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3 お酒の飲み過ぎには注意しましょう ★
しおりを挟むようやく手に入れた。だから今夜はゆっくりおやすみ。明日は貰うから。
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「何を?」
脳裏に響いた声に思わず答えてしまい、眼を開けると、自宅ではない部屋のベッドで寝ていたことに気付いた。
慌てて飛び起きて自分の身体を確認するけれど、服がかなり大きなロングTシャツにスウェットという服装になっているだけで、特に別状は無かった。下着もきっちり着込んだままだ。ふぅと溜息をつく。
「ここは?」
インテリアがグレースケールに纏まっていることと、かなり広々としていることしか分からない。
ライトグレーの遮光カーテンの隙間からこぼれた陽のおかげで室内の様子は確認できた。
自分が寝ているダークグレーのシーツが施されたダブルベッド以外に黒いサイドボードくらいしか家具は無く、左側に窓、右側にクローゼットという作りだ。クローゼットの隣に扉がある。
部屋の様子をうかがっていると、唯一外に繋がっているであろう扉がガチャリと開いて、晴人さんが入ってきた。
黒いTシャツにグレーのスウェットというラフな格好の晴人さんが、布団から身を起こした私を見て微笑んだので焦る。
「おはようございます。よく眠れましたか」
「んなっ、えっ」
まさかのここは晴人さんの部屋!?
「昨日瑠璃さん酔っぱらってしまって。隼人の家は勿論無理なので、うちに連れてきたんです。あ、着替えは寝ぼけながらも自分でやってましたのでご心配なく」
うわぁすっごい迷惑かけてるじゃん。私をベッドのど真ん中で寝させたってことは自分はソファか何かで寝てしまったんだわ。
いつもはザルとか蟒蛇とか言われる位強いのに、晴人さんの独特の雰囲気にあてられて気が緩んでしまっているんだろうか?
「すみません!! ご迷惑おかけしてしまって」
「あ、いえいえお気になさらず。俺は大きめのソファーがあるのでそっちで寝ましたから」
慌ててベッドから飛び降りて頭を下げると、晴人さんが慌ててフォローしてくれた。
「もう、私の方をソファに転がしておいてくれて良かったのに」
「そういう訳にはいきませんよ。簡単にですが朝食を用意したので食べましょう」
苦笑いした晴人さんに連れ出されると、何畳あるのか分からない位の広々としたリビングへ出た。
昨日メーちゃんと会う前に準備する為に連れてこられた部屋だ。
毛足の長い絨毯とローテーブルと、何人でも座れそうな大きなソファが置かれている。確実にあのソファでもゆったりと寝れたよ私。
壁に掛けられたテレビもかなり大きい。スピーカーがあちこちに置かれていて拘りを感じる。映画とか見たら臨場感が凄そうだ。
物の少なさもあってモデルルームのよう。彼が使っていたらしき毛布がソファの上でぐしゃっとしているのが唯一の生活感だ。
昨日は時間が押してたからじっくり見れなかったのよね。
晴人さんの動向に眼を向けると、カウンターキッチンの中に入っていった所だった。
カウンターにくっ付けてあるダイニングテーブルには、サンドイッチとサラダが一つのプレート皿に乗せられて用意されている。
「これ、晴人さんが作ったの?」
卵サンドと、レタスとハムとチーズのサンドが2つずつ。サラダも、レタスとトマトと千切りのニンジン。キュウリも添えられていて朝食としては充分豪華だ。
「まさか、ルームサービスが頼めるんですよ。獣管職員は多忙ですからね。どうぞ、食べて下さい」
「へぇー。ホテル並みのサービスね。ありがとう、頂きます」
コーヒーを二人分用意してくれた晴人さんが椅子に腰かけて促してくれたので、私も座って手を合わせてから食べる。
サンドイッチは、パンもふっくらしていて中の卵は絶妙な味加減で美味しい。もう一方のサンドイッチもピリ辛のソースが挟まれていて絶品だ。サラダにかかっているのはニンジンドレッシングかな。と、味わいながらパクパク食べる。手が止まらない美味しさとはこのことだ。喫茶店とかにあったら常連になりたい。
「ごちそうさまでしたー。とっても美味しかったです。また食べたい位」
「おそまつさまでした。いつでも食べに来てくれて良いですよ」
「またまたぁ」
流石にそんな社交辞令を真に受ける程お子様じゃないですよ。とクスクス笑うと、「本気なのに」と晴人さんは困ったように微笑んだ。綺麗な人だなぁと思う。男の人にこんなこと言うと失礼に当たるだろうから言わないけれど。
「私が洗うわ」
「気にしないで下さい。お皿はそのままそのボックスに入れて玄関から出しておくだけですから」
そう言ってカップにコーヒーのお替りを入れてくれたので、私は晴人さんに示された青い箱にお皿を入れて玄関まで運んだ後、ソファーに移動して二人でのんびりすることにした。
「あれ? この匂いはブランデー?」
コーヒーを飲もうと顔を近づけて、先程と違い、ほのかに香る独特の匂いに気付いた。
「休日にこうして呑むのが好きなんです。お気に召しませんでしたか?」
「いいえ、おいしいわ」
帰りはどうせ電車だし、酒に強いからこの程度で酔うことは無いから問題ない。
確かに最近二回位失敗しているけれど、一杯程度なら大丈夫だろうと内心で呟く。
それに、コーヒーとブランデーという組み合わせは自宅でもやろうかなと思うくらいマッチしていた。
テレビをつけると、予想通りスピーカーによって四方八方から音が聞こえてきた、ただのバラエティ番組なのに変な感じだ。観客席の笑い声が後ろから聞こえたりしてちょっと怖い。
時計を見れば時間は午前10時。何時に帰ろうかなぁ、今日は休みだし、この辺りは詳しくないけど、お昼ご飯くらいはご馳走してお礼してから帰らないと。良い店あるかなぁ等とツラツラと考える。
「ていうか、ここ寮って言ってたよね、こんな大きな部屋一人だと落ち着かないかも」
「心配いりませんよ。瑠璃さんが住むのはここですから」
「は?」
聞き捨てならない話にテレビに向いていた眼が隣に向いて思わず仰け反る。
同じソファーで一人分程度の間を開けて座っていた筈の晴人さんに、いつのまにか距離が詰められていて、私が口を開こうとするのを阻止するように唇を己のそれで塞いでしまった。
驚いて身を引こうとしても、左右から囲い込むように両腕が巻き付いて離れない。
というより、身体がまるで鉛の服を着せられたようにだるくて動きにくい。両腕も、両足も。
「なに、これどういうことなの」
「あぁ、見えませんでしたか。これは失礼」
焦り藻掻く私をあざ笑うかのように優しい微笑みを浮かべた晴人さんは、さっとカーテンを開いて外の光を取り込んだ。
眩しさに眼を細めつつ確認すると、何かがキラキラと光っているのが見えた。それは部屋中を張り巡らされており、その中のほとんどが私を中心に広がっていた。
「これは……糸!?」
「俺のことを普通の人間だと思っていたようですが、俺は蜘蛛の獣人なんですよ」
「蜘蛛って、これ晴人さんが出したの!? んむぅ」
透明な光る糸は私が暴れれば暴れる程強固に絡まり、腕の辺りは白く見える程幾重にも折り重なっていく。ならばと足を蹴り動かそうとしたけれど、別の糸が絡まって、片足だけを中途半端に上げた恰好のまま動けなくなってしまった。
唯一自由である筈の頭も、ソファに膝立ちになった晴人さんに固定されて唇を塞がれる。舌を絡められて、流し込まれた唾液が口の中に溜まり反射的に飲み込んでしまう。
「ぷはっもう、やめ……あれ?」
私は顔を逸らして逃れようとしたが、突如身体の力が抜けてしまい、それは叶わなかった。
気付けば糸に拘束された手足と、晴人さんに抱えられている頭以外がソファへと沈んでいく。
「どう……してぇ?」
「俺は蜘蛛の獣人だって言ったでしょう? 蜘蛛は獲物を得る為に毒を持っているものだよ」
「どく……」
青褪めて叫びそうになるが、呂律が怪しくて舌足らずな緊張感の感じられない呟きしか漏らすことが出来なかった。
先程飲ませられた唾液が毒なのだろう。
「安心して、俺の毒はごくごく弱いもので、沢山飲んでも酩酊状態にしかならない」
「めいてい」
「つまり酔っ払うだけだよ。ちょっと気分が良くなっちゃうだけだ」
酩酊の意味位知ってるわよ! と普段なら怒鳴りつけるところだが、頭が麻痺したようにはっきりしなくて、晴人さんを見つめ続けることしかできない。
確かに気分が悪いということは無い、覚えのある感覚だと思ったらお酒を沢山飲んで酔っ払っている時の感覚と似ている。ただ、酒に強い私はここまで酔った状態に陥ることがほとんど無いので困惑を拭えない。
「しかも2時間程ですっきり抜けるし二日酔いも無し。ただ、本物のお酒を飲みながら口にすると酔っぱらいすぎて記憶が飛んじゃうけどね」
「あのひ……」
思い出すのは例の淫夢だ。
あれが現実なのだとしたら。
「安心して、最後まではしてないよ。まだね。これを手に入れるまでは警戒される訳にいかなかったから」
そう言って晴人さんが鞄から取り出したのは、見覚えのある書類だった。下の部分に私の字で私の名前が書かれている。
そのタイトル部分が目に入って驚愕に一瞬酩酊状態が冷めた。慌てて身を起こそうとしたが、糸の所為で立ち上がることは出来なかった。
「番承諾書って何それ!?」
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