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第三話『仔猫の鳴き声』

その4 みっともないって言われたって

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★第三話『仔猫の鳴き声』
その4 みっともないって言われたって

teller:愁水しゅうすい=アンダーソン

 正直に言おう。面白くない。
 最近面白くない。俺の方はろくに話したことすらないガキが、惚れた女にじゃれついている。
 ガキの名前は花楓かえで=アーデルハイド。確かこのバトル・ロボイヤルの最年少ファイターだ。
 このガキは俺の惚れた女こと聖歌せいかを最近えらく気に入ったらしく、何かとまとわりついて『お姉ちゃん』と呼び慕い甘えている始末だ。
 聖歌の方も気弱で人見知りなくせにこのガキには徐々に心を開きつつあり、今では『カエちゃん』なんて愛称で花楓を呼んでいる。
 まあ、つまりだ。聖歌が花楓というガキと仲良くなった。
 言ってしまえばそれだけの話なのだが、10歳程度のガキと言えど花楓=アーデルハイドというやつはれっきとした男である。
 聖歌に抱きついたり聖歌に膝枕をねだったり聖歌に頭を撫でてもらったり、距離が近すぎやしないだろうか。
 大体なんであいつは聖歌に『カエちゃん』だとか呼ばれてるんだよ。俺が聖歌にファーストネームで呼んでもらえるまでどんだけかかったと思ってるんだ。
 そして何より面白くないのが、この我ながらみっともない嫉妬が花楓にバレバレらしいということだった。
 最初に花楓が聖歌に抱きつく場面をたまたま見た時、反射的に睨んでしまったらうっかり花楓と目が合って。
 その時の俺の表情から、花楓はませたことに俺の聖歌への恋情を察したのだろう。
 にたりと意地悪く笑うと花楓は俺の前で露骨に聖歌にベタベタするようになって、極めつけは俺がメタボとジジイ――もといバッカス=リュボフとオリヴィエール=ロマンに外食に無理やり連れてかれそうになった時、花楓はこう言いやがったのだ。

『にゃはは、愁水くん? いくらお姉ちゃんラブだからって男の嫉妬はみっともないよ?』

 すっっげークソガキだと思った。
 こっちの気持ちをわかってんなら、俺の見てる前で露骨に聖歌にべたべたすんのはやめろと言いたかった。
 ガキと言えど、自分以外の男が聖歌に無遠慮に触れすぎていることを簡単に許容できないくらい自分が拗らせている自覚はある。
 だが花楓のこのからかう発言も、聖歌が居る場所で言われたらそれはそれで好都合だったかもしれない。何かしら俺たちの関係が進展したのは間違いないはずだから。
 が、よりにもよって花楓は俺と、メタボとジジイしか居ないような状況でそんな発言をぶちかましたもんだから。
 普段メシのことしかろくに考えてないバッカスこと馬鹿スは露骨に目を輝かせ、別に自分の気持ちを知られたくないバカ二人に俺は俺の聖歌への恋を知られるハメになった。とんだ流れ弾だ。なんだこれ地獄か?
 そうしてやけに楽しそうな馬鹿スに背中をぐいぐいと押され、喫煙可の飲食店に連れて行かれて今に至る。
 この面倒な状況に頭が痛くなりすぎて、タバコの本数がいつもより増える。灰皿は大活躍だ。
 なんだって双方恋愛にくっそ重いトラウマ抱えたメタボ&ジジイ相手に恋バナしなくちゃいけねえんだ。普通に言いにくいわ。あと絵面が汚い。
 馬鹿スの相方のピアス姐さんとやらのカーバンクル寮でのコミュニティはキラキラ系だというのに。
 聖歌も聖歌で同年代の女と喋ってんのを見かけんのに。何で俺はこんなグループに居るんだ。
 何だかもう溜息なんだか紫煙なんだかわからんもんを吐き出して何本目かわからないタバコを灰皿に押し付けると、ラーメンをずるずる啜っていた馬鹿スが勢い良く身を乗り出してくる。汚ねえよ、汁が飛び散ってんだよ。

「そっかそっか~。愁ちゃんってサポーターの女の子……聖歌ちゃんだっけ? に惚れてんだ、っぁいだだだだだだ」

「ファーストネームで呼ぶな。馴れ馴れしく呼ぶな」

 馬鹿スの太い首をキュッと片手で絞めると、ガツガツと大盛り炒飯をこれまた礼儀作法ガン無視でかっこんでいたオリーヴが淡々と言う。

「名前如きで……心が狭い男だな」

「うっせぇ。こっちは年季入りすぎてて拗らせてんだよ」

「ごほっ、げほっ……え、年季って……愁ちゃん、聖歌ちゃんのこと何年くらい好きなのさ」

「五年」

「うわ……」

「本気で引く反応すんなや。おまえらに引かれるとめちゃくちゃ腹立つわ」

 こいつらまとめてタバコ押し付けて根性焼きかましてやろうか。馬鹿スくらいなら燃やしてもいいだろ、無駄に脂肪あるし。

「……しかし」

 俺を引いた目で見つつ食事の手を止めていたオリーヴが、シチューをずず、と啜る。こいつ炒飯食ってシチューを飲み物代わりにしてんのか? アホか?

「愁水おまえ、からかわれるのは嫌がるくせに自分の好意は否定しないんだな」

「……そりゃ、否定する理由がねえし」

 俺が聖歌を好きなのは、そんななまっちょろい感情なんかじゃないから。
 抑えられないくらいあいつを好きなんだから、あいつを幸せにしたいんだから、別に悪い感情じゃないんだから、隠す理由もないだろ。

「……わお。愁ちゃんかっこいい……おこちゃまにヤキモチ妬いたりとかはしょうもねえけど……」

「燃やすぞ」

「あ、焼肉いいね。このあと行こうぜ!」

「二軒目の話をしてるんじゃねえよ。行かねえよ。まだ食う気か」

「おれとオリーヴ氏はまだまだいけるぜ! 胃もブラックホールなら器もそこそこ! 恋愛相談ならおれたちいつでも乗るよ愁ちゃん!!」

「こないだ食事中に激重恋愛トラウマエピソードをちらつかせたおまえらに何を相談しろって?? 状況が何一つ好転しそうにねえんだが??」

 片や、初恋の女に目の前で自殺されて以来性欲を失ったメタボ。
 片や、不老不死の身ながら軽い憧れで所帯を持ったら嫁に自殺されたジジイ。
 やべえ。絶対相談したくない。なんも役立つ気がしない。本人たちが特に気にせずけろっとこれらのエピソードを飯時に話してきたのも感性ぶっ壊れてる感じがあって嫌だ。いやほんとなんだこの地獄。

「……大体、相談も何もねえよ」

「え、なして」

「……もう両想いなんだよ、一応」

「へ?」

「聖歌は俺の気持ちに気付いてくれちゃいねえけど、俺は……聖歌も俺に惚れてくれてるって知ってる。そしてそいつは、俺の自惚れじゃない」

 ざわざわと騒がしいはずの店内が、俺らの一帯だけ凍るような静けさに包まれた気がした。
 馬鹿スもオリーヴも、がつがつもりもり食ってたくせに手を止めて俺を凝視している。そんな目で俺を見るな。
 やがて、オリーヴが言った。

「……おまえ、この五年間一体何をしてたんだ?」

「…………ある意味、就活…………」

「……そう……」

 空気が死んだ。二人に何とも言えない目で見られた。
 なんだろう、この二人に憐れまれるとすっっげえ腹立つ。





 寮に帰るなり、馬鹿スは沢山食って上機嫌なのか鼻唄混じりに言った。

「まあ、愁ちゃんはいずれ上手く行くとしてさあ。オリーヴ氏も何かしら前向きに考えていいと思うよ? オリーヴ氏、顔が良いし」

「……そうか? ……ん」

 オリーヴが顔を上げた先には、寮の共同スペースのテレビで何やら映画を見ている女子グループ……っつーかピアス姐さん率いるグループだから、まあキラキラ系のグループと言っとくが、そいつらが何やら盛り上がっていた。
 そんな連中を見て、オリーヴは首を傾げる。

「……なんだ、集まって古い映画を見て。……あ、その女、終盤で裏切るぞ」

 ――ばっっ、と。
 凄い勢いで俺はオリーヴの首根っこを引っ掴み、近くの部屋に転がり込むように逃げ込んだ。
 馬鹿スも同じく。馬鹿スは珍しく顔面蒼白になってる。多分俺も同じような表情になってる。
 オリーヴだめだこのジジイ、申し訳ないけど恋愛向いてねえタイプだ。女を怒らす天才。
 本当に自分が恋愛相談相手に恵まれていないことしかわからなくて、さっき散々吸ったタバコが恋しくなる。
 それでも俺が聖歌に惚れてんのは、今日も今までもこれからも、事実として残り続けていた。
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