚のようだ。彼は軽蔑の視線で目の前の女を見た。それでもこの女はひるまない。なんならその睨んだ表情すら美しい顔に更なる昂りを覚えたらしい。
「本当に綺麗。男の子とは思えない」
 ズボンに手をかけられれば、それは抵抗なくするすると抜け、露出される性器。女はともかく真宵は特に性的興奮もなければその気もないために役目を果たそうとはしていなかった。かわいい、女は言い顔をうずめ、粘液がまとう舌を彼に絡みつける。浅ましく上下に動く女の頭。あまりの不快感に吐き気を催す真宵。自身がどれだけ美しいかを理解しているからこそ、目の前にある醜い肉塊に捕食されているような気味悪さで頭がおかしくなる。何度このような憂き目に遭っても慣れない。
 一切の反応を示さない真宵に対し、なんとかして媚を売ろうと上目遣いで見、また制服をはだけさせる女。下品に音を立てて吸い上げるのがただただ不快でしょうがなかった。ここ最近の中でも最低だ。蹴飛ばしてやろうかと足に力を入れたその瞬間、乱暴に扉が開かれた。その先には彼と瓜二つの彼女、真昼が立っていた。
「お兄様に何してるの」
 軽蔑、そして強い怒りの感情がその声にこもっていた。片手にはカッターナイフが握られており、それが彼女の明確な意志を表している。自身の兄が女に言い寄られやすいのはいつものことで、彼の上にまたがっている事に関しては驚きもしなかった。ただしこの光景はいつものことだからといって、手出ししたことを許しはしない。
「あいつらとり逃したのかよ……キャア!」
 舌打ちする女の髪を引っ張り上げ、無理に真宵から引き剥がした。女はあまりの痛さに暴れるが真昼はびくともしない。真宵から遠く離れたところまで引きずるとなんのためらいもなく女の毛髪にカッターナイフを滑らせ乱暴に切り散らす。髪の支えがなくなった女は操り人形の糸が切れたように床に落ちてしまった。女は顔面から落ちたために無様にも鼻血を垂らしながら、あまりの凶暴性に怯え逃げるように部屋を出ていった。
 下品な女、と真昼は毒づいた後、真宵の乱れた服をなおす。
「ごめんなさい、いろいろあって遅くなってしまったの」
 拘束をとく彼女の制服は珍しく第一ボタンまで閉められている。いつもは苦しいからと第一ボタンは外しているのに。疑問を持った真宵は自由になった手を胸元に伸ばし、ブラウスのボタンを外していく。下着が見えるほどの露出になったところで自身の肌の状態を思い出したのだろう。兄の手を持ち、静止させた。
 彼の目に映るのは胸元だけでも痛々しく見える痣の数々。さっきの女の言った言葉から察するに取り巻きになにかされたのだろう。先程のことからわかるように、真昼は真宵と比較すれば気性が荒いのは確かだ。暴力沙汰になったのは容易に想像が付く。バツが悪そうに苦笑いする真昼とは裏腹に悲しそうな目をする真宵。
「紫の痣はお姉様には合わない」
 彼女の手を引き、抱き寄せた真宵は皮膚表面の紫を赤く染めるために口づけをする。胸に顔を埋められてしまえば、彼の香りが鼻腔を満たし、頭がぼうっとしてしまう。それはいつも夜に嗅ぐ匂いだからか、それとも元から人を惑わす匂いなのか。そんな甘い刺激や香りに包まれ、その上学校という本来清廉潔白で居なければならない場所での交わり。そんな背徳感には抗えずされるがままにその口づけや甘噛を受け入れる。
 日差しが心地よい中、ふと春風が入り込み花の香が図書室いっぱいに広がった。カーテンは甘美な営みを隠すように揺らめいていく。神秘的と言っても過言ではない光景だった。
「……だめ、お兄様」
 昼休みの終了を告げるチャイムの音が真昼の理性を取り戻させた。
 真宵はこの場ですぐにでも彼女を抱きたかったのだろう。いつのまにか前面が全て開かれたブラウスを直し、彼女は立ち上がる。
「外はあまりに汚いわ。家がいい。あたたかい、ふかふかのベッドがいい」
 大丈夫、次の古典は小テスト無いの。
 僕はまあ、いいや。そんな話をしながら二人は手を取り、学校をあとした。




 天蓋から垂れ下がる一枚のレースカーテンが二人を俗世から隔てる。制服はそのままにベッドに深く沈んだ二人は頭をなで、外で負った傷を慰め合う。
「私達って本当にそっくりね」
「なんだかお姉様を抱いてるはずなのに、自分を抱いているようで不思議になるときがあるよ」
「じゃあこれは自慰行為?」
「僕達は二人で一つ。きっと自慰行為かもね」
「じゃあもっと気持ちよくなりたいわ、お兄様」
 深い深い接吻をし、銀の糸が二人を繋ぐ。糸を手繰り寄せるように何度も行い、その中で服を脱がし合う。真宵の肌と真昼の紫、もはや黒々とした痣達が顕になる。それは体のあちこちに広がっており、少し触れただけでも彼女はいたがった。痣を隠すためにブランケットに手をのばすが、真宵はそれを止める。
 あいつらに何されたの、と問う真宵。それに対してちょっとね、とだけ答えそれ以上真昼は詳しく話そうとしない。暴力沙汰になったときは歯切れの悪い返事しかしない。彼女の中でもよくないとは理解していて、けれども手が出てしまうのは真宵になにかあるとき。
 なんて健気なのだろうと彼は一層恋慕の思いを募らせる。図書室では見えなかった腕に点在しているそれをご褒美と言わんばかりに吸い上げ、赤く上書きしていく。唇が触れたその瞬間にいつも顔が赤くなるしおらしさにどうしようもない愛らしさを真宵は感じてしょうがなかった。
「でもお兄様のほうがよっぽどつらい目にあったでしょ?」
 真昼の手が腰を撫で、下に向かっていく。それはもう触れなくても十分彼女の中に入るための準備が出来ていた。さっきの女のことを思い出し、真宵は自身の単純さに笑ってしまう。真昼はあの女が真宵に何をしたのかは知っていた。あんな女に穢された忌々しい姿が脳裏をよぎり独占欲でいっぱいになった。
「消毒しなきゃ……
口が良い? 中がいい?」
「中」
 短く答えた真宵はうつ伏せの真昼に覆いかぶさった。彼もまた早く忘れてしまいたかったのだろう。屹立したそれをあてがえば彼女の秘部も早く早くと涙を零していた。淫靡な音はお互いに求め合う証明に他ならない。とはいえベッドの皺を見つめることしかできない体位に真昼は不満な様子だった。
「やだ、お兄様が見えない」
 必死に動こうとする彼女を無視し、真宵は上体を起こす。何度も中をえぐれば、真昼は自身の無力さを知り、被虐のもたらす倒錯とした快楽に屈する。嬌声を上げるばかりで抵抗することを忘れてしまったようだ。
 そんな姿は征服欲を刺激し、恍惚とした吐息を漏らす真宵。視線を下ろせばきめ細かいなめらかなはずの彼女の背中一面に痣が広がっていた。真っ白の雪景色が見ず知らずの人間の足跡で穢されたようなそんな感覚。自分が先に汚してやりたかった。
 いつも優しく扱っている彼女をこんな目に遭わせた怒りと、もしかしたら自分の知らない表情をしていたの かもしれない嫉妬。快楽以外で苦悶する彼女を見てみたい。そんな興味と意地の悪さから痣を押す。痛さ故に顔を歪める真昼。痛い、そう言いながら涙をうっすらと浮かべた横顔がなんとも扇状的でこのまま目の前の細い首を絞め上げてしまいたくなる。
 無自覚のサディストというのは恐ろしいものだ。彼の中に湧き出る加虐心を抑制し、首に噛み跡を残すだけにした。とはいえ我慢しきれず強く噛んでしまったようだ。一筋の血液が首に沿って落ちていく。それでも何かが満たされない、とにかく泣かせたい。何度も甘噛をし、組み敷いてぐちゃぐちゃにしてしまえば真昼の頬を流れる雫の原因が痛みなのか快楽なのかわからなくなってしまった。
「お姉様のそんな顔みたことない。美しい」
「どんな顔?」
「痛い、助けて、って顔」
 密着する真宵に溢れる涙を舐められ真昼はいじわる、とだけ言い笑った。
「別の体位がいい」
 真昼は真宵に跨る。下から見上げる彼女は細身の体がまるで蛇のような妖しい曲線を描いていた。上から見下げる彼は子うさぎのようで可愛らしかった。このまま獲物へ巻き付くように細い指を彼の首に絡みつける。驚いた真宵に対しお兄様がやりたいことは手にとるようにわかる、私も苦しんでいる顔が見たい。耳元でそう囁く。軽くキスをし、真昼は絡みつけた指に力を加え絞め上げていく。
 ゆっくりと首が絞まり思考がまとまらなくなる真宵。意識が完全になくなる瞬間を見極め、手を緩め呼吸を許す。愛しの人間を手にかけているこの状態にエクスタシーを覚え、腰を揺らし吐精を催促する。真昼は結合をぎりぎりまで緩めようと腰を上げるたびにその首に体重をかけ、気道を狭める。そのたびに真宵は苦悶する表情をし、昂ぶる。酸素が足りないのだろう。本来真白なその顔が赤くなって、必死に呼吸をしようとする顔に愉悦を覚えた。
「お姉様、くるし、」
「お兄様、とっても綺麗!
 ああ、私もこんな表情をしていたのかしら!」
 彼女もまた生粋のサディストなのだろう。今迄のように甘く愛を囁き合うのも好きだが、今日のように歪曲した行為で織りなす狂宴もたまらなく二人を悦楽へ没頭させた。
 中にあるものが脈打てば最後の時が近いことを察する。彼は射精自体があまり好きではなかった。自分が動物と変わらない浅ましさを感じてしまうのだ。それを知っているにも関わらず彼女は気にもとめずに首も中も一層強く絞め、彼を煽る。
「お姉様、や、離れて、真昼!」
「おいで、真宵!受け止めるから!」
 二人の激情は真昼の中で吐き出され、したたかな静寂が訪れる。蜜壺からその熱は零れ落ち、シーツを汚していく。
 ぐったりと倒れた二人がいつもなら低体温で冷たいはずだが快楽で暖かかった。抱きしめ合い、髪を撫であった後、気だるい体を起こし、二人でシャワーを浴びる。
 浴室の明るい照明の下、冷静に彼女を見れば、その肌は痣に加え真宵のつけた噛み跡でいっぱいだった。彼の首元には手の跡と、爪によって抉られた傷がくっきりと残ってしまっていた。お互いにやりすぎてしまったという後悔半分と、自分が美しいものを傷つけたというどこか興奮半分。
「ごめんなさい、お姉様。痛くなかった?」
 でも他の人間に真宵を穢されたのは悔しい。首筋に一つキスを真昼に落とす。
「お兄様こそ。あのまま殺してしまったらどうしようかと思ったわ」
 死んでしまったら私もすぐ後に続くけどね。唇への軽いキスを真宵に返した。
 お互いに見つめ合えばその顔が愛しくてたまらなくなってしまう。
「死すら二人を分かつことはできない」
「ずっとずっと一緒ね」
 手と手を絡ませ彼らは祈るのだった。
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