実の父に隣国へ死にに行けと言われた王女は、隣国の王に溺愛される。

曼珠沙華

文字の大きさ
上 下
28 / 32

27

しおりを挟む
ロゼ様はとても忙しいお方。
大国の王ですもの。
そんなこと分かりきっている。

せっかくこの王宮がわたくしとロゼ様の愛の巣になったのに、結局ロゼ様はわたくしに会いに来てはくださらなかった。

理由は明白。
忙しいから。

でもだからといって、愛する人を放って置くのはどうかしら。
それとこれとは話が違うというものよ。

わたくしが理解ある婚約者だから許されているのであって、もっとわたくしの機嫌を窺ってもいいのではなくて?

やはり、素直になれないロゼ様には決定的な言葉を言ってあげた方がいいのかしら。
とっくにわたくしはあなたの気持ちに気付いていますよ、みたいな。

そうなるとやっぱりあの言葉よねぇ。

“エメラルド国の眠り姫”

庶民たちの間で話題になっているくらい国中に知れ渡っているロゼ様の気持ち。

それでもまだわたくしへの想いを隠し通せていると思っているなんて。
なんてウブで可愛らしいの。
そして、なんて扱いやすそうなのかしら。

ロゼ様と正式に結ばれさえすれば、わたくしに惚れ込んだ男を操るなんて簡単なこと。

だから、この国もわたくしのものになったと言ってもいい。

待たされるのは相手のペースに合わせているようで、わたくしらしくない。
やはりこちらから迫ってあげた方が男は喜ぶもの。

「さっさとそこをどきなさい」

それなのに。
わたくしがわざわざ会いに来てあげているというのに。

「ですから、まずは、アポイントを、お願い、できますか?」

まるで子供に言い聞かせるみたいにゆっくり区切りながら言うロゼ様の補佐官。

昨日といい、今日といい、この男は本当に忌々しい。

「だから!わたくしには必要ないと言っているでしょう!」

「いえいえ、私どもには必要ですので」

先ほどからずっと同じやりとり。
いい加減うんざりだわ。

そこに彼の声が響く。

「ねぇ、昨日も同じやりとりしてなかった?」

目的の扉が開き、眉間に皺を寄せたロゼ様が呆れた様子で出てきた。

深々とため息をつくその姿に心底同情する。

使えない召使いを持つと大変ね。

ロゼ様はこちらを見て、困ったように眉根を下げた。

「もう少ししたらひと段落つきますので、その後でもよろしければお話を伺います。よろしいですか?」

「もちろんですわ」

ほら、やっぱりアポイントなんていらないじゃない。
わたくしが尋ねてきたら仕事なんて後回しにするに決まっているもの。

「執務室には入れられないから、応接室にお通しして」

あら。
わたくしは執務室でも構わないのに。
遅かれ早かれわたくしが王妃になるのだから、見られて困るものなどあるはずがないのに。

まぁ、応接室できちんとわたくしの相手をしたいという気持ちも分かりますけど。

「それで?お話というのは?」

応接室にて机を挟んで向かい合うように座り、ロゼ様が切り出す。
扉の横にあの補佐官がいて、目障りでしょうがない。

「お話?」

そんなものはない。

ロゼ様の表情が怪訝なものになった。
あぁ、何か話があってロゼ様を訪ねたと思っているのね。

まだ自分の気持ちがばれていないと思っているから。
なら、それに乗ってあげましょ。

「わたくし、気になる話を耳にしましたの」

用意された紅茶を一口飲み、例の話を切り出す。

「わたくしの使用人が街で聞いた話なのですが、えっと……なんていったかしら。確か、エメラルド国の眠り姫って言っていたような……」

ぴくりとロゼ様の眉が動いた。
ビンゴ。

「わたくし、どうしてもそのお話が気になってしまいまして……」

気持ちの揺れをそれ以上表に出すことはなく、ロゼ様はにこりと微笑んだ。

「エメラルド国という自国の名前が出てきては、姫も気になって当然ですよね。ですが、国民のただの噂です。たわいない娯楽だと思って、聞き流してくださればと思います」

ふぅん。
これでもまだシラを切るつもりなのね。

「けれど、ロゼ様の立場で庶民にそれをお許しになるということは何か特別な意味があるのではありませんの?」

もし、根も葉もない噂なら王の命令でやめさせればいい。
だって国王というものは平民にとって絶対的な存在だから。

それをしないということは、やっぱり……。

「王だからといって、国民の楽しみをむやみに奪うことはできませんよ。彼らは私にとってとても大切な存在なので」

国民が大切?
なにそれ。
国民は皆、王族の奴隷でしょ?

だが、ロゼ様の次の言葉でさらに混乱してしまう。

「未来の王妃と同じくらいにね」

王妃と国民が、同じ?

どういうこと。
意味がよく分からない。

だってそれは、ありえないことだもの。

「そ、それはなんというか……その……」

なんて返せばいいっていうのよ。

「顔、引き攣ってますよ」

返す言葉を見つけるよりも先に、ロゼ様が笑いながら言った。

恥ずかしさでかぁっと顔が熱くなる。

試されたのかしら。

そうよ。そうよね。
だって大国の妃よ。
国民と同じのはずがない。
きっとからかわれたのね。

だって男性は好きな子ほどいじめたくなるって言うもの。

戸惑ってしまう姿も可愛いと思われたかしら。

きっとわたくしのいろんな表情が見たくて仕方ないんだわ。

これじゃ、ロゼ様のペースに呑まれてしまっているじゃない。

大きく息を吸って、心を落ち着かせる。

仕方ないわね。
本当は眠り姫の正体をロゼ様の口から聞きたかったけれど……。

わたくしが主導権を握るためには、わたくしから言うしかない。

こほんと咳払いをする。

「ロゼ様、わたくしなのでございます」

「なにがです?」

「エメラルド国の眠り姫はわたくしでございます」

だが、予想に反してロゼ様の表情に変化はなかった。

直球すぎて理解されてないのかしら。

それはそうよね。
だってオリビアという存在があるから、混乱してもおかしくないわ。

「ロゼ様にオリビアはふさわしくありませんもの。あんな醜い娘を送ってしまって心苦しいばかりですわ。父であるエメラルド国王に代わってわたくしが謝罪します」

「醜い娘?」

「なにか手違いがあったのでしょう。ですがこれでもう安心。このアリスが一生お傍におります」

「あなたは私にふさわしいと?」

「もちろんですわ」

「どうして?」

「どうしてって……だってわたくしはこんなにも美しくて……」

ロゼ様は首を傾けた。

「おかしいですね。私はあなたのことを一度も美しいと思ったことはないけれど」

「……は?」

美しいと思ったことない?
わたくしを?

こんなに美しいわたくしを?

確かにこの王宮には美しい顔立ちをした者が多い。
でも、わたくしの美しさに適う者は誰一人いなかった。

エメラルド国でもそう。
貴族も、国民も、皆がわたくしの美しさに心酔し、崇めるの。
それはサファイア国でも同じことのはずよ。

「あと、さっさ俺の花嫁を醜いって言った?」

ロゼ様の口調が変わった。
先ほどまでの丁寧な物言いではない。

なにこれ。
なんなのよ。

「だって……本当ですもの。あっ、そうですわ!ロゼ様はオリビアの体を見たことがありませんのね。あの傷を見たら誰だって……」

「傷?へぇ、オリビアって体に傷があるんだ?」

「あ……」

「事故かな?それとも、誰かに傷つけられたのかな?」

「わたくしは……わたくしは何もっ……しておりませんわ!」

なによこれ!
なんでわたくしが尋問されなきゃいけないのよ!

オリビアの体の傷なんて、どうでもいいことじゃない!

「あともうひとつ。一生傍にいるって言った?君が?俺の傍に?」

ロゼ様が浮かべた笑み。
それは先ほどまでの優しい微笑みではなかった。

「趣味の悪い冗談はやめてよ」

ぞっとするほど冷たい声。


その笑みは、明らかな嘲笑だった。
しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢  17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。 ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。 シェーン・ロングベルク公爵 25歳 結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。 ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳 優秀でシェーンに、こき使われている。 コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳 ヴィヴィアンの幼馴染み。 アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳 シェーンの元婚約者。 ルーク・ダルシュール侯爵25歳 嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。 ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。 ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。 この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。 ジュリアン・スチール公爵令嬢18歳デビット王太子殿下の婚約者。 ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳 私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。 一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。 正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

処理中です...