VRMMOで神様の使徒、始めました。

一 八重

文字の大きさ
上 下
192 / 228
本編

第179話 マヨイは受け取る。

しおりを挟む





 繰り返す季節を、重ねる月日を、降り積もる一秒一秒を、指折り数えたりはしなかった。


 ただ淡々と流れるままに日々を過ごした。
 だから、今が一体あの日から幾年幾月かだなんて、そんなことは彼女には判然としない。
 それなりに長い年月、とだけ。


 家の外にすらりと立つ一本の木。そこに凭れるようにして彼女は座る。
「……思えば、この木も随分立派に成長したな」
 植えた時は、ひょろっこい苗木だった。嵐がくればしなり、枝を折り、日照りが強ければ萎びる。実に頼りない木だったのだが、それなりに気にかけてやったこともあり、見上げたら視界から空を埋め尽くす程度には大きくなった。
「まぁ面倒なことも色々とあったが、こうしてこの日までやってこれたことを考えると、私も魔女としては上々だった」
 半ば無意識に、ぽんぽんと地面を叩く。土のざらりとした感触が、彼女の手の平に伝わる。


 少し感傷的になって振り返ってみれば、実に思いもかけない人生だった。きっと、魔女としては異色の人生だ。
 この世のどこに、処女性を重んじる癖に人間の男を伴侶に得、精神的な繋がりだけではなく肌まで重ねた魔女がいるだろう。それも、魔女としての資質を保ったまま。
 世界は広いが、そうそう見つかるものでもないだろうと、彼女は思う。



 それは、彼女の知らない熱だった。
 彼女の知らない、気持ちだった。
 そして、知ってしまったからには、彼女にとって一等大切なものとなった。



 掛け値のない慈しみをやり取りする日々。
 時にすれ違い、言葉の礫を投げ合うことがあっても、必ず繋ぎ直される縁。
 引っ掻き回され、翻弄され、世界はまるで別物になった。
 それはあまりに自分の根幹を揺らすことだったけれど、そのうちに彼女は全て呑み込んだ。丸まま、全て自分のものにして、自分の世界を組み直した。


 共にあった日々は長かったのだろうか。それとも、駆け足で過ぎ去ってしまっただろうか。
 耐え難い喪失感に苦しむ日も多かったように思うが、自分の足跡を振り返ると、そこには溢れんばかりの日々の切れ端があった。その一つ一つを丁寧に浚っていれば、時間はあっという間に過ぎたように思う。
 振り返れるものが多いということは、長かった、あるいは濃密だったということかもしれない。



 人より少しだけ穏やかではあったけれど、時間は容赦なく流れた。
 分け与えた血の分だけ持ち時間を延ばして、その中で十全に互いを慈しんだ。


 少しずつ、年を重ねていくその姿を見て。


“お前と私は違うもの”
 言い聞かせるように、彼女はなんてことない風に言ったものだ。


“だからこそ、その違いを解して、尊重して、慈しみたいと思う”
 少し、強がっていたかもしれないけれど、それは本心だった。


 言い聞かせていたのは、相手にか、自分にか。きっと両方だったのだろう。
 自分の心は最後の最後まで、いや、途切れたその後もなお、満たされていたと思う。本当に沢山の沢山の心を受け取って、自分と言う存在は十全に満たされていたのだ。


 離別は、想像以上の代物だった。
 抉られるような痛み、ぽっかりと空いた穴、虚しく響く自分の嗚咽。空気は澱み、あらゆる事象が意味を失った。
 何をしても、何にもならないと感じた。
 広々とした室内。時折脳内で掠める柔らかな声に反応しては、振り返った先の虚空に絶望したものだ。



 苦しくて苦しくて気が狂いそうで。



 思い出をよすがにするだけでは到底足りないと、そう思った。
 けれど、一つ一つ丁寧にめくり返せば、あらゆる出来事が愛おしかった。とてもとても大切で、彼女の胸を痛めつけながらもゆっくりとゆっくりと満たしにかかった。



 少しずつ、少しずつ。
 そうやって彼女は、呼吸の方法を取り戻していったのだ。




 土に還すのがいいだろうと、庭先にその場所を確保した。手伝いを申し出る声は沢山あったが、彼女はその全てを断ってひと掘りひと掘り、土を抉り、その場所を用意した。
 そして、また自分の手で、一杯ずつその穴を埋めていった。
 何か目印があった方がいいだろうかと思って、それで若い苗木を植えたのだ。


 何の変哲もない木だ。実もならないし、目を引く花を咲かせることもない。先に触れた通り、気候に左右されて何度も枯れかけた。


 これは、ただの木だ。


 彼女はそう思っている。
 けれど少しだけ、特別なところがあるのだ。
 この木は、ほんのり特別な気を帯びている。家のちょっとした守りにするのに適した、少しだけ特別な気配。
 いつ頃からか、それに気が付いた。それは、加護の気配と言うに近かった。


“養分として、吸い上げたのか?”
 冗談交じりに、足元を見下ろしながら彼女は苦笑したものだ。


 これは、ただの木だ。
 彼女はそう思っている。
 近くにあった気配を少し吸い取っただけの、ただの木。


 生まれ変わりとか、乗り移りとか、そういうものを彼女は全く信じていない。だからこれはただの偶然だし、まぁ解釈を与えるにしても“置き土産”程度の認識だ。
 そういう風に割り切ってはいたけれど、彼女はこの木をそれなりに大切にしてきた。駄目になりそうになったら、手を出してきた。
 そうして、この木は守護の木として、今日までここにあるのだ。


「ま、こうして過ぎて見れば、やっぱり一瞬だったかもね」
 少し冷たくなってきた空気。高く、そして濃くなった空。静かな森の中、彼女は独白を続ける。
「過ぎたからこそ言えるのかもしれないけれど、そう悪いものではなかった」


 苦しみも、悲しみも、全部彼女のものだった。
 苦しめるのも、悲しめるのも、それだけ幸せだったからだ。失ったものが、愛おしかったからだ。


「私はねぇ、信じてないんだよ」
 苦笑が零れる。
「生まれ変わりとか、死後の世界とか、そういうのは信じてない」
 でも。
「ほら、お前が言っていたから」
 それは二人の流れが重なっていた一時の間。折りに触れて、何度も何度も。最期の最期まで繰り返された。



“オレの一途をナメないでいて? 大丈夫だよ。オレはちゃんと待てができる子だよ”



「待ってるって言うんなら、迎えに行ってやらなくちゃならないじゃないか」
 本当はこういう時、迎えに来るものなんじゃないか、そんなことを頭の片隅で思いながら、彼女は穏やかな心持ちで微笑む。


 追い越してしまうことがあっても、その先でちゃんと待っていると。
 ずっとずっと自分だけを待っていると、あの子がそう言ったから。


 だからこの日まで、生きてきた。
 ちゃんと投げ出さずに生きてきた。


 きっと最期には胸を裂かれる思いをすると思った。その通りだった。けれど、それまでにどれだけのものを手に入れることができただろうか。
 今、こうして穏やかな気持ちで、愛しい気持ちで胸が満たされていることが何よりもの答えなのだと、そう思う。
 自分と相手の差が怖かった。同じでないことが、怖かった。違ってしまっていることが、辛く思えることもあった。
 その度に、胸の内で繰り返したのだ。


“お前と私は違うもの”


“だからこそ、その違いを解して、尊重して、慈しみたいと思う”


 何度も何度も繰り返して、実際その通りにした。
 憎むのではなく、受け入れ、愛した。


 自分の見目は、今この時になってもやはりあの時のまま。成長が止まった時から、何一つ変わらない。そういうものなのだと、彼女はもうすっかり受け入れている。


 違っていたから、手を取り合えた。
 違っていたから、互いの人生は交わったのだ。
 同じ生き物だったのなら、共に生きる道はなかった。
 二人を引き合わせた、数奇な運命。


「もう少しだけ待っておいで」
 彼女は柔らかく言葉を落とす。


 きっとまた、見えないしっぽをぶんぶん振っているに違いない。それを想像すると、少し楽しい気分にすらなる。



「サフィール、きっとすぐに追いつくから」



 そう言って。
 彼女はゆっくり瞳を閉じた。




しおりを挟む
感想 576

あなたにおすすめの小説

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない

一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。 クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。 さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。 両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。 ……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。 それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。 皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。 ※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

婚約破棄……そちらの方が新しい聖女……ですか。ところで殿下、その方は聖女検定をお持ちで?

Ryo-k
ファンタジー
「アイリス・フローリア! 貴様との婚約を破棄する!」 私の婚約者のレオナルド・シュワルツ王太子殿下から、突然婚約破棄されてしまいました。 さらには隣の男爵令嬢が新しい聖女……ですか。 ところでその男爵令嬢……聖女検定はお持ちで?

【完結】魔物をテイムしたので忌み子と呼ばれ一族から追放された最弱テイマー~今頃、お前の力が必要だと言われても魔王の息子になったのでもう遅い~

柊彼方
ファンタジー
「一族から出ていけ!」「お前は忌み子だ! 俺たちの子じゃない!」  テイマーのエリート一族に生まれた俺は一族の中で最弱だった。  この一族は十二歳になると獣と契約を交わさないといけない。  誰にも期待されていなかった俺は自分で獣を見つけて契約を交わすことに成功した。  しかし、一族のみんなに見せるとそれは『獣』ではなく『魔物』だった。  その瞬間俺は全ての関係を失い、一族、そして村から追放され、野原に捨てられてしまう。  だが、急な展開過ぎて追いつけなくなった俺は最初は夢だと思って行動することに。 「やっと来たか勇者! …………ん、子供?」 「貴方がマオウさんですね! これからお世話になります!」  これは魔物、魔族、そして魔王と一緒に暮らし、いずれ世界最強のテイマー、冒険者として名をとどろかせる俺の物語 2月28日HOTランキング9位! 3月1日HOTランキング6位! 本当にありがとうございます!

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

【完結】VRMMOでチュートリアルを2回やった生産職のボクは最強になりました

鳥山正人
ファンタジー
フルダイブ型VRMMOゲームの『スペードのクイーン』のオープンベータ版が終わり、正式リリースされる事になったので早速やってみたら、いきなりのサーバーダウン。 だけどボクだけ知らずにそのままチュートリアルをやっていた。 チュートリアルが終わってさぁ冒険の始まり。と思ったらもう一度チュートリアルから開始。 2度目のチュートリアルでも同じようにクリアしたら隠し要素を発見。 そこから怒涛の快進撃で最強になりました。 鍛冶、錬金で主人公がまったり最強になるお話です。 ※この作品は「DADAN WEB小説コンテスト」1次選考通過した【第1章完結】デスペナのないVRMMOで〜をブラッシュアップして、続きの物語を描いた作品です。 その事を理解していただきお読みいただければ幸いです。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

八百長試合を引き受けていたが、もう必要ないと言われたので圧勝させてもらいます

海夏世もみじ
ファンタジー
 月一に開催されるリーヴェ王国最強決定大会。そこに毎回登場するアッシュという少年は、金をもらう代わりに対戦相手にわざと負けるという、いわゆる「八百長試合」をしていた。  だが次の大会が目前となったある日、もうお前は必要ないと言われてしまう。八百長が必要ないなら本気を出してもいい。  彼は手加減をやめ、“本当の力”を解放する。

処理中です...