VRMMOで神様の使徒、始めました。

一 八重

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番外編

年末年始 3人で過ごす年末年始

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視点変更が複数回あります。
本話は3人で過ごす年末年始【12/28】~【1/1】を統合したものです。
───────────────

⚫︎真崎宵(中学3年生)

「父さんどうしたの? 母さんまで」

 3ヶ月後には高校入試を控えている僕も年末年始はまったりと過ごしていた。それが急に慌ただしくなったのは29日の早朝だった。

「それがねぇ……この人ったら、またパスポートなくしたみたいなのよ」

「また?」

「またよ」

 僕の父さん──真崎謙吾──は外では『怪物』だとか『頂点』だとか色々とイタい呼び名で親しまれているプロゲーマーだけど、家の中では割とポンコツだ。
 特に海外遠征の度にパスポートをなくしてい……って、あれ?

「父さん、どっか行くの?」

「言ってなかったかしら。ヨーロッパの小さな国でゲームの振興イベントがあって招待されてるのよ」

「小さな国って何処?」

「ボスニア・ヘルツェゴビナだ」

「何処だよ……」

「旧ユーゴスラビアね。イタリアの海を挟んで東側よ」

「へぇ……あれ、母さんも行くの?」

「ええ、私も呼ばれてるの。帰ってくるのは来年になるから家のことよろしくね」

 うちの両親が海外に出掛けることはままある。
 もちろん年末年始に出掛けるのも珍しいことじゃない。


──ピンポーンッ



「暁、出てちょうだい」

「えー……分かったぁ」

「いや、僕が出る。たぶん藍香だ」

「あれ、藍香ちゃんと約束でもしてたの?」

「してないけど?」

「じゃぁなんで藍香お姉ちゃんだって分かるの?」

「勘」

「「「……………………」」」

我関せずとばかりにコタツを背負ってミカンを貪り食っていた暁がコタツから這い出て玄関へ向かおうするのを制止して、僕が玄関に向かう。

「パスポートここにあるじゃん……っと、藍香おはよう」

「おはよう」

「どうしたの、その荷物」

 藍香が手に持っていたのはボストンバッグだ。
 どこか旅行にでも行くのだろうか。

「あれ聞いてないの?今日から年明けして少しするまで真宵の家に泊まるんだけど」

「聞いてないよ?というか父さんたち今年の年末年始は海外だし」

「え、うちもよ?」

「やらかしたかな?」

「やらかしたんでしょうね」

「「はぁ……」」

 どうやら中学最後の年末年始は藍香と僕と暁の3人で過ごすことになるようだ。藍香が泊まりに来ることも、僕が泊まりに行くことも月に1回はあるのでそれほど珍しくはないが、年末年始に泊まりに来るのは記憶にある限り初めてだ。
 親が不在で藍香が泊まりに来るという状況は2年前のクリスマスを嫌でも思い出す。これは流石に反対されるだろう。

「父さん、藍香が泊まりに来たんだけど聞いてる?」

「あぁ……祐樹の奴が仕事だってんで藍香ちゃんを預かることになってるぞ」

「預かるって……父さんたち明日からヨーロッパじゃん」

「あ…………そ、それはだな──」

 父さん曰く、藍香を預かって欲しいと叔父さん藍香父から連絡を受けた時、明日からのヨーロッパでの仕事の事を完全に忘れていたらしい。

「謙吾さん、それ私は聞いてないわよ?」

「さ、沙織には言ったぞ!?」

「ええ、藍香ちゃんが遊びに来るとか言っていたわね。けれど泊まりだなんて聞いてませんし、それが年末年始だっていうのも初耳です」

「あれぇ……?」

「藍香ちゃん、泊まるのはいいけど一昨年のようなことはないようにね」

 意外。絶対に反対されると思っていた。
 あぁ……今回は暁がいるからか。

「は、はい!」

「あ、父さん。パスポートは靴箱の上にあったよ」

「お、ありがと。年末年始だし食費は少し多目に出しておくけど無駄遣いしないようにな。特に暁を甘やかすなよ?」

 親バカに言われたくないよ。あんた暁にお願いされれば何でも買い与えちゃうじゃないか。去年のクリスマス、暁に12万する最新のVRハードを買い与えたから僕のクリスマスプレゼントは用意出来なかったとか言われたのは一生忘れないと思う。

「真宵」

「ん?」

「不束者ですが末永くよろしくお願いします」

 藍香にしては大仰な挨拶だな。でも謙遜に対しては謙遜で答えるのがマナーだったはずだ。

「こちらこそ、いたらぬところも多いとは思いますがよろしくお願いします」

「「「……………………」」」

「「ん?」」

 父さんも母さんも固まってしまった。オマケに暁も。
 何か変な言い回しになってただろうか。

「藍香ちゃん、その挨拶は誰から教わったの?」

「え、パパからです。年末年始に泊まる時は今の言い回しがマナーだって……違うんですか?」

「あっんの、クソ兄貴ぃ!いい?それは結婚して嫁入りする時の挨拶よ!その時まで取っておきなさい!!」

 母さん、素の口調が出てるよ。
 あ、母さんの言っている兄貴とは藍香の父さん──夏間祐樹──のことだ。父さんとは同じ事務所に所属しているプロゲーマーだ。なので僕と藍香は従兄弟ということになる。
 それにしても、結婚の挨拶を言うように仕向けるだなんてタチの悪いイタズラだなぁ……

「え、そ、その……はい……」

「へぇ……知らなかった」

「お姉ちゃん、変なところで天然だよね。あと兄さんが知らなかったのも意外」

「まぁ……祐樹をとっちめるのは次会う時でいいだろ。とりあえず藍香ちゃん、あがって」

「はい、ありがとうございます」

 こうして今年の年末は藍香と暁、そして僕の3人で年末年始を過ごすことになったのであった。



⚫︎真崎暁(中学1年生)

 藍香お姉ちゃんが泊まりに来た翌日、まだ太陽も顔を出し始めたばかりの早朝に父さんたちは出掛けて行った。朝食を食べて少しすると兄さんが「早いうちに宿題は終わらせよう」と言い出したので3人で冬休みの課題を消化している。
 でもお兄ちゃんの発言の意図は私の想像していたものとは違った。

「ねぇ……兄さんたち、それは少しズルくない?」

「「なにが?」」

「宿題を写し合うのは良くないでしょ!兄さんたちは受験生なんだよ!?」

 この2人は受験生だって自覚がないのかな!?
 課題を写しあったら課題の意味ないと思う。

「暁ほんとお堅いよな」

「暁は真面目ねー」

「志望校は深森なんだよね?それで合格できるの?」

 深森高校は県内では有数の進学・就職率を誇る公立校だ。
 パパやママ、お兄ちゃんたちから聞いた話だけど、ここ数年の倍率は2.7倍~3.4倍、偏差値は最低でも52~53はないと合格出来ないみたい。学科は総合学科のみで、2年生からは必修科目以外は全て選択制という自由度の高い高校だとか。パパ曰く「選択出来る授業数は少ないけど大学みたいな感じだな」って言ってた。

「合格判定Sだったし、そもそもテストって授業で習った範囲とその応用だろ?ちゃんと授業聞いてれば問題ないって」

「私も先月の模試の結果Sだったわ。偏差値60ちょっとの私たちが落ちる方が難しいわよ」

「白紙回答すれば余裕で落ちるでしょ」

「あとは……受験会場に行かないとか?」

「お兄ちゃんたちが深森を志望しているってなんで?もっと上の学校も目指せるよね?」

「「徒歩で行ける距離にある唯一の高校だから(よ)」」

 全国の受験生はお兄ちゃんを殴っていいと思う。
 私の模試の結果は全教科合計の偏差値が53だ。これでも学年で上位に入る成績なんだけど、深森高校に入るにはもっと勉強しなきゃならないのに理不尽だと思う。

「理不尽だぁぁ!!」

「暁も志望は深森なんでしょ?もっと頑張らなきゃ」

 冬休みの宿題を手抜きしてる受験生には言われたくないよ。
 これで本人に煽っている自覚はないのだから恐ろしい。

「うぅ……なら分からないとこ教えてよ!」

「いいわよ」

「ま、そのくらいならな」

「「今日中に宿題を終わらせ(るぞ/ましょう)」」

 完全に藪蛇だった。塾の先生なんて目じゃないスパルタ指導のせいで夕飯になるまでの時間を宿題だけに使うことになってしまった。
 しかも2人は夕方前に全ての宿題(かきぞめ除く)を終わらせてイチャイチャしてるし、なんか難しい話してて気が散るし、それに文句を言えば「集中力が足りない」と逆に怒られた。

「なんか卵めっちゃあったから夕飯はオムライスな」

「やった!お好み焼き風がいい!」

「真宵のオムライス美味しいものね」

「まぁ……色々と試したからな」

「それに付き合わされたけど最初からそこそこ美味しかったよ?」

「オムライスだしな。誰が作っても似たようなもんだろ」

 オムライスはお兄ちゃんの得意料理だ。
 特に鰹節と醤油の混ぜご飯の上にふわとろオムライス、ケチャップじゃなくてマヨネーズとお好み焼きソースと青のりを掛けた特製お好み焼き風オムライスは私の好物の1つだ。お姉ちゃんはお好み焼きソースが苦手らしいのでケチャップ派だけどね。

「お、チーズあるじゃん。混ぜる?」

「「混ぜる」」

「おっけ。暁、待ってる間に風呂の掃除よろしく」

「はーい」

「私も何か手伝おうかしら」

「なら冷蔵庫からリンゴとバナナとヨーグルトが入ってるからスムージー作ってくれないか」

「分かったわ」

 お風呂場の掃除を終わらせてリビングに戻ると既にオムライスとスムージーが並んでいた。お兄ちゃんはまだキッチンで何かをお皿に盛り付けてる。

「あ、肉じゃが!」

「オムライスとスムージーだけじゃ野菜が足りてないからな。あと冷蔵庫を確認したら肉はあるけど野菜と魚がないから明日にでも買い物に行くぞ」

「はーい

「お金出すわよ」

「いや、母さんから10万も預かってるから無駄遣いしなければ問題ない」

「そう、ならお言葉に甘えるわ」

 主婦……いや、主夫がいる。
 運動神経抜群で学年トップクラスの成績優秀者。しかも自己評価は低いけど家事万能で顔立ちも性格も悪くない。身長が女子並みであることに目を瞑れば、お兄ちゃんもしかして優良物件ってやつなのでは?」

「ほぅ……」

「あれ、もしかして口に出てた?」

「出てたわね」

「誰が女顔のクソチビだって?」

「そ、そんなこと言ってない!言ってない!」

 お兄ちゃんの前で禁句──身長ののこと──を言ってしまった私は夕飯の後も宿題をすることになった。見たいテレビがあると言って逃げようと思ったら「見たいテレビは録画しといてやる」と先に言われてしまうし、ゲームして息抜きしたいと言えば「終わってからやればいいだろ」と真顔で言い返されてしまった。

「お姉ちゃん助けて!」

「え、真宵の言う通りでしょ?やることやってから遊びなさいよ」

 お姉ちゃんがママみたいになってしまった。
 確かに正論だと思うけど、私だって遊びたい盛りの中学生なのだ。そこら辺を考慮してくれたっていいと思う。

「暁、何か不満そうね。そんなに不満なら宿題なんてしなくていいのよ?」

「え?いいの?」

「もちろん。宿題をしない限り真宵は暁にゲームもテレビもさせないつもりみたいだけどね」
 
「…………やります」

 結局、私が宿題を全て終わらせたのは日付が変わってしばらくしてからだった。なんだかんだ言いつつ付き合ってくれたお兄ちゃんたちには感謝し……よく考えればペースを無視して宿題させられたんだから感謝する必要ないじゃない。

 おやすみ!



⚫︎夏間藍香(中学3年生)

「♪」

 私は今、真宵と一緒にショッピングモールに来ている。
 暁は留守番してくれている。
 お姉ちゃん想いで本当に良い子よね。

「藍香、暁に何か言った?」

「ほら、昨日のお夕飯の後で見たい番組があったって言ってたじゃない?」

「あぁ……毎週見てたドラマの総集編だっけ?僕も見たかったから録画しといたけど」

「そうみたいね。だから不機嫌な私と出掛けるか録画を見るか選ぶように言ったのよ♪」

「それにしては上機嫌じゃない?」

「そう?そう見えるんならそうなんでしょうね」

 そう言って真宵の片腕に抱きつくて頭を肩に乗せる。
 真宵も今となっては慣れた様子で落ち着いているけれど、小学生のの頃は顔を真っ赤にしてアタフタしていたのよね。もっと胸を押し付ければ今でもアタフタしてくれるんでしょうけど、さすがに外でそれをするのは恥ずかしい。

「今日の夕飯はカレーにしたいけどいい?」

「いいわよ。別に年末年始だからって特別なものを作る必要なんてないし」

「いや、藍香も暁もカツカレー好きだろ?昨日のチーズも余ってるし、チーズカツカレーみたいにしようと思ってる」

 そう言いながら真宵は袋詰めされたお餅や栗金団を買い物カゴに入れて行く。生鮮食品と睨めっこして新鮮なものを選ぶ姿は完全に主夫のそれだ。女子力で真宵に勝つことは既に諦めているけど、やっぱり少し悔しいわね。

「おせちでも作るの?」

「いや、それは無理。さすがに今年は買うよ」

「それもそうよね。この後はどうする?」

「家に帰ったらラーメンでも作るよ」

「じゃあ……その後?」

「その後だね」

 毎年楽しみにしている真崎家ならび夏間家の伝統行事だ。
 私と真宵の実力は五分五分。暁?あの子は単なるカモよ。

「「ただいまー」」

「おかえり。早かったじゃん、デートはいいの?」

「それじゃぁ朝帰りするから暁は明日の昼まで留守番よろしく」

「「え」」

 さすがに補導されるんじゃないかしら。
 受験を控えているのに警察にお世話されるなんて嫌よ?
 そう思って真宵の横顔を見ると普段より口角が上がっていた。どうやら暁の冗談を真に受けたフリをしてからかうようだ。

「あと買ったものは明日の夕飯に使うから。冷蔵庫に今あるもので頑張ってくれ」

「じょ、冗談っ!冗談だから!」

「……まったく」

「ほっっんと、暁も冗談は存在だけにしておきなさい?」

 お風呂から出た私たちは、民放の歌番組をBGMにして麻雀を打っていた。今年は面子が足りてないので三人麻雀だ。萬子の2~8がなくなるので私の好きな三色が作りにくいのは残念だけど、ルールだから仕方ないわよね。ちなみに北は全員の風牌扱いにしているわ。抜きドラをし始めると飜数が簡単に上がるせいでつまらないのよ。

「とーらばリーチ!」

「「ロン」」

「えぇ!?」

断么タンヤオ平和ピンフ一盃口イーペーコー、ドラは……2ね。親の満貫まんがんで12000よ」

混一色ホンイツ七対子チートイツ、ドラ1。跳満12000だ。いくら聴牌テンパイでも、それ切るのはダメだろ……」

「また飛んだぁぁ……」

 これは暁が弱いだけだ。毎局のように立直を掛けて私や真宵に振り込むのだから、大人しく黙聴ダマテンしてればいいのよ。危険牌を躊躇う事なく捨てていく押せ押せスタイルでは単なるカモだ。

「立直、混一色ホンイツ混全帯么九ホンチャン一盃口イーペーコー場配風牌タブナン、ドラ2がぁ……あ、裏ドラが東だからドラ5だったじゃん!」

「うっわ……」

「ほっっんと運だけで麻雀してるわね」

 あがられてたら数え役満だ。まぁ……西の頭待ちな上、残りの上がり牌は私の川と真宵の手牌にあるから上がれない形なのよね。

「わ、私だって少しは考えてるよ!?」

「考えた結果が危険牌の五索ウーソーを捨ててダブロンはどうかと思うわよ?思い切り私の裏筋じゃない」

「考えた結果が2連続ハコテン0点未満はどうかと思うぞ」

「も、もう一局!次こそデカイ手をあがるんだから!」

 清一色チンイツ混一色ホンイツを狙って考えなしに危険牌を捨ててくれる暁は本当にいいカモだ。ハマると強いスタイルなのは確かだけど、ハンデやペナルティでも付けないと私たちのモチベーションが尽きてしまうわね。

「次からはペナルティありにしましょう」

「え、ペナルティ!?」

「内容によるかなぁ……」

「そうね……失点2000点につき1枚、服も脱ぐのはどうかしら」

「「!!!!????」」

 真宵の裸なんてこうでもしないと見れないもの。
 それにパパが「お金を掛けたら不健全だからな。昔は脱衣麻雀っていう振り込んだら服を脱ぐってルールがあったんだ」って言っていたので不健全じゃないはずだ。
 騙されてる気もするけど私は私の欲求に素直になる!

「ノーテン罰符でも脱ぐの?」

「2人ノーテンだと1500点支払いよね……いいわ、ノーテンでも脱ぎましょう。あと私と真宵はドラ込みで5飜縛りね」

「それくらいはいいよ。ドラ抜きでもいいけど」

「それだと流局増えて飽きるもの」

「それもそっか」

 これで手が進むのが遅くなるから暁にもチャンスはあるし、真宵が暁に振り込めば一気に裸になる可能性だってある。やっちゃえ暁!

「ねぇ、お姉ちゃん。私も脱ぐの?」

「暁が脱いでも誰も喜ばないから別にいいわよ」

「妹の裸とか興味ないし」

「むぅ……いいよ、私も脱ぐ!」

 そのまま私たちは夜11時過ぎまで麻雀を続けたのだけど、結果は暁が裸になっただけだった。私と真宵は上着を脱いだ辺りからは一度も失点していない。
 暁も頑張ってはいたけれど私と真宵の配牌が良すぎた。
 最後は真宵の四暗刻単騎地獄待ちに暁が振り込んでのトビ終了だ。こればかりは仕方ない。たぶん私でも捨てていたと思う。

「もうお嫁に行けない……」

「安心しろ。そもそも貰い手がいない」

「ひどっ」

「暁はポンコツだものね」

「お姉ちゃんまで!」

「そろそろ寝るか」

「そうね」

「「「おやすみ」」」

 その夜、お互いに裸で真宵と麻雀を打っているところをパパとママに見つかって、パパが熱せられた鉄板の上で土下座しながらお好み焼きになってママに食べられる夢を見た。とんでもない初夢だ。


…………………………………


……………………………


………………………



「宵……」

 変な夢を見たせいか朝5時に目が覚めた私は、ふと衝動的に宵の顔を見たくなった。礼服ほとではないけれど部屋着としてはフォーマルな印象のある服装に着替えてから宵の部屋へと向かう。少し眠いけれど今なら可愛い寝顔が見れるはずだ。

「すぅ…………すぅ………」

 音を立てないように宵の部屋に入ると、案の定まだ真宵は寝ていた。昔はただ可愛いだけだった寝顔も今では若干の精悍さが滲み出ている。
 私が宵のことを好きなのだと自覚したのは、たぶん物心がつく前だ。幼稚園の時に発表した将来の夢が「宵くんのお嫁さん」なのは今でもパパやママから揶揄われている。
 でも、私の将来なりたいものは今も変わっていない。

「今は誰も見てないし、いいよね……」

 何度目か分からない一方的な口付け。
 宵と私は従兄弟だ。法律的に問題はなくても世間的には厳しい目で見られてしまうことくらい分かっている。

「ん……もう一回……」

 それでも私は宵を愛している。




⚫︎真崎宵(中学3年生)

「ふわぁ……さっむぅ……」

「……宵」

「ん?」

 今では懐かしい呼ばれ方をされた僕がベッドから起き上がると、藍香が僕のベッドに腰を掛けていた。服も普段のように少し着崩したようなファッションではなく、どことなく清廉な雰囲気を感じる。
 これが昨日、脱衣麻雀を提案して自分から裸になった人物と同一人物だと言われても誰も信じてくれないだろう。少なくとも僕は疑って掛かる。
 藍香は僕が起きたのを確認するとベッドから降りて正座した。

「謹んで新春をお祝い申し上げます。旧年中は大変お世話になり、誠にありがとうございました。今年は趣味の勉学に限らず、本業である恋愛においても気持ち新たにして真剣に取り組む所存でございますので、変わらぬ親交を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。本年も貴方様が御健勝で御多幸でありますよう、心からお祈り申し上げます」

「こちらこそ、昨年は大変お世話になり誠にありがとうございました。今年もよろしくお願いします」

 寝起き直後にそんな丁寧な挨拶をされても何もすぐに言葉が出てくるわけもなく、無難に返事となってしまったけれど大丈夫だろうか。
 それと聞き間違いじゃなければ藍香の趣味と本業が逆な気がする。

「兄さん、もう起きたの?あけおめー!」

「「……………………はぁ」」

「あれ?なにこの空気」

「……何でもない。あけましておめでとう、暁」

「あけましておめでとう」

 暁も軽すぎるとは思うけれど、これは藍香が丁寧過ぎるのだ。
 そんなことよりも気になったことがある。

「ねぇ……藍香」

「なに?」

「いつからいたの?」

「少し前からよ」

「私が起きた時にはお姉ちゃん布団畳んであったから、たぶん1時間くらい前にはいたんじゃない?」

「ったく、こんな冷えてるのに1時間もいたら体調崩すよ?」

「……寝顔を鑑賞してたから問題ないわ」

 僕の寝顔って鑑賞されるほど変顔なのか。
 新年早々、知りたくないことを知ってしまった。

「まぁ……それはいいけど、ストーブくらい付けなよ」

「嫌よ、そんなことをしたら抱きつけないでしょ?」

 そう言って僕に抱き着いてくる藍香。やっぱり1時間も寒い部屋にいたせいか藍香の身体は少し冷たい。ベッドに倒れ込んだ僕は藍香の背中に手を回し──カシャ。
 ……カシャ?

「こら暁、撮んなよっ!」

「妹ガン無視でベッドで抱き合う兄さんたちが悪いと思います!」

「真宵の身体、温かくて気持ちいい……」

「ほんとっ!? じゃあ私も!」

「来んな! ほら、藍香もどいて。着替えられないじゃん」

「……………」

「藍香?」

「…………………」

「藍香お姉ちゃん?」

「……すぅ……すぅ……」

「寝てるな」

「寝てるね」

 僕に抱き着いたまま寝息を立てる藍香を無理に剥がすのも躊躇われたので、ゆっくりと僕のベッドに寝かせることにした。掛け布団を掛けて後ろを振り返ると暁がニマニマと苦笑いしていた。

「愛だねー」

「何か言った?」

「なんでもない。ご飯、お姉ちゃん起きるまで待つよね?」

「そうだな」

「私、門松出してくるね。ごゆっくりー♪」

 言うが早いか僕が反応した時には暁は既に部屋から出ていた。
 残されたのは気持ち良さそうな寝息も立てる藍香と僕。

「…………ったく、要らん世話焼きやがって」

「すぅ……すぅ……」

「…………」

 藍香の寝顔を見るのも久しぶりだ。
 いつも寝起きしている僕の部屋の非日常的な光景。

「ま、何にしても着替え……って……藍香?」

「…………ん」

 着替えるようとベッドから離れようとした僕のパジャマの端を藍香の綺麗な手が掴んでいた。たぶん、暁はこれを見てニマニマしてたんだろう。

「まぁ……いっか」

 空腹に耐えかねた暁が乱入して藍香が起きてしまうまで、僕はベッドに腰掛けて藍香の寝顔を1時間ほど眺め続けた。

「なんで、今年はお汁粉ないの!?」

「買ってないし、作ってないからな。僕も藍香も粒あん苦手だし」

「じゃぁ……お雑煮?」

「だな。出汁は……煮干しと昆布だしでいいか。今から作るから2人はテレビでも見てて」

「はーい」

「手伝うわよ」

「ありがと」

「夫に料理を任せるようなお嫁さんになりたくないし」

「ん?」

「なんでもないわ」

 お嫁さんねぇ……藍香なら余裕でなれるだろう。
 こう言う時、難聴系ラブコメ主人公ならボケるだけで済むんだから卑怯だよな。暁のクラスメイトにもラブコメ主人公(笑)がいるらしいけど、その彼を好きな子以外からは蛇蝎のごとく嫌われているらしいし。顔も名前も知らないが、うちのクラスまで聞こえてきた噂では難聴系というよりは自己陶酔系と言った方がよさそうな感じだった。

「あははははっ」

 リビングから暁の笑い声が聞こえる。
 どうやらバラエティー番組を見ているようだ。
 空腹から文句を言い出す前に作ってしまいたい。

「暁、おもちは何個食べるー?」

「んー、2個!」

「藍香、昨日買ってきたおせち出してくれる?」

「何処だったかしら……」

「ワインセラーの前にない?」

「あった。暁、テーブルの上におせち置くから拭いてくれない?」

「わかったー」

 そんなこんなで朝食を食べた僕らは一昨日から藍香が寝起きしている客間で書初めをすることになった。今年の抱負を適当に書けばいいだけなんだけど、やっぱり書くからには綺麗に書きたいので何度か練習してから清書する。

「出来た!」

「え、暁……それが今年の抱負なの?」

「別にいいじゃん!」

「まぁ……暁がいいならいいか」

「無駄に達筆なのが腹立つわね」

「ひどっ」

 暁の書いた今年の抱負はなんと『自暴自棄』だ。
 僕の知ってる限りだと一年の抱負にするような言葉ではなかったはずだ。いったい何をどう思ってそれを選んだのやら。

「私も出来たわ」

「お姉ちゃん、なんで権謀術数?」

「去年の私は色々と甘いところが多かったから、今年は目的のためなら手段をなるべく選ばないようにしようと思ったのよ」

「な、なるほど……」

 僕は藍香らしい抱負だと思う。
 ただ心配なのは、それを学校に提出したらどうなるかだ。また先生たちの胃にダメージが入るたけか。卒業間近だというのに何かやらかすんじゃないかという疑心暗鬼に陥る姿が容易に想像できる。
 生徒会顧問の池田先生、また胃潰瘍にならないといいけど……

「兄さんは?」

「僕?無難に極楽蜻蛉ごくらくとんぼにしたよ」

「どう言う意味なの?」

「何も考えないで呑気に過ごすこと、だったかな」

「へぇ……兄さんらしい」

 書くだけならタダだ。藍香と同じ学校に進学する以上は何かしらトラブルに巻き込まれてるから達成は絶望的と言っていい。同中の生徒が多ければ別だけど、うちの中学から深森高校へ進学する生徒数は例年だと2~3人、今年は出来が良いらしいけど5人いれば多い方だろう。
 これでは藍香の中学時代の噂は流れないだろう。藍香も入学直後からトラブルを大きくする事は控えるだろうけど、2~3ヶ月も保てば御の字ってところだろうか。

「真宵、実は去年から練習してたでしょ。上手くなりすぎよ」

「ははは、バレた? 2人とも字が綺麗だから見栄を張りたかったんだよ」

 3人とも書き終えたので片付けを始める。
 去年の書初めの文字が2人と比べて下手くそだった。それが悔しくて母さんにお願いして通信教育を受けさせて貰っていたのだ。この書初めはその成果と言える。以前の文字が汚すぎただけとも言えるかもしれないけれど、たった3ヶ月で文字がこんな綺麗に書けるようになるとは思わなかった。

「真宵たちは初詣どうする?」

「家の神棚で十分かな」

 神さまに祈ったところで叶えて貰えるわけではない。
 祈るっていうのは自分の願望を言葉にする行為だ。それを達成するまでの道程を想像しやすくなるので無駄な行為だとは思わないけれど、結局は自力で何とかするしかないと僕は思ってる。

「神さまに祈ったところで志望校に合格できるわけでもないものねー」

「だねぇ……おみくじは引いてみたいけど、そのために行く気力はないなぁ……」

「私は明日、朱莉と初詣行く約束してるから今日は行かないー」

 来年度、高校生になれば父さんたちと約束していた配信禁止令が解かれる。僕としては楽しくゲームをできれば配信の有無は今更問題じゃない。けど、なんだかんだ言って藍香は僕と配信したがるだろうから1年経たずに配信再開するんじゃないかな。
 あぁ……だから権謀術数なのか。それが藍香の望みなら素直に巻き込まれてしまおう。そっちの方が絶対に楽しいのだから。


───────────────
お読みいただきありがとうございます。
時系列的には本編開始の約8ヶ月前になります。

ボスニア・ヘルツェゴビナ
面積は九州、気候は長野県のそれに近い国。
1992年3月に旧ユーゴスラビアから独立。
首都サラエボを中心に中世の建物が多く残されている。
ボスニア在来種ブラナツのワインはオススメ。
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 「この騎士団に、事務員はいらない。ユーリ、お前はクビだ」リグリア王国最強の騎士団と呼ばれた黒葬騎士団。そこで自らのスキル「書記」を生かして事務仕事に勤しんでいたユーリは、そう言われ騎士団を追放される。  さらに彼は「四大貴族」と呼ばれるほどの名門貴族であった実家からも勘当されたのだった。  失意のまま乗合馬車に飛び乗ったユーリが辿り着いたのは、最果ての街キッパゲルラ。  彼はそこで自らのスキル「書記」を生かすことで、無自覚なまま成功を手にする。  そして彼のスキル「書記」には、新たな能力「命名」が目覚めていた。  彼はその能力「命名」で二人の獣耳美少女、「ネロ」と「プティ」を生み出す。  そして彼女達が見つけ出した伝説の聖剣「エクスカリバー」を「命名」したユーリはその三人の家族と共に賑やかに暮らしていく。    やがて事務員としての仕事欲しさから領主に雇われた彼は、大好きな事務仕事に全力に勤しんでいた。それがとんでもない騒動を巻き起こすとは知らずに。  これは事務仕事が大好きな余りそのチートスキルで無自覚に無双するユーリと、彼が生み出した最強の家族が世界を「書き換えて」いく物語。  火・木・土曜日20:10、定期更新中。  この作品は「小説家になろう」様にも投稿されています。

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