VRMMOで神様の使徒、始めました。

一 八重

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本編

第62話 マヨイは招待する。

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無我夢中で走って、走って、走って、私は漸く、目的地に着いた。


誰も連れてきていない。
一人きりだ。

黒宮君が今頃助けを呼んでくれているはず。
私は、一刻も早く龍牙に会いたい。


「……はっ、はぁっ、はッ…」


廃工場の入口はいくつかある。いつしか来た記憶を辿って、私は適当な扉から中に入った。

ここに龍牙がいるかは分からない。西柳の方だとはいっても、全然違う方にいるかもしれない。でも、とにかく探さないと。



焦りに駆られながら廊下を走ると、おかしな光景が見えた。

「ぇ、えっ、え? だっ、大丈夫ですか…?」

廊下のあちこちに、不良さんが倒れている。不良のたまり場というのは黒宮君が教えてくれた。でも、どうして皆倒れているんだ。倒れている一部の人は血を流していたり、まだ苦しそうに呻いていたりと、惨憺たる様子だった。

これは、何かある。

倒れている人が心配だったけれど、今は龍牙を探すことを優先しよう。




廊下を走っていくと、何やら話し声が聞こえてきた。どうやら扉の向こうで話をしているらしい。扉に近づくと、その会話が聞こえてきた。


「やーーめーーろ!!! なんでっ、なんでこんなっ…」
「うるせぇな。おい、誰か押さえとけ」
「やめろっ!! なっ、……あ? ボコるんじゃねぇのかよっ……離せっ!」


龍牙の、声。

判断した時には扉を開けてしまっていた。
もう少し様子を窺えば良かったのだろうが、やはり冷静になれなかった。


「誰だっ……あ?」
「……アイツ…」
「おー、誰誰?」

扉を開けた先は、少し狭い部屋だった。体育館の倉庫かなってくらいの広さで、そこには十人くらいの不良さんが立っていた。

そして、部屋の中心で、誰かが誰かを押し倒していた。その誰かが振り向き、息を切らす私を見てにやっと笑った。

「……はっ、は……ぁ…」
「ああ、チビ……コイツのダチか」
「…はっ……離して、龍牙を………」
「どうやってここまで来たかは知らんが…そこで黙って見てろ」

渡来、賢吾。
渡来は誰かを押し倒している。
床には絹糸のように美しい金色が散らばっている。もう、誰のものかなんて、分かりきっていた。

「すっ、鈴?鈴なのか?何で、何でこんなとこ…」

渡来の下から困惑しているあの子の声が聞こえ、私は泣きそうになった。すぐに、今すぐに、連れて帰りたい。

渡来に向かって手を伸ばしたけれど、その手は誰かに掴まれてしまった。

「だっ、誰、離して」
「………………」
「ちょっと、離してって…」

私の腕を掴んだのは、フードを深めに被ったパーカーの男だ。その人は無言で、私の腕を離してくれない。痛くはないけれど、動かせない。

「鈴っ、ちょ、なあっ、鈴に何もすんなよ!?」

違う、何かされそうなのは、龍牙の方だ。

「……心配すんなって。俺が興味あんのは、お前だけだ」
「さっきからそう言ってるけど、マジで何す、ぅ、わっ」

カチャカチャと音が聞こえ、何か細長い物が放られる。ベルトだ。龍牙のベルトが、引き抜かれた。

「へっ?何で、ベルト…??えっ、や、止めっ、ろ、待って、何…、え…?」
「お前みたいに生意気な奴はな、泣き顔がエロいんだよ」
「………………あ……」

困惑したような、声。
一拍置いて、悲鳴じみた叫び声が聞こえた。

「やっ、やだっ!!! やめっ、止めろ、ひっ、ぃ、いやだっ…、おれはっ、おんなじゃっ……」
「はははっ!!」
「すっげ、半泣きじゃん」
「あれは処女だわ。ケンちゃん羨まし~♡」


とうとう、龍牙が理解してしまった。

だめだ、このままだと、龍牙が。


「止めろ!!!!」
「うっせーなァ…誰かそいつ押さえとけ」
「…………」

パーカーの男が私に片腕を伸ばしてくる。私はその腕を振り払った。
まさか抵抗されるとは思っていなかったらしく、男が怯む。

何かしないと。
殴られたり蹴られたりして押さえつけられないのは、私がそれだけ弱いと信じているからだ。確かに私は弱い。



でも、誰かを助けることくらい出来る。


「やだ、やだ、ぁ、やめろっ、やめ、て……っ…」
「…………あの、渡来……さん」
「あ?」


ああ、ピンがあればもっと可愛く出来たかな。


どうでもいいことが、ふと、頭をよぎった。


前髪を退かして、にっこり渡来に笑いかける。


笑顔は慣れている。
いつだって私は嘘の笑顔が出来る。

辛い時だって、悲しい時だって、苦しい時だって、

…………怒っている時だって、

いつだって、笑顔を浮かべられる。


優しい目元、ゆったりと上げる口角、ほんの少しだけ下げる眉、綺麗な笑顔は何度もしてきた。


「ねぇ…………賢吾さん…」


色を含んだ声で、こてんと首を傾げる。




渡来が固まり、私を止めようとしていたフードの男も固まった。
いつの間にかガヤも静まっていた。

私だけが動いて話している。
……ああ、私だけじゃないや。

渡来が振り向いて固まったからか、渡来の体の下から龍牙の姿が見えた。足も腕も縛られて、とても抵抗出来るような姿には見えない。



「……鈴…………?」

「ねえ、賢吾さん。私の方が、ずぅ…っと可愛いでしょう?」

「すず、まって、何、言って…」

「そこの金髪の子より、私とシません?」

龍牙、そんな顔しないで。


だって私、慣れてるから。大丈夫。ずっとそういう目で見られてきたのは、分かってるから。何かされたことはまだ無いけれど、視線には慣れている。


「……かっ、可愛、いい…」
「なっ、何あの美人…」
「激シコじゃん」
「エロ」
「は?は?しっ、死ぬほど可愛いっ」

周りがざわめきたち、渡来だけが数秒遅れて反応を返す。

渡来はにんまり笑い、立ち上がった。
良かった、引っかかってくれた。

「はは……こんな奴がいたとはな。確かにコイツよりずっと可愛い」
「でしょう?」

「まって、やめっ、やめて、やだ、すず、鈴、にげて」

引きつった悲鳴が聞こえる。
鼻をすすりながら、ぐすぐす泣きながら、私に呼びかけている、龍牙の声。

ごめんね、今だけは、無視させて。

「テメェ…相当男食い慣れてんな」
「やだなあ、処女ですよ」
「……マジで言ってんのか?」

「鈴、すず、やめて、お願い」

渡来が歪な笑みを浮かべて私に近寄ってくる。笑みを絶やさず、私は話を続けた。なるべく煽れるように、龍牙に絶対目がいかないように。

そして、ダメ押しに、渡来の色々なことを、なるべく刺激することにした。

「ええ。紅陵さん・・・・や氷川さん、色んな人に守ってもらってましたから」
「おっ、おいおい待て待て、お前紅陵の男か!あのムカつくクソハーフの男を寝取れるわけだ。しかも、あのヤリチンの男のくせしてまだ処女か。相当大事にしてるってことだな?…ほぉ~ん」

「やだ、ぉ、おいっ、鈴、いい加減に、しろっ…」

ぐいっと顎を乱暴に掴まれ、無理な姿勢に首が悲鳴を上げる。体が訴える痛みも、龍牙の悲鳴も怒りも無視して、私はひたすら笑顔を貼り付けた。

「気に入った。おいお前ら、金髪退かせ。もうソイツはいい」
「…あの子には絶対手を出さないでください」
「分かった分かった。紅陵の男なら訳が違うしな。約束も守ってやる。その代わり言うこときっちり聞けよ」
「勿論です」

「…やっ、…おいっ、渡来!! 俺の事狙ってたんじゃねぇのかよっ!! そっ、そんな良い子そうな奴じゃなくて、なっ、生意気な俺を…」

龍牙は訴えの方向を変えたが、もうそれは遅かった。
縛られて動けない龍牙が、マットの上から退かされる。私は渡来に肩を抱かれ、そこへ座らされた。


「おいお前ら、紅陵にコイツの処女卒業ビデオ送りつけるぞ」
「ふぁ~~ケンちゃん最ッ高♡」
「二番目俺!」
「え~俺撮影係やだ~俺もこの子とヤりたい~」
「僕も!」
「じゃあジャンケンだ、それなら平等だろ」
「おっけおっけ」
「ズルすんなよ~!」

周りが色めき立ち、思い思いのことを口にする。渡来はその様子を聞きながら、じっくりと私の体を見ていた。

「いやあ……どうすっかなァ、ほんっと美人だな」
「……よく言われます」

前髪はずっと手で押さえている。顔はずっと見えていた方が良いだろう。

「…………いや、マジで悩むな」
「ケンちゃんドーテイかよ~!」
「服脱がす時点で悩んでるのかよ、はははっ」
「こんな美人滅多にお目にかかれねぇしなぁ」
「半分脱がすって死ぬほどエロいよね。あーでも全裸も惜しいなぁ~!」

周りがげらげらと笑ったが、かき消されそうな龍牙の声がかすかに聞こえた。

「はっ、は、ぁ……やだ、やだ、すずっ、すず…、やだ、やだ、やっ…、やだ、ぁ……、おっ、おれ、に、しろっ、おれにしろよ…、おれに、して、くれ………たのむ…」

ちらりとそちらを見れば、龍牙が大粒の涙を零してぼろぼろと泣いていた。自分のせいで…とか考えてそうだ。後で慰めてあげないと。

あんなに怯えていたのに、自分にしろと言っている。それだけ今の私を心配しているのだろう。

大丈夫、慣れてるから。
龍牙はこんな状況初めてだから怖いだろうけど、私は、初めてじゃない。

「あっ、ハサミで服切るとかどうです?」
「あーそれいい。乳首のとこだけ切ろうぜ」
「それ採用」
「流石にかわいそうじゃね?」
「紅陵の男なんだからそれもありっしょ」
「確かに」

「だれかっ……、やめろよ、やめろ、……すずっ…、だれか、たすけて……」

また、不良たちが笑う。大丈夫、大丈夫。だって龍牙を守れるから。

自分のこの容姿が役に立って、良かった。
龍牙に何度も守られたから、今度は私が龍牙を守る番。


「ハサミって誰か持ってたっけ?」





「アマノ、お前持ってたよな」





「……えっ?」


突如聞こえた名字。私は耳を疑った。いや、アマノ、天野、……天野君、天野優人じゃ、ない、だろう。
だって、そうだとしたら、この不良と天野君が揃って、私や龍牙を……


「……ああ、持ってるよ」
「てかお前このフードなんだし。脱げ」
「そーそー、いつもはパーカーなんか着ねぇくせに」
「顔隠したい感じ~?」
「ちょっ、止めてくださいよ…」

フードを脱がされた、男。
私の腕を掴んで押さえつけようとした、男。

その男は、よく目立つ、青い髪をしていた。

それは、ついさっき、教室で見た……


「……あまの、くん…?」


私が呆然として呟くと、パーカーの男は顔を上げた。

眉を下げ、泣きそうな顔でこちらを見ている。



「…………ごめん」



零された声は、酷くか細かった。
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