貴方は俺を愛せない

和泉奏

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君が望んだ虚構

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✿✿✿



オレのシャツのボタンに手をかける、すらりとした指先。
上から下へ、一つずつ留め具を外していく。

それはあまりにも慣れた手つきで、優雅に見える。

その動作が進むにつれて、下の肌着が見えるようになり、肌に触れる空気の面積が増した。
軽い布擦れの音が、やけに大きく鼓膜に届く。

彼は視線を少し下に向け、…伏目がちに、その薄く整った唇から吐息を零した。


「夏空様、」

「……」


生まれた時から現在の年齢になるまで、どれだけの人を魅了してきたかわからないほどに女受けが良い顔。
その顔が今は心底悩んでいるように、切なげに眉を寄せ、


「嗚呼、…困りました。夏空様は神々しいほどにお顔立ちも体形も完璧に整っていらっしゃるので、何を着てもお似合いになります」

「服なんかなんでもいいから、早く終われ」


すっごく、どうでもいいことに頭と時間を使っていた。

それに、完璧に整ってるとか、どう見ても男女問わずうんざりするほど言われてきただろうさっくんには言われたくない。
本物の完璧な容姿の人間に言われると、非常に複雑な気持ちになる。

(服選びにどれだけ時間をかける気だ)

朝起きたとたん、まだ寝ぼけてる状態の時から気づいたらこうされていた。

かれこれ30分以上。

まるで着せ替え人形のように、様々な服を着せられては脱がせられている。


フリルシャツ、ブラウスだけでも生地が違い、数種類の色、ジャボなんとかがあるとか装飾とか、多い文字数でさっくんが説明してくれたけど、難しすぎて全っ然頭に入ってこなかった。

些細なことに無駄な時間を使いすぎだ。
どうせ家の中にしかいないんだから、さっくん以外の誰かに見せることはないのに。

休日に何を着るかなんてどうでもいい。

少なくとも、『今日』はそこまで悩む理由はない。


「また御自分のことなのに、面倒だからと投げやりに仰られて…」と、嘆息する執事の小言は聞こえてないふりをする。



「安易に決めることなど出来る筈がありません」

「……なんで」


「語彙力がなく、浅学菲才の身で言葉にしきれないのが大変申し訳なく悔しいですが、」あまりにも真剣な表情で前置きされる言葉に、ごくりと唾を飲む。

せんがくひさい?って初めて聞いた。
さっくんは難しい言葉をよく知ってるな。


「夏空様の輝かしく眩しいでは足りない可愛らしさ儚さ無垢清純等々、それら全ての素晴らしさを表現できる最高のお召し物でなければ…」

「………ふん、褒めても何も出ないぞ」


ぷいとそっぽを向く。
表現が過剰すぎて反応に困るが、一生懸命しょうさんしようとしてくれてるのはわかった。
 
と、いきなり抱きしめられてぎゅーと抱擁された。


「ぐ…っ、なんだ、どうした!」

「…っ、嗚呼、新しいお洋服を着ていらっしゃるお姿だけでも尊くて死んでしまいそうなのに、」


身体が離れたと思ったら、今度は頬に温度の低い手が添えられる。
肌を撫でるように動いて、少しくすぐったい。

顔を上げれば、恍惚とした表情のさっくんが見えた。視線が絡む。


(……な、なに、……なんで、そんな目で、)


その美しく整った顔で妖艶に微笑まれ、…なんだかいつもと違う雰囲気にゾクリとする。


「小さなお口をキツく結んで頬を赤らめている夏空様も、どうしようもなく胸が苦しくなるほど麗しいです…」

「……む、む、」


変態みたいな言い方をするなといいたい。

なんだか耳まで熱くなってきて意味わからない返事になってしまったが、…仕方ない。

手がとまったのは少しの間だけで、まだ終わる気配はなかった。


昨日いっぱい新調したからといって、これはやりすぎだ。

着替えせられては、また着せられてを繰り返すという行為を寝起きに続けられては、どれだけ頑張って抵抗してもまた眠くなってくる。

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