貴方は俺を愛せない

和泉奏

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ほっとけーき

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「申し訳ありません。御自分を責めて気に病まれるとわかっていたのに、それでも貴方との始まりは知っておいていただきたかったのです」

「……、ほんとに…、憎んでないのか?」

「はい。憎めるはずがありません。買ってくださったおかげで、こうして御傍にいられるのですから」

「……っ、」


本心からの笑み。
そう思えるような微笑みを零され、見ていられずに目を逸らした。


「だから、これから何があったとしても捨てられないように、……同情でも憐れみでも良いから、夏空様の中に残しておきたかったのかもしれません」


庇護欲を掻き立てるような表情をするさっくんに、胸がぎゅうってなった。

全てを捨ててでも、何かしないといけない衝動に駆られて、その背中にまわそうとしていた動作を止める。

……いつもと同じじゃなくて、違うことがしたくなった。

おそるおそる、手を伸ばす。


「……よ、…よしよし」


サラサラで艶やかな黒髪。
その上においた手を動かし、ゆっくりと撫でる。

(そういえば、触ったの初めてだ)

こうして触れると見た目通り、いやそれ以上の質感に感心する。

のも一瞬、びくっと微かに震えたさっくんに、すぐに身体を離されてしまった。


「…なん…で、」

「ぁ、えと、」


……まさか理由を聞かれると思わず、おろおろしてしまった。

な、なんて答える。

弱ってるみたいな雰囲気に、何故かそうしたくなって、だから…、

とりとめない思考に、どう言い訳しようと考えていると、


「……顔、真っ赤ですよ」

「う、うるさいな!」


聞こえてきた台詞に、「揶揄うな」と、キッと睨んでぷいとそっぽを向く。

耳が熱い。
今考えると、撫でる言動すべてが子どもっぽかった。


「オレだってよくわからないし、いつも大人でよゆーなさっくんとは違うんだか…っ、わ、」


不意に、頭の後ろに添えられた手で、抱き寄せられた。

もう片方の腕が背中に回り、強く抱きしめてくる。
切羽詰まって縋るように…強く腕の中に閉じ込められて、少し息が苦しい。


「さっきも言ったでしょう。揶揄う余裕なんか無いと」

「……っ、」


耳のすぐ近くで聞こえる吐息まじりの声。

真剣な、…それに切実な感情の滲んだ台詞は、…今までと違う。
意味もわからず心臓の鼓動が速まって、全身にその不可思議な感覚が広がる。

体温に包まれながら、不意に微かに囁くような声音で名前を呼ばれた気がした。


「……俺を、……てください」

「っ…?何か言った…?」


小さく呟かれた言葉に、聞き返す。

けど、かえってきたのはまだ離れたくないというように抱きしめてくる身体の感触だけだった。


「ぁ、あの、さっくん、なんかいつもと…」

「…わかっています。俺を可哀想だと思って、慰めようとしてくださったのですよね?」

「………、うん」


多分、それに近い行動だった気がして、こくんと頷く。


「前に言ってくれたけど、…オレも、さっくんが望むことならなんでもする。……さっくんみたいに凄いことがたくさんできるわけじゃないから、やれることなんて限られてると思うけど、でも、言ってくれたら頑張るから、」


背中に回した腕で、ぎゅうってして応える。

今されてる身動きの取れない抱き締め方が嫌いじゃなくて、……むしろ存在ごと求められている身体の感覚が好きで、身を任せるように目を閉じた。

「……望んでも、良いのですか?」と不安そうに呟くさっくんに、「うん」と力強くうなずく。


「もし、…赦されるなら、夏空様に叶えると約束していただきたいお願いがあるのですが、」

「遠慮するな。何でも言ってくれ」


さっくんのお願いなら、何でもかなえたい。
多少無理なことでも、絶対にかなえてさっくんを喜ばせたい。

オレに期待してくれることがあるんだと嬉しくて、それを隠しきれないまま、懇願にさえ聞こえる真摯な声に、耳を澄ます。


「幸せになってください」

「……え?」


想像もしなかった”願い”。


「俺ではない誰かと恋人になって、……心から幸せだと思えるような人生を送ってください」


微かに震える声音が、祈りを口にする。
その声に、胸が、心臓が小さく跳ねるような錯覚を覚えた。

抱き締められているから、さっくんの顔は見えない。
でも、それでも今にも泣きそうな、それでいて笑みを浮かべているような気配に、胸が苦しくなる。


「それだけが、俺からのお願いです」

「な、なんでいきなり、」


他には何も望まない。
…そう、暗に伝えている言葉に、狼狽える。

だって、さっくんは男だ。
男の恋人になれるのは、女だけだって、さっくんが前に言ってたのに。

……そう、知ってるはずなのに、…何故かわけもわからずにぎゅうぅって心臓が潰されるような痛みが走る。
何故かわからないくせに奥から込み上げる叫びたいほどの何かの感情によって目が熱くなり、喉が、身体が震える。


「約束、してくださいますか?」

「…ぁ、」


受け入れたくない気がして、唇を動かす。
けど、何も音は出てこない。

言葉を発しようとしても、そうできなくされているみたいに、喉が固まっている。

「……ね、夏空様」と念を押すように確認されて、……促されるままに仕方なく頷けば、安堵した表情を滲ませた。


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