上 下
21 / 104
第二話『永遠少年殺人事件』

その11 あいらびゅー、きれいな友よ

しおりを挟む
★第二話『永遠少年ピーターパン殺人事件』
その11 あいらびゅー、きれいな友よ

teller:……

 ――声が、聴こえた。

『ねえ、きみ! この……えっと、リンゴ? もしくは桃? いっしょに食べよ!』

 痩せ細って倒れ伏している自分の目の前に、自分と同じ歳くらいの少年が、朗らかに笑ってしゃがみこんでいた。
 赤い果実を、ひらひらとちらつかせながら。
 自分のコンプレックスの一つである赤毛と同じ、赤。
 少年は、笑っていた。ボサボサの茶髪。貧相な身なり。自分と同じく痩せ細って、でも彼は、この世界には救いしかないのだと言わんばかりに、きらきらと笑っていた。

『おれはバッカス! バッカス=リュボフ! ともだちになろう! ねえ、きみの名前は?』

 自分は。
 自分の、名前は――。





「ピアス!」

 ――声が、聴こえた。
 自分を呼ぶ声。
 アタシを、呼ぶ声。
 ひらひらと、果実一つ持たない手を、馬鹿スはあたしの眼前で振っていた。

「どした? ぼーっとして。やっぱ傷、痛い?」

 傷、と言われてアタシは自分の手元に目線を落とす。
 今回のアンノウン襲来で、椎名=メルロイドくんを庇って負った傷跡。
 治療は済ませたけど、まだ包帯が巻かれた指先。
 爪が割れたり剥がれた痛みがどうとかよりも、しばらくはネイルアートを楽しめない不満の方が、アタシとしては大きかったりする。
 でも。

「別に、どうってことないわよ。むしろ勲章。こんくらいのアクセントがあった方がアタシはもっと綺麗になる」

「わ、ピアスかっこよい。シビれるゼ」

 馬鹿スがけらけら笑って、アタシの赤く長い髪を好き勝手に、無遠慮にいじり始める。
 普段なら馬鹿スが馬鹿ス自身の身なりに頓着せず食べカスだらけなこともあって『美しくないからやめて』とひっぱたいているところだが、アタシの手が傷のせいでまだそんなに自由がきかないのを良いことにアタシの髪に手を伸ばしてくるんだから、こういうところは小賢しくていっそ呆れる。
 馬鹿スは昔から、アタシのこの赤い色の髪が好きだ。
 それは、こいつが色覚補助用の眼鏡が無いと赤しか色を認識できない色覚異常を患っているから。それ以外は、馬鹿スにとっては全部灰色らしい。
 そう言えばアタシが初めて眼鏡を造ってやった際、馬鹿スは喜びながらも情報量の多さに目を回していたっけ。懐かしい。
 馬鹿スはアタシの髪をゆるゆると編んだりしながら、いつものなんてことのないのんびりした口調と声色で言った。

「ピアス、今日ね、色々あってオリーヴ氏にマリア姉ちゃんの話、ちょっとしたんだよね」

「あっそ」

「……ピアスー」

「なによ」

「あいしてるよ」

「あっそ」

 ――マリアさん。バッカスの、初恋の人。
 彼女の存在がどれだけこの馬鹿の心の傷に関わる問題か、こいつもアタシも理解しながら、お互いやっぱり少し笑って、静かにこの場で息をする。
 息をするような『あいしてる』の言葉を、アタシはさらっと流してみせる。

「ピアス、おれがこのまま髪の手入れしていい? その手じゃきついっしょ」

 馬鹿スがこの提案をしたタイミングは、まるで彼が寂しさの捌け口を探すような時とぴったり合っていたけど、そうではないことはアタシが一番良く知ってる。きっと本人よりも。
 こいつは気の向くまま生きるまま、気持ちがお節介に傾く性質。
 食に貪欲であって、自分が救える誰かを探すことにも貪欲な腹減りの厄介者。
 自分が飢えている時ですら、誰かに分け与える発想が出てくるいかれたやつ。
 それが馬鹿ス。バッカス=リュボフ。アタシの相棒。アタシの親友。
 太って肥えて、間の抜けた、いつもどこかかしらが汚らしい男。
 アタシの求める完璧な美を、常に揺るがす馬鹿な男。
 だけど。

「……今日だけ、特別だからね」

 こいつの優しさだけは、不思議とずっと美しいのだ。

 ――なんて、直接言ってはあげないけれど。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

性欲排泄欲処理系メイド 〜三大欲求、全部満たします〜

mm
ファンタジー
私はメイドのさおり。今日からある男性のメイドをすることになったんだけど…業務内容は「全般のお世話」。トイレもお風呂も、性欲も!? ※スカトロ表現多数あり ※作者が描きたいことを書いてるだけなので同じような内容が続くことがあります

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

処理中です...