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第七話『水の底の誓い』
その1 遺書を生きる女の子
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★第七話『水の底の誓い』
その1 遺書を生きる女の子
teller:愁水=アンダーソン
好きだと思った。
自分の優しさを弱さだと錯覚しているあいつが。
自分の苦しみを、自分一人の中に隠そうとしてしまう不器用なあいつが。
あいつの良いところも、こっちとしては一言言ってやりたくなるところも全部、あいつをずっと見てきた俺からしてみればバレバレで、あいつ自身が気付いていなくても隠しても何の意味もなくて。
だから俺があいつを守ってやりたかった。
大切にしたかった。抱き締めて、好きだって、愛してるって、ちゃんと真正面から伝えたかった。
『愛してる』なんてこっぱずかしい言葉が瞬時に脳裏に浮かぶくらいには好きだったし、確かな恋をしていた。
だからこそ、気にかかっていたことがある。
俺は聖歌が好きだ。
優しさも温かさも弱さも、あいつ自身が気付いていない強さも、全部好きだった。
ずっと、考えていたんだ。
これだけ想うくらい大好きなあいつの為に、俺は何をしてやれるのかって。
治安が悪いとか、争いが絶えないとか、ひどいところを並べるときりがないこの星で、俺は恐らく、他のやつより幸せに生きてきた。
家族がいて、友人がいて、健康な肉体があって、趣味があって、食べ物の好き嫌いなんかも普通にあって、学業を学べる環境に育って、聖歌と出会う前は人並みの恋愛だって経験した。
ごく普通の人間らしく平凡で、こんな時代だからこそもはや非凡なくらい穏やかな人生を、生き過ぎた。
かつて俺は、『死』というものがいまいち実感できてなかった。
命の尊さぐらいは当たり前のように理解していた筈だが、人が一人死ぬことでどれだけ世界に波紋が訪れるのか、俺は理解が浅かった。
この星がおかしくなったのは、最高権力者の暗殺という『たった一人の人間の死』、それがきっかけだと言うのに。
でも、わからなかったんだ。
俺は身近で『死』を経験していない。
祖父母は父方も母方も物心つく前に亡くなっていたし、平和な地区で育ってしまったから、『死』を直接実感する経験が、俺には全くなかったんだ。
本を読むことや映画を見ることは好きだったし、フィクションの世界は当たり前のように死でいっぱいだ。
でも、『死』を知識として取り入れて理解した気になるのと、直接の人生で目にして触れて実感するのとでは、まるで違う。
だけど、俺は聖歌に出会った。
戦争を経験した女の子。
『死』に触れ過ぎた女の子。全てを『死』によって失った女の子。
聖歌に恋して、聖歌をずっと目で追いかけてきて。
――まるで、遺書を生きる女の子だと思った。
『ごめんなさい』と世界の全てに謝って、優しさと愛情を振りまき善行を重ねることで、世界の全てに償って。
『ごめんなさい、ごめんなさい、許してください。私は精一杯生きました。だからこんな命くらい、いくらでも差し上げます。もう悔いはないです。私はちゃんと、幸せに生きました』
そんな、いつ命が終わってもいいように、何かに許しを乞うて綴った遺書そのままの人生を生きるような女の子だと、あいつを見て思ってしまった。
だから。
――聖歌の存在は、俺にとって初めて身近に感じた『死』だった。
それが嫌だった。あいつに生きることを諦めて欲しくなかった。
あいつがまるで、自分の命に価値なんてないのだと言いたそうにしているのが嫌だった。
お前が何をしたって言うんだ。何も悪いことなんてしていないじゃないか。
ただ生きてることの何が悪いんだ。
お前が抱える罪悪感を、俺はどうやったらぶっ飛ばせるんだ。
ずっと、考えていた。
俺はあいつに生きて欲しいのだと、俺はあいつと一緒に生きたいのだと伝えたくて。
そりゃあ守りたいし助けたい。
でも俺は白馬の王子様なんてガラじゃない。
ピンチの時にいつでも颯爽と現れる、完全無欠のヒーローなんてガラじゃない。
綺麗で華々しい肩書を持つ格好いい男のどれにも俺はなれないだろうけど、せめて。
あいつが共に生きたいと思えるような男になりたくて。
あいつの生きたい理由の一端でもいいから、とにかくそういう存在になりたくて。
「……なあ、聖歌」
あれはまだ、俺たちがファイターとサポーターとして正式に組んで間もない頃のことだ。
聖歌はびくりと肩を揺らし、これでもかと顔を赤くして俺を見て、消え入りそうな弱々しい声で俺の名を呼んだ。
ああ、あの頃はまだ『愁水さん』呼びじゃなくて『アンダーソン』さん呼びで、それがもどかしかったのを覚えている。
明らかに恋をしている瞳で俺を見るのが愛おしい筈なのに、そこまで聖歌が俺を慕う理由はその時からわからなくて、そこもまた、もどかしかったのを覚えている。
恋愛経験が人並みにあろうが、そこそこ長い人生を過ごしていようが、聖歌が絡むと俺の今までの人生で得たものなんて何の役にも立ちやしなかった。
色々と聖歌が俺の人生の中でイレギュラーな人間性をしていたし、聖歌を前にすると俺もまともじゃなくなるから。
だから、スマートな誘い文句なんて全く浮かんで来なかった自分は相当に駄目な男だったけど、あの時期はまだ聖歌と一緒にいる時間がちょっと増えただけで浮かれるくらいには俺は単純なやつで。
「……今度、一緒に行ってほしいとこがあんだけど」
言い方だってぶっきらぼうになった気がする。
だけど俺はあの日、聖歌に約束を取り付けた。
花楓や馬鹿スは――多分オリーヴも、俺を聖歌が絡むととんでもねえヘタレ野郎になると思っている。事実そうだから言い返せない。
だけど俺はあの日、確かに聖歌をデートに誘ったし、実際デートだってした。それを話したら、何でまだ付き合ってねえんだとからかわれるのは目に見えているが。
初めてのデートのことは、良く覚えている。
俺はその日に、誓ったから。聖歌の前で、俺の全てを賭けた全身全霊の説得力を持って。
――俺は誓った。
俺は絶対に死なないし、聖歌も死なせないって、誓ったんだ。
普通は甘酸っぱくなりそうな初デート雰囲気の中でやたら重いテーマを持ってきてしまったのが、俺の駄目なところなんだろうけど。
思えばあの頃からもう、俺の感情は恋とか愛だなんて言葉ですら、表現できないくらい大きなものになってたんだ。
その1 遺書を生きる女の子
teller:愁水=アンダーソン
好きだと思った。
自分の優しさを弱さだと錯覚しているあいつが。
自分の苦しみを、自分一人の中に隠そうとしてしまう不器用なあいつが。
あいつの良いところも、こっちとしては一言言ってやりたくなるところも全部、あいつをずっと見てきた俺からしてみればバレバレで、あいつ自身が気付いていなくても隠しても何の意味もなくて。
だから俺があいつを守ってやりたかった。
大切にしたかった。抱き締めて、好きだって、愛してるって、ちゃんと真正面から伝えたかった。
『愛してる』なんてこっぱずかしい言葉が瞬時に脳裏に浮かぶくらいには好きだったし、確かな恋をしていた。
だからこそ、気にかかっていたことがある。
俺は聖歌が好きだ。
優しさも温かさも弱さも、あいつ自身が気付いていない強さも、全部好きだった。
ずっと、考えていたんだ。
これだけ想うくらい大好きなあいつの為に、俺は何をしてやれるのかって。
治安が悪いとか、争いが絶えないとか、ひどいところを並べるときりがないこの星で、俺は恐らく、他のやつより幸せに生きてきた。
家族がいて、友人がいて、健康な肉体があって、趣味があって、食べ物の好き嫌いなんかも普通にあって、学業を学べる環境に育って、聖歌と出会う前は人並みの恋愛だって経験した。
ごく普通の人間らしく平凡で、こんな時代だからこそもはや非凡なくらい穏やかな人生を、生き過ぎた。
かつて俺は、『死』というものがいまいち実感できてなかった。
命の尊さぐらいは当たり前のように理解していた筈だが、人が一人死ぬことでどれだけ世界に波紋が訪れるのか、俺は理解が浅かった。
この星がおかしくなったのは、最高権力者の暗殺という『たった一人の人間の死』、それがきっかけだと言うのに。
でも、わからなかったんだ。
俺は身近で『死』を経験していない。
祖父母は父方も母方も物心つく前に亡くなっていたし、平和な地区で育ってしまったから、『死』を直接実感する経験が、俺には全くなかったんだ。
本を読むことや映画を見ることは好きだったし、フィクションの世界は当たり前のように死でいっぱいだ。
でも、『死』を知識として取り入れて理解した気になるのと、直接の人生で目にして触れて実感するのとでは、まるで違う。
だけど、俺は聖歌に出会った。
戦争を経験した女の子。
『死』に触れ過ぎた女の子。全てを『死』によって失った女の子。
聖歌に恋して、聖歌をずっと目で追いかけてきて。
――まるで、遺書を生きる女の子だと思った。
『ごめんなさい』と世界の全てに謝って、優しさと愛情を振りまき善行を重ねることで、世界の全てに償って。
『ごめんなさい、ごめんなさい、許してください。私は精一杯生きました。だからこんな命くらい、いくらでも差し上げます。もう悔いはないです。私はちゃんと、幸せに生きました』
そんな、いつ命が終わってもいいように、何かに許しを乞うて綴った遺書そのままの人生を生きるような女の子だと、あいつを見て思ってしまった。
だから。
――聖歌の存在は、俺にとって初めて身近に感じた『死』だった。
それが嫌だった。あいつに生きることを諦めて欲しくなかった。
あいつがまるで、自分の命に価値なんてないのだと言いたそうにしているのが嫌だった。
お前が何をしたって言うんだ。何も悪いことなんてしていないじゃないか。
ただ生きてることの何が悪いんだ。
お前が抱える罪悪感を、俺はどうやったらぶっ飛ばせるんだ。
ずっと、考えていた。
俺はあいつに生きて欲しいのだと、俺はあいつと一緒に生きたいのだと伝えたくて。
そりゃあ守りたいし助けたい。
でも俺は白馬の王子様なんてガラじゃない。
ピンチの時にいつでも颯爽と現れる、完全無欠のヒーローなんてガラじゃない。
綺麗で華々しい肩書を持つ格好いい男のどれにも俺はなれないだろうけど、せめて。
あいつが共に生きたいと思えるような男になりたくて。
あいつの生きたい理由の一端でもいいから、とにかくそういう存在になりたくて。
「……なあ、聖歌」
あれはまだ、俺たちがファイターとサポーターとして正式に組んで間もない頃のことだ。
聖歌はびくりと肩を揺らし、これでもかと顔を赤くして俺を見て、消え入りそうな弱々しい声で俺の名を呼んだ。
ああ、あの頃はまだ『愁水さん』呼びじゃなくて『アンダーソン』さん呼びで、それがもどかしかったのを覚えている。
明らかに恋をしている瞳で俺を見るのが愛おしい筈なのに、そこまで聖歌が俺を慕う理由はその時からわからなくて、そこもまた、もどかしかったのを覚えている。
恋愛経験が人並みにあろうが、そこそこ長い人生を過ごしていようが、聖歌が絡むと俺の今までの人生で得たものなんて何の役にも立ちやしなかった。
色々と聖歌が俺の人生の中でイレギュラーな人間性をしていたし、聖歌を前にすると俺もまともじゃなくなるから。
だから、スマートな誘い文句なんて全く浮かんで来なかった自分は相当に駄目な男だったけど、あの時期はまだ聖歌と一緒にいる時間がちょっと増えただけで浮かれるくらいには俺は単純なやつで。
「……今度、一緒に行ってほしいとこがあんだけど」
言い方だってぶっきらぼうになった気がする。
だけど俺はあの日、聖歌に約束を取り付けた。
花楓や馬鹿スは――多分オリーヴも、俺を聖歌が絡むととんでもねえヘタレ野郎になると思っている。事実そうだから言い返せない。
だけど俺はあの日、確かに聖歌をデートに誘ったし、実際デートだってした。それを話したら、何でまだ付き合ってねえんだとからかわれるのは目に見えているが。
初めてのデートのことは、良く覚えている。
俺はその日に、誓ったから。聖歌の前で、俺の全てを賭けた全身全霊の説得力を持って。
――俺は誓った。
俺は絶対に死なないし、聖歌も死なせないって、誓ったんだ。
普通は甘酸っぱくなりそうな初デート雰囲気の中でやたら重いテーマを持ってきてしまったのが、俺の駄目なところなんだろうけど。
思えばあの頃からもう、俺の感情は恋とか愛だなんて言葉ですら、表現できないくらい大きなものになってたんだ。
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