529 / 784
過去【少年と彼】
9
しおりを挟む何故と聞かれてもただ祝いたかったからとしか答えられなくて、…多分まーくんが期待している答えはそんなものじゃないと知っているから尚更何も返せない。
「蒼は、狡いよ。…こうやって俺を閉じ込めようとするくせに、酷いこと、するのに…こんなこと、して…っ、」
「……」
「昨日はあんなに、嫌だったのに…、…こういうことしてもらって、…嬉しく、なっちゃう、から…っ、」
「ほんと、ばかみたいだ…」とキツく結んだ唇から、嗚咽まじりに詰るような言葉が浴びせられる。
でも、突き放すような台詞とは逆に、服の裾を掴む指は握ったまま離されない。
「……………、あり、がと…」
「…うん」
「ありがとう…、っ、」もう一度そうお礼を言って、珍しく胸に顔を埋めて抱き締めてきたまーくんが俺の服をぎゅうと掴んですすり泣く。
何をしても傷つけそうで、抱きしめ返すこともできずにその髪を躊躇いながら柔らかく撫でた。
「…こんな気持ちになるくらいなら、いっそのこと蒼を…嫌いになれたら良かったのになって、思うよ」
「……」
「…なのに、…どうしてもなれないんだ。なんでかな…」
わかんないや、と呟く声。
それは、自分への問いに対して持て余したような苦笑まじりのものに変わる。
「…ごめん」
「…、蒼は、いつも俺に謝ってばっかりだね…」
何に対して謝っているのか自分でもわからない。
多分、全部にだったと思う。
謝るぐらいなら最初からやらなければいいのに、と自分の言葉に内心呆れる。
「今はなんかへいき、だから…」だいじょうぶ、と微かに浮かべられる笑顔に胸がぎゅううと激しく締め付けられた。
指で髪を梳きながら、その体温を感じる。
さらさらとした綺麗な髪にそうして触れているとくすぐったそうに目を閉じた。
「…あ、えと、あのさ…前みたいに一緒に食べさせあいっこしない?」
機嫌が良いのか久しぶりに口数が多い。
しばらくしてパッと顔を上げて、泣き腫らして目の縁を赤くしたまーくんがそう首を傾げる。
「あ、でも甘い物だめなんだっけ…」とすぐに残念そうに頭を垂れるのを見て、「俺もそういう甘いの食べられるようになったから、一緒に食べようか」と微笑むと、嬉しそうに頷いた。
「じゃ、じゃあ最初に、いただきます…」
「うん」
いつもなら食べることすら拒否するのに、今日は自分からスプーンを手に取ってはむ、と口に含んだ。
喉がごくんと上下する。
少し緊張しながら反応を待っていると、ふわりと頬が緩む。
「おいしい…」
「…良かった。まーくん、昔からそういう甘いもの大好きだったよな」
「うん。クリームとか特に好き、かも」
自分の味覚があまり当てにならないから、良い反応が貰えてほっと息を吐いた。
「…まーくんの笑った顔、久しぶりに見た」
「…そう、かな…?」
首を傾げて、すぐに照れくさそうな表情をして「…っ、そ、そんなことはどうでもいい、から。蒼も早く食べて」という少し強めの口調でスプーンにのせられた、果物とスポンジの上にあまりクリームのつけられていない部分が差し出される。
…甘いところがそんなにないから、そこまで抵抗なく食べられそうで少し安堵。
「…ん、」
「蒼がケーキ食べてる姿って、ちょっと新鮮かも」
「…うん。滅多に食べないから」
…というか、甘い物自体かなり久しぶりだ。
まーくんの誕生日とか、一緒に食べようって言われた時以外に食べた記憶がない。
「食べさせあいっこ」というまーくんの要望通りに俺もスプーンにのせて差し出すと、ぱくりとケーキを食べて微かに綻ぶ顔。
…普段なら、一緒に食べるどころか俺が部屋にいるのも嫌がるから、…まるで夢を見ているような気分になってくる。
泣いてるか怖がっているか、そんな表情しか…なかった、から
(…もしかしたら気づいてないだけで、俺はもう死んだのかもしれない)
何度も今までそう思ったことがあるから余計にこれが嘘なんじゃないかと疑いたくなる。
本当はあの日、殴られた日に俺は死んでいて、…まーくんと再会できたこと自体が現実じゃない、…とか。
…それならまだいい。最悪、最初にまーくんと会えた日のことすら幻想だったってことがあるかもしれない。
俺は冬の寒い日の夜、凍死して一人で死んだ。
そしてずっと生きていると勘違いして、死後の世界を彷徨って、棺桶の中で叶えたかった夢ばかり見ている。
…だから、現実のまーくんは監禁されてこんな風に苦しんだり泣いたりすることなくて、他の人間たちと幸せそうに笑って…生きているんじゃないか、なんて
そう考えてしまうほどあまりにも今の光景が現実離れ過ぎていて、そんな気がしてくる。
「…なんか、昔に戻ったみたいだね」
「…昔?」
「うん。…俺と蒼がまだ一緒に学校、…通ってた時」
「……」
懐かしそうに、少し切なそうに瞳を伏せて呟く。
何も答えずにただもう一度口の中に放り込まれたクリームの綿のような感触を味わっていた。
何度か繰り返した後、まーくんが「もうお腹いっぱい…」と疲れたように息を吐きながら、甘えているような感じでこてん、と肩に頭をくっつけてくる。
…本当、珍しい。そういうことをしてくるのは、こういう関係になってから初めて、だと思う。
そうした行動が、凄く可愛らしくて、でも同時に違和感が強くてどうしていいかわからずにうまく反応できない。
「口端にクリームついてるよ」と少し苦笑しながらクリームを指でとって舐めると、小さくお礼を言う声。
…本当、まーくんは変わらないな。成長したのに、まだ小さな子どもみたいだと思うことがある。
その唇が動いて、ぽつりと呟く。
「蒼の誕生日…っていつ?」
「…秘密」
「そう言って、前も教えてくれなかった」
「…そう、だったかな…」
わざと忘れたふりをして、はぐらかした。
「うん。どうして、…?」
「…どうして、って、」
言葉を濁す。
”おれといっしょのおたんじょーびにしない?”
耳に残る幼いまーくんの声。
でも、そう言ってくれた本人は忘れてしまった。
くれた人が覚えていないのに、俺だけがそれを残していていいはずがない。
…そうわかっているけど。
どんなに聞かれても話さなかったのは、これだけは言わずに思い出してもらいたかったのかもしれないって今更自覚した。
それだけ、誕生日のことは俺にとって凄く嬉しいことだったんだよ。
…なんて、そんなことをまーくんに言えるはずもなくて、
「理由なんてないよ。…なんとなく、言いたくなかっただけだから。」
「…っ、なんで、そんな顔、」
「……?」
(……顔?)
何?と尋ねれば、何故かその眉を八の字にしたまま俺の問いには答えずに視線を逸らして唇を噛む。
よくわからなかったけど、聞かれたくない雰囲気だったから息を吐いて気分を切り替える。
…変に問い詰めてさっきまでの空気を壊したくない。
意識的に表情を緩めて、もう一度その言葉を伝えた。
「改めて、誕生日おめでとう」
…まーくんの幸せを奪って生きている俺が、そんなことを言っていいはずがなかったのに。
―――――――――――――
自分でも、どうしたらいいかわからないくらい
………その存在を求めてしまった。
18
お気に入りに追加
1,078
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
ヤンデレ化していた幼稚園ぶりの友人に食べられました
ミルク珈琲
BL
幼稚園の頃ずっと後ろを着いてきて、泣き虫だった男の子がいた。
「優ちゃんは絶対に僕のものにする♡」
ストーリーを分かりやすくするために少しだけ変更させて頂きましたm(_ _)m
・洸sideも投稿させて頂く予定です
俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き
toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった!
※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。
pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!
https://www.pixiv.net/artworks/100148872
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる