64 / 84
第63話 勘と十字槍
しおりを挟む
ーカリンー
サヤは口の中の飴玉をかみ砕いてしまった。
波が引くように、収まっていく衝動。いったいこの感情とあの突進はなんだったのか。
「あんた、ウチに何を食べさせたと?」
口では文句を言っているが、明丸とシロウの様子が気になるサヤ。
結わえていた縄を手繰りよせる。
これだけ走れば大丈夫だろう。アダケモノの気配はなくなった。
ずいぶんと山の中に入った。勘で北の方に逃げたつもりではいるのだが。
とりあえず、目指すのはまだク海には遠い山脈の中腹にある成馬宮城。その城が虎成城の北東にあるので、まず北の方、山の方を目指したのだ。
ただ、目がまだ霞む。途中からあの少し酸っぱい飴の味もしなくなっている気がしていた。
もしかして、間違って深い方へ来たのではないか?サヤは気になっていた。
言い伝えでは、ク海では、人間が死ぬに際して一般的に失っていく順に五感が失われていくと聞いている。分かりにくいが、まず味覚。そしてだんだんと見えなくなって臭いも分からなくなる。やがてモノを触っても分からなくなり、意外と耳が最後まで残るらしい。個人差はあるだろう。同時にも来よう。
ともかく、少しづつ異常さが増すようだ。水に深く潜ればそれだけ圧力がかかるように。
もしここが文字通り、ク海、海だとするならば、急に深く潜ったり、逆に浅い所へ急に上るのは危ないのではないかとサヤの直感は告げていた。
ああ、二人の男の子の様子を見なくては。できることは少ないが。結構派手に暴れた。モモも揺れたろうに。
若様の様子を見る。顔色が少し良くなった気がするな。
「どおれ、顔を見せてちょうだい。」
サヤはモモの半透明な甲羅をのぞき込む。幼子は寝ているようだ。
「良かった。でも、今のうちになんとかせんと。お腹も空いてくるやろうし。」
少女は赤子とケガ人を抱えて迷っていた。
もう夕焼けは過ぎ、辺りは暗くなってきている。
動くべきか。朝までじっとしているべきか?サヤはあの鉄の扉の後ろの備品を集めている場所で松明を二本、モモの縄にしっかり括っておいたのを思い出した。
火打石も火口もある。しかし、火を点けるべきか?もし虎河の兵がいたら?
不安はつきない。しかし、皆を守れるのは今、自分しかいない。
川を見つけよう。この辺りの川は北の那岐の国から流れてくる。
サヤはそう決めた。
上流に登れば、成馬宮城に辿りつけなくても、ク海から逃れられりかもしれない。
しばらく後、灯りをつけず音を頼りに亀を連れて、川を上流に登る彼女の姿があった。満月からそれほど日は経っていない。まだ月明りは水面を照らすほどには残っていた。川に近づき過ぎぬよう、しかし離れぬように。
サヤは川を左手に見て、しっかりゆっくり上流へ向かう。気持ち的には早くク海から上がってしまいたい。自分だけならもっと急いでいただろう。けれど、人を連れている。長時間の滞在は良くないだろうけど、急激な変化も多分、危ないのだ。逸る気持ちを落ち着かせて進む。
ふと見ると右手に道が見える。川に沿っている。多分街道だ。辿っていけば成馬宮の城へ続く。少なくともク海の上には出られるに違いない。
しかし、サヤの足は止まった。数少ない街道なら、敵の追手も追ってこれやすいのではないか。川べりで様子をのぞいた。
随分と前にここにいる若様が民を北へ逃した。多くの者が虎成の城下を離れたことだろう。しかしそうはいってもまだ道半ばのモノがいるはずだ。
荷車が来た。大人二人、荷車に子ども二人、親子連れのようだ。父が引き母が押してこのなだらかな坂を上ってきたのだろう。
その時だった。遠くで馬の蹄の音がする。やけに急いでいる。
サヤは嫌な感じがした。暗闇に目をこらす。
月影に垣間見たのは、赤い鎧。月の光を跳ね返す十字の槍。三騎駆けてくる。
サヤは目の前を通る荷馬車に乗っている女の子と目が合った。
騎馬武者に目をやる。槍を振りかぶっている。
サヤはもう飛び出していた。・・・そういう娘だ。
サヤは口の中の飴玉をかみ砕いてしまった。
波が引くように、収まっていく衝動。いったいこの感情とあの突進はなんだったのか。
「あんた、ウチに何を食べさせたと?」
口では文句を言っているが、明丸とシロウの様子が気になるサヤ。
結わえていた縄を手繰りよせる。
これだけ走れば大丈夫だろう。アダケモノの気配はなくなった。
ずいぶんと山の中に入った。勘で北の方に逃げたつもりではいるのだが。
とりあえず、目指すのはまだク海には遠い山脈の中腹にある成馬宮城。その城が虎成城の北東にあるので、まず北の方、山の方を目指したのだ。
ただ、目がまだ霞む。途中からあの少し酸っぱい飴の味もしなくなっている気がしていた。
もしかして、間違って深い方へ来たのではないか?サヤは気になっていた。
言い伝えでは、ク海では、人間が死ぬに際して一般的に失っていく順に五感が失われていくと聞いている。分かりにくいが、まず味覚。そしてだんだんと見えなくなって臭いも分からなくなる。やがてモノを触っても分からなくなり、意外と耳が最後まで残るらしい。個人差はあるだろう。同時にも来よう。
ともかく、少しづつ異常さが増すようだ。水に深く潜ればそれだけ圧力がかかるように。
もしここが文字通り、ク海、海だとするならば、急に深く潜ったり、逆に浅い所へ急に上るのは危ないのではないかとサヤの直感は告げていた。
ああ、二人の男の子の様子を見なくては。できることは少ないが。結構派手に暴れた。モモも揺れたろうに。
若様の様子を見る。顔色が少し良くなった気がするな。
「どおれ、顔を見せてちょうだい。」
サヤはモモの半透明な甲羅をのぞき込む。幼子は寝ているようだ。
「良かった。でも、今のうちになんとかせんと。お腹も空いてくるやろうし。」
少女は赤子とケガ人を抱えて迷っていた。
もう夕焼けは過ぎ、辺りは暗くなってきている。
動くべきか。朝までじっとしているべきか?サヤはあの鉄の扉の後ろの備品を集めている場所で松明を二本、モモの縄にしっかり括っておいたのを思い出した。
火打石も火口もある。しかし、火を点けるべきか?もし虎河の兵がいたら?
不安はつきない。しかし、皆を守れるのは今、自分しかいない。
川を見つけよう。この辺りの川は北の那岐の国から流れてくる。
サヤはそう決めた。
上流に登れば、成馬宮城に辿りつけなくても、ク海から逃れられりかもしれない。
しばらく後、灯りをつけず音を頼りに亀を連れて、川を上流に登る彼女の姿があった。満月からそれほど日は経っていない。まだ月明りは水面を照らすほどには残っていた。川に近づき過ぎぬよう、しかし離れぬように。
サヤは川を左手に見て、しっかりゆっくり上流へ向かう。気持ち的には早くク海から上がってしまいたい。自分だけならもっと急いでいただろう。けれど、人を連れている。長時間の滞在は良くないだろうけど、急激な変化も多分、危ないのだ。逸る気持ちを落ち着かせて進む。
ふと見ると右手に道が見える。川に沿っている。多分街道だ。辿っていけば成馬宮の城へ続く。少なくともク海の上には出られるに違いない。
しかし、サヤの足は止まった。数少ない街道なら、敵の追手も追ってこれやすいのではないか。川べりで様子をのぞいた。
随分と前にここにいる若様が民を北へ逃した。多くの者が虎成の城下を離れたことだろう。しかしそうはいってもまだ道半ばのモノがいるはずだ。
荷車が来た。大人二人、荷車に子ども二人、親子連れのようだ。父が引き母が押してこのなだらかな坂を上ってきたのだろう。
その時だった。遠くで馬の蹄の音がする。やけに急いでいる。
サヤは嫌な感じがした。暗闇に目をこらす。
月影に垣間見たのは、赤い鎧。月の光を跳ね返す十字の槍。三騎駆けてくる。
サヤは目の前を通る荷馬車に乗っている女の子と目が合った。
騎馬武者に目をやる。槍を振りかぶっている。
サヤはもう飛び出していた。・・・そういう娘だ。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
父が再婚してから酷い目に遭いましたが、最終的に皆罪人にして差し上げました
四季
恋愛
母親が亡くなり、父親に新しい妻が来てからというもの、私はいじめられ続けた。
だが、ただいじめられただけで終わる私ではない……!
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
婚約破棄されて勝利宣言する令嬢の話
Ryo-k
ファンタジー
「セレスティーナ・ルーベンブルク! 貴様との婚約を破棄する!!」
「よっしゃー!! ありがとうございます!!」
婚約破棄されたセレスティーナは国王との賭けに勝利した。
果たして国王との賭けの内容とは――
妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~
サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――
(完)なにも死ぬことないでしょう?
青空一夏
恋愛
ジュリエットはイリスィオス・ケビン公爵に一目惚れされて子爵家から嫁いできた美しい娘。イリスィオスは初めこそ優しかったものの、二人の愛人を離れに住まわせるようになった。
悩むジュリエットは悲しみのあまり湖に身を投げて死のうとしたが死にきれず昏睡状態になる。前世を昏睡状態で思い出したジュリエットは自分が日本という国で生きていたことを思い出す。還暦手前まで生きた記憶が不意に蘇ったのだ。
若い頃はいろいろな趣味を持ち、男性からもモテた彼女の名は真理。結婚もし子供も産み、いろいろな経験もしてきた真理は知っている。
『亭主、元気で留守がいい』ということを。
だったらこの状況って超ラッキーだわ♪ イケてるおばさん真理(外見は20代前半のジュリエット)がくりひろげるはちゃめちゃコメディー。
ゆるふわ設定ご都合主義。気分転換にどうぞ。初めはシリアス?ですが、途中からコメディーになります。中世ヨーロッパ風ですが和のテイストも混じり合う異世界。
昭和の懐かしい世界が広がります。懐かしい言葉あり。解説付き。
旅の道連れ、さようなら【短編】
キョウキョウ
ファンタジー
突然、パーティーからの除名処分を言い渡された。しかし俺には、その言葉がよく理解できなかった。
いつの間に、俺はパーティーの一員に加えられていたのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる