503 / 842
過去【少年と彼】
13
しおりを挟む✤✤✤
学校の帰り。
「まーくん」
「…わ…っ、」
いつものように家の前まで送り届けた。
そして少し話をした後「ばいばい」と朗らかな笑顔で手を振り、踵を返そうとしたまーくんの腕を掴んで引き寄せてぎゅっと腕の中に閉じ込める。
柔らかく手触りが良さそうな茶色の髪。
まーくんの香りがする。
その身体は強く抱きしめたら、それだけで折れてしまいそうで怖かった。
少し俺の方が背が高い位であまり身長が変わらないから、自然とまーくんとの身体の密着度も高くなる。
「蒼君はスキンシップ多くていきなりだから、いつもびっくりするよ」
「…ごめん」
学校は人が多すぎて疲れる。
どこに行っても人、人、人。
窮屈で呼吸さえままならない。
こうして二人だけの時が、唯一癒しの時間だった。
「あ、いや、蒼君が謝ることなんてないんだけど…、俺もこういうことするの…その…好きだし…」
「……ありがとう」
ちょっと照れたように口ごもってへへっと笑って俺の胴に回した腕で遠慮がちに抱きしめ返してくるまーくんにほっと安堵に頬を緩めた。
吐いた息が白くなって空に昇っていく。
氷のような冷気が顔に触れて冷たい。
だから頬は冷たくなるはずなのに、熱いまま一向に冷える様子がなかった。
触れた場所からその体温を感じるだけで、全身から力が抜けるような感覚に捉われる。
同時に滲む視界。
(…ああ、息ができる…)
幸せって、こういうことを言うんだろうと思った。
触れただけで涙が零れそうになって、声を聞いただけで胸が震える。
嗚呼、今自分は凄く幸せなんだって改めて実感した。
今だけ。今だけが俺に与えられたまーくんと一緒にいられる自由な時間だから。
この時間を一瞬でも無駄にしたくない。
「…まーくん」
「ん?」
お互い抱きしめ合ったまま、名前を呼ぶ。
俺の肩に顔をくっつけてぐぐもった声でそう返される返事に、嬉しくてもう一度呼んでみた。
「まーくん」
「…んー?」
返事をしてくれるってことが嬉しくて、今まーくんと一緒に居るんだってことをもっと実感したくて、しっぽを振って主人に甘える犬みたいに何度も何度も呼ぶ。
終いには「どうしたの?」って可笑しそうに笑いながら答えるまーくんに、じわじわと目頭が熱くなって最早世界が何も見えなくなりそうだった。
そんな顔を見られたくなくて、身体を離そうとするまーくんに「まだだめ」と拗ねたような声でもっと強く抱きしめて逃がさないようにする。
その後しばらくして段々強くなる抱擁に息が苦しくなってきたのかじたばたと暴れるまーくんが可愛くて、ふ、と息を吐いて微笑んで身体を解放した。
あはは、と楽しそうに笑うまーくんに俺も嬉しくなって微笑む。
すると、次の瞬間
何気なく俺の髪に伸ばされる手。
「蒼君って髪、黒くて凄く綺麗だよね」
「…っ、」
「おれの髪の毛ちょっと茶色っぽいから、蒼君の髪が羨ましいな」
ビクッと大げさなほど大きく身体が震えた。
ふわりと優しく微笑んで白い息を吐いて俺を見つめる瞳に、すぐには返事が出来ない。
”くーくんのかみ、さらさらできれいだね…!おれもそういうまっくろないろがよかったなぁ…”
幼い頃、まーくんに”くーくん”と呼ばれていた時に言われた言葉。
言ってくれた言葉に対する返事は、声もなくただ震える喉を抑えつけて頷くことだけだった。
やっとのことでできた返しがそれで、自分でも狼狽えてしまうほど情けなかった。
無意識に求めるように伸ばしかけた自分の手に気づいて。
…それがまーくんに触れる前に、拳を握りこんで下におろす。
(……まーくんには笑っていてほしい。幸せになってほしい)
だから、俺は絶対にまーくんを傷つけたりしない。
泣かせたりしない。
「いつも送ってくれてありがとう」
「…うん」
あどけなく笑って俺の首元で少し解けていたマフラーを巻き直してくれる。
今度こそ「ばいばい」といって手を振るまーくんに頬を緩めて手を振り返した。
玄関のドアが閉まるのを確認する。
緩んだ感情を無に切り替えて踵を返した。
「……」
鞄を持ち直して、歩く。
今来た道を戻ろうと歩みを進めて、角を曲がる。
反対方向の通路から感じる数人の視線に気づかないふりをした。
まーくんと歩いている時からずっと感じていたモノ。
俺が何も知らないと思ったのか、警戒の気配が薄くなる。
まーくんの家から少し離れた場所。
…ここまで来たら安全だろう。
ぴたりと足を止めて、ポケットに手を入れる。
そいつ等がまーくんの家の方に向かって動き出したのを見て、音を立てずに近づいた。
「なぁ、俺の大事なまーくんに何か用?」
「…ひ…っ、」
声をワントーン低くしてポケットから取り出した物を喉元に当てれば、相手は怯えたように声を震わせた。
27
お気に入りに追加
1,137
あなたにおすすめの小説

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!


相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~
柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】
人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。
その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。
完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。
ところがある日。
篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。
「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」
一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。
いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。
合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)
ド平凡な俺が全員美形な四兄弟からなぜか愛され…執着されているらしい
パイ生地製作委員会
BL
それぞれ別ベクトルの執着攻め4人×平凡受け
★一言でも感想・質問嬉しいです:https://marshmallow-qa.com/8wk9xo87onpix02?t=dlOeZc&utm_medium=url_text&utm_source=promotion
更新報告用のX(Twitter)をフォローすると作品更新に早く気づけて便利です
X(旧Twitter): https://twitter.com/piedough_bl
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる