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【記憶】
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それは、中学2年の冬のある日のこと。
確か1月に入って冬休みが明けてから、すぐのことだった。
「一之瀬 蒼です。よろしくお願いします」
壇上に立つ一人の男子学生が、頭を下げる。
それに対して、教室の中がおもちゃ箱をひっくり返したような騒めきでいっぱいになった。
こんな時期に転入という話にも驚きだけど、皆が注目したのはそれだけではなかった。
興奮。
歓喜。
戸惑い。
その主な原因は女子による黄色い歓声だった。
若干引きながら、周りを見回せば彼女たちはどこかのアイドルを間近で見た時のような反応をしている。
自己紹介をした男子学生のことでざわざわと皆がそれぞれの思いを声に出す。
「やばい。あんなに綺麗な男子、初めて見たっ!」
「ね…っ、かっこいー!他の男子とレベルが違いすぎる…」
雑音が多い教室の中でも特に鮮明に耳に届いてきたのは、そんな隣の女子生徒たちの声で。
分かりやすい反応がおかしくて若干苦笑しながら、もう一度壇上に目を向ける。
(…いちのせ あおいくん…)
名前だけでも、なんか俳優とかにいそうな感じだと思う。
サラサラそうな綺麗な黒髪で、見惚れるほど中性的で端整な顔立ちをしていて、儚い空気感がある少年。
透き通るような肌と、鼻筋は通り、薄く整った唇。
感情の起伏がなさそうな、冷酷と感じてしまうほど纏う雰囲気は冷たく、…精巧に作られた人形のように完璧で綺麗で美しい容姿に心を奪われる。
そして背筋が凍るほど冷めた瞳をしている彼は、何故か見たものを惹きつける魅力があった。
少なくとも普通の中学生らしくない、大人びた雰囲気を醸し出している。
その一之瀬 蒼という少年を見た女子達が頬を染め、密かに甘い吐息を漏らす。
(本当に、皆素直というか…正直だなぁ)
息を吐いて、ふと違和感に気づいた。
「……?」
(……どっかで、見たことあるような…)
彼を見た瞬間に、記憶の隅に何かが引っかかったような気がした。
むぅと考えてみるも、…思い出せない。
戸惑って、首を傾げた。
「…気のせい、かな」
多分そうだろう。
自分みたいなやつが、彼を知っているわけがない。
一之瀬君ほどの一度見たら頭にずっと残りそうな人に会ったら、絶対に忘れないだろうし。
「……っ、」
ぼーっと見て頭を悩ませている…と、不意にその瞳がこっちを向く。
ぱちり。
目が、合った。
すぐに逸れると思った視線が、じっと何かを確認するように動かなくて。
冷たい美しさを感じさせる目が静かにおれを見据えて、離れない。
(…な、なんで、)
感情をどこかに置いてきたのかと思えるほど興味はなさそうなのに、何か冷たい色の奥に別のものを感じて、…身を竦める。
自分とは比べ物にならない程の綺麗な顔で、その瞳が、遠くから耐えがたいほど見つめてくるから。
「う、うわ、わ…」
変な声が漏れる。
ど、どどどどうしようなんて我ながら情けないくらい慌てふためきながら、すぐに顔を背ける。
その瞬間にしまった、と青ざめた。
(…感じ悪いと思われた、かも)
いや、感じ悪かった。確実に。
もし本当に一之瀬君がおれを見てたなら、この反応はまずい。
ぎゅっと、膝の上に置いた拳を握る。
「……(ああ、もう…)」
そう思うと余計に壇上の方に目を向けることなんてできない。
一之瀬君がもし今、おれのせいで傷ついたような顔をしてたり鬱陶しそうな目でこっちを見てたりしたら…、耐えられない。
でも…それでも、どうしても確かめずにはいられなくて顔を上げた。
「…………」
一之瀬君は何事もなかったかのように、もう一度皆に頭を下げると先生に示されて、窓側の空いている席に座った。
育ちが良いのか高貴で上品に感じられる所作と、…そこだけ別次元に感じてしまうほどの美貌。
……背景の教室がこれほど似合わない人間がいるかと驚く。
周りの女子が、小さな声で一之瀬君に嬉々と話しかけている。
「…(ああ、)」
もしかしたら目が合ったって、こっちが勘違いしただけで。
向こうは合ったとさえ思ってないかもしれない。
そうだ。
こんなに人がいるんだから、一之瀬君がおれなんかを見るわけない。
「…(………)」
そう思うと、ぐだぐた変なことを考えてしまった自分が恥ずかしくなる。
おれのばか。考えすぎだった。
頬が熱い。
さっきとは違う思いに駆られて、顔をあげられなくなってしまった。
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