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第七話『水の底の誓い』
その7 幻想海底・戦場仕様
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★第七話『水の底の誓い』
その7 幻想海底・戦場仕様
teller:暁月=ブロック
可愛いと思ったのは、嘘じゃない。
守りたいと思ったのは、嘘じゃない。
ずっと手を繋いでいたいくらい大切だ、傍に居て、全部の危険から、ただあの子を守りたくて。
あの子の笑顔が見たくて。時々は、慌てた顔なんかも見たくて。
何もかも、嘘じゃないから。
だから。
例え繋いだ手が解けてしまっても、オレは何度だってあの子に手を伸ばし続けるんだろう。
◯
ぼんやり目を開けると、オレは何故か不思議な空間に居た。
ひんやりとしたタイルの床に、オレの身が無造作に投げ出されている、わ
暗く、長い廊下のような場所。
どこからか差す仄かな明かりに照らされたのは、巨大な水槽。
色とりどりの魚が、それはもう自由に泳ぎ回っている。
……水族館?
オレは、どうしてこんなところに居たんだろう。
さっきまで、ただただ街を歩いていただけの筈、なのに……。
「起きたか、暁月」
頭上から降ってきた声に反応して顔を上げる。
そこには無表情で、何故か包帯を頭や全身やらに巻いている傷だらけの少年が立っていた。
オレは彼を良く知っている。出会ってから一度も、彼の身体かは包帯が減ったのを見たことはないけど。むしろ日に日に怪我は増えてるけど。
――空多=プラント。オレと同い年のファイターだ。英雄願望とやらを抱えているらしく、すぐ人助けで無茶をするせいで怪我が絶えないやつ。
空多が手を差し伸べてくれたので、素直にその手を取って立ち上がる。
視線が高くなると、この空間にはオレと空多以外にも登場人物が居ることがわかった。
銀髪タキシードというやたらと目立つ格好をした青年・十字=トワイニング。彼もまた、オレたちと同じ18歳のファイターだ。
そんな十字の片脚には、ぐるりとその脚に自らの腕を巻き付けて寝転んだ、ふわふわした印象の栗色髪、垂れ目、そして極めつきに古来の地球文化で言うところの和服を着た少年。
十字とは別ベクトルに目立つこの少年ね名はミヤ=イスタージュ。彼も18歳のファイター。でも何故ミヤが十字の脚にしがみついているのかまでは、わならない。
十字とミヤの傍には、彼らそれぞれのサポーターどある伊鞠=ハーツカイムさんと柘榴=アシュベリーさんも居る。
全員が全員、訝しげな表情を浮かべている。 どうやらオレたち6人全員、気がついたらこの空間に居たらしい。
どこか水族館を思わせる、謎の空間。でも、どこか不気味で異様な、底の知れない雰囲気が漂っていた。
「どこだここ……つかテメェ、いつまでひっついてんだよ! 邪魔なんだけど!?」
「んあ……? んー……まあ、うん……居心地、よし……?」
「寝んな! 人の脚にしがみついたまま寝んじゃねえ! 文字通り足引っ張ってんだよ!」
ぎゃあぎゃあ十字が喚くげらミヤはミヤでマイペースに夢の世界に旅立とうとしている。
それを見ていたミヤのサポーター・伊鞠さんが小さく溜息をついて、ミヤの背中を支えるようにして無理矢理彼を引っ張り起こした。
「はいはい、ミヤ。どこでも寝れる特技こんなところで発揮しないの。今一応異常事態なんだから」
「いじょーじたい……? ……んー……おれ、伊鞠ちゃんと一緒なら大体何とかなると思ってるんだけどなあ……十字も居るなら、楽しそうだし……」
「居るぞ、オレも」
目立ちたかったのか寂しかったのか何なのか、空多が自分を指差しながらぐいっとミヤの方に身を乗り出す。
ミヤはきょとんとしていて、オレはと言うと苦笑することしかできない。オレは空多っ違って、こういう自己主張は苦手だ。
マイペースが過ぎるミヤ中心に話すと事態が進展しないと判断したのか、柘榴さんが端末を操作すながらテキパキと状況を説明する。
「わたしはこの中で目覚めたの、早かったから……ある程度外て連絡取ってみたんだけどね。ここ、アンノウンの体内みたいなの」
「アンノウンだぁ? ココが?」
十字が不快そうに眉を顰める。
柘榴さんはそれに頷くと、説明を続けた。
「そう、突如出現した迷宮型のアンノウン。取り込んだ人間を捕食して、それを栄養にして成長、果てには水でいっぱいの身体を弾けさせて水害を起こす厄介なアンノウン。わたしたちはどうやら、このアンノウンの餌として選ばれてしまったみたいだね」
「人間を捕食……? オレたちは、このままここに居ると餌として食べられるってことか?」
「うん、何らかのアクションは起こして来ると思うんだけど――ッ!?」
柘榴さんの言葉が途中で止まった。
しかし、すぐに別の叫びが彼女の喉の奥底から発せられる。落ち着きのある雰囲気の彼女からは考えられない、必死の叫び。
「みんな! 今すぐ走って! 逃げて!」
柘榴さんが電子端末を何やら操作すながら前方へと走り出す。
その背を十字は一切の躊躇もせずに追って、ミヤが自分から離れないことが煩わしかったのかいよいよミヤを俵担ぎにしながら走り出し、伊鞠さんもその後を慌てて追いかける。
一体何が、とオレと空多は一瞬振り向いて――すぐさま、先行したメンバーの背中を全速力で追った。
波が、後ろから近付いてきている。
どこかの水槽が壊れたのか、勢い良く濁流が迫り、その中を泳いでいた魚らしき物体がどんどん異形に姿を変える。
魚だったものたちが、ガチガチと歯を鳴らす音が響き渡る。捕食、という先程の単語がオレの脳裏を過ぎる。
ひしひしと向こうの強い意思を感じる。彼らはオレたちを、確かに食べようとしている。
「そこの角、右に曲がって! 足止めたり振り向いてる暇ないから! 急いで!」
柘榴さんの誘導で、オレたちは揃って右折した。走り続けようかと思った頃、背後の空気感に異変があった。
オレたちが通ってきた道を濁流は直線的に流れていき、全ての道を塞いでいく。こちらに水が流れ込んだり溢れてくる気配はない。
動きといい質感といい、あれはただの水ではないらしい。
アンノウンを相手にしているのだと、アンノウンのはらわたの中に居るのだと、嫌でも思い知らされる。
少しの全速力による逃亡劇だったが、あまり走り慣れていないらしき伊鞠さんは少し息を切らしていて、ミヤなりに気にかけたのか、十字に担がれたままミヤは伊鞠さんの頭を撫でていた。いや、十字が大柄なこともあって視線がいつもより高いのを楽しんでいるだけなのかもしれない。だってミヤはら本気で疲れている筈の伊鞠さんの黒く艶やかな髪を好奇心いっぱいの瞳でくるくるゆるゆると指先で弄んでいる。
当の伊鞠さんは、疲れのせいで突っ込む気力も振り払う気力も湧かないようだけど。
「へえ、襲ってくるのか、ああいうのが。していられないな、悠長には」
空多がそう言うが、どこかその瞳は輝いていた。その輝きは、まるで未知の存在に果敢に挑むヒーローのようで。
少しばかり、羨ましい。
ここでビッグバンダーを召喚したら、何とか猛攻を切り抜けた上で迷宮型アンノウンを倒し、脱出できるだろうか。
そんな考えが脳裏を過ぎった頃、水族館を模した空間の天井を突き破るように一人の少女が上から降って来た。
オレンジ色の長い髪を二本の三つ編みにまとめた、けれど活発そうなデニムショートパンツの少女。
フィオナ=ベネット。
空多のサポーターで、オレたちより二つ年下の女の子。
フィオナさんは、サポーターが通常戦闘で扱うノートパソコン型のコンピュータを抱えながら落ちてくる。
フィオナさんの姿を確認した途端、空多の瞳の輝きがまた別の色の輝きに変わり、彼は躊躇なく走り出して、落ちて来たフィオナさんを抱き止めた。
「無事か、フィオナ」
「うん、そっちこそ平気?」
突然のフィオナさんの登場に、十字が目を丸くする。
「あ? なんだ? 閉じ込められたって話だけど……その女みたいに外部から侵入も出来んのか? それとも最初からコイツも捕まってたとか?」
「フィオナだ。覚えろ、名を」
空多が十字の不躾な物言いを不満そうに咎めるも、十字は面倒そうに目を逸らす。おかげで空多の機嫌は急降下したようでぶすくれ始めそうな勢いだったが、フィオナさんが呆れたように空多の額を軽く叩き、オレたちに現在の状況について話してくれた。
「アタシは十字さんが言うところの前者。サポーター陣の解析が今回は早かったから……レイヴンさん、わかる? サポーターの中でも頼りになるお兄さん。あの人、魔法の心得があるから……召喚魔法の応用でアタシをこっちによこしてもらったのよ。届け物があったから」
そう言って、彼女は背負っていた巨大なリュックサックから、二つのコンピュータを取り出す。
どうやらそれは、それぞれ伊鞠さん用・柘榴さん用のサポーター専用コンピュータらしい。
それから彼女は自分の分のコンピュータを抱き締め、オレに視線を向けた。
「暁月さん。貴方のサポーター……彩雪も、この異空間に居ます。完全に別室みたいな箇所ですけど」
「っ……彩雪が!? 無事なのか!?」
彩雪。
オレにとって、絶対に守りたい可愛い存在。
その名前につい焦りが出て過剰に声量が上がってしまった。
だってこの、いつ何がどう牙を剥くかわからない空間に彩雪も居ると思うと、気が気でない。
「はい。彩雪用のコンピュータも届けました。アタシ一人の実力じゃレイヴンさんの魔法を使いこなせなくて、彩雪をこっちに連れてくることは出来なかったけど……端末を使えばすぐに通信できますよ」
そう聞くなり、オレは咄嗟に手持ちの電子端末を操作した。
見慣れた番号、知りすぎた繋がり先。
それに縋るように、息を殺す。
『あ……暁月くん!?』
「彩雪! 大丈夫か? 怪我してないか!?」
『う、うん、へーきだよっ。六実ちゃんも、竜樹くんも一緒にいるの。だから、寂しくもないよ』
六実ちゃんと言うと、彩雪が最近仲良くしているあの女の子だろう。彩雪と同い年の、花なようにふんわりおっとりした感じの女の子。
竜樹も確か彩雪と同い年だった筈だ。性別はれっきとした男の筈だが、彩雪や六実ちゃんとは同い年繋がりで交流があるのだろうか。
何となく彩雪の交友関係に思いを馳せようとして――今はそんな場合ではないのだと、慌てて我に返る。
そのタイミングで、フィオナさんが凛とした調子で言った。
「カーバンクル寮全体の作戦を伝えます。この迷宮型アンノウンは、空間を維持する為に各地に複数のコアを点在させています。サポーターの解析で、コアポイントにマーカーはつけているので、皆さんにはビッグバンダーを操って、アンノウン内の罠を躱しながら全てのコアを破壊してほしいんです」
そこまではきはきと喋ってから。
フィオナさんはふと空多を睨み。
「……ところで、いつまでこの体勢なの。お姫様抱っこじゃん。恥ずかしいんだけど」
「恋しかったんじゃないのか、オレが」
「アホかっ!」
ぺしん、とまた弱い力でフィオナさんが空多の額をはたく。そんな彼女の耳は真っ赤で、空多が嬉々としてからかいたくなる気持ちがわからなくもないな、と思ってしまった。
やりすぎは勿論良くないと思うけど。まあ、今のところフィオナさんも空多も相当、現状にまんざらでもなさそうだ。
オレの端末からは、可愛らしい声が聴こえる。
聴き慣れた、愛おしいくらい懸命な声。
『あ、暁月くんっ。わたし、いつもより遠隔になっちゃうけど、サポート頑張るから! 暁月くんも一瞬にがんばろーね!』
「ああ、ありがとう。でも、彩雪も気をつけてくれ。すぐにそっちに行くよ。持ち堪えられそうか?」
『大丈夫、こっちには幸い、ファイターの竜樹くんが居るから。遠隔操作で外からサポーターの椎名さんに支援してもらってわたしたちをビッグバンダーで守ってくれるみたい。だからほんと、しばらくは大丈夫だよ』
「そうか。それなら良かった。でもやっぱりすぐ行くよ。彩雪をちゃんと、守りたいから」
『そ、そっか……』
彩雪の照れたような声が聴こえる。ああ、やっぱりかわいいな、この子は。
だからオレは、この子のことは何が何でも守りたくて。
「ちょ、十字!? 行動早くない!?」
背後から、柘榴さんの焦った声が聴こえた。
横目で見やると、首元に下げたホイッスルを片手で弄びながら、十字は不敵に笑っていて。
「ちまちまコア壊すだけって、なーんかつまんなくね? この俺を、こんな趣味悪ィ狭っ苦しい場所に閉じ込めようとしたんだ。――そんなの、報いは受けるべきだよな?」
そう言って、十字はますます笑みを深くして。
その心底愉しそうな笑顔は、一種の邪悪さすら感じさせて。
「降り臨めッ!! ビッグバンダー・『ビアー』!!」
十字がホイッスルを思い切り吹く。
十字はこの空間を狭っ苦しいと表現したが、ビッグバンダーがギリギリ天井を突き破らないくらいには開けた造りになっているとは思う。
電流の如きばちばちとした強烈な光と共に、十字の愛機『ビアー』が顕現されていく。
闇夜のように禍々しい黒いボディに、仰々しい巨大な鉄球が握られている。どこかぴりぴりした空気を放つ機体だった。
十字は隣に居た柘榴さんの腕を引っ掴むとホイッスルを吹き、柘榴さん共々コックピット内部に転移した。
それからすぐに、十字のアンノウンに対する至って堂々とした宣戦布告がスピーカーを通してこの迷宮に響いた。
「そっちがその気なら、徹底的にやってやろうじゃねえか! 全部、全部俺が壊してやる! 俺の一撃は重いぜ!? 俺でもお前らでもいい、最後に生き残った奴が一番の自由を得るんだよ、魚類ども!!」
その声を皮切りに、十字の『ビアー』は質感の独特な水らしき液体の中に、魚だったものたちの群れに突っ込んでいく。コックピット内では恐らく、柘榴さんが慌ててコンピュータを操作すてビアーを水中戦仕様に切り替えているんだろう。
オレも。
オレも、自分に出来ることをやらなくちゃ。
オレには他の皆みたいに胸を張れるような強い主張や理想や、執着するものがあるわけじゃないけど。
あの子を可愛いと思ったのは、嘘じゃないから。
守りたいと思ったのは、嘘じゃないから。
ホイッスルを握る。
オレが守りに行くんだ、彩雪を。
彩雪の手を握って、二人で自由にらなる。
あの子はオレの大切な子。オレにとって必要な子。
世界で一番大事な――オレの、可愛い相棒なんだかり、
「――降り臨め。ビッグバンダー・『オネイロス』」
そしてオレも、オレの愛機の名を呼ぶ。オレと彩雪の繋がりを喚ぶ。
相棒と共に自由を勝ち取る為に。オレは――いや、オレたちは、オレたちの戦いをするんだ。
その7 幻想海底・戦場仕様
teller:暁月=ブロック
可愛いと思ったのは、嘘じゃない。
守りたいと思ったのは、嘘じゃない。
ずっと手を繋いでいたいくらい大切だ、傍に居て、全部の危険から、ただあの子を守りたくて。
あの子の笑顔が見たくて。時々は、慌てた顔なんかも見たくて。
何もかも、嘘じゃないから。
だから。
例え繋いだ手が解けてしまっても、オレは何度だってあの子に手を伸ばし続けるんだろう。
◯
ぼんやり目を開けると、オレは何故か不思議な空間に居た。
ひんやりとしたタイルの床に、オレの身が無造作に投げ出されている、わ
暗く、長い廊下のような場所。
どこからか差す仄かな明かりに照らされたのは、巨大な水槽。
色とりどりの魚が、それはもう自由に泳ぎ回っている。
……水族館?
オレは、どうしてこんなところに居たんだろう。
さっきまで、ただただ街を歩いていただけの筈、なのに……。
「起きたか、暁月」
頭上から降ってきた声に反応して顔を上げる。
そこには無表情で、何故か包帯を頭や全身やらに巻いている傷だらけの少年が立っていた。
オレは彼を良く知っている。出会ってから一度も、彼の身体かは包帯が減ったのを見たことはないけど。むしろ日に日に怪我は増えてるけど。
――空多=プラント。オレと同い年のファイターだ。英雄願望とやらを抱えているらしく、すぐ人助けで無茶をするせいで怪我が絶えないやつ。
空多が手を差し伸べてくれたので、素直にその手を取って立ち上がる。
視線が高くなると、この空間にはオレと空多以外にも登場人物が居ることがわかった。
銀髪タキシードというやたらと目立つ格好をした青年・十字=トワイニング。彼もまた、オレたちと同じ18歳のファイターだ。
そんな十字の片脚には、ぐるりとその脚に自らの腕を巻き付けて寝転んだ、ふわふわした印象の栗色髪、垂れ目、そして極めつきに古来の地球文化で言うところの和服を着た少年。
十字とは別ベクトルに目立つこの少年ね名はミヤ=イスタージュ。彼も18歳のファイター。でも何故ミヤが十字の脚にしがみついているのかまでは、わならない。
十字とミヤの傍には、彼らそれぞれのサポーターどある伊鞠=ハーツカイムさんと柘榴=アシュベリーさんも居る。
全員が全員、訝しげな表情を浮かべている。 どうやらオレたち6人全員、気がついたらこの空間に居たらしい。
どこか水族館を思わせる、謎の空間。でも、どこか不気味で異様な、底の知れない雰囲気が漂っていた。
「どこだここ……つかテメェ、いつまでひっついてんだよ! 邪魔なんだけど!?」
「んあ……? んー……まあ、うん……居心地、よし……?」
「寝んな! 人の脚にしがみついたまま寝んじゃねえ! 文字通り足引っ張ってんだよ!」
ぎゃあぎゃあ十字が喚くげらミヤはミヤでマイペースに夢の世界に旅立とうとしている。
それを見ていたミヤのサポーター・伊鞠さんが小さく溜息をついて、ミヤの背中を支えるようにして無理矢理彼を引っ張り起こした。
「はいはい、ミヤ。どこでも寝れる特技こんなところで発揮しないの。今一応異常事態なんだから」
「いじょーじたい……? ……んー……おれ、伊鞠ちゃんと一緒なら大体何とかなると思ってるんだけどなあ……十字も居るなら、楽しそうだし……」
「居るぞ、オレも」
目立ちたかったのか寂しかったのか何なのか、空多が自分を指差しながらぐいっとミヤの方に身を乗り出す。
ミヤはきょとんとしていて、オレはと言うと苦笑することしかできない。オレは空多っ違って、こういう自己主張は苦手だ。
マイペースが過ぎるミヤ中心に話すと事態が進展しないと判断したのか、柘榴さんが端末を操作すながらテキパキと状況を説明する。
「わたしはこの中で目覚めたの、早かったから……ある程度外て連絡取ってみたんだけどね。ここ、アンノウンの体内みたいなの」
「アンノウンだぁ? ココが?」
十字が不快そうに眉を顰める。
柘榴さんはそれに頷くと、説明を続けた。
「そう、突如出現した迷宮型のアンノウン。取り込んだ人間を捕食して、それを栄養にして成長、果てには水でいっぱいの身体を弾けさせて水害を起こす厄介なアンノウン。わたしたちはどうやら、このアンノウンの餌として選ばれてしまったみたいだね」
「人間を捕食……? オレたちは、このままここに居ると餌として食べられるってことか?」
「うん、何らかのアクションは起こして来ると思うんだけど――ッ!?」
柘榴さんの言葉が途中で止まった。
しかし、すぐに別の叫びが彼女の喉の奥底から発せられる。落ち着きのある雰囲気の彼女からは考えられない、必死の叫び。
「みんな! 今すぐ走って! 逃げて!」
柘榴さんが電子端末を何やら操作すながら前方へと走り出す。
その背を十字は一切の躊躇もせずに追って、ミヤが自分から離れないことが煩わしかったのかいよいよミヤを俵担ぎにしながら走り出し、伊鞠さんもその後を慌てて追いかける。
一体何が、とオレと空多は一瞬振り向いて――すぐさま、先行したメンバーの背中を全速力で追った。
波が、後ろから近付いてきている。
どこかの水槽が壊れたのか、勢い良く濁流が迫り、その中を泳いでいた魚らしき物体がどんどん異形に姿を変える。
魚だったものたちが、ガチガチと歯を鳴らす音が響き渡る。捕食、という先程の単語がオレの脳裏を過ぎる。
ひしひしと向こうの強い意思を感じる。彼らはオレたちを、確かに食べようとしている。
「そこの角、右に曲がって! 足止めたり振り向いてる暇ないから! 急いで!」
柘榴さんの誘導で、オレたちは揃って右折した。走り続けようかと思った頃、背後の空気感に異変があった。
オレたちが通ってきた道を濁流は直線的に流れていき、全ての道を塞いでいく。こちらに水が流れ込んだり溢れてくる気配はない。
動きといい質感といい、あれはただの水ではないらしい。
アンノウンを相手にしているのだと、アンノウンのはらわたの中に居るのだと、嫌でも思い知らされる。
少しの全速力による逃亡劇だったが、あまり走り慣れていないらしき伊鞠さんは少し息を切らしていて、ミヤなりに気にかけたのか、十字に担がれたままミヤは伊鞠さんの頭を撫でていた。いや、十字が大柄なこともあって視線がいつもより高いのを楽しんでいるだけなのかもしれない。だってミヤはら本気で疲れている筈の伊鞠さんの黒く艶やかな髪を好奇心いっぱいの瞳でくるくるゆるゆると指先で弄んでいる。
当の伊鞠さんは、疲れのせいで突っ込む気力も振り払う気力も湧かないようだけど。
「へえ、襲ってくるのか、ああいうのが。していられないな、悠長には」
空多がそう言うが、どこかその瞳は輝いていた。その輝きは、まるで未知の存在に果敢に挑むヒーローのようで。
少しばかり、羨ましい。
ここでビッグバンダーを召喚したら、何とか猛攻を切り抜けた上で迷宮型アンノウンを倒し、脱出できるだろうか。
そんな考えが脳裏を過ぎった頃、水族館を模した空間の天井を突き破るように一人の少女が上から降って来た。
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フィオナ=ベネット。
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フィオナさんは、サポーターが通常戦闘で扱うノートパソコン型のコンピュータを抱えながら落ちてくる。
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「無事か、フィオナ」
「うん、そっちこそ平気?」
突然のフィオナさんの登場に、十字が目を丸くする。
「あ? なんだ? 閉じ込められたって話だけど……その女みたいに外部から侵入も出来んのか? それとも最初からコイツも捕まってたとか?」
「フィオナだ。覚えろ、名を」
空多が十字の不躾な物言いを不満そうに咎めるも、十字は面倒そうに目を逸らす。おかげで空多の機嫌は急降下したようでぶすくれ始めそうな勢いだったが、フィオナさんが呆れたように空多の額を軽く叩き、オレたちに現在の状況について話してくれた。
「アタシは十字さんが言うところの前者。サポーター陣の解析が今回は早かったから……レイヴンさん、わかる? サポーターの中でも頼りになるお兄さん。あの人、魔法の心得があるから……召喚魔法の応用でアタシをこっちによこしてもらったのよ。届け物があったから」
そう言って、彼女は背負っていた巨大なリュックサックから、二つのコンピュータを取り出す。
どうやらそれは、それぞれ伊鞠さん用・柘榴さん用のサポーター専用コンピュータらしい。
それから彼女は自分の分のコンピュータを抱き締め、オレに視線を向けた。
「暁月さん。貴方のサポーター……彩雪も、この異空間に居ます。完全に別室みたいな箇所ですけど」
「っ……彩雪が!? 無事なのか!?」
彩雪。
オレにとって、絶対に守りたい可愛い存在。
その名前につい焦りが出て過剰に声量が上がってしまった。
だってこの、いつ何がどう牙を剥くかわからない空間に彩雪も居ると思うと、気が気でない。
「はい。彩雪用のコンピュータも届けました。アタシ一人の実力じゃレイヴンさんの魔法を使いこなせなくて、彩雪をこっちに連れてくることは出来なかったけど……端末を使えばすぐに通信できますよ」
そう聞くなり、オレは咄嗟に手持ちの電子端末を操作した。
見慣れた番号、知りすぎた繋がり先。
それに縋るように、息を殺す。
『あ……暁月くん!?』
「彩雪! 大丈夫か? 怪我してないか!?」
『う、うん、へーきだよっ。六実ちゃんも、竜樹くんも一緒にいるの。だから、寂しくもないよ』
六実ちゃんと言うと、彩雪が最近仲良くしているあの女の子だろう。彩雪と同い年の、花なようにふんわりおっとりした感じの女の子。
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そのタイミングで、フィオナさんが凛とした調子で言った。
「カーバンクル寮全体の作戦を伝えます。この迷宮型アンノウンは、空間を維持する為に各地に複数のコアを点在させています。サポーターの解析で、コアポイントにマーカーはつけているので、皆さんにはビッグバンダーを操って、アンノウン内の罠を躱しながら全てのコアを破壊してほしいんです」
そこまではきはきと喋ってから。
フィオナさんはふと空多を睨み。
「……ところで、いつまでこの体勢なの。お姫様抱っこじゃん。恥ずかしいんだけど」
「恋しかったんじゃないのか、オレが」
「アホかっ!」
ぺしん、とまた弱い力でフィオナさんが空多の額をはたく。そんな彼女の耳は真っ赤で、空多が嬉々としてからかいたくなる気持ちがわからなくもないな、と思ってしまった。
やりすぎは勿論良くないと思うけど。まあ、今のところフィオナさんも空多も相当、現状にまんざらでもなさそうだ。
オレの端末からは、可愛らしい声が聴こえる。
聴き慣れた、愛おしいくらい懸命な声。
『あ、暁月くんっ。わたし、いつもより遠隔になっちゃうけど、サポート頑張るから! 暁月くんも一瞬にがんばろーね!』
「ああ、ありがとう。でも、彩雪も気をつけてくれ。すぐにそっちに行くよ。持ち堪えられそうか?」
『大丈夫、こっちには幸い、ファイターの竜樹くんが居るから。遠隔操作で外からサポーターの椎名さんに支援してもらってわたしたちをビッグバンダーで守ってくれるみたい。だからほんと、しばらくは大丈夫だよ』
「そうか。それなら良かった。でもやっぱりすぐ行くよ。彩雪をちゃんと、守りたいから」
『そ、そっか……』
彩雪の照れたような声が聴こえる。ああ、やっぱりかわいいな、この子は。
だからオレは、この子のことは何が何でも守りたくて。
「ちょ、十字!? 行動早くない!?」
背後から、柘榴さんの焦った声が聴こえた。
横目で見やると、首元に下げたホイッスルを片手で弄びながら、十字は不敵に笑っていて。
「ちまちまコア壊すだけって、なーんかつまんなくね? この俺を、こんな趣味悪ィ狭っ苦しい場所に閉じ込めようとしたんだ。――そんなの、報いは受けるべきだよな?」
そう言って、十字はますます笑みを深くして。
その心底愉しそうな笑顔は、一種の邪悪さすら感じさせて。
「降り臨めッ!! ビッグバンダー・『ビアー』!!」
十字がホイッスルを思い切り吹く。
十字はこの空間を狭っ苦しいと表現したが、ビッグバンダーがギリギリ天井を突き破らないくらいには開けた造りになっているとは思う。
電流の如きばちばちとした強烈な光と共に、十字の愛機『ビアー』が顕現されていく。
闇夜のように禍々しい黒いボディに、仰々しい巨大な鉄球が握られている。どこかぴりぴりした空気を放つ機体だった。
十字は隣に居た柘榴さんの腕を引っ掴むとホイッスルを吹き、柘榴さん共々コックピット内部に転移した。
それからすぐに、十字のアンノウンに対する至って堂々とした宣戦布告がスピーカーを通してこの迷宮に響いた。
「そっちがその気なら、徹底的にやってやろうじゃねえか! 全部、全部俺が壊してやる! 俺の一撃は重いぜ!? 俺でもお前らでもいい、最後に生き残った奴が一番の自由を得るんだよ、魚類ども!!」
その声を皮切りに、十字の『ビアー』は質感の独特な水らしき液体の中に、魚だったものたちの群れに突っ込んでいく。コックピット内では恐らく、柘榴さんが慌ててコンピュータを操作すてビアーを水中戦仕様に切り替えているんだろう。
オレも。
オレも、自分に出来ることをやらなくちゃ。
オレには他の皆みたいに胸を張れるような強い主張や理想や、執着するものがあるわけじゃないけど。
あの子を可愛いと思ったのは、嘘じゃないから。
守りたいと思ったのは、嘘じゃないから。
ホイッスルを握る。
オレが守りに行くんだ、彩雪を。
彩雪の手を握って、二人で自由にらなる。
あの子はオレの大切な子。オレにとって必要な子。
世界で一番大事な――オレの、可愛い相棒なんだかり、
「――降り臨め。ビッグバンダー・『オネイロス』」
そしてオレも、オレの愛機の名を呼ぶ。オレと彩雪の繋がりを喚ぶ。
相棒と共に自由を勝ち取る為に。オレは――いや、オレたちは、オレたちの戦いをするんだ。
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