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吐き気と、暴力と、
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…………
頭に何かが触れる。
その感触に反応できる気力は残ってなくて、瞼を閉じたままでいると、声が聞こえてきた。
手は確認するように俺の頭を鷲掴みにして、掴んで揺らす。
ぐらぐらとおもちゃのように雑に揺らされる頭部。
「生きてるか?」
「……」
答えようにも答えられなかった。
唇も、口の中も酷く乾いていて開かない。
ひゅー、ひゅーと浅い息が口から零れる。
「…は?まさか、くたばってねぇだろうな。おい、自分の名前を言え」
「……」
苛立ったような口調は、その不機嫌さと怒りを隠しもせずに伝えてくる。
頭部を痛いほど強く掴まれて、その指が傷口を擦る。
一度塞がって血の固まった場所に激痛が走る。
傷口が開いたのか、またぬるりとした嫌な感触が頭の上から垂れてきた。
「ぁ…ッ、ぐぁああ…っ!!いだい…っ、いだい…ッ」
「はなせるじゃねーか。言う通りにしねーなら、用意してあるご飯やらねぇけど。ほら、名前」
「…っ、ぅ、ひ、…ぃ、ら、ぎ…ま…ふゆ…」
「おっ、良かった。おかしくなってねぇな。さすが、生きてんじゃん」
”死にそうになったら、また来る”
その男の言葉の意味を身をもって実感したのは、俺が空腹で意識を失う直前だった。
…いや、空腹というには甘いかもしれない。餓死の一歩手前といった方が正しい。
声も出ない。
なんでこんなことに、なんて状況判断をする思考さえ、残ってない。
そんな無駄なことに思考を回す栄養はもう全て使い果たしてしまった。
頭から出ていた血は髪にこびりついて、床に吐いた吐瀉物は多分そのまま放置されたせいでずっと異様な匂いが漂っている。
それにトイレも行けなかったせいで、我慢しきれなかった尿が足や床に零れて乾いていた。
……男は、俺が栄養不足で脳に酸素が回らなくなる前。
つまり身体をほとんど動かせず、俺にとって基本情報である名前や個人情報さえ思い出すことが難しく、何もわからなくなる状態になったときを狙ってきた。幾つかの質問をした後、満足気に笑っているようだった。
言葉通り、この男は俺を”家畜”として扱いながら遊んでいるらしい。
冷たい床に横たわりながら、鈍い思考の中でそんなことを思った。
「…っ、ぐ…っ」
頭に痛みが走る。
怪我をしていることに対して一切容赦がない。
髪を引っ張られて、雑に顔を持ち上げられた。
苦痛に呻くと、耳元に息を吹きかけるように低く高圧的な声音がすぐ近くで聞こえる。
「おい、お前がこれから崇拝すべき御主人様は俺だ。わかったか?」
「…っ、」
「…返事は」
「…が…ッぁあ、ぁああ…っ!!…ッ、ごめ、…さい…ッ、ごめ…っな、さ…い…ッ」
逆らってはだめだ。
言う通りにしないとだめだ。
目も見えなくて、手足も繋がれてる状態の俺には、男に従うことしかできないのに。
そう分かっているのに、その言葉を肯定するのに躊躇った瞬間、また頭部の傷口を抉るように指先で握られる。
痛い。痛い。
激しい痛みのせいでぼろぼろと涙が零れる。
すでにぐちゃぐちゃになった目隠しに、さらに涙が染みて重くなる。
ワントーン下がってドスをきかせた声が耳に届く。
「お前に断る権利なんてねぇんだよ。家畜が」
「わ、かり、まし…っ、た…ッ」
「これからは御主人様って呼べ」
「…ぁ゛…っ、はぃ…ッ」
ジャラッと音がして、多分首輪だろう部分を強く引っ張られる。
片手で頭をおさえられた状態のまま引っ張られているせいで、首が締まった。
言葉を受け入れること以外、選択肢は用意されていない。
蒼との生活で、ある程度非日常にもなれたと思っていたけど、…あんなの、今の状態に比べたら天国だった。
「俺の言うことには全部従え。じゃないと、お前は死ぬ」
「……っ、はぃ゛…ッ」
その言葉が嘘じゃないってことは、今の自分の状況を考えればすぐわかる。
従えば殺されない。従えば死なない。
理解するにはこれ以上ないほど簡単なルールだった。
「よし。良い子だ」
「っ、」
機嫌を良くしたのか、わしゃわしゃと髪を撫でられて、何故か痛みとも嫌悪とも違う何かの感情でじわりと目頭が熱くなった。
「じゃ、今日は帰るから」
「…っ、」
引きつったような音が喉の奥から漏れる。
絶句する。
耳を疑った。
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