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第六話『暴走暴発暴虐ガールズ!』

その14 混沌世界で旗を掲げよ

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★第六話『暴走暴発暴虐ガールズ!』

その14 混沌世界で旗を掲げよ

teller:ダリア=リッジウェイ

 ドロッセルがくすくすと、あどけなく笑い出した。
 それは先ほどまでの妖艶なものとは違う、至って年ごろの少女らしい愛くるしい笑顔。
 長いツインテールを靡かせ、ゴシックロリータ調のスカートが彼女が笑う度にひらりと揺れて。
 それでも、ドロッセルの周りに居る男たちは誰一人として気を抜く素振りすら見せなかった。
 男たちの誰もが、青ざめたような顔でドロッセルを見ていた。
 圧倒されているのだろう、彼女の纏う、底の知れない香りに。

「ねーえ、おにーさん?」

「ひっ」

 ドロッセルが、この場に現れて以来構っている男が居る。
 手榴弾を構えようとしている、他の連中と同じく厳つい風貌の男。
 ドロッセルよりは二回りも体格が大きい筈の彼は、ドロッセルに首筋や背筋を指でつうっとなぞられる度に怯えた素振りを見せていた。

「こんな粗末なモノで、爆弾使える気になってたのぉ? ふふっ、かっわいい」

 踊るように男の鎖骨辺りをなぞっていた指が、やっぱり踊るように軽やかに、ごく自然に手榴弾へと伸びる。
 武器を簡単に奪われた男は、一瞬呆然としながらも威嚇しようと声を上げようとするが、それよりも先にドロッセルは手持ちの電子端末を、ただ指を滑らすようにほんの一回操作して、その場に手榴弾を放った。
 その絵面にざわつき後ずさる男たちに反し、床に転がった手榴弾は小石のように、ただそこに在るだけ。
 とうとう耐え切れないかのように、ドロッセルが心底おかしそうに笑いだした。

「あっはは! だから言ったでしょ? 粗末でかわいいんだってば、コレ。わたしなんかに秒で無効化させられちゃうくらいお粗末! この街に仕掛けられてたやつも全部そうよ。かわいいの。こんなので自分たちが世界を揺るがせるくらい強くなれたって思っちゃってた? ふふっ、あははっ……ほんと単純でかっわいい!!」

 そしてリボンを揺らし、笑う彼女は。
 あまりにも自然な動作で、自らのホイッスルに手をかけた。

「――降り臨め、『コノハナサクヤ』」

 ばちばちと、青い光が舞うように放たれる。
 顕現されていくビッグバンダーは、赤と黒を基調としながらも、花のように淡いピンクの柄が施された、不気味なような可愛らしいような独特の雰囲気をもった機体。
 その手に装備は、何も無い。
 だけど両腕部に、その手に、無数の砲が取り付けられている。
 スピーカー越しに、ドロッセルの少しトーンの低い声が響いた。

「すっごくかわいいんだけど――ごめんね? これ、わたしの領分だから。センスないのは、許せないの」
 
 その声を認識した瞬間、耳を劈くような爆発音が一斉に響いた。視界が一斉に爆炎に染まる。
 爆発物が、花びらのようにこの狭いビルを舞っている。爆炎の中で、ドロッセルのコノハナサクヤが舞うようなステップを踏んで回っている。
 この場を支配する爆発物が、コノハナサクヤの腕部の砲と関係あることはわかった。
 わかったけれど、対処ができない。
 今この場は完全に、彼女の操る爆炎に支配されている。
 男たちは悲鳴を上げて逃げ惑い、廃ビルは今にも崩れようとしている。
 先ほど顕現した|《愁水《しゅうすい》さんの『アイゼン』も、花楓かえでくんを守るのでいっぱいいっぱいなようだ。

 男たちが一目散に向かうのは、先ほど笹巳ささみが扉を壊した入口。
 当然そこには、未だに笹巳が立っている。
 笹巳はずっと、面白くなさそうな、苛立ったような表情を浮かべながらも、こんこんとブーツの爪先を地面に何度かぶつけて、腕を回したりと自分の身体の調子を確認しているようだった。

「――どいつもこいつもうっぜえな。大人のくせにピーピー泣き喚きやがって。このくらいで、何がどうなるわけでもねえのに」

 そう言い捨てて、笹巳もまた自身のホイッスルに手をかけた。

「――降り臨めッ!! 『イザナミ』ッ!!」

 また、視界を覆うほどの強烈な光が放たれる。
 爆炎すら霞むほどの、存在を全力で主張する強烈な光。
 そして彼女の機体が、彼女を覆う鎧が、顕現した。
 ビッグバンダー・『イザナミ』。
 上半身は、女性型の美しく流麗としたフォルム。
 ただ下半身には、その脚部からは、薔薇の棘を思わせる無数の歪な突起が生えている。
 笹巳は、その『イザナミ』の脚を、風を切る勢いでぶん回した。
 爆炎すら切り裂くような、圧倒的な攻撃性がびりびり伝わるような蹴りの連撃。
 鋼鉄の機体が繰り出す動きとは思えないほど、『イザナミ』はあまりにも自由に、あまりにも野性的に暴れている。
 きっと笹巳はビッグバンダーとの『感覚共有』の数値をかなり高く設定しているのだろう。
 痛覚も衝撃も構うものかと言った勢いで、彼女は自分の中の苛立ちをあの蹴りで発散している。
 そんな中、笹巳の昂ったような叫びが響いた。

「は……っ、こんなモンかよ!! こんなモンで泣くのかよっ!! こんな程度の痛みしか、知らねえくせによ!!」

 ――その叫びが、笑っている筈なのに、どこか泣いているようにも聞こえて、一瞬息が止まる想いになった。

 逃げ場をなくした男たちが、蹴りそのものどころか蹴りのモーションで生じる破壊行為や風の勢いに圧され、だんだん意識を失うものすら増え始めた。
 この辺りで、と思って杖を構えた瞬間、爆炎に包まれた廃ビルの奥にゆらめく大きな影を見つけた。
 ビッグバンダーほど大きくはない。
 あれは資料で見たことがある。セカンドアースの一部の地区で使われているらしい作業用のゴーレム兵だ。
 と言っても、ゴーレム兵の動き自体ビッグバンダーに通ずるものがある。装備次第であれは、小さな戦士にも成り得る。
 あんなものも隠し持っていたのか、と警戒してキーボードを操作しモニター画面を凝視する。
 ゴーレム兵の搭乗者は、先ほど花楓くんやバッカスさんを追い詰めていた銀髪の男。
 このグループの、リーダー格であろう男だ。

「ふざけやがって……っ! テメェら、全員木っ端みじんに――」

「――させない」

 ドロッセルの『コノハナサクヤ』が生み出す爆撃と、笹巳の『イザナミ』の蹴りが生み出す風圧。
 それらが充満した結果の煙が晴れ、ゴーレム兵の姿が露わになるのと同時だった。
 ゴーレム兵を覆うように、一回り大きな機体が傍に控え、短剣型の装備をゴーレム兵の胸部に突き付けている。
 端末で確認済みだ。
 ビッグバンダー・『クロノス』。
 我らがカーバンクル寮の最年長ファイター・永遠少年ピーターパンことオリヴィエール=ロマンさんの機体。
 そうだ、バッカスさんがいて、花楓くんと愁水さんが居るこの状況。
 いつもなら彼等三人と行動を共にしている筈のオリヴィエールさんの姿が、ずっと見えなかった。
 彼はきっと、最初からあの男だけに狙いを定めて動いていたんだ。
 ゴーレム兵の中から、驚愕した男の声が響く。

「な……っ、テメェ、いつの間に……!」

「俺の機体は、速さには自信がある。お前をこうして追い詰めることなど造作もない」

 クロノスから聴こえてくる、オリヴィエールさんの声は少し。
 ほんの少しではあるけど――確かな怒りを、滲ませていた。

「……お前、花楓にナイフを向け、バッカスを傷付けただろう」

「ああ!? 誰だよ、何の話だよ!!」

「ああ、傷付けすぎて自分が何人傷付けてきたのかもわからないのか。そうか」

 ぐ、と短剣がゴーレム兵により近づく。
 今はゴーレムに守られている銀髪の男が、先ほど花楓くんをナイフで追い詰めていた状況に似ていると思った。
 オリヴィエールさんが、静かに言った。

「……失うことは慣れているさ。だが、慣れているのと得意になることは違う。――俺から、何も奪うな」

 静かなその声は、どこか痛々しい程で。
 なのに。

「はい、オリーヴ氏! そのまま押さえててーっ! ――とうっ!!」

 場の空気を壊す明るい声が、やっぱり全ての雰囲気を、この場に居る全ての人間の感情を一旦完全に壊すように、それはそれは大きく響いた。
 ゴーレム兵の上から、何かが落ちてきた。
 ビッグバンダーに比べると、ゴーレム兵に比べると、ずっとずっと小さな影。
 でも、人間として考えると少し大きいサイズの影。
 あのふくよかな影は、先ほども見た。

「へーいっ!! 着地っ!!」

「おぶっ!?」

 バッカス=リュボフさん。
 人よりふくよかで、人より丸っこい、人より重みをもったその巨体が、ゴーレム兵の頭部に勢い良く落下した。
 ゴーレム兵の頭部は丁度、搭乗者が居る場所で。
 落下の衝撃で頭部は呆気なく割れ、バッカスさんの巨体の衝撃は銀髪の男に直接衝撃としてぶつかり、男の意識を呆気なく奪った。

「……生身で何をしている、バッカス」

「ふふふ、オリーヴ氏。おれは先ほど学んでしまった……おれは生身だと、この体重すらも武器にできると!!」

「まあそうだろうな」

 銀髪の男を下敷きにした状態で、オリヴィエールさんに向かって気の抜けた笑顔でピースサインを向けるバッカスさん。
 こちらも気の抜ける会話と、完全に意識を失ったテロリスト連中のリーダー格。
 この状況に、もうこれ以上ドロッセルと笹巳が暴れる必要性はないのだと判断して。
 私はヴェルダンディの杖を一振りし、自分の機体全体に纏っている簡易結界魔法の範囲を広げた。
 まだ意識があり、自分自身の身体を守るように抱き締めて震えていた残りの男たちが、目を丸くする。
 彼らにはもう、爆炎も衝撃も何も襲ってこない。
 確かな攻撃の意志から、確かな殺意から彼らを守る壁が出来ている。
 私は、入口付近に押し寄せた男たちに対し、結界を張っていた。
 逃げられないように、外界と、笹巳の攻撃範囲が届くギリギリのところの間を丁度結界で覆った状態。

「なあに、邪魔するのぉ?」

 舞うのをやめたコノハナサクヤから、ドロッセルの声が響く。
 笹巳は会話する意思すらないのか、その脚で何度も結界を蹴り付け男たちを怯えさせている。

 そんな、未だに殺意と悪意が残る、炎に包まれた世界で、すっかり天井が崩れ行く、着々と壊れ行く世界で、私は言った。

「うん、邪魔する。もう終わり。これ以上、誰にも、何も壊させない。私が守る。この人たちは裁かれるべきだけど――少なくとも今は、私はこの場にいる全部を守るし救いたい」

 張り詰めた空気の中、私は。
 何故だかようやく笑えた、気がした。

「――だって、私、欲張りだからさ」

 ドロッセルから呆れの視線が刺さっているのは、モニターを通してわかった。
 結界を蹴るのをやめた笹巳からは、確かな敵意を、直接肌に感じた。
 それでも。
 それでもこんな物騒な世界で、私は笑ってしまったのだ。
 バッカスさんの纏う雰囲気があまりにも深刻さからかけ離れていたからだろうか。
 こんなひどい状況なのに、不思議と、本当の危険が終わったと判断できたこと自体は。
 私に安心感を、救いをくれたのだから。
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