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本編
第6話 マヨイは試練を受ける。
しおりを挟む「──ってて……」
何で僕は何もないところで転んだ?
立ち上がって再び歩き出そうと踏み出した足が僕の想定よりもスムーズに動いたことで原因が分かった。
「これ、慣れないと戦闘どころか街を歩いてても転ぶぞ」
これは新しく習得した【灰の神威】のせいだ。
厳密には【灰の神威】に含まれる移動速度+100%が原因だ。それなりに違和感のあった思考と身体の動きのズレが今はほとんどない。
僕が移動速度+100%に慣れるまで時間はそこまで掛からなかった。
「おぉ!?やっぱ想像通りに身体が動くと気持ちいいな!」
主観視点でアバターを思考した通りに操作するタイプのVRMMOを没入型VRMMOと呼ぶらしい。とはいえ僕のようにVRMMOとひとまとめにしてしまう人が大半だ。
そんな没入型VRMMOのアバターは基本的に思考入力で操作するのだけど、人間というのは普段は思考してから動くより反射もしくは無意識で身体を動かす事の方が多い。だから思考だけでアバターを動かすと満足に歩くこともできなくなるのが普通だ。むしろ、思考だけでアバターを動かせる極々少数の人は異端や狂人と言われるだろう。
その無意識で動かしている部分を補うことで思考入力でもアバターを満足に動かせるようにするのが"Continued in Legend"にも搭載されている思考入力操作補助機能だ。
しかし"Continued in Legend"に搭載されているそれは本当に必要最低限のもので、思考に対するレスポンスと実際のアバターの動きに僅かなズレがあった。そして他のゲームではオンオフが可能な場合の多い思考入力補助機能をこのゲームではオフにできなかった。
僕のように思考だけでアバターを操作できる狂人からすれば勝手に身体が動くので凄く鬱陶しかったのだ。それが移動速度+100%の副産物として思考入力操作補助機能のオンオフの自動切り替えが解禁されたことで、鬱陶しさから解放されたのだ。
「これならフォレストボアの突進も余裕で回避できる」
あの意味不明な奇襲以外は。
絶対にリベンジしてやる。
…………………
……………………………
…………………………………
それから僕は自身の性能を確認するためにスキルの試射や簡単な運動を行った。
基本スペックが軒並み向上したが戦闘になった時の選択肢は多くない。しかし、遠くから魔力弾を撃って当て続けながら回避行動を取れるようになったことが分かったことは非常に大きい。
これなら猪の突進を前にした時、撃つか避けるかで迷う必要がなくなる。
「そろそろ進むか」
僕が今いる空洞のような場所を探索スキルで探ってみたところ、下に降るように続く横穴が1ヶ所だけ見つかった。
他に道はなさそうなので進むしかないが、このクエストを受注する原因となったと思われる覚醒もしくは素質の強さを考えると出現するも相当手強そうだ。
気を引き締めて進むとしよう。
──なんて意気込んでいたのに、だ。
敵が現れないのだ。
迷路のような複雑な構造をしているわけでもなく、今のところは螺旋状に下へ降っていくだけ。
それでも念のため探索スキルを使い続けている。森で不意打ちを受けたばかりなので不意打ちを警戒しすぎているのかもしれないが、それでも不意打ちを貰って後悔するよりはマシだ。
僕は探索スキルによって発見した蝙蝠のような生物を魔力弾の的にすることで無聊を慰めながら進む。
おかげで魔力弾の扱いにも慣れ、数値的ではない戦闘力は確実に向上した……と思う。
「あれは……ボス部屋かな?」
いかにも『この先には強敵がいます』と言っているような重厚な印象を受ける門。道はここで行き止まりのようで、進むには門を潜るしかなさそうだ。
しかし、僕の魔力は蝙蝠を的にしすぎて最大値の2割弱まで減っている。あるかもしれないボス戦に備えて回復させるべきだろう。ありがたいことに自然回復速度は1秒間に魔力最大値の1%と決まっているので1分20秒もあれば最大値まで回復するだろう。
「よし、行くか……ん?」
◼︎Danger:Apostle of Blue God
最速の使徒の異名で知られた蒼神の使徒。
彼女に認められる手段はもはや1つしかない。
最速を凌駕することで力を示せ。
挑戦しますか YES/NO
「無理ゲーの匂いがするなぁ……」
敵の前情報が与えられるボスは大抵強いか面倒くさい。
特に気になるのは説明にある"最速の使徒"と"力を示せ"の2つだ。
前者はおそらく敵の特徴を示している。しかし、最速にも様々な種類がある。最初に思いつくのは移動速度だが灰の神威の効果に"移動速度+100%"が含まれている。完全な上位互換でなければ別の速度のことだ。可能性が高いのは単純な攻撃速度か何らかのスキルの特徴を示しているかのどちらか、もしくは両方だろう。
そして後者の"力を示せ"は戦闘の終了条件のはずだ。
その条件は彼女=ボス(推定)に認められることで、その手段は"最速を凌駕すること"のみらしい。この凌駕というのは単に勝利することなのか、僕がボスの速度を上回る何かをしなければならないのか、そこら辺はヒントが少なすぎて判断に迷うところだ。
「とはいえ、リタイア禁止なんだなら進むしかないんだけどね……」
僕はYESをタップして門を押した。
門の先は最初の空間と似たドーム状の空洞だった。
こちらの方が少し広いだろうか。
──バタンッ
門を潜って数歩歩いたところで門がひとりでに閉じた。
昔のRPGでお馴染みの『ボスからは逃げられない』というやつだろう。
初見で強大な敵と戦うことには慣れているけれど、だからといって不意打ちのようなこれを許容できるかは別問題だ。
ふざけんな、運営!
───────────────
お読みいただきありがとうございます。
文脈のおかしな箇所を修正しました(2020/11/27)
細かな矛盾点を修正しました(2020/11/27)
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