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雪華(せつか)
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しおりを挟む「ついこの間だって、牛乳とかクリームとか、いっぱい溢して汚しちゃったし、歩くのも自分でしてないし、歯を磨くのも、髪を梳かすのも、ご飯を食べるのも、服を着替えるのも、本に出てくる主人公は全部自分で、」
「それは本の中だけの話で、作り話です」
たどたどしく言い返した言葉が、あっさりと切断される。
以前も説明したでしょうと、怪訝そうに眉を寄せられてしまう。
整った顔に滲むその呆れたような表情に、怯む。
「そ、そうかもしれないけど、最近読んだ本にそういうのができるようになって大人になるって書いてあったし、」
勿論さっくんに世話をしてもらうのは嫌じゃないけど、
でも、読んだ本に出てくる人たちと自分の生活があまりにも違いすぎて、……本を読むたびに主人公たちと同じ生活をしてみたいって好奇心もちょっとは芽生えてくる。
さっくんはオレが一人でできないから、それを補うために色々してくれてて、
前にこういう話をしたときは、「お願いですから、俺の存在意義を奪わないでください」と懇願されて言う通りにすることにした。
けど、だけど、最近更に足の筋力も弱ってて前より歩けなくなってる気がして怖くて、それに、…これはさっくんのためでもあるんだから、と言葉を紡ぐ。
「さっき言ったことが全部できるようになったからって、勿論さっくんは生きてていいし、オレがやれるようになれば、さっくんの負担が減って、もっとさっくんのためにも何かできることが増え」
「夏空様」
本を読むたびに少しずつ心のどこかで増していくように感じる焦りと、静かに話を聞いてくれているさっくんに、このままいけるんじゃないかと期待してまくしたてていれば、ひどく穏やかな声に遮られた。
「充分すぎるほど、御自分で出来ていらっしゃるではありませんか」
「……ぇ…?」
椅子に座っているオレの目線の高さに合わせるために腰を屈め、下から軽く持ち上げるようにして優美な所作で手を取られる。
向かい合わせに手のひらが重なるようにして指を絡め、一瞬そこに視線を落とす。
「ほら、できたでしょう?」
「……?何が…、」
わけがわからずに問いを言葉に出せば、彼は艶やかな笑みを滲ませた。
物憂げな表情で、吐息まじりに蕩けそうなほど甘い声で囁く。
「今も、こうして俺の動きに応えて手を繋いでくださっています」
「………?そんなの、いつものことだろ?」
当たり前のことじゃないかと続けるオレに視線を戻し、「…そうですね」となぜか少し泣きそうに、けれどひどく幸せそうに目を細めた。
「……できて、いるのに」
悲痛を堪え、俯き加減に。
少し伸びた前髪が、彼の目にかかっている。
それから、ゆっくりと顔を上げて。
繋いでいる方の手ではない、右手が頬に添えられた。
「その可愛らしい小さな唇から息を吸って、柔らかく透き通った御声を出すことも、」
温度の低く、甘やかな指先でなぞって、
「室内に差し込む光によって美しさを増すサラサラな髪も、」
頬から動き、優雅な動きで髪に触れた手で、言葉通りに慈しむように撫でる。
「宝石の如く美しい、澄んだ青空のような碧眼の瞳で俺を見ることも、」
そう切なげに囁きながら、ひどく愛おしそうに、オレを彼の目に映して、
「白くきめ細やかな肌も含めて、文句のつけようがない綺麗な御身体を維持することも……、できなければならないことは、全てできているのに、」
「どうして、そんなことを仰るのですか…?」と、僅かに掠れた声に込められた感情に、口を閉ざすしかなかった。
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