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吐き気と、暴力と、
蒼と、血と、着物
しおりを挟む彼女と長い間趣味や世間話をした後部屋を出ると、すぐそこの柱に椿さんがもたれ掛かっていた。
相変わらず化粧は薄いくせに初めて見た人なら男だとは疑わないだろう美しい女性のような顔が、その赤い唇に笑みを浮かべて俺を見る。
ずっとここで俺達の話を聴いていたらしい。
悪趣味な人だと心の中で毒づきながら、愛想笑いを顔に張り付ける。
「椿さん、俺に何か御用でしょうか」
「うまくできたわね。あの子、全く貴方のことを蒼ではないと疑ってなかったわ。…今まで陰から本物の蒼のことを何度も見つめていたはずなのに、恋するような瞳で貴方を見てた」
「…彼女を、蒼と結婚させる気ですか?」
椿さんの揶揄うような色気のある声音に惑わされないように少し口調を強めて問う。
やはり、彼女…妃さんは蒼の妻になるために今日この屋敷を訪れたらしい。
ずっと蒼のことが好きで遠くから見ていて憧れていたので初めて今日話すことができてとても嬉しいと、頬を赤く染めていた。
そして、…偉いところのお嬢さんらしく「私たちが結婚するってことはお互いのお家の為にもなるし、お母さまたちに話をしたら喜んでくれました」なんて時代錯誤のような言葉を散々耳にした。
…気になったのは彼女の話す内容が、今日初めて蒼…(今日は俺だけど)と会ったはずなのに結婚するかどうかじゃなくて、結婚すること前提だったってことだ。
結婚式で着る服は。
一緒に住んだら何がしたい。
そんな浮いた話ばかりだった。
俺が椿さんから言われた言葉は「相手が何を言っても否定するな。肯定だけをしろ」だから俺と彼女との話の間に違和感を感じても、訂正も否定もできるわけもなく。
…俺が出来ることと言えば、ひたすら彼女の言葉を受け入れることだけ。
きっとどんどん形になっているんだろう彼女の中での蒼との結婚に、焦る。
”ある女性と会え”
”絶対に否定をするな”
その条件からなんとなく察してはいたけど相手側にもう結婚前提で話していた上に、今日は結婚後の生活について話しあうことを目的とした対話だということは少し予想の斜め上を行っていた。
(…このままいけば、本当に蒼が彼女と結婚することになるんだろう)
そしてもしそうなってしまったら、蒼は一生この屋敷にとらわれ続ける。
それを狙って、きっと椿さんは弱い立場の俺を利用した。
”蒼の居場所を教える代わりに”という条件を出して。
「蒼は、彼女との結婚を承諾してるんですか?」
「ええ」
「…え?」
蒼が真冬くん以外と一緒にいたいと思うわけがない。
ましてや結婚したいなんて、そんなこと一瞬でも思うわけがないだろう。
どうせこれも椿さんが勝手にやってるに決まっている。
そう思って多少の苛立ちを含んだ声音で問えば、彼女はクスリと得意げな微笑みを零して。
嘘ではないというような自信気な表情に呆気に取られて、自分でも意外なほど表情が崩れるのが分かった。
(…蒼が、この条件を呑んだ?)
そんなこと、あるはずがない。
蒼が、そんなことを認めるはずがない。
真意を探ろうとじっとその顔を見つめても、彼女は顔色一つ変えない。
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