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本編
第208話 アイは見せしめる。
しおりを挟む⚫︎アイ
「(まったく、あの子ったら私の手の内をペラペラと……せめて身内以外には聞こえないようギルドコールを使いなさいよ)」
そう内心で愚痴を零しながら私は作業を続ける。
目的は大きく分けて3つ。
まず1つ目は彼らの心を折ること。こんな程度の低い連中にいつまでも会う度に絡まれてたんじゃせっかくのゲームが面白くなくなってしまう。この手の自尊心の強いファンションゲーマーは武器も防具もプライドも粉々にすれば勝手に引退してくれるはずよ。
「エリアヒール」
「あ……あぁ……」
「やめてくれよ! なぁ!!」
耳障りな雑音の主の喉を部位破壊する。
これが2つ目の理由。峰打ち技能の練習だ。
マヨイのククルが羨ましくて私はテイムについてゲーム内の掲示板に書かれている情報を片っ端から漁った。それによるとテイムには対象を餌付けなどをして友好度を高める方法と体力を限界まで削って屈服させる方法の2パターンあるらしい。友好度を高める方法はかなり難しいらしく、私は後者の方法を取ることに決めた。しかし、そこで問題になったのが手加減していても大抵の相手は一撃で葬ってしまう私の高くなりすぎたステータスだ。
「やめろよ、それ作るn──ぁぁぁぁぁぁあああ」
「さっきとトドメを刺しなさいよ!! この外道!」
これに関しては本当に不本意ではあるが暁に相談した。あの子、実は技能の性能を載せている掲示板の内容をほぼ丸暗記しているのだ。その記憶力が学校の勉強で発揮されれば受験勉強なんてしなくてもよくなりそうなものなのに、それが出来ないあたりが実に暁らしい。
そして暁に教えて貰ったのが峰打ちという"次の攻撃によって対象の耐久値または体力は0以下になる場合、0以下にはならず1になる"という効果を持った技能だ。まだ試し打ちをしていなかったので、彼らにはちょうどいいサンドバッグになって貰っている。
「じぃぃえむぅぅぅうう!!」
「………………………………」
「くるな、くるな、くるなぁぁあ!!」
そして最後、3つ目の目的は私の徒手空拳での戦闘における肝である人槍一体の習熟だ。徒手空拳での攻撃は基本的に打撃攻撃に分類されるのだけど、人槍一体を使っている状態で繰り出す拳や蹴りは全て斬撃属性になる。これは打撃攻撃に耐性のある相手に不利にならないというメリットであると同時に斬撃耐性のある相手に不利になるというデメリットだ。
そのデメリットを解消するため、私は戦闘中に人槍一体のオンオフの切り替えが出来ないか考えるようになった。それが出来れば対人戦でも取れる選択肢がかなり増える。特に不得手にしていた金属装備で身を固めた相手に対して打撃攻撃で有利を取れるようになる点は見過ごせない。
そこで私は技能思考発動解禁という習得がかなり面倒くさい技能を習得した。似た技能である鍵言省略という技能に見せかけるため、普段は服の胸元部分を握る動作をとるようにした。外野の会話に耳を澄ませているけれど、暁あたりは引っかかってくれそうだ。
思考による人槍一体のオンオフの切り替えは意外と難しく、3日後に迫ったイベントに向けて習熟しておく必要があったのだ。でも、案山子を相手にした練習にはもう飽きて来た。次は同格程度の相手との戦闘中にオンオフを練習したいわね。
「完全に破壊された装備は持ち主なしになるのね。これ、あとで鋳潰して貰おうかしら……」
「ふざけるな! 返せ!」
「え、だってこれ、あなたのじゃないみたいよ?」
「お前が壊したんだろ!」
完全に原型を止めないほどに破壊した武器や防具は路傍の石と同じような扱いになるらしい。これ幸いと所有権のなくなった鉄塊をアイテム欄に放り込む。
それを目の当たりにした敵の1人がログアウトした時と同じような消え方で決闘から離脱した。
「舌を噛み切った? いえ、消えた瞬間も体力はあったわ……なんでかしら?」
いや、この現象に私は既視感がある。
もう1度でいいから起きないかしら。たぶんだけど、もう1度同じ光景を見れば思い出せると思うのよね。
「私たち朱桜會と敵対していいと思ってるの!?」
「(この人でいいかな。うるさいし)」
私たちが敵対したくないと考えているギルドは2つだけだ。1つは謙吾さんの所属するプロゲーミング団体GHのギルド『栄光の簒奪者』もう1つは配信者時代にお世話になったマードックさんとサタナリアさんが所属しているプロゲーマーチームKING'Sのギルド『クラウンズ』だ。
「あぁ……そっか、そうだったわね」
クラウンズについて思考を巡らせたことで、私はようやく違和感から解放された。チャラ王だ。彼が真宵と決闘した際、精神的な負荷なのか心拍数の異常なのか緊急ログアウトしたのを思い出した。
なら彼らも本当に追い詰められれば勝手にログアウトするということ。緊急ログアウトしてないということは、まだ手緩かったということよね。
「す、すいません! ちょっといいですか!!」
視界の向こう側でアインのある方角から走って来た赤髪の女性が叫んだ。邪魔する気なら決闘に乱入してくるだろう。
無視して拷m……決闘を続ける。
「は、話を聞いてください! お願いします!」
「…………乱入するならどうぞご自由に」
「もう勝負は終わってます! これ以上やる必要はないじゃないですか!」
「それは私が決めることよ。赤の他人が口を出さないで貰えるかしら」
決闘開始時に設定されたフィールドの中に入れば乱入として扱われるのだけど、件の彼女はその境界線の向こう側から一方的に自分の意見を投げつけてきた。
「わ、私は朱桜會のギルドマスターです! 赤の他人じゃありません!!」
「あ、そう。なら──「ちょっと待った!」──何かしらアカトキ?」
朱桜會のギルドマスターを決闘に乱入させようと挑発しようとしたタイミングで暁が静止の声をあげた。
「えっと、この決闘にギルドって関係あるの?」
「え?」
「私、知ってるんだ。朱桜會は迷い家に対する干渉を組合から禁止されてるよね。破ればペナルティがあるんでしょ? だから、もう一度だけ聞くよ? これは朱桜會の意思で行われた決闘なの?」
「!?」
もし朱桜會の意思で行われた決闘だと朱桜會のギルドマスターが認めれば組合から何らかのペナルティがあるし、それを認めなければ彼女は決闘に介入する大義名分を失ってしまう。もはや脅迫よね。
それにしても彼女、さっきから妙にアインの方角を気にしてるように見える。
「がぁぁぁぁぁぁあああ」
「エクスヒール。痛覚設定は標準値のままなんだから痛くないでしょ。大袈裟に汚い声をあげないでくれるかしら」
最初に私たちに絡んで来た男の下半身を蹴りで斬り飛ばす。峰打ち技能を発動させているおかげで体力が0になることはなかったものの、出血の状態異常になれば1秒後には死亡してしまうので即座に回復させることも忘れない。
「話し合いの途中ですよ!? なんで攻撃するんですか!」
「決闘が中断されたわけじゃないからよ。嫌なら乱入して来なさい。そうしたら迷い家は朱桜會にギルドとして決闘を売られたと組合に報告させてもらうわ」
「っひ、卑怯です!」
「そう。ありがとう」
策謀の結果において、卑怯汚いは褒め言葉よ。
そう思いながら次の練習台の元へ足を向けると、先ほど斬り飛ばした男の下半身(足なし)が痙攣しているのを見つけた。
「これ、痛覚あるのかしら」
「────────!!」
思わず口をついてしまった私の呟きを耳にした男(上半身のみ。なお腕なし)は声になっていない悲鳴と同時に強制ログアウトされた。
[リエルが決闘に乱入しました]
目の前でメンバーが消えたからか、朱桜會のギルドマスターが決闘に乱入してきた。幼い顔立ちは憤怒に歪み、その身体からは朱色と黄色のオーラのようなものが立ち昇っている。
こういう時、真宵が常用している高位鑑定技能が欲しいわね。どうやって手に入れたのか聞けば教えて貰えるかしら?
もう絡んで来た連中はどうでもいいわね。次のイベントの情報収集もかねてリエルの相手をしましょう。
───────────────
お読みいただきありがとうございます。
やめて! 憤怒の覚醒を得たとはいってもステータス差は歴然よ! ここで決闘に乱入したら朱桜會はエイト領で活動できなくなっちゃう! お願い、思いとどまって!
それに今ここでアイと戦えば余波で仲間が死んでしまうわ!
ミケ猫ジェロニモスがあと数分もすればやってくる! ここで乱入を思いとどまれば交渉の余地だって生まれるかもしれないんだから!
次回「アイvsリエル」決闘開始!
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