手足を鎖で縛られる

和泉奏

文字の大きさ
上 下
552 / 784
過去【少年と彼】

3

しおりを挟む




あの後、いつものようにまーくんを抱きしめながらベッドに横になった。
普段と同じように、その体温を感じて、髪に触れて、瞼を閉じる。

腕の中に抱いた身体の、心中を察しようともせず、その後に起こることなんて全く予想もしなくて。


まーくんにあんなことをしておきながら、『記憶』に触れるような真似をしておきながら、


……俺は、完全に油断していた。


「…ぁ、」


胸の中に抱いた身体から、そんな音が零れたのが聞こえた。
でもそれはあまりにも小さい声で、でもさっきまで静かに眠っていたから今目が覚めたのかもしれないって思ったのはそんな程度のことで。

声をかけようとした

次の瞬間、


「ぁ、ぁ゛ああ―――――…ッ、!!!」

「っ、」



鼓膜を破りそうな程の、劈くような絶叫。
言葉にならない声をあげて俺の身体を全力で突き飛ばしてくる。


「…っ、何?まーく」

「や…ッ!!ぁ、ぅ…」

「危な…ッ、」


押して離れた反動で、まーくんの身体がベッドから転げ落ちそうになるのが見えた。
そうならないように腕を伸ばして「やめ…ッ、はなしてはなして…っ、!!」でも暴れた腕に振りほどかれる。


「…や、はなし…っ、」

「…ッ、」


そのせいで、まーくんだけがベッドから落ちそうになって、最終的にその身体を庇うような格好で二人とも転げ落ちた。
抱きかかえながら落ちて背中を打ったせいで、二人分の体重と床が打ち付けた部分に痛みを与えてくる。

でも、そんなことはどうでもいい。
衝撃に少し顔を歪めて、すぐに身体を起こす。


「…っ、まーくん、どうかした?何か嫌な夢でも見た?」

「ぁ、あ、あ…」


声をかけて、その肩に触れて気づいた。
…肌が冷たい。それに酷く怯えたように震えている。


わなわなと震えて、その見開いた目から、透明な涙がぼろぼろと零れ落ちるのが見えた。
その頬を伝うものに、胸が痛んで顔を歪む。


…違う。

今までとは全く違う。
これは、まーくんが以前記憶を取り戻しかけていた時に起こっていた反応によく似ていて、でも、それとも違かった。もっと…酷い、ような。


(…薬が、完全に切れた…?)


それしか思いつかない。
そのせいで、色々思い出して、さっきまでまだ落ち着いていた精神が崩れてしまったのかもしれない。

…もしかして、俺が思い出させるような行動をした、…から、

抱き締めている俺から逃れようとして、あらぬ方向に手を伸ばして、


「ぁ…あ、ぁ、あ…ッ、ど、して…ッ、やめて…っ、なんでなんでなんでなんで、」

「…っ、傷つく、から…っ、」

「なんでいな、…の…っ、!なんで…ッ、」


頭を庇うように両手でおさえて皮膚を掻き毟る。
全部を全部壊そうとするような行動に、手を掴んでやめさせれば、ガクガクと痙攣に近い動きで何かを振り払うようにぶんぶん首がちぎれそうな速さでを振った。


「…っ、ちょ、っ、!!」


すぐ傍にある壁に頭を打ち付けようとして、それを見て一瞬で血の気が引く。

すぐに手を間に挟んで妨げた。
手に加わる打撃。すぐ後に無我夢中で俺を振り払おうとしたまーくんの指の爪に軽く顔を引っかかれて鋭い小さな痛みに顔を歪める。


しばらくそうしていると諦めたのか涙を零して、頭を抱えながらぶるぶると身体を震えさせた。
その顔が真っ青になる。


「たすけ…ッ、たすけてたすけてたすけてたすけて…ッ、だれか…っ、」

「…落ち着いて…ッ、、大丈夫だから」

「ぁ゛ぁあああ…ッ、嫌だ嫌だ嫌だ…ッ、」


3歳児の子どものように泣き叫んで、喚いて、暴れて、絶叫を発する。
聞いただけで、まーくんの心の痛みが伝わってくるような声に、胸が苦しくなった。

自分を傷つけようとあらゆる手を使って暴れる身体に腕を回して強く抱く。

それでも、胸を叩かれ、背中を叩かれ、声が枯れそうな程大きな声で叫んで、まーくんは一向にやめようとしない。


「っ、大丈夫、大丈夫だから…ッ!」

「…ぅ…ッ、は…ッ、ァ゛…」


(…しまった)


何が起こったか理解して、息が詰まりそうになる。

何十分かそうしていれば、寝る前に風呂に入ったばかりなのに、暴れて叫ぶまーくんは全身汗で熱くなっていて、止めようとする俺まで汗を流していた。


こうなるかもしれないことはわかっていたのに。
わかっていたはずだったのに。


最近全くなっていなかったからもう大丈夫かもしれない。なんて油断していた。

必死に抱きしめて声をかけても、ぶつぶつと俺のことなんかまるで見えていないように、気づいていないように目に映さずに何かを呟き続ける。
瞳から零れた涙が頬を伝って唇から口の中に入っても、…それさえきっとわかってない。


「おれ、おもいださなくちゃ、ちがうわすれないと…っ、でも、おもいだして、おれが…ッ、」

「まーくん…っ、思い出さなくていい。思い出さなくていいから…ッ、」


唇の色まで真っ青に変えて、放っておけば指や爪、壁で自身の身体中を傷つけようとする。

俺が悪い。
…許してください。
まーくんに思い出してほしいなんて望んだ俺が悪かったんだ。


だから、


一生懸命腕の中に閉じ込めて、泣き叫んで暴れようとするまーくんの頭を撫でる。


「大丈夫…ッ、大丈夫だから。ごめん…ッ、」

「だめ、だめなんだって…っ、せんせ、に、…びょういんでおとこのこ、が、?しろくて、ゆか、あか、ろ、おぼえてないからって、だれがおこって、おもいだせっ、ていわれて、…やれ、って、く、て」


相変わらず支離滅裂で涙声と嗚咽混じりな言葉を、どうにか理解しようとするけど、よくわからない。
多分俺がいなかったときに起こったことで、知らないといけないことなのに、…傍にいなかったからか、まるでその散らばった単語からまーくんが何を言いたいのか全くわからない。

…悔しさに唇を噛んで、「大丈夫だよ」と何度も髪を撫でる。


「…っ、ぅ…ぇ、…ッ、せんせい…っ、たすけてたすけて…っ、ちが…っ、いって、おれ、が」

「……ぇ、」


(…”先生”…?)


聞き覚えのない単語に、耳を疑った。


「まーくん、それ…」


誰、と聞こうとして、少し動きが静かになったまーくんに問おうとした時、

「…した、…こと…、?」ぽつりとその言葉を呟いた直後、震えていた身体がぴたりと凍り付いたように止まる。

やっと落ち着いたのかと思った。


瞬間、


「                  」


「…っ!!」


まーくんの口から、聞き取れないレベルの言葉と声の絶叫。
鼓膜を壊しそうな程の悲鳴に思わず目を見開く。
戸惑っている間に、何かを探して手を適当に伸ばした手が、傍においていた薬を全部開けて手の平から零れそうなほどの量を一気に飲みこもうとする。

血の気が引いた、なんてやわな言葉では表現できない程、そんな光景を見て頭が狂いそうになる。


しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

ヤンデレ化していた幼稚園ぶりの友人に食べられました

ミルク珈琲
BL
幼稚園の頃ずっと後ろを着いてきて、泣き虫だった男の子がいた。 「優ちゃんは絶対に僕のものにする♡」 ストーリーを分かりやすくするために少しだけ変更させて頂きましたm(_ _)m ・洸sideも投稿させて頂く予定です

俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き

toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった! ※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。 pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/100148872

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

処理中です...