上 下
38 / 228
本編

第26話 マヨイは練習に付き合う。

しおりを挟む

「お兄さん!」

「早いね、クレアちゃん。僕が最初だと思ったのに」

 噴水のある広場に到着した僕を見つけてクレアちゃんが駆け寄ってきた。まだ待ち合わせの時間には少し早いのだけど、クレアちゃんは僕より先に来ていたようだ。

「えへへ、我慢できなくてアカちゃんと電話してすぐログインしちゃいました」

「え、ずっと待ってたの?」

「お兄さんから貰った素材の整理や露店の申請もしたからここに着いたのはついさっきです」

「露店って申請が必要なんだね。てっきり適当に風呂敷広げてやるもんだとばかり思ってた。あ、あそこのベンチが空いてるから移動しようか」

 往来の激しい広場と大通りの境で立ち話というのは悪目立ちしてしまうだろう。人の目も気になるし、ベンチ付近の会話は他のプレイヤーには聞こえないようになっているらしい。他のベンチで話ているプレイヤーの声が全く聞こえてこないことからの推測に過ぎないけれど。

「はい!まだ実際に見たことはないですけど、組合で申請しないと兵隊さんに連れてかれちゃうみたいです」

「へぇ……兵隊さん、街の衛士か何かかな?」

「それは分からないです。でも実際に見た人は騎士みたいだったって掲示板に書いてました」

 騎士か衛士か自警団かは分からないけど、組合を通さない露店には何らかのペナルティが下されることだけは分かった。あとで罰則の内容など詳しい情報がないか掲示板を覗いて確認しておいた方が良さそうだ。

「そういえば商人の素質ってメリット少なそうなイメージだけど何ができるの?」

「契約書作成っていうのが作れるスキルを覚えました。約束と約束を破った時の罰を決められるスキルです!」

「それは……」

 詐欺行為が流行りそうだね、と言うのをこらえる。便利そうなスキルを覚えたと喜んでいるクレアちゃんに水を差す必要はないだろう。
 もし契約書作成の噂が広まれば、詐欺行為だけじゃなく様々な悪質行為が横行するだろう。運営の対処次第では商人の素質を持っているだけで詐欺師だと言われてしまう環境になるかもしれない。ここの運営は対応が早いのでそこまでの事態にはならないと思うけど。

「それは?」

「……コミュ力が試されそうなスキルだね」

「そ、そうですね……選ぶスキル間違えちゃったかなぁ……クラスの男の子とは目も合わせられないし、女の子だって初めて会う人は怖いし……」

 クレアちゃんの場合は慌てた時にどもる癖さえ治せばコミュニケーション能力に問題はないだろう。基本的に明るい子だし、仮想ゲームのアバターだけでなく現実リアルの容姿も整っている。今のままでも中学男子くらいなら適当に笑顔を向けてお願いするだけで大抵は何とかなるだろう。
 少し前まで中学男子だった僕が言うんだ。間違いない。

「なら練習だと思ってアカトキが来るまで僕とお喋りしてよっか」

「え、は、はい!お願いしみゃしゅ」

 普通に会話できる僕を相手にして意味があるかは分からないけど、落ち込んだ状態からは脱却できたみたいだ。それにしてもVRなのに顔の色が真っ赤になるってどういう仕組みなんだ……?

……………………………………


……………………………


……………………


 それから10分近くクレアちゃんと話して話題も尽きようとした頃、ようやく暁がやってきた。そうは言っても時間は3時6分なので暁が遅かったというより僕らが早すぎただけだ。遅刻には変わりないが。

「兄さん、クレアも、ちょっと早すぎない?」

「遅刻するよりはマシだ。まったく、少しは時間に余裕を持って行動しろよな」

 父さんもそうだけど、暁は少し時間にルーズなところがある。どうせ言っても聞かないだろうけど、一応は注意しておく。

「いいじゃん、少しくらい」

「僕に遅れるなと念を押したのは誰だったかな?」

「うっ」

「お兄さんも、それくらいで……でも時間にルーズなのはアカちゃんの悪いとこだよ」

 仲裁と見せ掛けてトドメを刺した!?
 クレアちゃん、わりと思ったことをストレートに言う時があるよね。

「ごめんって。ほら、早く移動しようよ」

「アルテラ大森林を抜けた先にあるっていうソプラの街を目指すってことでいいの?」

「えっと、それなんですけど……北の草原の更に奥に山が見えますよね。あの麓にテコっていう金属加工で有名な街があるみたいなんです。アカちゃんの装備も作りたいですし、ソプラの街へ行くとクラスメイトと会うかもしれなくて……」

 暁の話を聞く限りではクラスの雰囲気は良さそうなのにクレアちゃんはクラスメイトと会いたくないのか。何か事情があるんだろうけど、友達の兄でしかない僕が口を出すのもお門違いだろう。

「別にクラスメイトからイジメを受けてるとかじゃないの。ちょっと前にクレアに告った身の程知らずがいてさ、クレアはバッサリと断ったんだけど未練たらたらなのよ」

「あー、そいつと会うと気まずくなるから人が多いところは避けたいのか」

 どうしたものか悩んだのを察したわけではないだろうけど、暁が事情を話してくれた。その男子はクラスどころか校内でも有名なイケメンで月に1~2回は告られているほどモテるらしい。ただ性格に難があるのでクラスでは少し浮いているとか。
 暁の話では彼──ミネムラユウジというそうだ──は昼休みの教室で告白したらしく、まるでクレアちゃん振られるとは思ってない様子だったらしい。振られたにも関わらず彼氏面をして何かとクレアちゃんの言動に口を挟んでくるとか。
 たしかにクレアちゃんからすれば会いたくないだろう。

「うちのクラスメイトじゃないけど、いつも彼女面してる人たちとパーティ組んでるみたい。それでもってゲームの腕も平均よりは上手いらしいから調子乗ってるみたいなのよね」

「その人たち、わたし何もしてないのに嫌われてるみたいで、いつも睨んでくるから怖くて……」

 その彼女面しているらしい人らのことは知らないけど、暁とクレアちゃんの話を聞く限りクレアちゃんを睨むのは単なる嫉妬だろう。

「それじゃ北の草原、その更に北を目指すってことで。兄さんもいいよね」

「構わないけど、行くなら早く行こうか」

「どうしてですか?」

「ほら、あそこ」

 僕が視線を向けた先には3人の女性プレイヤーに囲まれた戦士風の男性プレイヤーがいた。その男性を囲む女性プレイヤーの1人が先ほどから僕ら、厳密にはクレアちゃんを何度もチラ見しては睨んでいるのだ。
 男性プレイヤーの名前はユウジ。プレイヤー人口からすれば相当に低い確率ではあるが、状況的に間違いなく問題のストーカー君だろう。

───────────────
お読みいただきありがとうございます。

 待ち合わせもなく知り合いとMMOで会うなんて普通ありえません。しかし、一方的に見つけることは極々稀にあります。
 主にプレイヤー名やコメントなどからバレたりします。私が経験したのは前者でしたが、知らぬ存ぜぬで通しました。皆さんもお気をつけください。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

Select Life Online~最後にゲームをはじめた出遅れ組

瑞多美音
SF
 福引の景品が発売分最後のパッケージであると運営が認め話題になっているVRMMOゲームをたまたま手に入れた少女は……  「はあ、農業って結構重労働なんだ……筋力が足りないからなかなか進まないよー」※ STRにポイントを振れば解決することを思いつきません、根性で頑張ります。  「なんか、はじまりの街なのに外のモンスター強すぎだよね?めっちゃ、死に戻るんだけど……わたし弱すぎ?」※ここははじまりの街ではありません。  「裁縫かぁ。布……あ、畑で綿を育てて布を作ろう!」※布を売っていることを知りません。布から用意するものと思い込んでいます。  リアルラックが高いのに自分はついてないと思っている高山由莉奈(たかやまゆりな)。ついていないなーと言いつつ、ゲームのことを知らないままのんびり楽しくマイペースに過ごしていきます。  そのうち、STRにポイントを振れば解決することや布のこと、自身がどの街にいるか知り大変驚きますが、それでもマイペースは変わらず……どこかで話題になるかも?しれないそんな少女の物語です。  出遅れ組と言っていますが主人公はまったく気にしていません。      ○*○*○*○*○*○*○*○*○*○*○  ※VRMMO物ですが、作者はゲーム物執筆初心者です。つたない文章ではありますが広いお心で読んで頂けたら幸いです。  ※1話約2000〜3000字程度です。時々長かったり短い話もあるかもしれません。

【完結】Atlantis World Online-定年から始めるVRMMO-

双葉 鳴|◉〻◉)
SF
Atlantis World Online。 そこは古代文明の後にできたファンタジー世界。 プレイヤーは古代文明の末裔を名乗るNPCと交友を測り、歴史に隠された謎を解き明かす使命を持っていた。 しかし多くのプレイヤーは目先のモンスター討伐に明け暮れ、謎は置き去りにされていた。 主人公、笹井裕次郎は定年を迎えたばかりのお爺ちゃん。 孫に誘われて参加したそのゲームで幼少時に嗜んだコミックの主人公を投影し、アキカゼ・ハヤテとして活動する。 その常識にとらわれない発想力、謎の行動力を遺憾なく発揮し、多くの先行プレイヤーが見落とした謎をバンバンと発掘していった。 多くのプレイヤー達に賞賛され、やがて有名プレイヤーとしてその知名度を上げていくことになる。 「|◉〻◉)有名は有名でも地雷という意味では?」 「君にだけは言われたくなかった」 ヘンテコで奇抜なプレイヤー、NPC多数! 圧倒的〝ほのぼの〟で送るMMO活劇、ここに開幕。 ===========目録====================== 1章:お爺ちゃんとVR   【1〜57話】 2章:お爺ちゃんとクラン  【58〜108話】 3章:お爺ちゃんと古代の導き【109〜238話】 4章:お爺ちゃんと生配信  【239話〜355話】 5章:お爺ちゃんと聖魔大戦 【356話〜497話】 ==================================== 2020.03.21_掲載 2020.05.24_100話達成 2020.09.29_200話達成 2021.02.19_300話達成 2021.11.05_400話達成 2022.06.25_完結!

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

現実逃避のために逃げ込んだVRMMOの世界で、私はかわいいテイムモンスターたちに囲まれてゲームの世界を堪能する

にがりの少なかった豆腐
ファンタジー
この作品は 旧題:金運に恵まれたが人運に恵まれなかった俺は、現実逃避するためにフルダイブVRゲームの世界に逃げ込んだ の内容を一部変更し修正加筆したものになります。  宝くじにより大金を手に入れた主人公だったが、それを皮切りに周囲の人間関係が悪化し、色々あった結果、現実の生活に見切りを付け、溜まっていた鬱憤をVRゲームの世界で好き勝手やって晴らすことを決めた。  そして、課金したりかわいいテイムモンスターといちゃいちゃしたり、なんて事をしている内にダンジョンを手に入れたりする主人公の物語。  ※ 異世界転移や転生、ログアウト不可物の話ではありません ※  ※修正前から主人公の性別が変わっているので注意。  ※男主人公バージョンはカクヨムにあります

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

病弱な私はVRMMOの世界で生きていく。

べちてん
SF
生まれつき体の弱い少女、夏凪夕日は、ある日『サンライズファンタジー』というフルダイブ型VRMMOのゲームに出会う。現実ではできないことがたくさんできて、気が付くとこのゲームのとりこになってしまっていた。スキルを手に入れて敵と戦ってみたり、少し食事をしてみたり、大会に出てみたり。初めての友達もできて毎日が充実しています。朝起きてご飯を食べてゲームをして寝る。そんな生活を続けていたらいつの間にかゲーム最強のプレイヤーになっていた!!

「unknown」と呼ばれ伝説になった俺は、新作に配信機能が追加されたので配信を開始してみました 〜VRMMO底辺配信者の成り上がり〜

トス
SF
 VRMMOグランデヘイミナムオンライン、通称『GHO』。  全世界で400万本以上売れた大人気オープンワールドゲーム。  とても難易度が高いが、その高い難易度がクセになると話題になった。  このゲームには「unknown」と呼ばれ、伝説になったプレイヤーがいる。  彼は名前を非公開にしてプレイしていたためそう呼ばれた。  ある日、新作『GHO2』が発売される。  新作となったGHOには新たな機能『配信機能』が追加された。  伝説のプレイヤーもまた配信機能を使用する一人だ。  前作と違うのは、名前を公開し『レットチャンネル』として活動するいわゆる底辺配信者だ。  もちろん、誰もこの人物が『unknown』だということは知らない。  だが、ゲームを攻略していく様は凄まじく、視聴者を楽しませる。  次第に視聴者は嫌でも気づいてしまう。  自分が観ているのは底辺配信者なんかじゃない。  伝説のプレイヤーなんだと――。 (なろう、カクヨム、アルファポリスで掲載しています)

40代(男)アバターで無双する少女

かのよ
SF
同年代の子達と放課後寄り道するよりも、VRMMOでおじさんになってるほうが幸せだ。オープンフィールドの狩りゲーで大剣使いをしているガルドこと佐野みずき。女子高生であることを完璧に隠しながら、親父どもが集まるギルドにいい感じに馴染んでいる…! ひたすらクエストをやりこみ、酒場で仲間と談笑しているおじさんの皮を被った17歳。しかし平穏だった非日常を、唐突なギルドのオフ会とログアウト不可能の文字が破壊する! 序盤はVRMMO+日常系、中盤から転移系の物語に移行していきます。 表紙は茶二三様から頂きました!ありがとうございます!! 校正を加え同人誌版を出しています! https://00kanoyooo.booth.pm/ こちらにて通販しています。 更新は定期日程で毎月4回行います(2・9・17・23日です) 小説家になろうにも「40代(男)アバターで無双するJK」という名前で投稿しています。 この作品はフィクションです。作中における犯罪行為を真似すると犯罪になります。それらを認可・奨励するものではありません。

処理中です...