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第五話『ハロウィン・シンドローム』

その2 かしまし空間乱入者

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★第五話『ハロウィン・シンドローム』
その2 かしまし空間乱入者

teller:New supporter

 拝啓、今はもう私の傍には居ない私の愛する人たちへ。
 相変わらずこの星は不安定で、私が望む平穏な世界には、まだ先が長そうです。
 この寮に来た当初よりは落ち着きましたが、未だに街では罵声が飛び交う争いが起きたり、嫌な騒がしさに包まれることもあります。
 ちなみに、私の隣の男も相当騒がしいやつなのですが――その話は、また今度。



 綾音あやね=イルミア。それが私の名前だ。
 年齢は19歳。バトル・ロボイヤル72地区の代表サポーターとして、この星を取り巻く代理戦争に関わっている。
 と言っても、この戦争は謎が多く、何故いつかはペアごとに、地区ごとに戦う私たちが寮生活を強制されているのか。
 答えを知る者は少なくとも私の周りには居ない。
 答えが見つからないなら、自分で考えるしかない。
 落ち着いて、この世界の流れを見極めなければ。
 望む平穏を勝ち取る為に、私は頭を回していかなければならない。
 ……だと、言うのに。

「リーザちゃん、綾音ちゃん、一緒にテーマパークエリア行かないかね~? 19歳三人娘で親睦会しちゃお~」

 私のすぐ目の前でカラフルなチラシを差し出して、無防備にふわふわにこにこと笑っている女の子。
 胡桃くるみ=ヒューストン。私と同い年のサポーター。
 無垢に笑う彼女は、嬉々としてテーマパークエリアの魅力を私に語ってくるが、普通はアトラクションの説明から始まるものだと思うのだけれど不思議とさっきから耳に届く話はテーマパークエリア地下のゲームセンターの話ばかりだ。
 胡桃の傍に微笑みをたたえたまま控えているのは、同じくサポーター仲間のリーザ=ブルーム。
 綺麗な色のプラチナブランドの髪は、何故かいつも長さがバラバラに雑に切られている。
 彼女はとても不思議な雰囲気の持ち主で、怖いくらいに儚くて、胡桃とは別方向に心配になるタイプ。

 私は、昔から『お姉ちゃんっぽい』と言われることが多い。
 きょうだいなんて一人も居なかったけど、周りからは大人びている、しっかりしているように見えるらしい。
 それにはまあ、一応理由がある。
 私は、早いうちから大人としての考えを身につけなければならなかった。そういう生き方をしなければ、潰れてしまいそうだった。
 だって――。

「……大丈夫? ごめんね、ぼくたちが無理言ったから、綾音さんを困らせちゃったかな」

 リーザが、少し眉を下げて苦笑する。
 美しい女性なのに一人称は『ぼく』。そこもまたリーザ=ブルームという人物の不可解さを助長させていた。
 勿論、悪い子ではないと思うのだけれど。
 リーザの声に首を横に振って、私はもう一度胡桃とリーザの顔を交互に見つめる。
 お姉ちゃんっぽい、と言われることが多くそういう人格を期待されていた私には、何となくわかってしまう。
 胡桃とリーザの面倒は、私が見なければならない。
 この二人を二人きりで行動させてしまったら、何かしらトラブルに巻き込まれたり、取返しがつかなくなりそうだ。
 そのあと後悔するくらいなら、心の傷になるくらいなら、私はお姉ちゃんでいい。ううん、お姉ちゃん『が』いい。
 この子たちは私が守らないと。謎の義務感。謎の使命感。それらは私の心に根付いた、一種の病。

「うん、親睦を深めるのは大事だもんね。行こっか」

「やったー!!」

「やったー!!!!」

 胡桃が両手を上げてぴょんぴょん跳ねかねない勢いで喜ぶ。
 だがその直後の声は、リーザのものではない。私の良く知る男の、声。
 振り返ると、金髪に近い髪色の、細い目……というか糸目の青年が、嬉しそうににこにこと笑っていた。
 一体いつからそこに居たのか。勝手に女子の話を聞くのは感心できない。

「……何してんの、陽輔ようすけ

「おもしろそーな話してたから」

 こいつの名前は陽輔ようすけ=アイバッヂ。私とは同い年で、パートナー関係で……つまり陽輔はバトル・ロボイヤル第72地区の代表のファイター。
 騒がしくおちゃらけていて、なんというか、私の頭痛の種の大半だ。
 陽輔はぐいっと身を乗り出して私に顔を寄せてくる。
 あまりにも近かったから、抗議のつもりで溜息をついて彼の胸をそっと押すと、存外早めに離れてくれた。

「なになに? 女の子三人でテーマパークエリア遊びに行くの? ね、ね、オレも混ぜてよ!」

 女子三人に男子一人が混ざろうとするコミュニケーション能力の高さとメンタルの強さに閉口しそうになるも、私はまた溜息混じりに陽輔の頭に軽くチョップを入れた。

「いてっ」

「わざわざこっちに混ざろうとしないでも、この寮にあんたと同い年の男子そこそこ居るから誘ってみればいいでしょ」

「お、そっか。名案。さすが綾音」

 ……正直、私が『お姉ちゃんっぽい』という感想を抱かれやすいのは、陽輔の所為によるものが多い気がする。
 色々自由奔放なところがあるやつだから、世話を焼いていないとこちらとしても落ち着かないのだ。周りが被る被害について無駄に考えてしまうから。
 保護者心理、のようなものなのだろうか。同い年の筈なのに。

「じゃー、他のみんな誘ってこよー!」

 そう言って、にっこにこ顔のまま陽輔は駆け出そうとする。
 でも、途中で立ち止まって、振り返って。

「でもオレは綾音とも遊びたいから、また今度どっか二人で行こうな!」

「え? うん……」

 私が頷くと陽輔は満足そうに笑って、男子組を探しに行ったのか全速力で走り去る。
 これまでの一連の流れを胡桃はにやにやと見ていて、リーザはにこにこと微笑み続けていた。

「いやはや、青春だねえ」

 しみじみと噛み締めるように胡桃はそう言うが、私と陽輔のあれそれは何だか違う気がする。
 その感情が顔に出ていたのか、リーザが少し切なげに微笑む。

「ぼくは、素敵だと思うよ。君たち二人の空気感って言うのかな、健康って感じがする」

「……健康? 健全じゃなくて?」

「うん、健康な関係性」

 そう笑うリーザは、肌のあちこちに傷や手当ての跡があって、私は反論をするという行為をすぐに忘れてしまった。
 胡桃が特に考えてもないかのようにテーマパークの話の続きを始めるが、もしかしたらあの微妙な空気を変える為に彼女なりに気を遣ったのかもしれない。胡桃は、優しい子だから。

 陽輔は、いつも明るい。平時はノリも軽くてバカっぽいのに、あれで頭が良くて視野が広いタイプの人間。
 陽輔は私の平穏を守り、時に壊す。
 だけど、絶対に私の敵にはならない。
 ふと、黒い鳥が数羽空を舞うのが視界の端に映り、思わず目を逸らし俯く。
 あの黒が、一瞬だけ、あれを思い出させた。
 身体のどこかがチリッと痛む。
 平穏が欲しい。私にできることをしたい。
 
 私の家族は――アンノウンに殺されたのだから。
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