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第12話 紅と紫と金

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渦巻く風の抱擁ほうようは嵐のように過ぎ去った。

ユウジの胸にもはや傷跡すらない。
「これは、確かに死ぬと思ったけど・・・。奇跡なのか?」

「ちゃんと生きていますわ。」
 甘い声と長い藤色の髪。紫の服に銀の甲冑かっちゅうまとう姿はこの国の者ではない。
「私、メルセデスと申します。」

「私はマチルダだ。」
 もう一人の軽装鎧の女性。燃えるような紅い瞳と短い髪。

「あなた方は・・・・異国の人なのか?」
 己とあまりにも違う二人の容貌ようぼうにまず疑問が口をついて出た。

「まぁ、そう言えなくもないわ。」
 マチルダが口元に手を当て、白い手袋の人差し指が唇に触れた瞬間に炎がはじけた。

「異世界と申し上げた方が近いと思います。」
 メルセデスと名乗った女性の声は心地が良い。なぜだか甘い香りがする。

「異世界?ここが?」
 ユウジは初めて周りを見渡した。

「君達からすれば、ク海もすでに異世界と言えるでしょう?」
 マチルダの大きな瞳がユウジを捉えて離さない。

「バカな!人がク海で生きられるものか!」

「そうね、人ならばね。」

 何だと?人ならばだと?ユウジは疑問が口をつく。
「あなた方は人ではないのか!」

片城かたき様、まだご無理はいけませんよ。」
 甘く優しく諭す声。

「メルの言う通りだ。なにせ君は胸を貫かれて滝に落ちたのだから。」

「・・・ど、どういう事だ?なぜ、なぜ知っている?」
 ユウジはまさに混乱の絶頂ぜっちょうにいた。
「いや、そもそも、そもそもなぜあなたは俺の名を知っている?」
 メルセデスは確かに片城かたき様と己を呼んだ。


「私も共に落ちたではないか。」
 マチルダがポツリといった。
「へっ?」
「君は私をしっかり抱きしめて、一緒に滝つぼに落ちたでしょう?」
 紅い瞳の美しい女性は悪戯いたずらっ子っぽく笑った。
「はぁっ?」
 何を言っているのだ。この女性は?ユウジは目が回る。

「私は、放り投げられて し・か・た・な・く ですが。」
 こちらは何やら妖艶ようえんな色気だ。

「メル。あなたがサヤに助けられるかもしれないと言って出てきたのではないの?」

「思ったより滝が高かったんですもの。底が割れるかと思ったわ。」
 メルは自分のお尻をそっと触る。

「ちょっ、ちょっとあなた方、何言ってるか分からない。」
 え、なんだ?滝、刺される、投げられる、落ちる、マチルダ、炎、メルセデス、水、傷が治る、サヤ?
「?!」

「まだ分からないかな?」とマチルダがのぞき込む。美人の顔が近い。
 
 ユウジは頭の中で必死に点と点をつなげる。あり得ないが・・・・。
「・・・サヤ殿のお宝?」

「大当たり!」二人が同時に拍手はくしゅをした。

 はぁぁ?何だそれと少年は卒倒そっとうしかける。

「それはそうと、君は大切な人を忘れているね。」

「そうですう。かわいそうだわぁ。」

 この時初めてユウジは頭の後ろでチリチリと音が鳴っていることに気がついた。



「許してあげて、ラウラ」
 メルセデスがユウジの背後にある輝く光の珠に向かって話しかけた。

 ヴゥゥゥンと珠が揺れ、振動音しんどうおんだけが響く。

 確かに先ほどはラウラと名乗る金髪の美しい女性が駆けてきて、抱きしめられたと思ったら風が鳴りやみ、マチルダとメルセデスの二人とやり取りしている間に見失っていた。いや消えてしまったのだ。

「君の傷は相当そうとう深刻しんこくだった・・・ってことだよ。」
 マチルダが懐剣を腰に差す。

「私の器の水でカタキ様の体の傷の修復は完璧にできましたが。」
 メルセデスがサヤのお椀をかかげて見せる。

「だけど、止まったものは動かせない。」
 マチルダがユウジの心臓を指差した。

「しかし幸運なことに片城かたき様、あなたのお宝である風車は、その根源が力の波動ラウラ。命を織りなす循環の輪ラウラ。全てを動かすラウラ。ラウラは自らの姿が留められないほどの力をあなたの命の再始動ふっかつに注いだのです。」

「自分を犠牲にした・・ということ?」

「そうなります。だからあなた様は今、目が見えているでしょう?」
「あっ。」

「君は、ク海に落ちたらまず目が潰れると聞いたことはないかい?」

「知っているよ」
 ユウジには心当たりがある。充分すぎるほどに。
「ウチの姉がそうだからさ。」
 ユウジの姉のナツキは目がほとんど見えない。
 幼いころ、事故でク海に長時間居たためだ。

 だが、今ユウジの目ははっきり見えている。

「ラウラが半身を溶かして君と融合したから、宝としての性質と風の護りがク海からの干渉を遮断しゃだんしているのだと思う。」マチルダがそう言った。

 ふわっと光のたまが風に流されそうになっていた。

 にわかに信じられない。でも、身を溶かして、オレの命を救ってくれたのなら・・。

 ユウジはそっと両の手のひらでそれを包み込むと
「礼をいいます。そなたは俺の命の恩人だ。」
 
 珠は恥ずかしそうに揺れてユウジの手のひらにあちこちとぶつかった。


「ありがとう。」


 珠の振るえが止まった。
 
 だが、珠の中の光が激しく点滅てんめつし揺れた。

 心からの感謝の言の葉はク海には見当たらない。

 あるのは、厳しい自然の摂理せつりのみ。

 パリパリと光の殻が破れ、そこには親指ほどの羽の生えた少女が座っていた。

 先ほどの美しい大人の女性ではない。

 ほたるのような妖精?

「ただいまぁ。」

「あらまぁ。かわいい」
 メルセデスだ。

「ずいぶんとしおらしくなったのね。」
 マチルダも笑っている。

「あたしの名前はラウあ、ん? ろろあ!ん?」
 ちょっと舌足らずにまで若返ってしまったようだ。

「ローラなら言えるかい?」
 ユウジが助け舟を出すと
「ん!ローラ、あたしローラ!」
 ニッコリとほほ笑んだ。

「じゃあ、私はメルって呼んでもらおうかしらぁ」
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