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お隣のお姉さんの話
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お隣に住んでいる美少年にも見えちゃう女の子の家に、彼女を番だと主張する獣人さんのハヤッチが突撃してきた翌日、そろそろあの後の話を聞きに行こうと自宅を出て隣を見ると、引越し業者っぽいのがお隣の家を取り囲んでいるのを発見した。
「え、なに? どういうこと?」
私が思わず近寄っていくと、一人だけ作業着ではなくダークグレーのスーツを着ている男の人が私に気付いた。
「お隣の方ですか? 私こういう者です」
「あ、どうもご丁寧に。……獣管の人?」
手渡された名刺には、獣人中央管理室職員とある。
春日 晴人さんというそうだ。
綺麗な人だ。艶々の黒髪に鋭利な黒い瞳で、背は私より大きくはあるけど全体的なシルエットは華奢で、名刺を見ていなければ女の人と間違えそうだ。
「私は結菜 瑠璃です。それであの……」
私が視線だけで問いかけると、晴人さんは私の視線をおって、あぁと察してくれたようだ。
「花宝院隼人をご存知ですか? 私は彼のマネージャーのような事を担当しておりまして、こちらの御宅の桐生芽衣子様は彼の番と判明したので彼が自宅へ連れ帰りました。つきましてはそのまま暮らして頂く事になる為、荷物の移動に参りました。荷物が片付き次第、この家は引き払わせて頂きます」
「ちょっ連れ帰ったって、本人の意思は確認したの!? あの子が私に何にも言わずに出て行く筈無い! これは誘拐じゃないの?」
「……後日芽衣子様との面会の機会を設けます。番を見つけた獣人は危険ですので私でさえ近付けません。本人が自宅から出る気になるのを待つしか無いのです」
「何それ! 番だからって何しても良いの!?」
「そういう訳ではありませんが、獣人が番を危険に晒す事は絶対にありませんし、ご理解いただきたく……」
私達が押し問答していると、段々野次馬が増えてきて、周囲がざわつき始めた。
「ちょっとこっちへ」
私は仕方なく彼を自宅に引っ張り込んだ。
玄関を閉めてふぅと溜息吐いてから振り返ると、先程よりも眼に鋭さを増した晴人さんが私を睨んでいた。
なんで?
「私を自宅に連れ込んで何をする気ですか? 獣人を紹介しろという話なら聞きませんよ」
「は? 何の話よ。野次馬が増えてきちゃったから落ち着いて話をしたいだけなんだけど」
晴人さんがいきなり険悪な雰囲気を出してきた。私が困惑して答えると、晴人さんは虚を突かれたような顔をして恥ずかしそうに咳払いをした。
美人がやるとそんな姿も様になるもんだなーと感心してしまう。
「それに、私は獣人を恋人にする気は無いので安心して下さい」
きれいだなーとかかっこいいなーとは思うけどそれだけですと付け足しておく。
「それはまたどうして」
「個人の自由でしょ。そんな事よりメーちゃんの話! こんな事ならハヤッチと二人きりになんてさせなかったのに、番が結ばれたら幸せになれると聞いていたからメーちゃんを送り出そうとしたというのに、いきなり拉致監禁とか」
「芽衣子様と、仲が良かったのですね」
「過去形にしないで! 彼女はどうか知らないけど妹みたいに思ってるわ!」
なんだろう、ついついいきり立ってしまう、もっと冷静に話したいのに、きっと晴人さんが冷静過ぎるせいだ。
「もういいわ、連れてって!」
「はい?」
晴人さんは不思議そうに首を傾げた。
「メーちゃんの所に連れてって。来れないなら私が会いに行くわ」
「ダメです!」
突然冷静な態度を崩して叫ばれた私はびくりと身を竦めた。
私の様子に気付いた晴人さんは、頭を下げた。
「大きな声を出してしまって申し訳ございません。番との仲を邪魔された獣人は本当に危険なんです。貴方は排除されるかもしれない」
「排除って、物理的に? それは、犯罪じゃないの?」
流石に獣人だからって日本の法律が適用されないなんて事は無い筈だ。
「勿論犯罪です。そうなれば、彼は逮捕され番との接触も禁止される。そうなれば隼人は正気を失ってしまうでしょう。父のように……」
どきりとした。
晴人さんははっとしたように口をつぐもうとしたようだがもう遅い。
「お父さんは……」
私は嫌な動悸が治まらなくなった。聞いてはいけないと思うのに、続きを促そうとしてしまう。
「私の母は獣人である父と夫婦として暮らして居たのですが、父に番が見つかってしまい、追い縋った母は……。お腹に私が居たというのに父は将来を誓った相手である母を……。私は何とか産まれましたが、心身共に衰弱していた母は帰らぬ人になりました」
「そんな……」
私はガクガクと震えが止まらなくなった。
彼の話は私も他人事とは言えなかったから。
「父はその事件が元で逮捕され。番の方は気を病んで自害してしまった。父は今も存命はしていますが、心を閉ざして番の名前を呟いて過ごしています」
「……」
私は何も言えなくなって棒立ちになってしまう。晴人さんが私と同じ、いや、私以上に酷い生い立ちをしていることを知ってしまってどうして良いか分からない。
「こんな話をいきなりしてすみません。こんな話聞いて困惑したでしょうが、ご理解頂きたいのです。後日落ち着きましたらすぐにご連絡しますので」
そう言って家を出ようとするので、私は彼の腕を取って、「待って」と告げた。
「忠告のお礼にご馳走するわ。もうすぐお昼でしょ」
「は、いや、しかし」
「いいからいいから! といっても大したもんじゃないけどね」
遠慮しようとする晴人さんを、多少強引にだが部屋に上げて、高菜とツナのパスタとサラダを添えたものを用意したら、美味しい美味しいとすっかり平らげてくれて満足する。
慇懃な彼が笑顔を見せてくれるのが嬉しくて、デザートにアイスまで出してしまった。
今は買い置きのバケツアイスをお皿に取り分けたものを食べているところだ。
頃合いを見計らって私も身の上を話す事にした。
「実は私も同じなんだ」
「同じとは」
晴人さんはすっかり寛いで、スーツはハンガーに掛けて、シャツも襟元のボタンを二個外して胡座までかいてリラックスしていた。
「私の母も獣人と恋人だった事があったんだけど、私がお腹にいる事が分かる前に、獣人に番が見つかってフラれたんだって。晴人さんほど悲惨な事にはなってないけどね、母は今結婚して幸せにしてるし」
「だから獣人を恋人にはしないと?」
「そう。番だって言うならしょうがないけど、そうで無いなら恋人にはしないって決めてるし、友達が獣人と付き合うってなったら母の話を持ち出してでも止めるって決めてる」
「……そうですか」
「あ、別に獣人が嫌いってわけじゃないからね、ただ番でない人を恋人にしておいて、円満に暮らせる対処をしなかった無神経さが腹立つだけ」
「それは確かに」
最近になってわかった事だが、獣人は獣性を抑える薬を飲んでおけば番に反応しなくなるそうだ。
つまり、晴人さんの父も私の父もそういう対策をしないで暮らしていたのだから、獣人だから番が見つかったからしょうがないなんて言い訳は通用しない。ただのクズだ。
「あ、そうだ。ここに連絡してあげて、メーちゃんのバイト先なの。本人から連絡してるなら問題無いけど……」
「いえ、それどころでは無いでしょうから私から連絡しておきましょう」
「それどころじゃ無いって……」
私が問いかけたけれど、晴人さんは頬を少し赤らませるだけで、詳しくは教えてくれなかった。
あまりにその様子が色っぽくて見入ってしまって誤魔化されてしまっことき気づいたのは彼が帰ってしまってからだった。
それから三日後、会社員の私はノー残業デーの為、珍しく夕日が見える時間に自宅に帰ると、玄関前に人が立っているのが見えた。
近付いて確認すると晴人さんだった。今日は非番なのか、グレーのTシャツに黒いベストを羽織って、下はジーンズにブーツというカジュアルな格好をしている。
「こんにちわ、どうしたんですか? メーちゃんと会えるようになったんですか?」
「いえ、まだなんですが……。実はあの日の帰りに近所に美味しそうなお店を発見したので、良かったらご一緒してもらえませんか? ご馳走します」
「はぁ、まぁ良いですけど」
晩御飯は自宅にある物を適当にぶち込んで作ろうと思っていた所なので、奢りは嬉しい。
お気に入りのワンピースに着替えた後、晴人さんに連れて行かれたのは、近所は近所でも、値段が周辺から浮きまくっていて何時も前を通り過ぎるだけだった高級鉄板焼き店だった。
躊躇い無く晴人さんが私を連れて入ろうとするので仰け反って入店を拒否してしまう。
「えっここ!?」
「お気に召しませんか?」
「いやー、お気に召すとかそういう問題じゃなくて、こんなお店奢ってもらう訳にいかないわよ」
明らかに会ってニ回目の、ほぼ初対面に近い相手を連れてくる場所では無い。
「でも、もうここで食べる気満々で来てしまったので今更お預けは酷いです」
「うぇ!? いや、今日はファミレスとかにしといて、後日恋人なり友達なり連れてくれば良いじゃない」
しょんぼりとした顔をされると何だか悪い事をしている気になって焦ってしまうんだけど、晴人さんわざとやってるんじゃないでしょうね!?
「恋人なんか居ません。それに友人とこういう店に来ると何だか変な目で見られてしまうんです……」
「晴人さん……」
なるほど、カジュアルな服装をしていても気品と色気が漂ってしまう晴人さんは、男性だと分かっていてもくらりとしてしまいそうな魅力がある。例えばガタイの良い男の人なんかが隣に立っていたら、あらぬ妄想を掻き立てられてしまうのも無理は無い、かも。
「分かりました。でも奢りは無しです。私もちゃんと払いますからね。これでも社会人として働いてるんですから」
私が無駄にデカイ胸を張って、右手でばしっと胸元を叩いてふんと鼻を鳴らすと、晴人さんは優しく微笑んで頷いてくれた。
うわぁ、美人の笑顔は眼福です。
そして私、引き立て役やん。と、思わず関西弁で呟いてしまった。
「へぇ、〇〇大出身だったの。頭良いのねぇ」
「瑠璃さんこそ、●●大って女子大の中ではトップクラスですよね。しかも◎◎商事で働いてるとか凄いです」
「ただのOLよぉ。まだまだ新人でお給料も低いし」
「ワインもう一杯どうですか?」
「あ、ありがとう。これ美味しいね」
目の前でシェフさんが焼いてくれるジューシーで柔らかいお肉を口に放り込みながらワインをぐびぐびと飲む。
高級なのに気取った所のない雰囲気に助けられて、会話が弾んでいくうちにどんどんお酒が進んでしまう。
もう何杯飲んだか覚えてない。
私結構強いつもりだけどこれは流石にまずいかなーと思うんだけど、今まで酒で吐いたり醜態をさらしたりした事は無いから大丈夫かなと思う。
問題は財布の中身だ。
まあ、食べ物はコース料理にしたから何とかなるかな。
私は6杯ワインを飲んだ後、ウィスキーまで勧められるままに呑みまくって、気付いたら自宅のベッドで一人寝ていた。
時刻は23時。かなり時間が経っている。
服はきっちり寝巻きに着替えていて乱れた所は何も無い。
記憶には無いけど自力で着替えたのだろう。
まぁ、あの美人さんが私なんかに手を出すなんて有り得ないとは思うけどね。
「あ、そうだ支払い!」
あれだけ飲み食いして支払いまでさせたとか申し訳無さ過ぎる!
鞄を漁って携帯を取り出すと、晴人さんの名刺も取り出して携帯番号を入力していく。
「あれ?」
番号を入力している途中で、アプリの自動検索機能が作動して表示されたのは、『晴人』の文字。
私、あの人の番号登録してたっけ?
「まぁいいや、手間省けるし」
電話はすぐ繋がったので昨日の詫びをすると、では私の指定の店で良いので奢ってくれと言われて承諾し、金曜の夕方にまた会う事になった。
「え、なに? どういうこと?」
私が思わず近寄っていくと、一人だけ作業着ではなくダークグレーのスーツを着ている男の人が私に気付いた。
「お隣の方ですか? 私こういう者です」
「あ、どうもご丁寧に。……獣管の人?」
手渡された名刺には、獣人中央管理室職員とある。
春日 晴人さんというそうだ。
綺麗な人だ。艶々の黒髪に鋭利な黒い瞳で、背は私より大きくはあるけど全体的なシルエットは華奢で、名刺を見ていなければ女の人と間違えそうだ。
「私は結菜 瑠璃です。それであの……」
私が視線だけで問いかけると、晴人さんは私の視線をおって、あぁと察してくれたようだ。
「花宝院隼人をご存知ですか? 私は彼のマネージャーのような事を担当しておりまして、こちらの御宅の桐生芽衣子様は彼の番と判明したので彼が自宅へ連れ帰りました。つきましてはそのまま暮らして頂く事になる為、荷物の移動に参りました。荷物が片付き次第、この家は引き払わせて頂きます」
「ちょっ連れ帰ったって、本人の意思は確認したの!? あの子が私に何にも言わずに出て行く筈無い! これは誘拐じゃないの?」
「……後日芽衣子様との面会の機会を設けます。番を見つけた獣人は危険ですので私でさえ近付けません。本人が自宅から出る気になるのを待つしか無いのです」
「何それ! 番だからって何しても良いの!?」
「そういう訳ではありませんが、獣人が番を危険に晒す事は絶対にありませんし、ご理解いただきたく……」
私達が押し問答していると、段々野次馬が増えてきて、周囲がざわつき始めた。
「ちょっとこっちへ」
私は仕方なく彼を自宅に引っ張り込んだ。
玄関を閉めてふぅと溜息吐いてから振り返ると、先程よりも眼に鋭さを増した晴人さんが私を睨んでいた。
なんで?
「私を自宅に連れ込んで何をする気ですか? 獣人を紹介しろという話なら聞きませんよ」
「は? 何の話よ。野次馬が増えてきちゃったから落ち着いて話をしたいだけなんだけど」
晴人さんがいきなり険悪な雰囲気を出してきた。私が困惑して答えると、晴人さんは虚を突かれたような顔をして恥ずかしそうに咳払いをした。
美人がやるとそんな姿も様になるもんだなーと感心してしまう。
「それに、私は獣人を恋人にする気は無いので安心して下さい」
きれいだなーとかかっこいいなーとは思うけどそれだけですと付け足しておく。
「それはまたどうして」
「個人の自由でしょ。そんな事よりメーちゃんの話! こんな事ならハヤッチと二人きりになんてさせなかったのに、番が結ばれたら幸せになれると聞いていたからメーちゃんを送り出そうとしたというのに、いきなり拉致監禁とか」
「芽衣子様と、仲が良かったのですね」
「過去形にしないで! 彼女はどうか知らないけど妹みたいに思ってるわ!」
なんだろう、ついついいきり立ってしまう、もっと冷静に話したいのに、きっと晴人さんが冷静過ぎるせいだ。
「もういいわ、連れてって!」
「はい?」
晴人さんは不思議そうに首を傾げた。
「メーちゃんの所に連れてって。来れないなら私が会いに行くわ」
「ダメです!」
突然冷静な態度を崩して叫ばれた私はびくりと身を竦めた。
私の様子に気付いた晴人さんは、頭を下げた。
「大きな声を出してしまって申し訳ございません。番との仲を邪魔された獣人は本当に危険なんです。貴方は排除されるかもしれない」
「排除って、物理的に? それは、犯罪じゃないの?」
流石に獣人だからって日本の法律が適用されないなんて事は無い筈だ。
「勿論犯罪です。そうなれば、彼は逮捕され番との接触も禁止される。そうなれば隼人は正気を失ってしまうでしょう。父のように……」
どきりとした。
晴人さんははっとしたように口をつぐもうとしたようだがもう遅い。
「お父さんは……」
私は嫌な動悸が治まらなくなった。聞いてはいけないと思うのに、続きを促そうとしてしまう。
「私の母は獣人である父と夫婦として暮らして居たのですが、父に番が見つかってしまい、追い縋った母は……。お腹に私が居たというのに父は将来を誓った相手である母を……。私は何とか産まれましたが、心身共に衰弱していた母は帰らぬ人になりました」
「そんな……」
私はガクガクと震えが止まらなくなった。
彼の話は私も他人事とは言えなかったから。
「父はその事件が元で逮捕され。番の方は気を病んで自害してしまった。父は今も存命はしていますが、心を閉ざして番の名前を呟いて過ごしています」
「……」
私は何も言えなくなって棒立ちになってしまう。晴人さんが私と同じ、いや、私以上に酷い生い立ちをしていることを知ってしまってどうして良いか分からない。
「こんな話をいきなりしてすみません。こんな話聞いて困惑したでしょうが、ご理解頂きたいのです。後日落ち着きましたらすぐにご連絡しますので」
そう言って家を出ようとするので、私は彼の腕を取って、「待って」と告げた。
「忠告のお礼にご馳走するわ。もうすぐお昼でしょ」
「は、いや、しかし」
「いいからいいから! といっても大したもんじゃないけどね」
遠慮しようとする晴人さんを、多少強引にだが部屋に上げて、高菜とツナのパスタとサラダを添えたものを用意したら、美味しい美味しいとすっかり平らげてくれて満足する。
慇懃な彼が笑顔を見せてくれるのが嬉しくて、デザートにアイスまで出してしまった。
今は買い置きのバケツアイスをお皿に取り分けたものを食べているところだ。
頃合いを見計らって私も身の上を話す事にした。
「実は私も同じなんだ」
「同じとは」
晴人さんはすっかり寛いで、スーツはハンガーに掛けて、シャツも襟元のボタンを二個外して胡座までかいてリラックスしていた。
「私の母も獣人と恋人だった事があったんだけど、私がお腹にいる事が分かる前に、獣人に番が見つかってフラれたんだって。晴人さんほど悲惨な事にはなってないけどね、母は今結婚して幸せにしてるし」
「だから獣人を恋人にはしないと?」
「そう。番だって言うならしょうがないけど、そうで無いなら恋人にはしないって決めてるし、友達が獣人と付き合うってなったら母の話を持ち出してでも止めるって決めてる」
「……そうですか」
「あ、別に獣人が嫌いってわけじゃないからね、ただ番でない人を恋人にしておいて、円満に暮らせる対処をしなかった無神経さが腹立つだけ」
「それは確かに」
最近になってわかった事だが、獣人は獣性を抑える薬を飲んでおけば番に反応しなくなるそうだ。
つまり、晴人さんの父も私の父もそういう対策をしないで暮らしていたのだから、獣人だから番が見つかったからしょうがないなんて言い訳は通用しない。ただのクズだ。
「あ、そうだ。ここに連絡してあげて、メーちゃんのバイト先なの。本人から連絡してるなら問題無いけど……」
「いえ、それどころでは無いでしょうから私から連絡しておきましょう」
「それどころじゃ無いって……」
私が問いかけたけれど、晴人さんは頬を少し赤らませるだけで、詳しくは教えてくれなかった。
あまりにその様子が色っぽくて見入ってしまって誤魔化されてしまっことき気づいたのは彼が帰ってしまってからだった。
それから三日後、会社員の私はノー残業デーの為、珍しく夕日が見える時間に自宅に帰ると、玄関前に人が立っているのが見えた。
近付いて確認すると晴人さんだった。今日は非番なのか、グレーのTシャツに黒いベストを羽織って、下はジーンズにブーツというカジュアルな格好をしている。
「こんにちわ、どうしたんですか? メーちゃんと会えるようになったんですか?」
「いえ、まだなんですが……。実はあの日の帰りに近所に美味しそうなお店を発見したので、良かったらご一緒してもらえませんか? ご馳走します」
「はぁ、まぁ良いですけど」
晩御飯は自宅にある物を適当にぶち込んで作ろうと思っていた所なので、奢りは嬉しい。
お気に入りのワンピースに着替えた後、晴人さんに連れて行かれたのは、近所は近所でも、値段が周辺から浮きまくっていて何時も前を通り過ぎるだけだった高級鉄板焼き店だった。
躊躇い無く晴人さんが私を連れて入ろうとするので仰け反って入店を拒否してしまう。
「えっここ!?」
「お気に召しませんか?」
「いやー、お気に召すとかそういう問題じゃなくて、こんなお店奢ってもらう訳にいかないわよ」
明らかに会ってニ回目の、ほぼ初対面に近い相手を連れてくる場所では無い。
「でも、もうここで食べる気満々で来てしまったので今更お預けは酷いです」
「うぇ!? いや、今日はファミレスとかにしといて、後日恋人なり友達なり連れてくれば良いじゃない」
しょんぼりとした顔をされると何だか悪い事をしている気になって焦ってしまうんだけど、晴人さんわざとやってるんじゃないでしょうね!?
「恋人なんか居ません。それに友人とこういう店に来ると何だか変な目で見られてしまうんです……」
「晴人さん……」
なるほど、カジュアルな服装をしていても気品と色気が漂ってしまう晴人さんは、男性だと分かっていてもくらりとしてしまいそうな魅力がある。例えばガタイの良い男の人なんかが隣に立っていたら、あらぬ妄想を掻き立てられてしまうのも無理は無い、かも。
「分かりました。でも奢りは無しです。私もちゃんと払いますからね。これでも社会人として働いてるんですから」
私が無駄にデカイ胸を張って、右手でばしっと胸元を叩いてふんと鼻を鳴らすと、晴人さんは優しく微笑んで頷いてくれた。
うわぁ、美人の笑顔は眼福です。
そして私、引き立て役やん。と、思わず関西弁で呟いてしまった。
「へぇ、〇〇大出身だったの。頭良いのねぇ」
「瑠璃さんこそ、●●大って女子大の中ではトップクラスですよね。しかも◎◎商事で働いてるとか凄いです」
「ただのOLよぉ。まだまだ新人でお給料も低いし」
「ワインもう一杯どうですか?」
「あ、ありがとう。これ美味しいね」
目の前でシェフさんが焼いてくれるジューシーで柔らかいお肉を口に放り込みながらワインをぐびぐびと飲む。
高級なのに気取った所のない雰囲気に助けられて、会話が弾んでいくうちにどんどんお酒が進んでしまう。
もう何杯飲んだか覚えてない。
私結構強いつもりだけどこれは流石にまずいかなーと思うんだけど、今まで酒で吐いたり醜態をさらしたりした事は無いから大丈夫かなと思う。
問題は財布の中身だ。
まあ、食べ物はコース料理にしたから何とかなるかな。
私は6杯ワインを飲んだ後、ウィスキーまで勧められるままに呑みまくって、気付いたら自宅のベッドで一人寝ていた。
時刻は23時。かなり時間が経っている。
服はきっちり寝巻きに着替えていて乱れた所は何も無い。
記憶には無いけど自力で着替えたのだろう。
まぁ、あの美人さんが私なんかに手を出すなんて有り得ないとは思うけどね。
「あ、そうだ支払い!」
あれだけ飲み食いして支払いまでさせたとか申し訳無さ過ぎる!
鞄を漁って携帯を取り出すと、晴人さんの名刺も取り出して携帯番号を入力していく。
「あれ?」
番号を入力している途中で、アプリの自動検索機能が作動して表示されたのは、『晴人』の文字。
私、あの人の番号登録してたっけ?
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