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「その者の首を刎ねよ」
王座に腰かけたエメラルド国王は冷淡な口調で言い放った。
隣に座る王妃とアリスも温かみのない瞳で嘲笑する。
「お、お待ちください!国王様!ここに!ここにサファイア国王からの書面が!」
オリビアと共にサファイア国を訪れ、帰国させられた従者が握りしめた書面をエメラルド国王へと掲げた。
「それがなんだというのだ、この役立たずめ。貴様がサファイア国に残らなければ誰がオリビアを監視するのだ。ん?答えよ」
「わたしもサファイア国へ残らねばと思い……」
「答えよと申しておるっ!誰が貴様の勝手な発言を許したっ!」
従者の言葉を遮り、エメラルド国王は声を荒げた。
「ひっ」と声を上げ、従者は跪き地面に頭を擦りつける。
「申し訳ございません!私がサファイア国王に言われるがままここへ戻ってしまったため、今オリビア様を監視する者は一人もおりません!」
「今この瞬間オリビアがサファイア国に寝返ったらどうするのだ?貴様だけの首で責任がとれるか?貴様の家族の首も必要だなぁ」
「そ、それだけは!どうか、ご慈悲を!」
「良い情報の一つも持ち戻らない役立たずにどう慈悲を施せと?」
「情報……情報ならございます!オリビア様はサファイア国でとても恵まれた環境でお過ごしになられるようです。衣食住全て最高級のものを用意すると!」
「なんだと?そんなはずは……戦争に敗れた国の姫など虐げられるに決まっておる」
「しかし私は確かにこの耳で聞いたのです!サファイア国の恵は全てオリビア様のものだと!」
サファイア国は大国だ。
その恩恵は計り知れない。
普通に婚姻を結ぶ相手としては申し分ないほどだ。
だが、それだけで愛娘のアリスを嫁がせるわけにはいかない理由がある。
それはサファイア国王が今まで妃を迎えなかった理由でもある。
サファイア国は魔の国。
容姿が醜いのだ。
見たことはないが、魔の国なのだから間違いない。
サファイア国は恵まれた豊かな国。
きっとどこの国の姫もサファイア国の妃になりたがるだろう。
だが、サファイア国王が今まで妃を迎えなかったのは、容姿が醜い証拠だ。
サファイア国王が妃を迎えなかったのではなく、あまりの容姿の醜さに誰も花嫁になりたがらなかったのだ。
そんな誰もが拒む醜い王に可愛いアリスを嫁がせられるものか。
敗戦国の姫として虐げられ、さらに醜い王の相手をさせられるなどアリスが不憫すぎる。
だからどんな目に遭わされても構わないオリビアを送り込んだのだ。
オリビアがサファイア国で丁重な扱いを受けるのは予想外だったが、なんら問題はない。
自害するその時までせいぜい醜い王のご機嫌を取っていればいいさ。
「それともう一つ……」
従者が言葉を続ける。
「魔の国として、醜い者たちが棲むと言われていたサファイア国ですが……実はその、王宮の者たちは全て見目麗しい者ばかりでございました」
「何を言っておる。そんなわけがなかろう。相手は魔の国だぞ。幻覚でも見せられたのではないか?」
「いえ!私は確かにこの目で見たのでございます。他の者にも聞いていただければ分かります。皆同じように言うはずです」
信じ難い話だった。
サファイア国はおぞましい魔の国のはずだ。
魔物や竜が棲んでいる国だ。
そんなところに住んでいる人間なんて醜いに決まっているではないか。
「ねぇねぇ、オリビアが結婚するサファイア国王はどんな方なの?」
今まで黙って父親のやり取りを聞いていたアリスが口を挟んだ。
「その方も美しいのかしら?」
従者は答える。
「王宮の者たちは全て美しい方々ばかりでございました。その中でも一番麗しいお方がサファイア国王でございました」
アリスの瞳がきらきらと無邪気に輝く。
「ねぇお父様。わたくし、オリビアの代わりにサファイア国王と婚姻したく思いますわ」
「いや、アリスそれは……」
国王は言葉を濁らせる。
愛娘がサファイア国に嫁ぐなど、心配で心配でたまらなかった。
「あら、オリビアですら寵愛されるのですもの。わたくしが行ったらきっともっと歓迎してくれますわ」
「それはその通りだろうが……」
「お父様が欲しかったサファイア国も手に入りますのよ。この国のためになるんですもの。わたくし喜んで嫁がせていただきますわ」
エメラルド国王はしばらく考え、確かにその通りだと思った。
なんだ。なんだなんだ、そうか。
確かにそうだ。
アリスが妃の座を望むなら簡単にサファイア国が手に入る。
戦争などせずともよかったのだ。
アリスは大事な娘だ。
ただ嫁がせるだけでは終われない。
まずはアリスを妃の座に就かせる。
アリスを嫁にもらったサファイア国王はすぐにアリスの魅力に取り憑かれ、傀儡と化すだろう。
その後じっくりサファイア国とエメラルド国をひとつにすればいい。
サファイア国へ嫁ぐことをアリスが望み、その上大国が手に入る。
一石二鳥だ。
「腕のいい絵描きを呼べ。人相を描かせよ」
エメラルド国王は側近に命じた。
その言葉を聞き、従者は命拾いしたと確信した。
「少しでも人相画と違う場合、貴様とその家族の命はないからな」
だが、王の言葉にすぐ顔を青くした。
その後すぐに腕利きの絵描きが王宮に呼ばれ、従者の証言を元にサファイア国王の人相画が出来上がった。
それを見たアリスはうっとりとした表情で微笑んだ。
「美しいものは大好きよ。だって美しいわたくしにぴったりなんですもの」
一ヶ月後アリスのサファイア国への出立が決まった。
王座に腰かけたエメラルド国王は冷淡な口調で言い放った。
隣に座る王妃とアリスも温かみのない瞳で嘲笑する。
「お、お待ちください!国王様!ここに!ここにサファイア国王からの書面が!」
オリビアと共にサファイア国を訪れ、帰国させられた従者が握りしめた書面をエメラルド国王へと掲げた。
「それがなんだというのだ、この役立たずめ。貴様がサファイア国に残らなければ誰がオリビアを監視するのだ。ん?答えよ」
「わたしもサファイア国へ残らねばと思い……」
「答えよと申しておるっ!誰が貴様の勝手な発言を許したっ!」
従者の言葉を遮り、エメラルド国王は声を荒げた。
「ひっ」と声を上げ、従者は跪き地面に頭を擦りつける。
「申し訳ございません!私がサファイア国王に言われるがままここへ戻ってしまったため、今オリビア様を監視する者は一人もおりません!」
「今この瞬間オリビアがサファイア国に寝返ったらどうするのだ?貴様だけの首で責任がとれるか?貴様の家族の首も必要だなぁ」
「そ、それだけは!どうか、ご慈悲を!」
「良い情報の一つも持ち戻らない役立たずにどう慈悲を施せと?」
「情報……情報ならございます!オリビア様はサファイア国でとても恵まれた環境でお過ごしになられるようです。衣食住全て最高級のものを用意すると!」
「なんだと?そんなはずは……戦争に敗れた国の姫など虐げられるに決まっておる」
「しかし私は確かにこの耳で聞いたのです!サファイア国の恵は全てオリビア様のものだと!」
サファイア国は大国だ。
その恩恵は計り知れない。
普通に婚姻を結ぶ相手としては申し分ないほどだ。
だが、それだけで愛娘のアリスを嫁がせるわけにはいかない理由がある。
それはサファイア国王が今まで妃を迎えなかった理由でもある。
サファイア国は魔の国。
容姿が醜いのだ。
見たことはないが、魔の国なのだから間違いない。
サファイア国は恵まれた豊かな国。
きっとどこの国の姫もサファイア国の妃になりたがるだろう。
だが、サファイア国王が今まで妃を迎えなかったのは、容姿が醜い証拠だ。
サファイア国王が妃を迎えなかったのではなく、あまりの容姿の醜さに誰も花嫁になりたがらなかったのだ。
そんな誰もが拒む醜い王に可愛いアリスを嫁がせられるものか。
敗戦国の姫として虐げられ、さらに醜い王の相手をさせられるなどアリスが不憫すぎる。
だからどんな目に遭わされても構わないオリビアを送り込んだのだ。
オリビアがサファイア国で丁重な扱いを受けるのは予想外だったが、なんら問題はない。
自害するその時までせいぜい醜い王のご機嫌を取っていればいいさ。
「それともう一つ……」
従者が言葉を続ける。
「魔の国として、醜い者たちが棲むと言われていたサファイア国ですが……実はその、王宮の者たちは全て見目麗しい者ばかりでございました」
「何を言っておる。そんなわけがなかろう。相手は魔の国だぞ。幻覚でも見せられたのではないか?」
「いえ!私は確かにこの目で見たのでございます。他の者にも聞いていただければ分かります。皆同じように言うはずです」
信じ難い話だった。
サファイア国はおぞましい魔の国のはずだ。
魔物や竜が棲んでいる国だ。
そんなところに住んでいる人間なんて醜いに決まっているではないか。
「ねぇねぇ、オリビアが結婚するサファイア国王はどんな方なの?」
今まで黙って父親のやり取りを聞いていたアリスが口を挟んだ。
「その方も美しいのかしら?」
従者は答える。
「王宮の者たちは全て美しい方々ばかりでございました。その中でも一番麗しいお方がサファイア国王でございました」
アリスの瞳がきらきらと無邪気に輝く。
「ねぇお父様。わたくし、オリビアの代わりにサファイア国王と婚姻したく思いますわ」
「いや、アリスそれは……」
国王は言葉を濁らせる。
愛娘がサファイア国に嫁ぐなど、心配で心配でたまらなかった。
「あら、オリビアですら寵愛されるのですもの。わたくしが行ったらきっともっと歓迎してくれますわ」
「それはその通りだろうが……」
「お父様が欲しかったサファイア国も手に入りますのよ。この国のためになるんですもの。わたくし喜んで嫁がせていただきますわ」
エメラルド国王はしばらく考え、確かにその通りだと思った。
なんだ。なんだなんだ、そうか。
確かにそうだ。
アリスが妃の座を望むなら簡単にサファイア国が手に入る。
戦争などせずともよかったのだ。
アリスは大事な娘だ。
ただ嫁がせるだけでは終われない。
まずはアリスを妃の座に就かせる。
アリスを嫁にもらったサファイア国王はすぐにアリスの魅力に取り憑かれ、傀儡と化すだろう。
その後じっくりサファイア国とエメラルド国をひとつにすればいい。
サファイア国へ嫁ぐことをアリスが望み、その上大国が手に入る。
一石二鳥だ。
「腕のいい絵描きを呼べ。人相を描かせよ」
エメラルド国王は側近に命じた。
その言葉を聞き、従者は命拾いしたと確信した。
「少しでも人相画と違う場合、貴様とその家族の命はないからな」
だが、王の言葉にすぐ顔を青くした。
その後すぐに腕利きの絵描きが王宮に呼ばれ、従者の証言を元にサファイア国王の人相画が出来上がった。
それを見たアリスはうっとりとした表情で微笑んだ。
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