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第七話『水の底の誓い』

その8 背中はお任せください、親愛なる我が王よ

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★第七話『水の底の誓い』
その8 背中はお任せください、親愛なる我が王よ

teller:柘榴ざくろ=アシュベリー

 昔の自分に一言だけ忠告したいことがあるとするならば、わたしの場合『友達は選べ』ということ。

 わたしと彼は共に不自由の中で生まれ、不自由に縛られた人生を生きる筈だった。
 わたしも彼も、生まれながらにして家族とは言え他人に全ての未来を決められ、敷かれたレールの上をただ生きていくだけの存在の筈、だった。
 わたし―― 柘榴ざくら=アシュベリーも、彼――十字じゅうじ=トワイニングも、第69地区を収める立場にあるほどの名家にそれぞれ生まれた。
 特に十字の家は第69地区一番の権力を誇っている。要するに十字はボンボンで、わたしは令嬢みたいなものなんだ。星全体で見ると治安が乱れている時代なのが信じられないくらい、わたしたちは裕福な家庭に生まれ育ってしまった。
 代わりに自由は奪われた筈だったけど。学びたいことも、将来の職業も、いつか配偶者となる相手すらも全て周りに勝手に決められていく筈だったけど。
 それはそういうものなんだと、わたしはただ受け入れようとしていたけど。

 十字は、違った。わたしとは、決定的に違った。
 傍若無人すぎる彼は、自由を何よりも愛していた。
 狭い世界にて箱入り状態で育てられた筈なのに、想像力豊かな彼の世界観は異常に独創的で広大で、常人には理解不能な構造をしていた。

 最初の出会いは確か、家同士の繋がりの関係から開かれたパーティ。
 親にお行儀良くひっついている同年代の子どもたちが多い中、十字だけはふらふら自由に歩いて、誰にも興味を持たず視線すら向けず最終的にテラスで夜空を真っ直ぐに見つめて、遠い遠い空に焦がれるように手をかざしていた。
 そんな風に自由に生き、自分だけの世界を生きる彼に、当時のわたしはきっと憧れたのだろう。羨ましかったのだろう。
 わたしには出来ないことをやってのける彼が、眩しく映ったのだろう。
 だから、気付いたら声をかけていた。『何をしてるのか』、なんて当たり障りのない言葉を。
 十字はわたしには一瞥もくれず、空を一途に見つめたまま、こう言った。

『なんで、制空権とか言うのがあるんだろうな』

『……は?』

 それは私の質問への答えですらなかった。
 思えばあの頃から、十字は人の話をあまり聞かない男だった。

『いつか世界が一つになったら、あの空がはっきりとどこかの誰かのものになるんだぜ。空だけじゃねえ。きっと世界中の全部のもんが、どこの誰の所有物なのか細かく決められるんだ。バトル・ロボイヤルの結果次第で』

 漆黒の夜空に、十字の銀髪が美しく煌めいていたのを良く憶えている。
 あの日、わたしの金髪は輝けていただろうか。今でも時々考える。

『空がいつか誰かのモンになったとしてよ。空はそいつのモンであることを望むんかね?』

 テラスの手すりに行儀悪く片足を乗せ、より空に近付こうとせんばかりの体勢になって。
 十字は、笑った。

『――だから、全部俺のモンにする。俺が自由に俺として生きる為に、全部俺が奪って全部を俺のモンにするんだ。そしたら俺だけは、どこまでも自由に生きれる』

 それは言外に、将来的にバトル・ロボイヤルに参加したいという彼自身の意思を示していた。
 暴論極まりない物言い。独特の世界観に生きているからこそ、世界の中心に自分を据えている暴君。
 それでも空を、自由を、彼だけの世界を彼なりに愛おしむ十字を見て、私は漠然と思ってしまった。

 ――ああ、王だ。
 誰がどう言おうとも、どう思おうとも。
 わたしにとって、このぐちゃぐちゃな世界を統べる存在として一番しっくりくるのは、十字以外居なかった。

 彼に最初に興味を持ったのはわたはさだから、わたしが彼に振り回されるのは自業自得。
 一瞬に居るようになって次第に彼もまたわたしに興味を持って、より一層鬱陶しい絡み方をされて疲れ果てるのも、わたしの自業自得。
 だからこそわたしはわ昔の自分に『友達は選べ』と忠告してやりたい。
 今までずっと十字のせいで苦労してきたし、これからも十字のせいで苦労していくのが決まっているのだから。
 十字は自由すぎるやつだ。ひどいやつだ。
 自分の家柄やしがらみを嫌うくせに、かっこいいからという理由でわたしにも彼と近しいフォーマルな黒いドレスやワンピースを正装、ある意味では兵装として要求してくるし。
 十字の実家にお見合いを強いられ珍しく疲弊している時にふとわたしを見ていいことを思いついたかのように『俺と結婚しねえ?』と明らかにお見合い疲れの果てに妥協で選んだ感を隠さず雑にプロポーズしてきて。それを適当にスルーして断ってもふと実家関連で疲れが来る度に思い出したかのようにいつもの雑プロポーズの台詞を吐く。毎回はいはいと流すのも、拗ねた十字をあしらったり宥めるのも面倒だし。
 ただお互い、他の誰かと結ばれるよりはこいつが相手の方がよっぽどいい、とは双方考える仲ではある。
 一瞬に居過ぎた。一瞬に居過ぎて、彼と共に自由を追い求めていたら、気付いたら星一番の戦場のど真ん中に立たされようとしてる。第69地区代表サポーターとして。
 今はもはや十字とは友達ではない。だからと言って恋人でもない。
 お互いがお互いを恋愛対象として意識をする気持ちが皆無なわけではないと自覚しているけど、いつしかそんなものよりずっと深い感情で繋がる関係に、『相棒』になっていた。

 不必要な心労に襲われることも多々ありすぎるから、昔のわたしには『友達は選べ』と忠告しておきたいけれど。
 友達という時間を過ごした末に、現在自分が十字の『相棒』である事実に対して、わたしはそこまで悲観していない。むしろ、誇らしくさえ思う。

 漠然と王だと思ったから。彼が世界の自由を求める人だから。
 わたしは彼を、この星の王にしたい。地区の意志を背負った代表ファイター本人が直接のセカンドアース支配者になろうとするケースは稀だそうだけど、十字はそんな当たり前の常識なんて気にしていなかったし。
 何より、あの日出会って以来、彼の世界の一端に触れて以来。
 ――わたしの王は、十字だけだった。
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