上 下
16 / 228
本編

第6話 マヨイは試練を受ける。

しおりを挟む

「──ってて……」

 何で僕は何もないところで転んだ?
 立ち上がって再び歩き出そうと踏み出した足が僕の想定よりもスムーズに動いたことで原因が分かった。

「これ、慣れないと戦闘どころか街を歩いてても転ぶぞ」

 これは新しく習得した【灰の神威】のせいだ。
 厳密には【灰の神威】に含まれる移動速度+100%が原因だ。それなりに違和感のあった思考と身体の動きのズレが今はほとんどない。
 僕が移動速度+100%に慣れるまで時間はそこまで掛からなかった。

「おぉ!?やっぱ想像通りに身体が動くと気持ちいいな!」

 主観視点でアバターを思考した通りに操作するタイプのVRMMOを没入型VRMMOと呼ぶらしい。とはいえ僕のようにVRMMOとひとまとめにしてしまう人が大半だ。

 そんな没入型VRMMOのアバターは基本的に思考入力で操作するのだけど、人間というのは普段は思考してから動くより反射もしくは無意識で身体を動かす事の方が多い。だから思考だけでアバターを動かすと満足に歩くこともできなくなるのが普通だ。むしろ、思考だけでアバターを動かせる極々少数の人は異端や狂人と言われるだろう。

 その無意識で動かしている部分を補うことで思考入力でもアバターを満足に動かせるようにするのが"Continued in Legend"にも搭載されている思考入力操作補助機能だ。

 しかし"Continued in Legend"に搭載されているそれは本当に必要最低限のもので、思考に対するレスポンスと実際のアバターの動きに僅かなズレがあった。そして他のゲームではオンオフが可能な場合の多い思考入力補助機能をこのゲームではオフにできなかった。

 僕のようにアバターを操作できる狂人プレイヤーからすれば勝手に身体が動くので凄く鬱陶うっとうしかったのだ。それが移動速度+100%の副産物として思考入力操作補助機能のオンオフの自動切り替えが解禁されたことで、鬱陶しさから解放されたのだ。

「これならフォレストボアの突進も余裕で回避できる」

 あの意味不明な奇襲以外は。
 絶対にリベンジしてやる。


…………………


……………………………


…………………………………


 それから僕は自身の性能を確認するためにスキルの試射や簡単な運動を行った。
 基本スペックが軒並み向上したが戦闘になった時の選択肢は多くない。しかし、遠くから魔力弾を撃って当て続けながら回避行動を取れるようになったことが分かったことは非常に大きい。
 これなら猪の突進を前にした時、撃つか避けるかで迷う必要がなくなる。

「そろそろ進むか」

 僕が今いる空洞のような場所を探索スキルで探ってみたところ、下に降るように続く横穴が1ヶ所だけ見つかった。
 他に道はなさそうなので進むしかないが、このクエストを受注する原因となったと思われる覚醒もしくは素質の強さを考えると出現するも相当手強そうだ。
 気を引き締めて進むとしよう。

 ──なんて意気込んでいたのに、だ。

 敵が現れないのだ。
 迷路のような複雑な構造をしているわけでもなく、今のところは螺旋状に下へ降っていくだけ。

 それでも念のため探索スキルを使い続けている。森で不意打ちを受けたばかりなので不意打ちを警戒しすぎているのかもしれないが、それでも不意打ちを貰って後悔するよりはマシだ。
 僕は探索スキルによって発見した蝙蝠のような生物を魔力弾の的にすることで無聊を慰めながら進む。
 おかげで魔力弾の扱いにも慣れ、数値的ではない戦闘力は確実に向上した……と思う。

「あれは……ボス部屋かな?」

 いかにも『この先には強敵がいます』と言っているような重厚な印象を受ける門。道はここで行き止まりのようで、進むには門を潜るしかなさそうだ。

 しかし、僕の魔力は蝙蝠を的にしすぎて最大値の2割弱まで減っている。あるかもしれないボス戦に備えて回復させるべきだろう。ありがたいことに自然回復速度は1秒間に魔力最大値の1%と決まっているので1分20秒もあれば最大値まで回復するだろう。

「よし、行くか……ん?」

◼︎Danger:Apostle of  Blue God
最速の使徒の異名で知られた蒼神の使徒。
彼女に認められる手段はもはや1つしかない。
最速を凌駕することで力を示せ。
 
 挑戦しますか YES/NO


「無理ゲーの匂いがするなぁ……」

 敵の前情報が与えられるボスは大抵強いか面倒くさい。
 特に気になるのは説明にある"最速の使徒"と"力を示せ"の2つだ。

 前者はおそらく敵の特徴を示している。しかし、最速にも様々な種類がある。最初に思いつくのは移動速度だが灰の神威の効果に"移動速度+100%"が含まれている。完全な上位互換でなければ別の速度のことだ。可能性が高いのは単純な攻撃速度か何らかのスキルの特徴を示しているかのどちらか、もしくは両方だろう。

 そして後者の"力を示せ"は戦闘の終了条件のはずだ。
 その条件は彼女=ボス(推定)に認められることで、その手段は"最速を凌駕すること"のみらしい。この凌駕というのは単に勝利することなのか、僕がボスの速度を上回る何かをしなければならないのか、そこら辺はヒントが少なすぎて判断に迷うところだ。

「とはいえ、リタイア禁止なんだなら進むしかないんだけどね……」

 僕はYESをタップして門を押した。
 門の先は最初の空間と似たドーム状の空洞だった。
 こちらの方が少し広いだろうか。

 ──バタンッ

 門を潜って数歩歩いたところで門がひとりでに閉じた。
 昔のRPGでお馴染みの『ボスからは逃げられない』というやつだろう。
 初見で強大な敵と戦うことにはけれど、だからといって不意打ちのようなこれを許容できるかは別問題だ。

 ふざけんな、運営!


───────────────
お読みいただきありがとうございます。

文脈のおかしな箇所を修正しました(2020/11/27)
細かな矛盾点を修正しました(2020/11/27)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

現実逃避のために逃げ込んだVRMMOの世界で、私はかわいいテイムモンスターたちに囲まれてゲームの世界を堪能する

にがりの少なかった豆腐
ファンタジー
この作品は 旧題:金運に恵まれたが人運に恵まれなかった俺は、現実逃避するためにフルダイブVRゲームの世界に逃げ込んだ の内容を一部変更し修正加筆したものになります。  宝くじにより大金を手に入れた主人公だったが、それを皮切りに周囲の人間関係が悪化し、色々あった結果、現実の生活に見切りを付け、溜まっていた鬱憤をVRゲームの世界で好き勝手やって晴らすことを決めた。  そして、課金したりかわいいテイムモンスターといちゃいちゃしたり、なんて事をしている内にダンジョンを手に入れたりする主人公の物語。  ※ 異世界転移や転生、ログアウト不可物の話ではありません ※  ※修正前から主人公の性別が変わっているので注意。  ※男主人公バージョンはカクヨムにあります

Select Life Online~最後にゲームをはじめた出遅れ組

瑞多美音
SF
 福引の景品が発売分最後のパッケージであると運営が認め話題になっているVRMMOゲームをたまたま手に入れた少女は……  「はあ、農業って結構重労働なんだ……筋力が足りないからなかなか進まないよー」※ STRにポイントを振れば解決することを思いつきません、根性で頑張ります。  「なんか、はじまりの街なのに外のモンスター強すぎだよね?めっちゃ、死に戻るんだけど……わたし弱すぎ?」※ここははじまりの街ではありません。  「裁縫かぁ。布……あ、畑で綿を育てて布を作ろう!」※布を売っていることを知りません。布から用意するものと思い込んでいます。  リアルラックが高いのに自分はついてないと思っている高山由莉奈(たかやまゆりな)。ついていないなーと言いつつ、ゲームのことを知らないままのんびり楽しくマイペースに過ごしていきます。  そのうち、STRにポイントを振れば解決することや布のこと、自身がどの街にいるか知り大変驚きますが、それでもマイペースは変わらず……どこかで話題になるかも?しれないそんな少女の物語です。  出遅れ組と言っていますが主人公はまったく気にしていません。      ○*○*○*○*○*○*○*○*○*○*○  ※VRMMO物ですが、作者はゲーム物執筆初心者です。つたない文章ではありますが広いお心で読んで頂けたら幸いです。  ※1話約2000〜3000字程度です。時々長かったり短い話もあるかもしれません。

後方支援なら任せてください〜幼馴染にS級クランを追放された【薬師】の私は、拾ってくれたクラマスを影から支えて成り上がらせることにしました〜

黄舞
SF
「お前もういらないから」  大人気VRMMORPGゲーム【マルメリア・オンライン】に誘った本人である幼馴染から受けた言葉に、私は気を失いそうになった。  彼、S級クランのクランマスターであるユースケは、それだけ伝えるといきなりクラマス権限であるキック、つまりクラン追放をした。 「なんで!? 私、ユースケのために一生懸命言われた通りに薬作ったよ? なんでいきなりキックされるの!?」 「薬なんて買えばいいだろ。次の攻城戦こそランキング一位狙ってるから。薬作るしか能のないお前、はっきり言って邪魔なんだよね」  個別チャットで送ったメッセージに返ってきた言葉に、私の中の何かが壊れた。 「そう……なら、私が今までどれだけこのクランに役に立っていたか思い知らせてあげる……後から泣きついたって知らないんだから!!」  現実でも優秀でイケメンでモテる幼馴染に、少しでも気に入られようと尽くしたことで得たこのスキルや装備。  私ほど薬作製に秀でたプレイヤーは居ないと自負がある。  その力、思う存分見せつけてあげるわ!! VRMMORPGとは仮想現実、大規模、多人数参加型、オンライン、ロールプレイングゲームのことです。 つまり現実世界があって、その人たちが仮想現実空間でオンラインでゲームをしているお話です。 嬉しいことにあまりこういったものに馴染みがない人も楽しんで貰っているようなので記載しておきます。

モノ作りに没頭していたら、いつの間にかトッププレイヤーになっていた件

こばやん2号
ファンタジー
高校一年生の夏休み、既に宿題を終えた山田彰(やまだあきら)は、美人で巨乳な幼馴染の森杉保奈美(もりすぎほなみ)にとあるゲームを一緒にやらないかと誘われる。 だが、あるトラウマから彼女と一緒にゲームをすることを断った彰だったが、そのゲームが自分の好きなクラフト系のゲームであることに気付いた。 好きなジャンルのゲームという誘惑に勝てず、保奈美には内緒でゲームを始めてみると、あれよあれよという間にトッププレイヤーとして認知されてしまっていた。 これは、ずっと一人でプレイしてきたクラフト系ゲーマーが、多人数参加型のオンラインゲームに参加した結果どうなるのかと描いた無自覚系やらかしVRMMO物語である。 ※更新頻度は不定期ですが、よければどうぞ

VRMMOでチュートリアルを2回やった生産職のボクは最強になりました

鳥山正人
ファンタジー
フルダイブ型VRMMOゲームの『スペードのクイーン』のオープンベータ版が終わり、正式リリースされる事になったので早速やってみたら、いきなりのサーバーダウン。 だけどボクだけ知らずにそのままチュートリアルをやっていた。 チュートリアルが終わってさぁ冒険の始まり。と思ったらもう一度チュートリアルから開始。 2度目のチュートリアルでも同じようにクリアしたら隠し要素を発見。 そこから怒涛の快進撃で最強になりました。 鍛冶、錬金で主人公がまったり最強になるお話です。 ※この作品は「DADAN WEB小説コンテスト」1次選考通過した【第1章完結】デスペナのないVRMMOで〜をブラッシュアップして、続きの物語を描いた作品です。 その事を理解していただきお読みいただければ幸いです。

ーOnly Life Onlineーで生産職中心に遊んでたらトッププレイヤーの仲間入り

星月 ライド
ファンタジー
親友の勧めで遊び、マイペースに進めていたら何故かトッププレイヤーになっていた!? ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 注意事項 ※主人公リアルチート 暴力・流血表現 VRMMO 一応ファンタジー もふもふにご注意ください。

日本VS異世界国家! ー政府が、自衛隊が、奮闘する。

スライム小説家
SF
令和5年3月6日、日本国は唐突に異世界へ転移してしまった。 地球の常識がなにもかも通用しない魔法と戦争だらけの異世界で日本国は生き延びていけるのか!? 異世界国家サバイバル、ここに爆誕!

【二章開始】『事務員はいらない』と実家からも騎士団からも追放された書記は『命名』で生み出した最強家族とのんびり暮らしたい

斑目 ごたく
ファンタジー
 「この騎士団に、事務員はいらない。ユーリ、お前はクビだ」リグリア王国最強の騎士団と呼ばれた黒葬騎士団。そこで自らのスキル「書記」を生かして事務仕事に勤しんでいたユーリは、そう言われ騎士団を追放される。  さらに彼は「四大貴族」と呼ばれるほどの名門貴族であった実家からも勘当されたのだった。  失意のまま乗合馬車に飛び乗ったユーリが辿り着いたのは、最果ての街キッパゲルラ。  彼はそこで自らのスキル「書記」を生かすことで、無自覚なまま成功を手にする。  そして彼のスキル「書記」には、新たな能力「命名」が目覚めていた。  彼はその能力「命名」で二人の獣耳美少女、「ネロ」と「プティ」を生み出す。  そして彼女達が見つけ出した伝説の聖剣「エクスカリバー」を「命名」したユーリはその三人の家族と共に賑やかに暮らしていく。    やがて事務員としての仕事欲しさから領主に雇われた彼は、大好きな事務仕事に全力に勤しんでいた。それがとんでもない騒動を巻き起こすとは知らずに。  これは事務仕事が大好きな余りそのチートスキルで無自覚に無双するユーリと、彼が生み出した最強の家族が世界を「書き換えて」いく物語。  火・木・土曜日20:10、定期更新中。  この作品は「小説家になろう」様にも投稿されています。

処理中です...