貴方は俺を愛せない

和泉奏

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それ以上の関係にはなれない

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『無理だろ、こんなの本当に言われたら、良いなんて言えないだろ』

そう続けようとして、


「はい。畏まりました」

「……え…?」


柔らかい声が、答える。
さっくんがすぐ近くに来ていて、ソファーに座っているオレの目の前に跪いた。

嬉しそうに笑みを零し、戸惑うオレの手を下からすくい上げるようにして触れ、微笑みかける。


「…な、…オレの言葉をちゃんと聞いてたのか。オレは、」

「勿論聞いていましたよ。夏空様以外との不必要な会話、接触はしません」


「貴方の言葉を俺が聞き逃すわけがないでしょう」と綺麗な微笑みとともに返され、ぐ、と顎を引く。


「優しくするのも、笑うのも、甘やかすのも貴方だけにします」

「…っ、」


指に触れる唇の熱に、全身が蕩けてしまう。

ああ、もう、熱くなるな。
どきっとするな。ばか。
頬の温度を上げるオレに、さっくんの瞳が上機嫌に細められるのがわかって余計に羞恥を煽る。


「別に、オレ、に、そうしろとは、言って、ない…」


苦し紛れに言い逃れようとした。
けど、全てをわかっているような微笑に有無を言えなくなる。


「…本当は納得、してないんじゃないのか。さっき、ちょっと黙っただろ」

「申し訳ありません。”不必要”という言葉の定義と適用の範囲を考えていたので、返事が遅れてしまいました」


…この命令自体に困っていたわけじゃなかったのか。

内心ほっとして、けどこれを承諾するってどういうことかちゃんとわかってるのかと、全く動じていない様子を見て逆にこっちが狼狽えてしまう。


「桃井も例外じゃないんだぞ」

「はい」

「…オレ以外の誰に対しても、だからな?」


狼狽えまくっているオレに、躊躇うことなく了承の返事が返ってくる。
あ、う、う、と戦き、意味のない言葉を発するオレに、ふ、と笑顔が零れる。
その笑みに見惚れていれば、「夏空様、」と怪しい囁きと、頬に伸びてきた指先。


「まさか、今ご自分で仰ったことを、取り消したりしませんよね?」

「…っ、」


やっぱり無しだ、と言おうとしていたのがばれている。
心の中を読まれて、しかも先回りされては取り消せる言葉もなかった。


「仕事の都合を考えて会話と接触自体は禁止なさらないなんて…お優しいですね」


まるでそうして欲しかったような言い方で、けれどそこに含まれる感嘆と残念そうな響きに、髪を撫でる指先の動きに、ひくん、とあの感触を覚えてしまった身体が疼きで痺れる。


「優しい、…?」


そんなことない。
自分勝手で、嫉妬に塗れた醜い独占欲だ。
いくら好意的に考えても、そうとは思えない。

…なのに、迷わず頷かれ、たじろぐ。


「俺が貴方の立場だったら、きっとこんな命令では済まさなかったでしょうから」


影のある笑みを浮かべ、髪を撫で、耳をなぞっていた指先が熱く火照る頬に戻ってくる。
触れられる場所が、焼けたようにひとつずつ熱くて、まるで跡を残しているようだった。
彼の名を呟いた声が、体調のせいか、震えている。


オレの髪から、こっちに視線を戻した彼が、不意に困ったような、持て余したような苦笑を崩す。


「…今、自分がどんな顔をしているか、自覚してますか」

「…?」

「…………」


”…キス、させてください”


耳元で甘く囁くような声音が、鼓膜から脳を犯す。

答えるよりも先に、ゆっくりと触れる唇に、重なる吐息。
長い睫毛を閉じ、整った綺麗な顔。
身体が固かったのは一瞬で、すぐに瞼を閉じる。

どくん、どくん、と跳ねる心臓の音がうるさい。
ばく、ばくと全身に満ち、逆上せる頬が隠せない。

お互いの熱を感じ、離れていく温度。
至近距離で、彼の瞳に映るオレは、

――――――――――――――――――――

(嗚呼、狡い)

(…振ったくせに、まだ、拒めないのを知っているくせに)


全部わかってて、オレにキスをした。

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