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私は生まれてからずっとエメラルド国の城の敷地から出たことがなく、外の世界を見たことがなかった。
『街』というものも母や絵本の中だけの話だった。
だからエメラルド国を出立する時に街を少しだけ見ることができたが、想像よりも閑散としていた。
所詮は物語の中のことで、想像力がありすぎて賑やかな街の姿を勝手に想像したことだったんだと思った。
ロゼ様と一緒に馬車から降り立った私はその『街』の姿に言葉を失ってしまった。
数え切れないほどの人混み。
飛び交う賑やかな声。
絶え間ない音楽。
私が想像した『街』の姿がそこにあった。
「すごい……」
思わず声が出ていた。
サファイア国へ来た時も馬車でこの街を通ったはずだが、その時は緊張で窓の外を見る余裕がなかった。
きっとこれがお母さんが見てきた『街』。
けれど少しだけ違和感を覚える。
煌びやかな馬車から一国の王が街の広場の中央に降り立っている。
きっとお忍びでもない。
それなのに、街の人たちは騒ぎを起こすどころか、驚いた様子もなく王に笑いかけるだけ。
恭しくしている様子もない。
エメラルド国の王妃は自分がいかに高貴で特別な存在かを常々オリビアに説いていたのに。
自分はもっと敬愛され、崇められる存在だと。
「街の人たちが気になる?」
ロゼ様が問いかける。
私は正直に答えた。
「はい。街の方々にとって王様はもっと遠い存在の方だと思っていました」
「他の国ではそうかもね。人間が人の上に立つには敬意や畏れが必要だから」
『人間が』?
その言い方はまるで……。
「でもね、誰かの上に立つ者にそんなものは必要ないんだよ。俺は国民のことを想い、国民はその想いを信じてくれている。ただそれだけのこと」
きっとそれが一番難しいことのはずなのに、ロゼ様はなんでもないことのように言った。
「それって、とても難しいことですよね」
「うーん、難しいかぁ。じゃあこう言えばどうかな」
ロゼ様が街の人たちに優しく微笑み、手を振った。
その表情はとても美しく、そして慈しみに溢れていた。
「国民のことを誰よりも想い、大切にしたい。それが俺だったってことだよ。そしてそれと同じくらい俺はオリビアが大事」
こちらを見て、笑いかけてくれるその瞳は、街の人たちに向けたものと同じくらい優しく、温かかった。
心臓が壊れてしまうかと思った。
それくらい大きく高鳴った。
サファイア国の国民と同じくらい?
ロゼ様にとってそれはどれだけ深い愛を指すのだろう。
きっと夢を見ている。
きっとロゼ様に出会ってしまったことすら夢に違いない。
頬に手をあて、ロゼに気付かれないよう俯いて強くつねった。
い、痛い……。
「何してるの、オリビア」
ロゼ様がのぞき込んでくる。
「いえ!な、なにも……」
「あ!おーさまだぁー!」
背後から無邪気な声が聞こえてきた。
振り向けば駆け寄ってくる可愛らしい子供たちが。
「あそびにきたのー?」
物怖じすることなく国王に話しかける子供たち。
それがなんだか微笑ましい光景に思えた。
「そう、遊びにきたの。お嫁さんと一緒にね」
「およめさん?」
子供たちの無垢な瞳がこちらに集まる。
可愛いくりくりおめめがさらに丸くなる。
「えー!おーさまのお嫁さんなのー!?」
「かわいいねぇー!」
「びじんさーん!」
子供たちは瞳をきらきらと輝かせ、詰め寄ってきた。
「え、あのっ、ま、まだ!まだ、お嫁さんじゃっ……」
『まだ』だなんて……。
今はまだ……。
この言い方だと本当に将来ロゼ様と結婚できるみたい……。
けれど子供たちは違うことを思ってしまったようで、いたずらっぽい表情を浮かべて、今度はロゼ様の方を見た。
「あーあ、おーさまふられちゃったね」
「かわいそー」
「どんまい」
好き勝手なことを言って、キャッキャッとはしゃいでいた。
「振られてないから!未来!未来のお嫁さんなの!」
「そういう、妄想?」
「違う!」
子供たちと言い争うロゼ様はまるで少年のようで、とても一国の王には見えなかった。
その姿が私にはひときわ輝いて見えた。
父であるエメラルド国王は絶対にそんな姿を見せない。
実の娘である私にでさえ笑いかけてくれなかった。
愛娘であるアリスを除いては。
私とアリスは同じ父親から生まれているはずなのに、一体何が違うんだろう。
母親?
現王妃より私のお母さんが劣っている?
ありえない。
それだけは胸を張って言える。
鞭を振るう義母と死ぬ間際まで愛し続けてくれた母。
一瞬でも比べてしまった自分に嫌悪する。
「ねーねー、およめさん!」
女の子に呼ばれ、我に返った。
「およめさんはおなまえ、なーに?」
「あ、オリビアよ」
「オリビアちゃんは、あたしたちが怖くないの?」
「え?どうして?」
こんな可愛らしい子供たちを怖いと思うはずがない。
すると女の子はにんまりと笑った。
「オリビアちゃん!おーさまとなかよくね!」
その笑顔はとても可愛らしく、目を奪われるほどだったが、それ以上に目を疑うものがあった。
耳……?
しっぽ……?
少女の頭の上に耳のようなものが……。
それに、お尻の辺りから出ているそれは、しっぽ?
私はゆっくりと目を閉じた。
やっぱりこんな素敵なことばかり起こる今が現実のはずがない。
やっぱり私は今、夢を見ているんだ。
『街』というものも母や絵本の中だけの話だった。
だからエメラルド国を出立する時に街を少しだけ見ることができたが、想像よりも閑散としていた。
所詮は物語の中のことで、想像力がありすぎて賑やかな街の姿を勝手に想像したことだったんだと思った。
ロゼ様と一緒に馬車から降り立った私はその『街』の姿に言葉を失ってしまった。
数え切れないほどの人混み。
飛び交う賑やかな声。
絶え間ない音楽。
私が想像した『街』の姿がそこにあった。
「すごい……」
思わず声が出ていた。
サファイア国へ来た時も馬車でこの街を通ったはずだが、その時は緊張で窓の外を見る余裕がなかった。
きっとこれがお母さんが見てきた『街』。
けれど少しだけ違和感を覚える。
煌びやかな馬車から一国の王が街の広場の中央に降り立っている。
きっとお忍びでもない。
それなのに、街の人たちは騒ぎを起こすどころか、驚いた様子もなく王に笑いかけるだけ。
恭しくしている様子もない。
エメラルド国の王妃は自分がいかに高貴で特別な存在かを常々オリビアに説いていたのに。
自分はもっと敬愛され、崇められる存在だと。
「街の人たちが気になる?」
ロゼ様が問いかける。
私は正直に答えた。
「はい。街の方々にとって王様はもっと遠い存在の方だと思っていました」
「他の国ではそうかもね。人間が人の上に立つには敬意や畏れが必要だから」
『人間が』?
その言い方はまるで……。
「でもね、誰かの上に立つ者にそんなものは必要ないんだよ。俺は国民のことを想い、国民はその想いを信じてくれている。ただそれだけのこと」
きっとそれが一番難しいことのはずなのに、ロゼ様はなんでもないことのように言った。
「それって、とても難しいことですよね」
「うーん、難しいかぁ。じゃあこう言えばどうかな」
ロゼ様が街の人たちに優しく微笑み、手を振った。
その表情はとても美しく、そして慈しみに溢れていた。
「国民のことを誰よりも想い、大切にしたい。それが俺だったってことだよ。そしてそれと同じくらい俺はオリビアが大事」
こちらを見て、笑いかけてくれるその瞳は、街の人たちに向けたものと同じくらい優しく、温かかった。
心臓が壊れてしまうかと思った。
それくらい大きく高鳴った。
サファイア国の国民と同じくらい?
ロゼ様にとってそれはどれだけ深い愛を指すのだろう。
きっと夢を見ている。
きっとロゼ様に出会ってしまったことすら夢に違いない。
頬に手をあて、ロゼに気付かれないよう俯いて強くつねった。
い、痛い……。
「何してるの、オリビア」
ロゼ様がのぞき込んでくる。
「いえ!な、なにも……」
「あ!おーさまだぁー!」
背後から無邪気な声が聞こえてきた。
振り向けば駆け寄ってくる可愛らしい子供たちが。
「あそびにきたのー?」
物怖じすることなく国王に話しかける子供たち。
それがなんだか微笑ましい光景に思えた。
「そう、遊びにきたの。お嫁さんと一緒にね」
「およめさん?」
子供たちの無垢な瞳がこちらに集まる。
可愛いくりくりおめめがさらに丸くなる。
「えー!おーさまのお嫁さんなのー!?」
「かわいいねぇー!」
「びじんさーん!」
子供たちは瞳をきらきらと輝かせ、詰め寄ってきた。
「え、あのっ、ま、まだ!まだ、お嫁さんじゃっ……」
『まだ』だなんて……。
今はまだ……。
この言い方だと本当に将来ロゼ様と結婚できるみたい……。
けれど子供たちは違うことを思ってしまったようで、いたずらっぽい表情を浮かべて、今度はロゼ様の方を見た。
「あーあ、おーさまふられちゃったね」
「かわいそー」
「どんまい」
好き勝手なことを言って、キャッキャッとはしゃいでいた。
「振られてないから!未来!未来のお嫁さんなの!」
「そういう、妄想?」
「違う!」
子供たちと言い争うロゼ様はまるで少年のようで、とても一国の王には見えなかった。
その姿が私にはひときわ輝いて見えた。
父であるエメラルド国王は絶対にそんな姿を見せない。
実の娘である私にでさえ笑いかけてくれなかった。
愛娘であるアリスを除いては。
私とアリスは同じ父親から生まれているはずなのに、一体何が違うんだろう。
母親?
現王妃より私のお母さんが劣っている?
ありえない。
それだけは胸を張って言える。
鞭を振るう義母と死ぬ間際まで愛し続けてくれた母。
一瞬でも比べてしまった自分に嫌悪する。
「ねーねー、およめさん!」
女の子に呼ばれ、我に返った。
「およめさんはおなまえ、なーに?」
「あ、オリビアよ」
「オリビアちゃんは、あたしたちが怖くないの?」
「え?どうして?」
こんな可愛らしい子供たちを怖いと思うはずがない。
すると女の子はにんまりと笑った。
「オリビアちゃん!おーさまとなかよくね!」
その笑顔はとても可愛らしく、目を奪われるほどだったが、それ以上に目を疑うものがあった。
耳……?
しっぽ……?
少女の頭の上に耳のようなものが……。
それに、お尻の辺りから出ているそれは、しっぽ?
私はゆっくりと目を閉じた。
やっぱりこんな素敵なことばかり起こる今が現実のはずがない。
やっぱり私は今、夢を見ているんだ。
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