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喪失
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しおりを挟む答えづらい質問だっただろうか。
目を伏せ、黙り込んでしまった。
心配になり、今の自分の発言を取り消そうと して、
顔を上げた琉夏と、視線が合う。
「…――恋人」
「…え、」
……見たことない表情で零された声に、胸が苦しくなるような感覚に駆られた。
「だったら、どうする?」
「…っ、」
試すような台詞を投げかけてくる彼から目が離せないでいると、…諦めたような仕草で視線が逸らされる。
「え、っと…」
流石に、戸惑った。
嘘を言っているようにも見えない。
けど、…男同士だし、恋人って本気で言ってるとも思いにくくて。
そもそも、オレには彼女がいたはずで。
きっと麻由里さんとのあの会話がなければ、信じてしまいそうな空気だった。
『元カノ』だって聞いてたけど、彼女の言葉からは既に別れた間柄には思えなかった。
そうなるとまだ関係が続いていたということで。
つまり、過去のオレが二股していたことになるけど……そんな人間ではなかったと信じたい。
……というか、前から思っていたことだけど。
琉夏ならきっと美人な女性でも選び放題なはずだし、よりにもよって男の、しかもオレと付き合ってたとかありえないだろう。
もしそうだったとしても、たとえ以前のオレが本当に彼のことを好きだったとしても、彼が本気でオレと付き合うはずがない。
そうだ。
だからやはり、違うとしか思えない。
「”嘘に決まってるだろ”」
「え…?」
「”アンタは麻由里の彼氏だ。俺とは友人関係でしかなかった”」
「そう言えば…安心できる?」と、微かに詰るような響きを含んだ口調で美しい笑みを零す彼の瞳には、何の感情も浮かんでいなかった。
……ドク、と身体の深い部分が跳ねる。
不機嫌に目を細める琉夏に、…ゾクリと寒気がした。
普段とは違う…何か、得体のしれないものを感じて慄く。
「男を好きだったなんて、信じられないって顔してる」
「…っ、」
その言葉に思わず、びくりと肩が震えた。
半分図星だった。
「相変わらずわかりやすいな、真白は」と続けられる。…うまく否定できない。
けど、……多分、その理由もあると思うけど、全部がそうじゃない。
自分と同じ男だから、そう思ってるわけじゃなくて。
友達だったって言われても驚くほど彼は冷ややかさを感じさせつつも甘く整った顔立ちと優れた容姿をしているのに、それで恋人だったって言われたら猶更受け入れられるはずがない。
「残念だけど、アンタが俺を誑かしたんだ」
「……ぇ…?」
「俺からじゃない」
「麻由里と付き合ってるのに、……酷い男だよな」と、艶やかな黒髪をサラリと軽く揺らして小首を傾げる彼に、同意を求められる。
息さえ忘れるほど乾いた喉が、ごきゅりと音を鳴らす。
「……覚えてない、か」
「…ごめん、……まだ、頭で、うまく整理できなくて、」
つまり、彼女がいる状態でオレから言い寄ったらしい。最低だ。
……それなのに、すべて忘れてしまった。
戸惑い謝れば、「怖がらなくていい」と柔らかく囁く。
「記憶がない真白に、以前と同じように応えてほしいとは思ってないから」
「…、うん」
「ただ、傍にいてくれれば…それでいい」
「……嫌?」と、少し不安そうに声を落とす琉夏に、ふるふると首を横に振る。
良かったと僅かに笑みを滲ませる綺麗な顔から視線を逸らした。
「ぇ、と…本当、に、」
ふ、と息を浅く吸う。
「前のオレ、は…琉夏のことが好き、で…オレと…琉夏は、」
オレの途切れ途切れの言葉に、彼は「そうだよ」と答えて目を細めた。
「正確には、麻由里のせいで『恋人みたいな関係』だったとしか言えないけど」
「……恋人みたいな……?」
小さく投げた疑問に対する返事はなく、代わりに返ってきたのは感情を抑えた声音。
「あと、少しだった」
悔恨にも似た響きなのに、意図的なのか無表情に見える。
……なのに、何かを堪えているような雰囲気に放っておけない感覚に駆られて、惹き寄せられるように視線が絡み合う。
「……あと少しで、……恋人に、なるはずだった」
美しく整った顔が瞼を軽く伏せるその一瞬…彼の瞳に悲痛の影が落とされたのを見た。
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