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過去【少年と彼】
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しおりを挟む何故、と驚いた顔をした”あの人”を表情を思い出してぽつりと小さく呟く。
「……貴方が俺に教えてくれたんですよ」
武器を持ってるほうが強いということを。刺してしまえば相手は何もできなくなるんだということを。
そう教えたのは自分のくせにどうしてあんなに驚いていたんだろう。
ふ、と息を吐けば白い息が零れて、なんだかわけがわからない笑いが込みあがってくる。
息を吸えば肺に入ってくる空気が刺すように冷たくて苦しい。
「…あーあ…」
仰向けになって真っ暗な空を見上げた。
ぱらぱらと白い雪が降ってくる。
こんな風に空を見たのは初めてかもしれない。
…ずっとそんな余裕もなかった。
(…刺したんだ…俺が…)
…空に伸ばした自分の手に、刺したあの人の血がついているようで。
いまだにずっと震える手と身体を自分で情けなく思う。
笑った声が震えている。
ばかみたいだと自分でも思うほど、震えたのを感じた。
怖かった。
人を刺すって感触があんなものだと思わなかった。
皮膚だけじゃない、骨に当たった感触。
自分の親を刺して、家から逃げ出して、こうやってどこともわからないゴミ山で寒くて死にそうになっている自分。
…笑わないでいられるわけがない。
「…あー、…っ、…」
なんで俺は他のやつらみたいに笑って生きていけなかったんだろう。
学校で会うやつらは皆、遊びだの恋だのに浮かれて普通に笑ってるっていうのに。
声が、漏れる。
「…俺、…死ぬのかな」
いや、死ぬに決まってる。
…どうやったら助かる選択肢があるって言うんだ。
俺にはもう誰もいないのに。
もし家の下僕たちが俺を見つけたとしても、待つのはきっと死しかない。
…”あの人”を刺したんだ。
無傷で済まされるわけがない。
…あの家に戻るくらいだったら、こうやって寒い外で、誰にも気づかれることなく惨めに死ぬのを待つ方がマシだ。
「…はは…っ、死ぬんだ…ひとりで…」
やっと死ねる。
もう、これで苦しまなくていい。
全部苦しかったことがようやく終わるんだ。
「………」
…でも、
なんでだろう。
ひとりなら誰にも行動を強制されなくて楽なはずのに。
殴られたり閉じ込められたりしないはずなのに。
ずっとこの日を待ち望んでいたはずなのに。
(………どうしてこんなに寂しいんだ………)
瞼を閉じて、じわじわと熱くなってくる目頭を隠すように腕で覆った。
「…っ、…」
噛んだ唇の隙間から零れる熱の籠った声を必死に堪える。
その時。
「ひとりじゃないよ」
突然、耳に届いた誰かの声。
それは場違いなほど明るく、そして若干舌足らずな声で。
…夢だと思った。
でも、そんな声と同時に、きゅっと握られる手に
これは現実なんだと把握する。
予想もしていなかったその誰かに、息がとまりそうなほど驚いて目を瞬いた。
腕を退けて瞼を開く。
大して俺と変わらない小さな手が、冷え切った俺の手を温めようと優しく両手で包み込んでいた。
「こんばんは…!」
「………」
寒そうにほっぺを真っ赤にしている少年は、俺の視線を受けてへらっと緩い笑顔を浮かべた。
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