手足を鎖で縛られる

和泉奏

文字の大きさ
上 下
376 / 784
吐き気と、暴力と、

感情

しおりを挟む






その原因が何か、誰に対してのものかはわかっていた。

(…真冬くん、)

きっと今もベッドですやすや寝ているだろうその姿を思って、瞳を伏せる。

俺は真冬くんに幾つか嘘をついて、今ここにいる。

今日だって、俺は蒼に会うだけじゃなく、蒼の”代わり”を務めるためにも、…この屋敷に赴いていた。

その後ろめたさに胸を痛めつつ、辺りを見回しながら歩いていると、そんな思考を邪魔するように声をかけられた。


「蒼様、」

「……」

「…蒼様、」

「うるさい。俺に話しかけるな」

「…っ、申し訳ありません…ッ、」


低い不機嫌な声音を出して睨み付ければ、ビクリと震えて青ざめた黒服は土下座をするような勢いで頭を下げた。

きっと今まで蒼の一言で腕を切り落とされたり、”処分”された人を見たことがあるからだろう。

その男を色のない瞳で見下ろして吐き捨てた。


「次、余計な口を挟んだら殺す」

「…っ、」


あからさまに殺気を隠しもしないドスの効いた声に、気の毒なほど血の気が引いた黒服の顔から視線を外して廊下を歩く。

久しぶりにこんな冷たい声出したな、なんて考えて可哀想なほど血の気が引いているのを見て、ちょっとだけ怯えさせてしまって申し訳ないと思う。

でも、そんなことに気を取られている余裕は今の自分にはない。

普通ならこれで黙るはずの黒服が、今日に限って俺に食い下がってくる。


「…ッ、で、ですが…、その…、椿様からの伝言が、ありまして…」

「…椿さんから?」


怪訝に眉が寄る。
”椿さんからの伝言”という言葉に緊張が身体に走る。

ピタリと足を止めて、振り返ればホッとしたようにその黒服の表情が和らいだ。

周りを気にするようにこそこそと声を潜める様子に、ああと納得する。

この男は椿さんが”俺”に用意した伝達人らしい。

…つまり、俺が蒼じゃないということを知っている側の人間だ。

そして、小さな声で告げられた言葉に、また混乱した。


「…それが、蒼の居場所教えるための条件…?」

「はい。…そう、承っております」


その肯定の言葉に嫌な予感がして、ゴクリと唾を飲みこむ。

(…なんとなく、そう来るような気はしてた…かな)

でも、本当にやるとは思ってなかっただけに少し焦る。
本気で椿さんは…、父は、蒼を屋敷の中に永遠に取り込みたがっているらしい。
悲しい笑みが浮かぶ。


…ああ、もう、蒼ってば、本当に変な人達に気に入られちゃうんだから。

そんなことを思いながら、案内された部屋の前で、伝えられた言葉の意味をよく噛み締める。
そして、ふぅと大きく深呼吸してから、部屋の扉を開けた。
中にいる”誰か”と目があって、平静を装って言葉を口から吐き出す。


「遅れて申し訳ありません」

「…あの、蒼様…、澪です。またお会いできて、とても嬉しいです。緊張しすぎちゃって、困りますね…。…ふつつか者ですが、どうぞ末永くよろしくお願いいたします」


そうして、照れた顔で笑う高そうな質の良い着物を着た彼女は。

”貴方の妻になる者です”、と。

とても嬉しそうな表情で俺に告げた。

――――――――

俺は、笑顔を浮かべて。

彼女を受け入れるように、言葉を受け入れるように、その手を優しく取った。

しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

ヤンデレ化していた幼稚園ぶりの友人に食べられました

ミルク珈琲
BL
幼稚園の頃ずっと後ろを着いてきて、泣き虫だった男の子がいた。 「優ちゃんは絶対に僕のものにする♡」 ストーリーを分かりやすくするために少しだけ変更させて頂きましたm(_ _)m ・洸sideも投稿させて頂く予定です

俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き

toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった! ※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。 pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/100148872

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

処理中です...