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…ただ、傍にいたかった。
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………………
「……」
どのくらい時間がたったんだろう。
ぼーっと床を見ていると、「待たせてごめん」なんて声が聞こえてハッとした。
その髪を見ると湿っていて着物も変わってるから、きっともう風呂に入り終わったんだろう。
「ううん。全然、…だいじょうぶ」
「…ごめん」
謝られるほど待った気もしなかったのでぶんぶんと今度は大きく首を振る。
そんな俺に彼は安心したように頬を緩めた。
そして、カチャリと音が聞こえて、そっちを見ると蒼が手足の鎖を外していて。
「…へ、」
驚いて声をあげると、彼は笑って小さく「もう必要ないから」と呟いた。
(必要ない…?)
その言葉に違和感を覚える。
それから、なんだか寂しいような感情に襲われた。…その気持ちを理解した瞬間、いつの間にか俺もこの状況に慣れてしまっていたんだということに気がついた。
何故か苦しくて、胸の前で拳を握る。
「ちょっと付き合ってくれる?」
ドライヤーで髪を乾かしてもらった後。
立ち上がった蒼の、その微笑みと声に誘われるように頷いて、差し出された手を握りながらその後に続いて歩く。
部屋を出た瞬間に、身体が冷気に包まれて寒い。
ぶるると身体が震えた。
そんな俺を見て、彼は申し訳なさそうな顔をして謝った。
…そこまで気にしなくてもいいのに。
そう思うと、これ見よがしに震えた自分が情けなくなった。
―――――――――
「……」
しばらく歩くと、その場所にたどり着いたらしく、立ち止まる。
「…ここ、」
目の前の景色に驚いてそう呟くと、口から少し白い息が漏れた。
手を伸ばせば、雪が手に降ってきてその体温に溶けていく。
歩みを止めたのは、見覚えのある場所。
前に来た時には、見ることのできなかった場所。
「…やっぱり、綺麗…」
「うん。そう言ってくれると思った」
キラキラ降り積もる雪に、思わず笑みがこぼれる。
いつ見ても庭の景色は綺麗で、見惚れる。
そんな俺を見た彼が、嬉しそうに顔を綻ばせた。
「前来てもらった時には目隠ししてたから。ちゃんと見て、覚えていてもらおうと思って」
そんなことを口にする蒼の言葉に引っかかって、また眉を寄せた。
縁側に腰掛け、「座って」と隣を軽くぽんぽん叩くから静かにそこに腰を下ろす。
黒服の人に指示し、「これ、好きっていってただろ」と高そうなティーカップに入っている紅茶を渡してくれた。
「…ありがとう」
淡い薄茶色の紅茶から湯気がのぼっている。
(良い匂い…)
口の中に広がる味に頬を緩めると、彼は優しく微笑んだ。
それから、庭に積もる雪を目に映して、躊躇いがちに唇を動かした。
「まーくんは、一番最初に俺と会った日がいつだったか、覚えてる?」
予想もしなかったことを問いかけられて、何故そんなことを聞かれるのかわからなくて、でもとりあえず、うんと頷いた。
「えっ、と、中1じゃなかったっけ?」
「……。………そっか」
俺は、何かを間違ったのだろうか。
でも、蒼と会ったのはその日が初めてのはずだった。
最初は初めて見た時のことを忘れていたけど、しばらくたってからその日のことを思い出したんだった。
黒くて長い車の前に立っていた蒼。
その時は蒼だって知らなくて、なんとなくで手を振った。
ちゃんと、その時のことを覚えてる。
…でも。
なのに、何故そんな表情をするのだろう。
……彼は、酷く悲しげな表情をしていた。
俺には問いかけられた言葉の意味も、そんな顔をする理由もわからない。
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