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吐き気と、暴力と、
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しおりを挟むおれの声は聞こえなかったらしく、お母さんはまだとりとめもなくその口から毒を吐いている。
言葉は聞こえないけど、その顔がさっきよりももっと醜悪になっていた。
それが、お母さんが誰かの悪口を言う時の表情だった。
全部くーくんの悪口。
そう思うだけで、吐き気がとまらなかった。
あんなに大好きだったはずのお母さんの顔が、まるで別人のように思えた。
こんなの、お母さんじゃない。
思わずそう錯覚してしまうほど、醜い表情。
「…おかあ゛、さん…」
そう呼びかけて、おれの首を掴む手を優しく握る。
触れた瞬間、ビクッとお母さんが小さく震えたのを感じた。
これ以上、お母さんの口からくーくんの悪口なんて聞きたくない。
「くー、く゛、んは、…っ、すごく、…すごく、いい子…だよ。…おれ、なんかとは、くらべ、ちゃ、い゛、けないくらい…い゛、い子」
「はぁ?いきなり何言って…」
笑いながら嘲ろうとしたお母さんの言葉が、途切れる。
おれの顔をみて、何故か驚いた様な表情をありありと浮かべている。
そんなに変な顔をしているつもりはないのに、お母さんは何かおかしなものを見るような目で俺を見ていた。
ガサガサになっている唇が、「なんで、」と疑問を問いかけるようにその形に動く。
「…なんで、なんで…わらってるのよ…」
「……(…わらってる…?)」
その言葉に、キョトンと内心首を傾げた。
笑ってるなんて意識はなかった。
でも、笑ってないっていう確証もなかった。
今、自分がどんな表情を浮かべてるかなんてわからない。
興味もない。
…ただ、おれにできることは、…身体を、心を蝕む感情に、従うだけだった。
「くーくんは、悪い子じゃない。いい子だよ」
もう一度同じことを言うおれに、おかあさんは怪訝そうに眉を顰める。
くーくんはいい子。
やさしくてかっこよくていつもおれのそばにいてれた。
おれがつらいときは、何も言わずに一緒に痛みをわかちあってくれた。
ひとの感情を痛いほど理解できちゃうくーくんが、悪い子なわけない。
…絶対にくーくんを悪い子だなんて言わせない。
「それに、」と付け加える。
「おかあさん、も…いい子」
そうだ。
おかあさんも何も悪くない。
こうしてくーくんの悪口を言わせてしまうげんいんになったのはおれだ。
おれがくーくんを勝手に家にあげたから、おかあさんは沢山の人に怒られた。
おかあさんは何も悪くないのに、傷ついた。
だから、今おかあさんがその毒の言葉を吐きつづけているのは、ぜんぶおれのせいなんだ。
(…ぜんぶ、おれの…)
右手の中の物を握る指に、力を籠める。
そして、おれの首を握るお母さんの手首をつかんだまま、へらりといつものように笑ってみせた。
(…だから、)
「だから…ね、おかあさん…わるい子は、…」
おとうさんでもなくて。
おかあさんでもなくて。
くーくんでもなくて。
「…――おれだけ、だよ」
目を見開いて青ざめたままのおかあさんに、ゆっくりと右手を伸ばす。
鋭利なものを握った手は、躊躇なくその狙った場所に勢いを増して吸い込まれるように向かっていって――
そこで、何の前触れもなく、プツリと意識が途切れた。
ただ、込みあがってくるのは泣き叫びたくなるほど、喚き散らしたくなるほどの感情の動揺と、…失望と絶望と不安と痛みと懇願と希死念慮。
(…ああ、そうか)
思い出した。
…俺が蒼のことを忘れたのは。
その日の夜、お母さんを殺したことが原因だった。
.…最期までおれは、おかあさんにとっての”いい子”にはなれなかった。
それでも出来そこないのおれに出来る唯一のことは、お母さんの「死にたい」という願いをかなえてあげることだけだったんだ。
だけど、お母さんの為なんかじゃなかった。
…ただ、くーくんとまた会うためには、今はまだ死んじゃいけなかったから。
そして、くーくんの悪口を言わせないようにするために、自分のエゴでお母さんを刺した。
―――――――――
(おれはくーくんのことがだいすきだから、)
(…――これいじょうめのまえで、くーくんをぶじょくすることはゆるさない)
手を濡らす生ぬるい液体を感じて、目を瞬く。
瞼を閉じると、頬を何か熱いものが流れていった。
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