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第六話『暴走暴発暴虐ガールズ!』

その11 ぶちまけられた純情

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★第六話『暴走暴発暴虐ガールズ!』

その11 ぶちまけられた純情

teller:笹巳ささみ=デラクール

 馬鹿馬鹿しい、馬鹿馬鹿しい、くっだらねえ。
 『正義の味方』? 何だよそれ。
 ガキの幻想をそのまま抱き締めて大人になったみたいな、あの女の瞳にイライラする。
 ああ、イライラする。イライラするんだ。
 腹の奥から湧き上がる怒りが心臓を呑み込んで、血液全部に行き渡って、脳に全力で『攻撃』の命令をやかましい程に要求する。
 あの女ども――ダリアとドロッセルの元から去ったオレは、結局はカーバンクル寮の自室に帰って来た。
 部屋に入る直前、麓重ろくえとすれ違ってひどく驚いた顔をされたが、無視して自室の扉を閉め、苛立ちの赴くままにすっからかんの本棚を蹴り飛ばした。
 中身がほぼほぼ空だからか本棚は簡単に傾き、騒音と共に床に倒れ込む。
 その無残な姿にすら苛立ちが刺激され、もうぶっ壊してやろうとブーツで何度も何度も本棚を踏みつける。
 部屋の中から聞こえる音がただごとじゃないことに気付いたのか、扉の外からノック音が聞こえる。
 同時に、オレにとっては何よりも愛おしく、憎らしい声も。

「さ、笹巳さん!? 大丈夫ですか!?」

 ――麓重。
 そんな心配そうな声をして、そんな焦ったようなノック音を響かせて。
 心配なら、さっきすれ違った時、オレに声をかければ良かったじゃないか。
 大丈夫かって? 大丈夫なわけねえだろ。
 イライラするんだ。お前の声が聴こえてからは、心臓がうるさくなってますますイライラするんだ。
 感情がぐちゃぐちゃで、もうとっくに爆発して、どうしたらいいかわからないんだ。
 湧き上がる傷害衝動と破壊衝動。そうすることでしか、オレは安らげない。
 だって感情の行き場がどこにもないんだ。ずっとずっと、迷子なんだ。

 そうだよ、大丈夫なんかじゃない。
 助けて、欲しいよ。他でもないオマエに。

 心がざわつく。
 オレに触れようとする者全員を害することに心血を注ぐトゲトゲの感情が膨張していく。
 少しぼんやりして意識が遠のきかけた時、勢い良く部屋の扉が開いた。
 入り口の所に立ち尽くしている麓重は呆然としていて、何やら絶句しているようで。
 麓重の視線を辿って、ああ、と納得した。
 オレの片手からは、紅い紅い鮮血がぼたぼたと流れ落ちている。
 深い切り傷だ。
 無意識のうちに攻撃手段を手に変えていたらしく、本棚のどこかの部品に当たって深く肌が切れたんだろう。

「さ、笹巳さん、何を……っ、いや、まず医務室に行きましょう。手当て、しないと……」

 麓重がオレの手首を掴む。
 いつも、そうやって強引にオレをどうこうしてくれていいのに。
 オレなんか、モノみたいに扱ってくれていいのに。
 オレのこと、ぐちゃぐちゃにしてくれていいのに。
 麓重にされるなら、オレ、全部幸せなのに。

 なのに、オマエはオレが望むものを何一つくれないんだろう?

「医務室なんて、行きたくねえよ」

 オマエと二人きりがいい。他の人間なんて要らない。他の場所なんて要らない。お前と同じ空気だけを吸っていたい。お前が吸うのはオレも吸っている空気だけでいい。

「こんな怪我、いつものことじゃねえか」

 片手から流れ出るこの血、全部オマエが飲み干してくれればいいのに。そうすればオレ、オマエの中で生きれるのに。一つになれるのに。オレ、オマエだけのものになれるのに。

「うぜえんだよ。ほっとけよ、オレに構うんじゃねえよ」

 寂しいよ、傍に居てよ、抱き締めてよ。
 オレを、オレだけを愛してよ。

 本心とはかけ離れた、過剰なまでの拒絶の言葉を並べ立てると、麓重は露骨に困った顔をする。
 ああ、嫌いだ。
 オマエがオレを見る度に戸惑うような素振りを見せるのも、いつもオレの顔色を窺うような気の弱い仕草も、大嫌いだ。

 オマエに拒絶されるのは、別に嫌じゃないんだ。だってオレは、そのくらいのことをオマエにしてきたじゃないか。ずっと、ずっと。
 でも、どうしても腹が立つんだ。
 どうしてオレをいつも、許すの。
 どうしてオレにいつも、優しくするの。
 どうしてオレを、見捨てないの。
 どうしてオレを、心配するの。

 その理由がわかってるから、ますますイライラする。
 麓重はオレを、『子ども』として見てるから。そうだろ。麓重にとってオレってその程度の存在なんだろ。
 社会が守るべき子どもとして、大人が守るべき子どもとして、麓重はオレを見てる。それだけなんだろ。だってオマエ、まともだから。

 なあ、何でお前まともなの。
 何で一緒に狂ってくれないの。
 何でオレと一緒に堕ちて行ってくれないの。
 オレはもう、オマエが居るところまで這い上がれやしないのに。オレ、そんなまともに生きれないよ。
 常識も道徳も倫理観も、全部捨てちまえよ。忘れちまえよ。ただのみっともなくて浅ましい男になっちまえよ。
 オレはそんな麓重でも愛せるのに。
 
 愛して。
 抱き締めて。
 キスして。
 オレを、壊して。

 オレ、暴力に依存してる自覚くらいあるよ。
 どうしても感情をコントロールできないんだ。オレ、だめな子なんだ。
 だから麓重が、オレを押さえつけてくれればいいのに。
 殴っていいよ、好きなように扱っていいよ。オレのこと、オマエの道具にしていいよ。
 だってオレ、いつもオマエを殴ってるし、蹴ってる。いつもオマエに傷ばっか残してる。
 オマエだけは、世界の誰よりもオレを何の許しを得なくても壊せる権利を持ってるのに。
 ……何でいつも、優しいの。

「ささ、みさん……?」

 気付けばオレは、麓重を押し倒していた。
 感覚を忘れていた瞳から大粒の涙が溢れ、オレの片手から流れる血と混ざって、麓重のスーツを醜く穢していく。
 オマエを穢してやりたいよ。オマエに穢されたいよ。
 オレにはオマエだけなんだ。
 どうせオレの恋は歪んでるよ。でも本当は、オマエが思ってるより被虐的な方向に歪んでんだよ、オレは。

 なんでオレ、ガキなんだよ。
 こいつの理性が焼き切れるくらい豊満な身体に生まれたかったな。
 女に生まれたくせに、痩せっぽちのこの身体は全然女らしくない。
 柔らかみがないんだよ。骨と皮と筋肉、そのくらいでしかほとんどが構成されていない気がする。
 女だと認識できる身体ではあるけど、性的な魅力はないこの身体。
 ああ、憎い。憎い憎い憎い憎い。
 オマエの心を動かせないオレの醜い身体も、身体以上に醜く身勝手でどろついて粘ついた心も、大嫌いだ。
 
 オレはゆっくりと立ち上がると、麓重に触れることすらせず、再び自室を飛び出し、寮の外へと駆けて行った。
 ああ、オレ、麓重から逃げたんだ。これ以上、自分の一方通行な想いばかりを、あいつが無自覚のうちに突きつけられたら、きっと耐え切れなかっただろうから。

 麓重。
 愛してる。
 愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる――。
 まともな大人として生きてるところも、困ったような表情ばかりするところも、いつもオレの様子を気にかけてくれる気弱そうなすぐ泳ぐ目線も、ぜんぶ、愛してるよ。
 でも、オレ、わからない。わからないんだ。

 ねえ、お願い。誰か、教えて。
 ――人の愛し方って、何?
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