ウワサの重来者 どうか、心振るえる一生を。（中辛）

第１４話 懺悔と償い

　
  ここは、我の部屋か？おぼろに見える天井は見覚えのあるものだ。

　雨が降っているのだろう。強い雨音あまおとと土の臭いがする。

　我は気を失っていたのだろうか？どのくらい寝ていたのか。

　いけない。ロクロウはどうした。賊ぞくはどうなった？

　そうだ、毒矢を受けてしまって、それから・・・それから
　
　思い出せぬ。
　
　そうだ。ああユウジ、滝に落ちてしまった。我のせいで、我が誘ったせいで。
　
　ナツキだけではなく、まさかユウジまでもク海に落としてしまうとは・・・

「ゆる・・許してくれ・・」

　かすかに声が漏れ出た。

「気がつかれましたか？シロウ様。」

　シロウと呼ばれた若様はドキリとした。目だけが揺れる。

「ナツキか？」

「はい、ここにおりまする。」

　シロウは懸命けんめいに体に力をこめ、動かそうとする。

　涎よだれがたれながらも布団を抜け出て腹ばいになり、手のひらを畳たたみに、腕を立てて体を起こす。

「シロウ様、起きてはなりませぬ。」

「すまぬっ」
　そのまま畳に突つっ伏ぷした。

「シロウ様！」

「すまぬ。すまぬ」
　右手で畳をなぐりつける。


「若様、孫は立派に戦いましたでしょうか？」

　部屋の隅すみから老婆ろうばの凛りんとした声が響く。

　シロウは近習きんじゅに背中から抱き起された。

　部屋の隅に小柄こがらな老婆が正座をしている。

「婆ばあやか。ヨウコ婆ばあか。」
　シロウの頬には幾条にも跡がある。

「若。・・・泣くのはおよしなされ。そのようにお育てした覚えはありませぬ。」
　この優し気な老婆からこんな声が出るのかというほど低く澄んだ声だった。

「しかし、我はそなたの家の最後の男を殺してしもうたっ！」
　シロウは思わず吐き捨てるように自分の罪をさらけ出した。

　老婆はふっと一息吐つく。
「若、重ねて問いまする。孫はお役に立ちましたか？」

　シロウは座り直し、背を正した。
「仇花アダバナの首を切り落とし、獅子谷村ししやむらをク海より救った。・・・しかし」
　がっくりとうなだれる。

「あなた様が生きておられればそれで良いのです。」
　老婆はキッパリと言い切った。

　家臣としてはそうだ。そうなのだが。
　
　老婆はシロウに訊たずねる。飄々ひょうひょうとしかし覚悟を決めて。


「その最後の顛末てんまつをば、お聞かせ願いまする。」


　しばしの沈黙があった。
「仇花アダバナの石の棘とげに胸を貫かれ、ク海に落ちた。」
　シロウはそれだけ言うのが精いっぱいだった。

「確かに貫かれたのでござりましょうや？」
「この目で確しかと見た。」
　老婆の揺るぎない視線にシロウは恐怖した。戦いよりも怖かったのだ。

　老婆の指がほんの少し動いた。しかしそれを反対の手で押さえる。
「ならば、孫の探索たんさく、不要にございます。」

「しかし」

「お話を聞く限り、生きてはおりますまい。このお国の火急かきゅうの折おり、他の方々を危険にさらされませぬようお願いいたします。」

　現在、この重家かさねけの治める勇那いさなの国は、周囲の国々と臨戦態勢りんせんたいせいにある。

「しかし、しかし婆ばあや・・・」

「伏ふしてお願いいたしまする。」
　老婆が両手を膝ひざの前につき、深々ふかぶかと頭を下げた。

「・・・・・わかった。受け入れる」

　老婆は顔をあげた
「ならば、最後にひとつだけお願いがございます。」

「・・・申してみよ。」

「我が片城かたきの家に残ったこの女どもの前で、孫を褒ほめてくださいませ。」

　シロウは正座しなおし、スウッと一息吸った。


「この度たびのこと、片城かたき 内花 ダイナの 有慈郎ゆうじろう・・・大儀たいぎであった。」

　
　老婆とナツキが両手をついて伏す。

　部屋の隅ではロクロウが二人に両手をついて頭を下げていた。

　ただ、ただ雨音だけが響いた。



　その翌日

　サヤは城の一室に通されちょこんと座っていた。

　その隣には沖も正座している。

　結果として、獅子谷村ししやむらの人々は無事であった。　
　
　ただし、村の安全が確保できるまで、領内の寺等に分かれて身をよせることになった。

　サヤはジカイ和尚の寺に厄介やっかいになっている。

　そして今日は、先日の宝の件で呼び出されたのだ。

　ああ、怒られるのだろうか？そう思った。

　サヤはあの犬モドキと賊ぞくの襲撃しゅうげきで、肝心かんじんの宝を二つとも紛失しているからだ。

　ジカイ和尚と御蔵奉行おくらぶぎょうが上手かみてに並んで座っている。

　しばらくして、トタトタと複数の足音が聞こえてきた。

　皆、頭こうべを垂れた。

　襖ふすまがサッと開いて人が入ってくる。

「良い、顔を見せてくれ。」
　若様、重家かさねけのシロウの笑顔があった。ロクロウも居る。

「ああ」とサヤは息を呑のみ目頭めがしらを熱くした。

「どうかしたか？サヤ。」
　若は普段の悪戯小僧いたずらこぞうの顔だ。サヤは言葉が出ない。

　あの日、賊を沖が打ち払い、城まで辿り着いた時の二人は意識がなく、慌てて城内に担かつぎ込まれてその後会えてはいない。あの矢は猛毒だったのだ。

「心配をかけたようだな。すまん。」
　シロウとロクロウは頭を下げた。

　座敷ざしきに不意に涼しい風が吹き込む。

「ロクロウ、ええ娘こじゃ。嫁にもろうたらどうじゃ？」
　若様は普段の調子が戻っているらしい。いや、戻している・・・らしい。

「願ってもないことで。」
　ロクロウはフフフと笑ってオキを見る。
　この男も調子を戻・し・て・い・る・らしい。

「チエノスケ、そちはどうか？もぉのすごく情け深い美人じゃぞ？」

「あっ、いやそのご本人のお気持ちが・・・大事かと・・。」

　若はまたニンマリ笑って
「チエノスケ、槍を握っている時とは別人じゃの。」

　沖はなんだか小さくなっている。

「若様！オヤジくせぇです！」

　その場の者の動きが止まった。

「あはは！そうか。そうか！その意気いきや良よし！」
　若様だけが膝を打って喜んでいた。