君の愛に狂って死ぬ

和泉奏

文字の大きさ
上 下
6 / 25
変わらないこと

1

しおりを挟む





***


それからも数日、彼は病室を訪れた。

先日のように取り乱すことはなく、それに何故か椅子に座ろうとせずに入口の近くに立ったままでいるから、余計に気まずい空気感だけが滲む。

……口に出しては言えないけど、何もわからない状態でキスされて、かなり戸惑った。

毎日目が覚めるのを待ってくれていたという看護師さんの話からも、少なくとも友人以上の関係性であることは確かなんだろう。

ただでさえ全部忘れてるのに、追及していいことなのかわからず何も言えなかった。

何か話そうと、思考を巡らして「まだ、記憶戻ってなくて…すみません」と多分一番気になっているだろうことを白状すれば「悪くないのに謝らなくていい」と嘆息する。


「記憶が消えても、そういうところは変わらないんだな」

「…え?」

「呆れるくらいお人好しで天然な性格をしてるくせに、余計なことにはすぐ気が付く」


何か悪いことでも思い出したように、苦々しい表情をする。


「あの日も、キスされたことを責めるどころか俺の顔の傷が治って良かったって言ってた」

「……あれは、…痛そうだったから、」


最初に会った日から1日あけた次の日。

元通り、何事もなかったように綺麗な顔に「怪我、治ったんですね」と驚きつつも安心して口に出してしまったのを思い出す。


「真白は?」


不意に聞かれて、「へ?」と思考が追いつかずに問い返せば「怪我」と短い単語が零される。


「ほとんど治りました。あとは安静にして、何か問題がなければ退院できるそうです」


背中の傷跡は酷すぎて跡が残るかもしれないと言われたけど、言わない方がいいだろう。
来るたびに体調や怪我の具合を気にしてくれている彼に、余計なことで心配をかけたくない。

あとは、どこに退院するのかとか、家族がいるのかという大事な問題があるけど、何故か看護師さんたちにはそれは考えなくていいと言われた。

とりあえず今は休むことだけに集中してほしい…って言われても、…不安にはなる。

机の上に置かれている以前好きだったらしい本やプリンを見て、目を伏せる。


「色々してくれてるのに、…何も返せなくてすみません」

「真白が普通に過ごせてるなら、それでいい」


頭を下げて謝るオレに、優しく微笑んでくれる。

そう言ってくれるけど、このままではいけないと思うのに。
どうしてそんなに良くしてくれるんだろうと、罪悪感に苛まれる。

俯いていた顔を上げれば、目が合った。
複雑そうな表情を滲ませ、オレの頭に伸ばした手を中途半端に止めて下ろす。

………もしかしたら、撫でようとしてくれたのかもしれない。

けど、その行動について言及することもなく「また明日来る」とだけ残し、彼は病室を後にした。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

お前らの相手は俺じゃない!

くろさき
BL
 大学2年生の鳳 京谷(おおとり きょうや)は、母・父・妹・自分の4人家族の長男。 しかし…ある日子供を庇ってトラック事故で死んでしまう……  暫くして目が覚めると、どうやら自分は赤ん坊で…妹が愛してやまない乙女ゲーム(🌹永遠の愛をキスで誓う)の世界に転生していた!? ※R18展開は『お前らの相手は俺じゃない!』と言う章からになっております。

自分のことを疎んでいる年下の婚約者にやっとの思いで別れを告げたが、なんだか様子がおかしい。

槿 資紀
BL
年下×年上 横書きでのご鑑賞をおすすめします。 イニテウム王国ルーベルンゲン辺境伯、ユリウスは、幼馴染で5歳年下の婚約者である、イニテウム王国の王位継承権第一位のテオドール王子に長年想いを寄せていたが、テオドールからは冷遇されていた。 自身の故郷の危機に立ち向かうため、やむを得ず2年の別離を経たのち、すっかりテオドールとの未来を諦めるに至ったユリウスは、遂に自身の想いを断ち切り、最愛の婚約者に別れを告げる。 しかし、待っていたのは、全く想像だにしない展開で――――――。 展開に無理やり要素が含まれます。苦手な方はご注意ください。 内容のうち8割はやや過激なR-18の話です。

何を間違った?【完結済】

maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。 彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。 今真実を聞いて⋯⋯。 愚かな私の後悔の話 ※作者の妄想の産物です 他サイトでも投稿しております

【運命】に捨てられ捨てたΩ

諦念
BL
「拓海さん、ごめんなさい」 秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。 「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」 秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。 【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。 なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。 右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。 前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。 ※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。 縦読みを推奨します。

バイバイ、セフレ。

月岡夜宵
BL
『さよなら、君との関係性。今日でお別れセックスフレンド』 尚紀は、好きな人である紫に散々な嘘までついて抱かれ、お金を払ってでもセフレ関係を繋ぎ止めていた。だが彼に本命がいると知ってしまい、円満に別れようとする。ところが、決意を新たにした矢先、とんでもない事態に発展してしまい――なんと自分から突き放すことに!? 素直になれない尚紀を置きざりに事態はどんどん劇化し、最高潮に達する時、やがて一つの結実となる。 前知らせ) ・舞台は現代日本っぽい架空の国。 ・人気者攻め(非童貞)×日陰者受け(処女)。

処理中です...