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第一話『きみ、異世界転生って知ってるかね?』
その1 貴方が居なくなった世界
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★貴方の隣で呼吸がしたい。 第一話『きみ、異世界転生って知ってるかね?』その1 貴方が居なくなった世界
恋人が、死んだ。
将来を、誓い合った仲だった。
大切な人だった、誰よりも、何よりも、愛していた。
いや、過去形などではない、今も私は、彼女のことが大切だし、世界で一番愛している。
それでも、彼女は死んでしまった。
喫茶店を一人営んでいた彼女は、強盗事件に遭って、腹部を刃物で刺され病院に運ばれた。
私が駆け付けた時には、既に手遅れだった。
朦朧とした意識で私を見つめる彼女の手を、縋るように必死で握った。
死ぬな、嫌だ、死なないでくれ、置いていかないでくれ。
そう、みっともなく取り乱し、叫ぶ私に彼女は柔らかく微笑んで。
『……だいすき……』
それだけ、零した。
それが、彼女の、最期の言葉になった。
あれから、何日経っただろうか。
まだそんなには経っていないだろう。
喪失感は、未だに消えない。
いや、もうこの喪失感は生涯消えることはないのだろう。
私は、彼女の墓の前で立ち尽くしていた。
今、私が考えているのは、彼女を殺した犯人への復讐。
ただ、それだけだった。
私は一応教職に就いている。
まだ若い子どもたちに、真っ当な倫理観、道徳観を教え込まないといけない立場だ。
だから、本来ならばこのような考えは私のような立場の人間が持ってはいけないのだろう。
復讐なんて何も生まない。
創作物の中で、良く聞く台詞だ。
だが、復讐をしなくたって、結局何も生まれないだろう。
そうだとすると、復讐を果たしてしまった方がいくらか気分は晴れる気がした。
ならば、どうやって殺してしまおうか、と思考が完全に憎悪に傾いた瞬間。
「――きみ、異世界転生って知ってるかね?」
聞き慣れた、凛とした声が静かな墓地にはっきりと響いた。
私は感情を何一つ貼り付けていない顔で振り向く。
黒髪、灰色の瞳、外見を形作る『色』にこそ特徴は見られないが、冗談みたいな美少年が、そこに居た。
杖をついている。
片足が義足だからだ。
何故そんなことを知っているのかと言うと――彼は、私にとってちょっとした顔見知りの少年だった。
異世界転生。
そんな突拍子もないことを、少年は平然と私に訊ねてきた。
何も答えない私にふっと笑い、少年がつかつかと歩み寄る。
流暢に、軽快に、話すことは止めないまま。
「きみの恋人はね、異世界で新しい人生を一から始めたのだよ。こことは全く別の世界さ。――もし、きみがもう一度彼女に会える方法があるとおれが言ったら、きみはどうする?」
何だって?
耳を疑いたくなる言葉だった。
馬鹿にしているのか、言っていいことと悪いことがあるだろう、そう怒鳴っても良かったのかもしれない。
――けれど、彼の言葉の響きには、声のトーンには、不思議と説得力があるのだ、昔から。
彼は、そういう人間だった。
「きみはね、異世界転移をすればいいのだよ。彼女が転生したその異世界に。まあ、ルールはいくつかあるのだがね。まず第一に、きみはこの世界での立場を何もかも捨てなければいけない。別世界の人間になるのだからね。第二に、彼女にかつてきみと彼女が恋仲だったと知られてはならない。今の彼女にはこの世界の記憶がないわけだから。第三に、きみにはこの世界と同じく、異世界でも教職についてもらう。そして別世界の彼女はきみの生徒になる。だから大っぴらに彼女に迫ったりはできない。立場上ね」
俄かには信じ難い話を、少年は饒舌に語って。
そして、彼は意味深に笑った。
「以上を踏まえて、だ。きみ、異世界転移に興味はあるかね?」
少年が、私に手を差し伸べる。
その笑顔は、いつもの飄々とした、悪戯っぽいものだった。
「おれなら、きみの願いを叶えてあげられるのだよ」
自信満々に、少年が言う。
次に浮かべた彼の笑顔は、くしゃりとした、ひどく無邪気なものだった。
「――なんたって、おれは、『神様』だからね」
普段の私なら、馬鹿馬鹿しいと一蹴していただろう。
それでも。
それでも最愛の存在を失った私は、彼が差し伸べて来た手を縋るように握って。
愛する彼女に再び出会う為だけに、私は――京極千歳は、生まれ育った世界を簡単に捨てたのだ。
恋人が、死んだ。
将来を、誓い合った仲だった。
大切な人だった、誰よりも、何よりも、愛していた。
いや、過去形などではない、今も私は、彼女のことが大切だし、世界で一番愛している。
それでも、彼女は死んでしまった。
喫茶店を一人営んでいた彼女は、強盗事件に遭って、腹部を刃物で刺され病院に運ばれた。
私が駆け付けた時には、既に手遅れだった。
朦朧とした意識で私を見つめる彼女の手を、縋るように必死で握った。
死ぬな、嫌だ、死なないでくれ、置いていかないでくれ。
そう、みっともなく取り乱し、叫ぶ私に彼女は柔らかく微笑んで。
『……だいすき……』
それだけ、零した。
それが、彼女の、最期の言葉になった。
あれから、何日経っただろうか。
まだそんなには経っていないだろう。
喪失感は、未だに消えない。
いや、もうこの喪失感は生涯消えることはないのだろう。
私は、彼女の墓の前で立ち尽くしていた。
今、私が考えているのは、彼女を殺した犯人への復讐。
ただ、それだけだった。
私は一応教職に就いている。
まだ若い子どもたちに、真っ当な倫理観、道徳観を教え込まないといけない立場だ。
だから、本来ならばこのような考えは私のような立場の人間が持ってはいけないのだろう。
復讐なんて何も生まない。
創作物の中で、良く聞く台詞だ。
だが、復讐をしなくたって、結局何も生まれないだろう。
そうだとすると、復讐を果たしてしまった方がいくらか気分は晴れる気がした。
ならば、どうやって殺してしまおうか、と思考が完全に憎悪に傾いた瞬間。
「――きみ、異世界転生って知ってるかね?」
聞き慣れた、凛とした声が静かな墓地にはっきりと響いた。
私は感情を何一つ貼り付けていない顔で振り向く。
黒髪、灰色の瞳、外見を形作る『色』にこそ特徴は見られないが、冗談みたいな美少年が、そこに居た。
杖をついている。
片足が義足だからだ。
何故そんなことを知っているのかと言うと――彼は、私にとってちょっとした顔見知りの少年だった。
異世界転生。
そんな突拍子もないことを、少年は平然と私に訊ねてきた。
何も答えない私にふっと笑い、少年がつかつかと歩み寄る。
流暢に、軽快に、話すことは止めないまま。
「きみの恋人はね、異世界で新しい人生を一から始めたのだよ。こことは全く別の世界さ。――もし、きみがもう一度彼女に会える方法があるとおれが言ったら、きみはどうする?」
何だって?
耳を疑いたくなる言葉だった。
馬鹿にしているのか、言っていいことと悪いことがあるだろう、そう怒鳴っても良かったのかもしれない。
――けれど、彼の言葉の響きには、声のトーンには、不思議と説得力があるのだ、昔から。
彼は、そういう人間だった。
「きみはね、異世界転移をすればいいのだよ。彼女が転生したその異世界に。まあ、ルールはいくつかあるのだがね。まず第一に、きみはこの世界での立場を何もかも捨てなければいけない。別世界の人間になるのだからね。第二に、彼女にかつてきみと彼女が恋仲だったと知られてはならない。今の彼女にはこの世界の記憶がないわけだから。第三に、きみにはこの世界と同じく、異世界でも教職についてもらう。そして別世界の彼女はきみの生徒になる。だから大っぴらに彼女に迫ったりはできない。立場上ね」
俄かには信じ難い話を、少年は饒舌に語って。
そして、彼は意味深に笑った。
「以上を踏まえて、だ。きみ、異世界転移に興味はあるかね?」
少年が、私に手を差し伸べる。
その笑顔は、いつもの飄々とした、悪戯っぽいものだった。
「おれなら、きみの願いを叶えてあげられるのだよ」
自信満々に、少年が言う。
次に浮かべた彼の笑顔は、くしゃりとした、ひどく無邪気なものだった。
「――なんたって、おれは、『神様』だからね」
普段の私なら、馬鹿馬鹿しいと一蹴していただろう。
それでも。
それでも最愛の存在を失った私は、彼が差し伸べて来た手を縋るように握って。
愛する彼女に再び出会う為だけに、私は――京極千歳は、生まれ育った世界を簡単に捨てたのだ。
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