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本編
第50話 アイはカモを絞めたい。
しおりを挟む⚫︎マヨイ
藍香はテコに到着したタイミングで配信を終了した。
リスナーに見られている状態で"錯乱"の状態異常になるのが恥ずかしいと言っていたが、それが本当なのかは本人のみぞ知るというやつだ。
配信を終了した藍香と何やら険しい表情をしているオリオンさんとテコの組合へ向かう。
「あれ"流星群"の人たちじゃない?」
「揉めてる?」
僕らはテコの組合らしき建物が見える距離まで来たところで、その入り口付近で何やら揉めているらしいシブンギさんたちを見つけてしまった。
相手は4人、服装からしてプレイヤーだろう。その中には意外なことにクレアちゃんもいた。
「あそこにいる女の子、この籠手と短剣を作ってくれた子なんだよ。他人と口論するような性格には見えなかったけどなぁ……」
「小動物っぽくて可愛いわね。どうする?」
「口を出したいところだけど、さすがに事情が分からないから様子見かな」
「待ってる」
ここで"流星群"に所属しているオリオンさんと一緒に行けばトラブルの種になりそうだ。本人もそれを分かっているからか同行せず近くの店に1人で入って行った。
これは解決したら呼びに来いってことかな?
とりあえず首を突っ込む前に掲示板で情報収集だ。
「……なるほど。私たちへの報酬を払うためにアルテラとテコにある素材屋で木材を買い占めてたのね。アルテラの方は昨日の時点で買い占めてられていたそうだから元からそういう計画だったのかしら」
「木材の在庫なら僕ら結構な量あるよね?あの子に渡そうとかなって思ってたけど、他のプレイヤーから嫉妬されそうだし素材屋に持ってく?」
「ちょっとお灸を据えてあげるべきよ。その装備を作ってくれた子のために何本か残して、余った木材は"流星群"以外に売り捌いてしまいしょう。でも素材屋って1つの素材を購入できる上限が決まってなかった?」
「なんか"流星群"のメンバー以外にも住人を買収して木材を買い占めたらしいね。転売禁止と譲渡禁止の設定をした上で売り捌けば一応の効果はありそう。60本くらい取っておきたいから残りを渡すね」
「売れた金額は私と真宵で1:4にするわよ」
「いや、そこは折半でいいよ」
「切ったのは真宵なんだからダメよ」
藍香は他人の労力で楽をするのが好きじゃない……と主張している。たしかに周りを利用して目的を果たそうとする側面もあるけれど、公明正大な人間でありたいと思っている節があるのも事実だ。
なので今回も彼女の心意気に僕は折れることにした。
「……分かった」
「ありがとう。早く行きましょうか」
「交渉はどっちがしようか」
今回の場合、僕が交渉するよりも藍香が交渉した方が着地点も見つけやすいと思う。僕なら開口一番に「大量に伐採した木材をプレイヤーに格安で流すよ。なんなら追加で伐採してきてもいい」と脅す。"流星群"からすれば早く資金を集めたい状況で大損するのだから止めて欲しいはずだ。そして買い占めた木材を僕らと同じ値段でプレイヤーに売るように仕向ければいい。
買い占めたことを知らないプレイヤーからの印象は大して変わらないか少し良くなるかのどちらかだろうし、買い占めを知っているプレイヤーも溜飲を下げる者が大半のはずだ。
イメージを大切にしたい今の彼らなら断らないだろう。
「私がするわ。木材を買い占めてるって予想できてたのに確認を怠った罪滅ぼしがしたいのよ」
「なるほど……で、本音は?」
「オリオン以外の"流星群"は消えてもいいと思ってる」
でも契約書には……あれ、オリオンってサインした?
記憶にないな。複数名のサインが必要な契約書、それに名前は書いてあるけどサインしてない場合はどんな処理になるんだ?
契約書は完全に無効になるのか、それとも一部は有効になるのか、とても気になるところだ。まぁ……藍香にも考えがあるんだろうから任せちゃっていいよね。
「ほどほどにね」
「えぇ……生かさず殺さずに留めておくわ」
違う。そうじゃない。
プロゲーマーは仕事でゲームしてるんだ。今回のように他のプレイヤーに対して有利になるよう立ち回るのはルール違反ではない。単純にサービス開始直後ということで悪目立ちしやすく、比較対象になりそうなプロゲーマーたちが過激な行動を控えているせいで悪目立ちしているだけだろう。
だから穏便にいこうね、って言いたかったんだ。
「クレアちゃん、こんにちは」
「あ、お兄さん。こんにちは」
「ちょっと加工関係の事で相談があるんだけどいいかな」
「はい!……っえっと、ロザエルさん。お兄さんが来たから作業場に戻りますね」
「分かった。わざわざ顔を出してもらって悪かったね」
「大丈夫です。私も木材がないのは困りますから」
クレアちゃんは数合わせていただけらしい。
"流星群"に限らず集団というのはいるだけで周囲に圧力を掛けられる雰囲気を持っている。このロザエルというプレイヤーは"流星群"と話すために組合にいた加工関係のプレイヤーに声を掛けたんだろう。
藍香も早々に話を切り上げて組合に入るようなので中で合流しよう。
⚫︎ アイ
"流星群"の交渉役らしいレオはダイマルという禿髪の男性プレイヤーと話し合っていたので、仕方なくシブンギに話し掛けることにした。
決してカモにするつもりなんてない。ないのよ?
そうだ、念のために録画しておきましょう。
「シブンギ、さっき振りね。どうしたの?」
「あぁ……アイくんか。いやね、君たちとの約束を守るために資金を集めようとして彼らとトラブルになってしまったんだよ」
案の定、木材を買い占めた理由に私たちを使ってきた。
イメージダウンを避けたいのが手に取るように分かる。
もしかしたら私たちに対する意趣返しという意味もあるかもしれないけれど、それは悪手としかいいようがないわ。
「ダウト。アルテラでの木材の買い占めは昨日の夕方から問題になっていたわ」
「あぁ……そうだったかな。私たちの資金が潤えば君たちへ払う賃金も早く払えるのだ。邪魔しないでもらいたいね」
私たちに責任を被せようとしたことへの謝罪すら出来ないのね。生かさず殺さず搾取するつもりだったけど、これなら消えてもらった方が私たちの精神衛生上いいかもしれない。
「分かったわ。邪魔したわね」
それだけ言い残して私は録画を止めてテコの組合に入った。
ひとまずオリオンに今の会話の内容を伝えておきましょう。
『オリオン。アイよ』
『どうだった?』
『決裂したわ。私と真宵に買い占めの責任を被せたいみたいね』
『……馬鹿シブンギ』
流星群──というかシブンギ──の木材の買い占めは加工系をメインに遊んでいるプレイヤーや彼らと交流のあるプレイヤーとの間に軋轢を生む行為だけど、彼の執った手段は資金集めの効率だけを考えれば決して悪手ではない。ただし、いずれば無関係なプレイヤーからも顰蹙を買うのが目に見えている。
シブンギがああ主張している以上は私たちにとっても他人事ではない。いっそ流星群をゲーム内から追い出してしまいたいくらいだ。そのための仕込みは偶然ではあるけど既に済んでいる。詳しい事情を伏せて流星群と敵対関係になることオリオンに伝えると「手加減して」という返事が返ってきた。
「……手加減はするけど勢い余って潰しちゃっても許してくれるかしら?」
───────────────
お読みいただきありがとうございます。
文脈のおかしな部分を修正しました。
2021/3/21
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