4 / 32
3
しおりを挟む
「隣のサファイア国を知っているか?」
サファイア国。
隣の大国だ。
昔、母に聞かされたことがある。
「竜が住まう国」
「そうだ。おぞましい魔の国だ」
魔の国?
ちがう、母から聞かされたのは。
「オリビア。隣のサファイア国にはね、とても優しい竜が住んでいるのよ」
優しい竜がいる国だって……。
「聞いておるのか!オリビア!」
大きな声にびくりと体が震えた。
「は、はい……」
父は派手に舌打ちした。
「その国に我々は正義の鉄槌を下そうとしたのだ。正義の戦いだ。だが悔しいことに、あと一歩のところで叶わず敗れた」
正義の戦い?
サファイア国はなにか悪いことをしたの?
聞きたくとも父の眼光が問うことを許さなかった。
「敗れた我々に傲慢なサファイア国は非情な要求をしてきた」
父は間を空け、じっとオリビアを見た。
「娘を嫁によこせと言ってきたのだ」
エメラルド国の王女を、サファイア国の嫁に。
「私にはお前の他にもう一人娘がいる。分かっているな?」
知っている。
王妃の娘だ。
母が私を生むより先に生まれた、私の腹違いの姉。
「アリスはこの世の誰よりも美しく育った自慢の娘だ」
「お前と違ってな」と聞こえたような気がした。
「奴らそれを知っていたのだろう。美しいアリスに目をつけるのも当然のことだが、あのおぞましい国へ嫁がせるわけにはいかん」
嘆かわしいと、父は顔を覆う。
だが、すぐに残虐な笑みに変わった。
「そこでだ、私は思い出したのだ。あぁ、もう一人私の娘がいるではないか、と」
身代わり。
生贄。
私にしか頼めないこと。
そういうことか。
魔の国って言われているから「死にに行け」ってことなのかな。
悲しいことに変わりはないが、希望が見えた。
それなら生きる選択もまだ残されている。
母の言葉を守れる。
「お前はアリスの代わりに魔の国へ嫁ぎ、そこで自害しろ」
「……え」
自害?
どうして、何故。
そんな言葉しか浮かばない。
「戦争に負けたこの国はサファイア国に従属するしかない。魔の国に、だ。我々が正義であるはずなのに、そんなこと許されるはずがない。サファイア国と対等になるためには、お前がサファイア国での非道な仕打ちを嘆き、自害するしかないのだ」
言葉が出なかった。
父は続ける。
「愛する娘を失った私はサファイア国に非を唱えることができる。対等ではなく、むしろ優位に立つことができるかもしれん」
愛する娘?
涙がこぼれた。
生涯私を愛してくれた人は二人だけだ。
おじいちゃん……お母さん……。
会いたい。
この国のために死ねば、お母さんも許してくれるかな。
「くれぐれも魔の国で生き長らえようとするでないぞ。よいな?」
この国のために。
父と王妃はともかく、亡くなった祖父と母は深く愛してくれた。
二人がいたこの国を守れるのなら。
そして、二人の元へ逝けるのなら。
オリビアは、大きく頷いた。
サファイア国。
隣の大国だ。
昔、母に聞かされたことがある。
「竜が住まう国」
「そうだ。おぞましい魔の国だ」
魔の国?
ちがう、母から聞かされたのは。
「オリビア。隣のサファイア国にはね、とても優しい竜が住んでいるのよ」
優しい竜がいる国だって……。
「聞いておるのか!オリビア!」
大きな声にびくりと体が震えた。
「は、はい……」
父は派手に舌打ちした。
「その国に我々は正義の鉄槌を下そうとしたのだ。正義の戦いだ。だが悔しいことに、あと一歩のところで叶わず敗れた」
正義の戦い?
サファイア国はなにか悪いことをしたの?
聞きたくとも父の眼光が問うことを許さなかった。
「敗れた我々に傲慢なサファイア国は非情な要求をしてきた」
父は間を空け、じっとオリビアを見た。
「娘を嫁によこせと言ってきたのだ」
エメラルド国の王女を、サファイア国の嫁に。
「私にはお前の他にもう一人娘がいる。分かっているな?」
知っている。
王妃の娘だ。
母が私を生むより先に生まれた、私の腹違いの姉。
「アリスはこの世の誰よりも美しく育った自慢の娘だ」
「お前と違ってな」と聞こえたような気がした。
「奴らそれを知っていたのだろう。美しいアリスに目をつけるのも当然のことだが、あのおぞましい国へ嫁がせるわけにはいかん」
嘆かわしいと、父は顔を覆う。
だが、すぐに残虐な笑みに変わった。
「そこでだ、私は思い出したのだ。あぁ、もう一人私の娘がいるではないか、と」
身代わり。
生贄。
私にしか頼めないこと。
そういうことか。
魔の国って言われているから「死にに行け」ってことなのかな。
悲しいことに変わりはないが、希望が見えた。
それなら生きる選択もまだ残されている。
母の言葉を守れる。
「お前はアリスの代わりに魔の国へ嫁ぎ、そこで自害しろ」
「……え」
自害?
どうして、何故。
そんな言葉しか浮かばない。
「戦争に負けたこの国はサファイア国に従属するしかない。魔の国に、だ。我々が正義であるはずなのに、そんなこと許されるはずがない。サファイア国と対等になるためには、お前がサファイア国での非道な仕打ちを嘆き、自害するしかないのだ」
言葉が出なかった。
父は続ける。
「愛する娘を失った私はサファイア国に非を唱えることができる。対等ではなく、むしろ優位に立つことができるかもしれん」
愛する娘?
涙がこぼれた。
生涯私を愛してくれた人は二人だけだ。
おじいちゃん……お母さん……。
会いたい。
この国のために死ねば、お母さんも許してくれるかな。
「くれぐれも魔の国で生き長らえようとするでないぞ。よいな?」
この国のために。
父と王妃はともかく、亡くなった祖父と母は深く愛してくれた。
二人がいたこの国を守れるのなら。
そして、二人の元へ逝けるのなら。
オリビアは、大きく頷いた。
96
お気に入りに追加
3,804
あなたにおすすめの小説

ある辺境伯の後悔
だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。
父親似だが目元が妻によく似た長女と
目元は自分譲りだが母親似の長男。
愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。
愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】貴方の後悔など、聞きたくありません。
なか
恋愛
学園に特待生として入学したリディアであったが、平民である彼女は貴族家の者には目障りだった。
追い出すようなイジメを受けていた彼女を救ってくれたのはグレアルフという伯爵家の青年。
優しく、明るいグレアルフは屈託のない笑顔でリディアと接する。
誰にも明かさずに会う内に恋仲となった二人であったが、
リディアは知ってしまう、グレアルフの本性を……。
全てを知り、死を考えた彼女であったが、
とある出会いにより自分の価値を知った時、再び立ち上がる事を選択する。
後悔の言葉など全て無視する決意と共に、生きていく。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。

【完】お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから
咲貴
恋愛
見初められ伯爵夫人となった元子爵令嬢のアニカは、夫のフィリベルトの義母に嫌われており、嫌がらせを受ける日々。
そんな中、義父の誕生日を祝うため、とびきりのプレゼントを用意する。
しかし、義母と二人きりになった時、事件は起こった……。

1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。
尾道小町
恋愛
登場人物紹介
ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢
17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。
ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。
シェーン・ロングベルク公爵 25歳
結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。
ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳
優秀でシェーンに、こき使われている。
コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳
ヴィヴィアンの幼馴染み。
アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳
シェーンの元婚約者。
ルーク・ダルシュール侯爵25歳
嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。
ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。
ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。
この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。
ジュリアン・スチール公爵令嬢18歳デビット王太子殿下の婚約者。
ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳
私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。
一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。
正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる