254 / 293
花筏
1(夏空ver)
しおりを挟む………
…………………
瞼を持ち上げれば、見慣れた部屋が目に映る。
気づいた時には、誰かの腕の中に抱かれていた。
「……オ…レ、…どうし…」
身体がひどく汗ばんでいる気がする。
ぐったりとした肢体は感覚が鈍く、自分のものとは思えなかった。
苦しいほどに、縋るように、閉じ込めるように強く抱きしめられている。
何も言わずにオレの肩に顔を埋めるようにしてそうされているから、相手の顔は見えなかった。
けど、それでもすぐにわかる。
視界に見える綺麗な黒髪。
オレよりも背が高く、すらりとした体格。
スーツを纏った身体越しに伝わる微かな震えと息遣いに、……ああ、さっくんだと感じた。
「…………あの、さ……」
いっぱい泣いて涙を流した後みたいに、頬がひきつる。
吐いたのかと思うような喉の違和感もあった。
言葉を発するための唇さえも思うように動かしづらくて。
さすがに何か異質で、異様な雰囲気に内心戸惑い、かと思えば何もかもがどうでもいいような気持ちもする。
頭の中がぐちゃぐちゃなのに、清明だった。
それとも、こういうのを空虚、っていうのかもしれない。
「……オレ、…なんか…おかしい…?」
返事までに、少しの時間があった。
……いいえ、と小さく首を横に振るさっくんの言葉には、表情には、普段とは違う重みがある。
こっちからも触れたいのに、ぬいぐるみみたいに抱かれた状態のまま、ぴくりとも指が動かなかった。
自分の意志でできることはない。
「心配要りません。大丈夫です。貴方は何も変わっていません」
「……、変わって……ない、…?」
彼の綺麗な顔がオレを見下ろし、目を細めた。
口元を綻ばせ、薄日が差すような笑みを零す。
「はい。夏空様は、俺の大事なご主人様のままです」
「……そう、か」
と、相手の返答に少しの違和感を覚えながらも、何故だろう。
さっくんのその表情を見ていたら、ぐ、と心の奥深くで何かが揺れた気がした。
何を言う間もなく、目から熱いものが零れる。
「嗚呼、またそんなに泣かないでください。本当に貴方は、俺がいないとどうしようもない人ですね」
(……オレ、泣いてるのか)
それに、まるで少し前までも泣いていたとでも言いたげだった。
「………、?覚えて、ない……」
「俺を呼んで、ずっと泣いていらっしゃったじゃないですか」
「……うん、…そうだった…な」
言われると、ぼんやりと思い出せる気がしてくる。
感覚なく、ぽろぽろと透明の雫が零れているらしい頬に手が触れ、彼は持て余し、困ったような笑みを零した。
拭ってくれようとしているのか、気遣うような仕草にまた涙があふれたのがわかる。
自分では泣こうとしていないのに、身体の意識が足りていないから、止める手段もなかった。
「ずっと、お傍にいます。絶対に貴方を一人にはしません」
「……、ん」
瞼を軽く伏せた顔が近づき、お互いの前髪が、額同士が優しく触れる。
相手の吐息や肌を感じて、うっとりするような良い香りに満たされ、…言葉にできないほど目もくらむような安心感を覚えた。
そんなオレの反応を見て、頬を緩める彼の綺麗な微笑みはいつもと同じ。
……だけど、変だ。
何かを、隠そうとしているように見えた。
「…………あれ、……誰か、の話を、してた気がする、んだけど、……」
不意に浮かんだ疑問。
そうだ。どこにいったのだろうと。
一瞬思い出した人物。
今は誰かもわからないけど、
なんとなく、言葉が零れ落ちた。
13
お気に入りに追加
277
あなたにおすすめの小説
双葉病院小児病棟
moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。
病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。
この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。
すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き
toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった!
※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。
pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!
https://www.pixiv.net/artworks/100148872
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
ヤンデレ化していた幼稚園ぶりの友人に食べられました
ミルク珈琲
BL
幼稚園の頃ずっと後ろを着いてきて、泣き虫だった男の子がいた。
「優ちゃんは絶対に僕のものにする♡」
ストーリーを分かりやすくするために少しだけ変更させて頂きましたm(_ _)m
・洸sideも投稿させて頂く予定です
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる