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彼の愛しい人
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しおりを挟む部屋の造りも、机も並べてある急須やカップも、どれもが上質だと凡人の僕でさえわかった。
用意されたお茶と和菓子はどれも値が張りそうで。壊したら弁償費用を払えるのかとびびりながらも、初日とはいえど使用人相手にここまでしてくれるのかと驚く。
皆一様に澪様がしてくださる寛大な対応に感動し、緊張が軽減されたようで顔色が明るい。
まだ成婚前ではあるが日数も限られているし、呼び方については澪様の強い希望で奥様と呼ぶということで統一された。
「休憩がてら、良ければ私の話に付き合ってください」
これだけの待遇をされて、上座でそう切り出した奥様の言葉に異議を唱える者は、当然一人もいなかった。
……………
…………………………………………
「それでね、この前もデートで水族館に行ったんだけど、私を見る男の人が多いからってヤキモチばっかり妬いてて大変だったのよ」
愛情に酔い、表情や態度に締まりがなくなっているメロメロ状態の恋するお嬢様。
奥様だからというのもあり、誰も遮ったりしない。
「蒼様は奥様なしじゃ生きていけないって感じですね!」
「ふふ、そうね」
「ただの使用人のぼくらにもこんなに丁寧な対応をしてくださるしとてもお綺麗ですし、こんなに素晴らしい奥様とご結婚なされる蒼様の心配なお気持ちもわかります!」
関心があるのか気に入られたいのか、快い相槌を打つ反応の良い者も複数いた。
最初は控えめに。次第に、お二人の関係について深く聞きすぎじゃないかと思う質問をする者もいたが、決して奥様は咎めたりしなかった。
むしろ盛り上げるような返答をする使用人に対してご満悦に微笑を向け、先に先にと続けられていく。
「でもね、蒼ったら…私が好きなのは蒼だけって何回言っても他の男に取られるんじゃないかって気が気じゃないみたいで……どうしたら良いと思う?」
「うーん、難しいですねぇ」
相談風を装って、奥様の顔と声は蒼様からの充分すぎる愛によってデレデレに溶けている。
……皆真面目に働きに来た者ばかりだとは思う。
だが、もしかしたら蒼様または奥様に事実そういう邪念を抱き、チャンスがあればとここに来た者も一人ぐらいはいたかもしれない。
けれど、もし万が一そんな失礼な輩がいたとしても見事に打ちのめされたことだろう。
横取りとかそんな恐れ多いことするわけないしできるはずもないけど、そういう下劣な妄想をしても叶わないとわかるほど幸せ絶頂期って感じだった。
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