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第一話『主人公はおデブちゃん!?』
その3 ごちそうさまの後はスマイル!
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★第一話『主人公はおデブちゃん!?』
その3 ごちそうさまの後はスマイル!
「ごちそーさまでした!」
「ごちそうさまでしたーっ!!」
「ご……ごちそうさまでし、た……」
買い込んだプレミアムチョコレートシュークリームを全部食べ終わり、おれがぱちんと両手を合わせると、チャドくんと眼鏡っ娘ちゃんもおれに倣って手を合わせた。
おれの後に告げられたチャドくんと眼鏡っ娘ちゃんの『ごちそうさま』の言葉の声量にだいぶ差があるのが妙におかしくて、平和で、嬉しい。
ふと眼鏡っ娘ちゃんが、おずおずとおれを見上げていることに気付く。
視線を返し、この子は眼鏡の奥の瞳が随分と澄んでいるな、なんてことをおれはぼんやりと思った。
「あの……えっと、美味しかった、です。ありがとうございました」
眼鏡っ娘ちゃんがぺこぺことおれに頭を下げる。
おれはまだどこか怯えたようなその子の所作を遮るように、へらへらと笑って首を横に振る。ついでに手も軽く振っといた。
「いーのいーの。そんなかしこまんないでよ。そう言えばまだ名前聞いてなかったよね? 聞いてもいい? あ、おれ、バッカス=リュボフ! こっちはチャド=マレットくんねー」
「よろしくな、おねーちゃん!」
チャドくんが元気良く挨拶をする。
チャドくんの口元にクリームが付いていて、それが何とも間抜けで可愛くもある。
そう言えば今日だけでおれは連続で初対面のちびっこに名前を聞き、さらに名前を聞いたちびっこのフルネームを別の子にばらすという失態を超スピードで犯したので、もうおれはいちいち気にしちゃだめだ。
不審者と言われるかもしれんけど、ちっちゃい子とのやり取りは癒し、オアシスだから誰もおれを止められるわけがない。
オアシス……と言うと、そう言えば喉が渇いたな。潤いが欲しい。やっぱ癒しが一番に欲しい。食にも通じる癒しなら大歓迎。
おれがチャドくんの頭を手持ち無沙汰に撫でるなどしていたら、眼鏡っ娘ちゃんはしばらく視線を彷徨わせたあと、ぽつりと自分も名乗ってくれた。
「え、えっと……私は……エレノア=ウンディーネ……と、申します」
「エレノアちゃんね。よろしくよろしく! 可愛い名前じゃん!」
おれが笑ってそう言うと、眼鏡っ娘ちゃん改めエレノアちゃんはさっと頬を桜色に染めた。
初心な反応が何とも可愛らしい。
いいねえ、この子はこうやってこれから青春を経験していくんだろうなあ。
なんて、ついついおっさんくさいことを考えてしまう。
だめだめ、おれはまだギリギリおにーさんなんだから。
おじさんまではまだあと一年猶予がある筈だから、多分。
そういやエレノアちゃんの姓はウンディーネか。水の精霊さんって意味だっけか。いいね、渇きを癒してくれるじゃん。
いい癒しを見付けたから、なんか気になって。
すぐ俯くエレノアちゃんの顔を覗き込むと、エレノアちゃんの肩がびくりと跳ねた。
「そんで? エレノアちゃんは何であんなに元気なかったのさ」
「……え?」
おれが訊ねると、エレノアちゃんはぱちぱちと目を瞬かせる。
おれは怖がらせないよう、なるべく柔らかい声色で彼女に問い掛けた。
「一人でベンチに居たエレノアちゃん、今にも泣きそうだったじゃん? あれ、ずっと続くのかなって気になって。ほら、美味しいもの食べた後にモヤモヤ抱えんのも嫌っしょ? ごちそうさまの後はスマイル! これ常識!」
「それ、ばっかすだけのじょーしきだろ?」
「はーい、チャドくんは黙ってようねー、宇宙の真理だからねこれー」
「いだだだだ!」
口を挟んできたチャドくんの頬っぺたを軽く抓り無理矢理口角を上げさせると、嫌がる言葉とは裏腹にチャドくんはどこか楽しそうだった気がした。
エレノアちゃんが、じゃれているおれとチャドくんを困ったような顔で交互に見て。
それからやがて、一人悲しげに目を伏せた。
目を伏せた、けど。
エレノアちゃんは少しだけ、言葉をくれた。
「……私……あの……詳しくは、言えない……んですけど……やらなくちゃいけないことが、あるんです……」
「ん……うん」
ここは聞き役に徹しようと思い、おれは穏やかに一回相槌を打つ。ついでに片手でチャドくんの頭を撫でたり何かしらの戦いごっこで遊びながら。
そんな少し変わった空気の中、エレノアちゃんはぽつぽつと語り始めて、またおれに言葉をくれた。
さっきよりも、ずっと、多く。
「でも……私……それが、やりたくなくて……どうしてもやりたくなくて……でも、やらないといけなくて……それが、私の存在意義みたいなもので……もう……どうしたら、いいか……わからなくて……」
最後の方の声は、もう嗚咽混じりになっていた。
遊びに夢中になっていたチャドくんが顔を上げ、エレノアちゃんの様子に戸惑う気配を感じた。
不安を口にしたエレノアちゃんは、俯いてただひたすらに泣きじゃくっていた。
ある意味彼女を泣かせた張本人であるおれはと言うと――自然に、彼女の頭に手を伸ばし、ぐしゃぐしゃっと髪を撫でる。
さっきまでチャドくんにそうしていたように。
エレノアちゃんは、涙で濡れた目を丸くしておれを見つめてきた。
「バッカスさん……?」
「多分だけどさ。エレノアちゃんがしなきゃいけないことが何なのかとか、全然おれは知らないんだけどさ」
エレノアちゃんの頭を、あやすようにゆっくりと撫でる。乱雑だった撫で方を変えていく。
これは途中で、美容に気を遣う乙女の髪はデリケートなんだと『相棒』に思いっきり怒られた過去を思い出したからだ。
おれのおマヌケなメモリーをひっそりと回想してたまらず苦く、でも緩く笑いながらおれはエレノアちゃんに言う。
おれの言葉を。
きっと他の人より中身が無い、だけどおれが考えたおれだけの言葉を。
「エレノアちゃんは、褒められ慣れてないんだと思うよ。いっぱい頑張ってるのに、いっぱい悩んでるのに、誰からもわかってもらえなくて、苦しい思いしてるのかな? もしそうだったら、おれがいくらでも褒めるし肯定する。そういう意味の苦しみじゃなかったとしてもおれは目からウロコ落ちる勢いでエレノアちゃんに拍手贈れるし」
「え……は、拍手……?」
「うん、拍手。おれはエレノアちゃんみたいな頑張ってる子は全力でよしよししたい主義だからさ。でも存在意義がそれ一個って、自分で自分を縛っちゃったらもっと苦しくなっちゃうよ。エレノアちゃんには、無限の可能性がいっくらでもあるとおれは思うよ?」
おれの言葉にエレノアちゃんが息を呑む。
おれはまず自分でにっと笑い、エレノアちゃんの両頬を軽くつついて言った。
さすがにチャドくんにやったみたいに年頃のおとなしい女の子のほっぺ抓ったら怒られそうだ。方々から。
「やりたくないことがあって凄く苦しいならさ、自分がやりたいって思えることがどれだけあるか探してこうよ。それもわからないなら、一人で大変なら、おれも手伝ってみるからさ。エレノアちゃんは一人じゃないから、どうせなら笑って生きてこ? エレノアちゃんの笑顔は、きっと可愛いから」
「ばっかすが、ナンパしてる!」
「はいはい、チャドくんはうるさいねえ」
「いでででで」
またじゃれるようにチャドくんに向き直り、チャドくんのほっぺを好き放題にさせていただいたり、けらけら笑いながら蹴られたので軽く蹴り返したりなどチャドくんと遊ぶ体勢に戻る。
エレノアちゃんは、ひどく驚いた顔でおれを見ていた。
今の、チャドくんみたいな5歳男児にはナンパ認定されるやつだったのか。
じゃあおれ、エレノアちゃんを困らせちゃったか?
笑ってほしかっただけなんだけど。
この女の子の心を、もうちょっと溶かしたいな、と思案する。
悪い頭を、渇きと飢えを満たすように貪欲に動かして、おれは個人的にはとても良い案を思いついた。
「そうだ! 二人とも、これ、見てみ? 見てみ?」
着ていたモッズコートのポケットから端末を取り出し、電源を入れる。
現実逃避したくて脳内から一旦除外していた『相棒』からの鬼電の記録が目に入り一瞬ぞっとした。
が、しれっと着信拒否にして動画サイトを開き、映像をエレノアちゃんとチャドくんに見せる。
おれが全力で推すアイドルユニット、『ロマネスク』のライブ映像だ。
おれが最終的に思い至ったのは、立派な布教活動である。
エレノアちゃんとチャドくんは、突然の俺の行動に目を丸くしている。
やがて、チャドくんがこてんと首を傾げた。
「これ、ろまねすくだろ? これがどうかしたのか?」
「ふっふっふ、やなことがあった時には美味しいご飯を食べるか、良い音楽を聴くのが一番良いのだよチャドくんよ!」
「なんだ? そのりくつ」
チャドくんは訝しげだったし、エレノアちゃんは少し困惑している様子だった。
ちっちっち、わかってないなー、近頃の若いもんは。
俺は敢えて、推しのクラリスたんが丁度アップになるシーンで動画を止めて、元気良く言った。
「おれはさ、食べ物が大好きなんだ。だって、『美味しい』って気持ちには人種も立場も関係ないじゃん? それって壁も何もない、凄いことだと思うんだよな。音楽もそれと同じ。何か音楽を『いいな』って思う気持ちは、基本ほとんどの人が持ってるもんだろ?」
「まあ、ろまねすくの歌って、きいてるとうきうきするよな!」
「だろぉ、チャドくん!? 何だよ、話のわかる子じゃんきみ! おれ、そういうタイプの文化を応援していきたくてさ。さすがに人の身体のあれこれやら生き物の種類によっちゃあ、全部や全員の理解は無理なんだろうだけど、そうやって、一個ずつくらいは世の中のみんながゆっくりでいいから解り合えればいいなーっておれは常々思ってるよ。……と、大々的な理想を語ったところで!」
おれは突如ベンチから立ち上がり、公園に設置されていた巨大スクリーンを指した。
多分、今のおれは、めちゃくちゃ活き活きしている。
布教は楽しくなれるエネルギーだ。原動力だ。
やっぱり神様なんて、いくらでも居てくれていい。
「今から、このスクリーンで俺が愛して止まないアイドルユニット『ロマネスク』のライブ中継が行われる!! 俺の最推しはふわふわ癒し系担当・クラリス=エメリーたん! せっかくだ、二人とも、ロマネスクの可愛い歌を聴いて癒されちゃえ! そんで、エレノアちゃんにはちょっとでも元気になってほしいな!」
「……ばっかす、どるおたなんだな」
「バカにしちゃ駄目ですー、ドルオタは全力で経済回してるんですー、世の中に貢献してるんですー」
わしゃわしゃ、とどこか生意気なチャドくんの頭を撫でる。
エレノアちゃんは、しばらくおろおろしていたけど。
もう少し。
もう少しで、彼女が今までより幾分か、柔らかい表情を浮かべそう、といったところで――。
――大きな、爆発音が辺りに響いた。
その3 ごちそうさまの後はスマイル!
「ごちそーさまでした!」
「ごちそうさまでしたーっ!!」
「ご……ごちそうさまでし、た……」
買い込んだプレミアムチョコレートシュークリームを全部食べ終わり、おれがぱちんと両手を合わせると、チャドくんと眼鏡っ娘ちゃんもおれに倣って手を合わせた。
おれの後に告げられたチャドくんと眼鏡っ娘ちゃんの『ごちそうさま』の言葉の声量にだいぶ差があるのが妙におかしくて、平和で、嬉しい。
ふと眼鏡っ娘ちゃんが、おずおずとおれを見上げていることに気付く。
視線を返し、この子は眼鏡の奥の瞳が随分と澄んでいるな、なんてことをおれはぼんやりと思った。
「あの……えっと、美味しかった、です。ありがとうございました」
眼鏡っ娘ちゃんがぺこぺことおれに頭を下げる。
おれはまだどこか怯えたようなその子の所作を遮るように、へらへらと笑って首を横に振る。ついでに手も軽く振っといた。
「いーのいーの。そんなかしこまんないでよ。そう言えばまだ名前聞いてなかったよね? 聞いてもいい? あ、おれ、バッカス=リュボフ! こっちはチャド=マレットくんねー」
「よろしくな、おねーちゃん!」
チャドくんが元気良く挨拶をする。
チャドくんの口元にクリームが付いていて、それが何とも間抜けで可愛くもある。
そう言えば今日だけでおれは連続で初対面のちびっこに名前を聞き、さらに名前を聞いたちびっこのフルネームを別の子にばらすという失態を超スピードで犯したので、もうおれはいちいち気にしちゃだめだ。
不審者と言われるかもしれんけど、ちっちゃい子とのやり取りは癒し、オアシスだから誰もおれを止められるわけがない。
オアシス……と言うと、そう言えば喉が渇いたな。潤いが欲しい。やっぱ癒しが一番に欲しい。食にも通じる癒しなら大歓迎。
おれがチャドくんの頭を手持ち無沙汰に撫でるなどしていたら、眼鏡っ娘ちゃんはしばらく視線を彷徨わせたあと、ぽつりと自分も名乗ってくれた。
「え、えっと……私は……エレノア=ウンディーネ……と、申します」
「エレノアちゃんね。よろしくよろしく! 可愛い名前じゃん!」
おれが笑ってそう言うと、眼鏡っ娘ちゃん改めエレノアちゃんはさっと頬を桜色に染めた。
初心な反応が何とも可愛らしい。
いいねえ、この子はこうやってこれから青春を経験していくんだろうなあ。
なんて、ついついおっさんくさいことを考えてしまう。
だめだめ、おれはまだギリギリおにーさんなんだから。
おじさんまではまだあと一年猶予がある筈だから、多分。
そういやエレノアちゃんの姓はウンディーネか。水の精霊さんって意味だっけか。いいね、渇きを癒してくれるじゃん。
いい癒しを見付けたから、なんか気になって。
すぐ俯くエレノアちゃんの顔を覗き込むと、エレノアちゃんの肩がびくりと跳ねた。
「そんで? エレノアちゃんは何であんなに元気なかったのさ」
「……え?」
おれが訊ねると、エレノアちゃんはぱちぱちと目を瞬かせる。
おれは怖がらせないよう、なるべく柔らかい声色で彼女に問い掛けた。
「一人でベンチに居たエレノアちゃん、今にも泣きそうだったじゃん? あれ、ずっと続くのかなって気になって。ほら、美味しいもの食べた後にモヤモヤ抱えんのも嫌っしょ? ごちそうさまの後はスマイル! これ常識!」
「それ、ばっかすだけのじょーしきだろ?」
「はーい、チャドくんは黙ってようねー、宇宙の真理だからねこれー」
「いだだだだ!」
口を挟んできたチャドくんの頬っぺたを軽く抓り無理矢理口角を上げさせると、嫌がる言葉とは裏腹にチャドくんはどこか楽しそうだった気がした。
エレノアちゃんが、じゃれているおれとチャドくんを困ったような顔で交互に見て。
それからやがて、一人悲しげに目を伏せた。
目を伏せた、けど。
エレノアちゃんは少しだけ、言葉をくれた。
「……私……あの……詳しくは、言えない……んですけど……やらなくちゃいけないことが、あるんです……」
「ん……うん」
ここは聞き役に徹しようと思い、おれは穏やかに一回相槌を打つ。ついでに片手でチャドくんの頭を撫でたり何かしらの戦いごっこで遊びながら。
そんな少し変わった空気の中、エレノアちゃんはぽつぽつと語り始めて、またおれに言葉をくれた。
さっきよりも、ずっと、多く。
「でも……私……それが、やりたくなくて……どうしてもやりたくなくて……でも、やらないといけなくて……それが、私の存在意義みたいなもので……もう……どうしたら、いいか……わからなくて……」
最後の方の声は、もう嗚咽混じりになっていた。
遊びに夢中になっていたチャドくんが顔を上げ、エレノアちゃんの様子に戸惑う気配を感じた。
不安を口にしたエレノアちゃんは、俯いてただひたすらに泣きじゃくっていた。
ある意味彼女を泣かせた張本人であるおれはと言うと――自然に、彼女の頭に手を伸ばし、ぐしゃぐしゃっと髪を撫でる。
さっきまでチャドくんにそうしていたように。
エレノアちゃんは、涙で濡れた目を丸くしておれを見つめてきた。
「バッカスさん……?」
「多分だけどさ。エレノアちゃんがしなきゃいけないことが何なのかとか、全然おれは知らないんだけどさ」
エレノアちゃんの頭を、あやすようにゆっくりと撫でる。乱雑だった撫で方を変えていく。
これは途中で、美容に気を遣う乙女の髪はデリケートなんだと『相棒』に思いっきり怒られた過去を思い出したからだ。
おれのおマヌケなメモリーをひっそりと回想してたまらず苦く、でも緩く笑いながらおれはエレノアちゃんに言う。
おれの言葉を。
きっと他の人より中身が無い、だけどおれが考えたおれだけの言葉を。
「エレノアちゃんは、褒められ慣れてないんだと思うよ。いっぱい頑張ってるのに、いっぱい悩んでるのに、誰からもわかってもらえなくて、苦しい思いしてるのかな? もしそうだったら、おれがいくらでも褒めるし肯定する。そういう意味の苦しみじゃなかったとしてもおれは目からウロコ落ちる勢いでエレノアちゃんに拍手贈れるし」
「え……は、拍手……?」
「うん、拍手。おれはエレノアちゃんみたいな頑張ってる子は全力でよしよししたい主義だからさ。でも存在意義がそれ一個って、自分で自分を縛っちゃったらもっと苦しくなっちゃうよ。エレノアちゃんには、無限の可能性がいっくらでもあるとおれは思うよ?」
おれの言葉にエレノアちゃんが息を呑む。
おれはまず自分でにっと笑い、エレノアちゃんの両頬を軽くつついて言った。
さすがにチャドくんにやったみたいに年頃のおとなしい女の子のほっぺ抓ったら怒られそうだ。方々から。
「やりたくないことがあって凄く苦しいならさ、自分がやりたいって思えることがどれだけあるか探してこうよ。それもわからないなら、一人で大変なら、おれも手伝ってみるからさ。エレノアちゃんは一人じゃないから、どうせなら笑って生きてこ? エレノアちゃんの笑顔は、きっと可愛いから」
「ばっかすが、ナンパしてる!」
「はいはい、チャドくんはうるさいねえ」
「いでででで」
またじゃれるようにチャドくんに向き直り、チャドくんのほっぺを好き放題にさせていただいたり、けらけら笑いながら蹴られたので軽く蹴り返したりなどチャドくんと遊ぶ体勢に戻る。
エレノアちゃんは、ひどく驚いた顔でおれを見ていた。
今の、チャドくんみたいな5歳男児にはナンパ認定されるやつだったのか。
じゃあおれ、エレノアちゃんを困らせちゃったか?
笑ってほしかっただけなんだけど。
この女の子の心を、もうちょっと溶かしたいな、と思案する。
悪い頭を、渇きと飢えを満たすように貪欲に動かして、おれは個人的にはとても良い案を思いついた。
「そうだ! 二人とも、これ、見てみ? 見てみ?」
着ていたモッズコートのポケットから端末を取り出し、電源を入れる。
現実逃避したくて脳内から一旦除外していた『相棒』からの鬼電の記録が目に入り一瞬ぞっとした。
が、しれっと着信拒否にして動画サイトを開き、映像をエレノアちゃんとチャドくんに見せる。
おれが全力で推すアイドルユニット、『ロマネスク』のライブ映像だ。
おれが最終的に思い至ったのは、立派な布教活動である。
エレノアちゃんとチャドくんは、突然の俺の行動に目を丸くしている。
やがて、チャドくんがこてんと首を傾げた。
「これ、ろまねすくだろ? これがどうかしたのか?」
「ふっふっふ、やなことがあった時には美味しいご飯を食べるか、良い音楽を聴くのが一番良いのだよチャドくんよ!」
「なんだ? そのりくつ」
チャドくんは訝しげだったし、エレノアちゃんは少し困惑している様子だった。
ちっちっち、わかってないなー、近頃の若いもんは。
俺は敢えて、推しのクラリスたんが丁度アップになるシーンで動画を止めて、元気良く言った。
「おれはさ、食べ物が大好きなんだ。だって、『美味しい』って気持ちには人種も立場も関係ないじゃん? それって壁も何もない、凄いことだと思うんだよな。音楽もそれと同じ。何か音楽を『いいな』って思う気持ちは、基本ほとんどの人が持ってるもんだろ?」
「まあ、ろまねすくの歌って、きいてるとうきうきするよな!」
「だろぉ、チャドくん!? 何だよ、話のわかる子じゃんきみ! おれ、そういうタイプの文化を応援していきたくてさ。さすがに人の身体のあれこれやら生き物の種類によっちゃあ、全部や全員の理解は無理なんだろうだけど、そうやって、一個ずつくらいは世の中のみんながゆっくりでいいから解り合えればいいなーっておれは常々思ってるよ。……と、大々的な理想を語ったところで!」
おれは突如ベンチから立ち上がり、公園に設置されていた巨大スクリーンを指した。
多分、今のおれは、めちゃくちゃ活き活きしている。
布教は楽しくなれるエネルギーだ。原動力だ。
やっぱり神様なんて、いくらでも居てくれていい。
「今から、このスクリーンで俺が愛して止まないアイドルユニット『ロマネスク』のライブ中継が行われる!! 俺の最推しはふわふわ癒し系担当・クラリス=エメリーたん! せっかくだ、二人とも、ロマネスクの可愛い歌を聴いて癒されちゃえ! そんで、エレノアちゃんにはちょっとでも元気になってほしいな!」
「……ばっかす、どるおたなんだな」
「バカにしちゃ駄目ですー、ドルオタは全力で経済回してるんですー、世の中に貢献してるんですー」
わしゃわしゃ、とどこか生意気なチャドくんの頭を撫でる。
エレノアちゃんは、しばらくおろおろしていたけど。
もう少し。
もう少しで、彼女が今までより幾分か、柔らかい表情を浮かべそう、といったところで――。
――大きな、爆発音が辺りに響いた。
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