手足を鎖で縛られる

和泉奏

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軽く伏せた瞳が、苦しんでいるように揺らぐ。


「だから…さっき俺が言ったことを気にしてるなら、まーくんが自分を責める必要なんてないよ」


なんて…おかしな勘違いまでして…今更そんなことを言う。

……別に、自分が悪いと思ったからって理由で好きとか、えっちする?って言ったわけじゃないのに。

…そこまで軽い人間だと思われてるっていうことに、ショックを受けた。


「……ばか」


尖らせた唇で、文句を吐き出す。

…なんだかそこまで拒まれると、…本気で嫌がられているような気がしてきた。


(……おれと、したくないのかな)


胸がずきずきと痛む。

…くーくんの言う通り、罪悪感で言ったことにしておきたくなる。


でも、……彼を見上げて、むぅと眉を寄せた。


(…拒んでおきながら、その顔をするのは…狡い。)


庇護欲、みたいなものが異常に掻きたてられるような感覚に襲われた。


…なら、とちょっとした拗ねと心配をにじませた声で小さく呟く。



「なら、なんで…くーくんは泣きそう顔してるの?」

「…っ、」


言葉では嘘だとか、違うとか、そういうことばっかり言うくせに。

…今も泣きそうな顔して、何かを堪えているような顔をして、…その身体が震えてて、


「一人で抱え込むの、だめ!」なんて幼稚園児みたいな口調で冗談めかして、…ああ、昔のままなんだなって安心する。

……身体はこんなに大きくなったけど、でも、…おれだけ置いていかれたわけじゃないんだって知って、ほうっと安堵してしまう。



「何がそんなに苦しいのか、おれには多分…全部はわからないけど、」

「……」


初めて会った時から何か辛いことがあっても全然教えてくれないし、…相変わらず素直じゃないし、おれが泣きそうなのを見て嬉しいとか、…意地悪なことばっかり言うし。


……けど、



「くーくんは何も変わってない。おれの知ってるくーくんのままで、…今もずっと大好きだから」

「…っ、」

「だから、大丈夫。大丈夫だよ」


彼の頬を手で包み込んで笑うと、…くしゃりと歪む顔。

…もう、おれのせいで泣かせたりしないし、くるしめたり、しない。


”俺は、俺のままでいられてるって思えるから”

”まーくんが知ってる、くーくんのままだって、”


鼓膜に残る、彼の台詞。


…どうしてそんなことを言うのか、わからないけど…おれの言葉で少しでも安心できたら良い。


胸に頭を抱き寄せて、よしよしする。


(…やっぱり、震えてる)


それを感じて、さっきまでの自分の緊張とか、怖いくらいの心臓の冷えとか、全てふっとんでしまった。

身長的におれの方が小さいから結構多分体勢的にきついけど、
でも、…大人しくされるがままで、髪を撫でられながら胸の中でその状況を甘んじる彼に、頬を緩める。

それから、しばらくそうしていると、ぎゅうと抱き付くように背中に回された腕。


(…本当、くーくんはこんなに大人になったのに、子どもみたいなんだから)


ふふ、と内側から溢れ出る嬉しいって感情が零れ出てくる。


「…何、笑ってんの」


拗ねたような口調に、「ふへへ、べつにー」とにやにやを隠さずに笑った。
手に触れるさらさらな髪の感触と、シャンプーの甘い香り。


「ね、くーくん。覚えてる?」

「…何を…?」


まだどこか熱をもって震える声音で問いかけてくる彼が、ちょっとだけ真剣に言葉を零したおれの背中に回していた腕を解いて、名残惜しそうに身体を起こした。

不思議そうに首を傾げるくーくんに、指切りげんまん、みたいに小指だけを差し出す。



「恋人になるって、…約束」

「…っ、」


結婚しようって、約束。

『…覚えて、ますか?』

そう続けて聞く予定だったのに、呟いた瞬間に見えた反応で、すぐにわかった。


「良かった。覚えててくれた」

「…忘れられるわけ、ないだろ」


彼は細い気管で深呼吸しているように緩やかに息を吐きながら、掠れた声を零した。その深い息の底に吸い込まれてしまうのではないかと心配になるくらい、それは儚げな声で、

…もう一度良かった、と心から安堵して、胸を撫で下ろす。


そして、


「だからってわけじゃないんだけど…今も、おれはくーくんとそういう関係になりたいって思ってて、」

「……まー、くん…」

「…さっき言った通り、ちゃんと…おれは、…くーくんのことが大好きで、したいって望んでる、から」


勝手に頬が熱くなってきた。
あまりの緊張に、…今から言おうとしている言葉を、声を、出せなくなってしまいそうになる。


(……だけど、だけど、もう、後には引けない。引きたくない。)


もし、おれとするのが嫌だと思われてたとしても、できることは精一杯やっておきたい。


息を吸って、…ぐ、と顎を引く。
自分の着ている浴衣を、心情を表したように小刻みに揺れる手で握った。


…頭の中で一生懸命、色っぽく見えるような仕草を考える。


やっぱり思い浮かぶのはくーくんのことばかりで…以前見たその角度を思い出しながら、


上目遣いに…彼を窺うように見つめて、懇願した。



「だから、おれのはじめて、をもらって…ください」

「……っ、」


肩下までおろして、きちんと着ていた浴衣をはだけさせる。
はらり、と指で服をおろして、胸元も、腕も、ほとんどの肌を露出させた。

…それから、ちょっと俯いたまま、震える手で…彼の服の裾をぎゅっと握った。


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