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黙ってちゃわかんねーって。
第7話 そうか?同化?即強化?
しおりを挟むちなみにちなまないでちなみってみるけれど、僕は歌詞付きの音楽が嫌いだ。
そこに言葉がある分、変に意味がわかってしまうので、不快感が拭いきれないのだ。我慢ができないのだ。
さらに、追い打ちをかけるようだが、音楽なんていうほんの一瞬しか伝わる時間がない。だから奥深い印象は基本与えられてこないし、表現が歌詞に寄り添ったものではなく、リズムやメロディーに力を入れるので、無論、当たり前なのだが、使われる言葉はチープで端的で普遍的になってしまう。
そんなものを、僕は一分だって黙って聞くことはできない。我慢ならない。
下手をすれば、正気を失ってしまいかねない。
正気じゃない僕は————暴れ狂った僕は、一部の人間から、二度と拝みたくないと太鼓判を押されるレベルである。
しかしだからこそ、こんなチープで端的で普遍的なことを言うこの人に————彼女に、相容れない抵抗感を示してしまう。
素直に、信じられないと、言うべきだろう。
もっとひねってねじって、ひねじくれてると思っていたのだけれど。
単純な思考は持ち合わせていないと、思っていたのだけれど。
端的で、端正で、単直な事を誰よりも嫌いそうなものだけれど。
ただ、そんなことは結局、僕の主観に沿った、ただの勘でしかない。
だから、だからなんだというのだ?
僕は彼女のことが、ものすごく嫌いなのか?
僕にはどうも、わからないけれど。
…………
「お前、うん、やっぱりな!」
と、立ったままで、おてんばな少女を連想させる物言いで僕に言う。
眼は、とても少女のそれではないが。
「そうそう、そういうやつだと思ってたんだよ。やっぱりなーあたしの審美眼は素晴らしいな!うんうん気に入った気に入った!」
なんだ急に……さっきまでのなんちゃってシリアスはどこに行ったのだろう。
「よし!お前、喜べ!あたしのペットにしてやる!」
意味を理解する前に、というか、この言葉を受け付けるより先に、僕は彼女がいつの間にか取り出した、でかい鎖のついた輪っかを、抵抗の隙さえ与えず、僕に抱きつくようにして首に手を回し、そして――――
ガチャン!と、無粋な音が鳴り響いた。
遠回りせず、近道を通って言ってみれば――――
でかい鎖付きの首輪をつけられた。もちろん外せない。どうやってつけたのかさえ、わからない。
そしてもう遅いが、蛞蝓のように愚鈍だが、さっきの言葉を今、理解する。
『ペットにしてやる。』
…………
まじ?
そして彼女は、僕が何か行動を起こすより先に、反応するより先に、抵抗するより先に、僕の首輪の鎖を握って、木枠のドアを蹴り開けて、僕を引きずりに引きずって、薄汚れた石床の上を、モップのように引っ張って、ゴツゴツの石階段を、僕にお構いなしに昇っていって、衛兵達に変な目で見られても、なりふり構わず、進んでいって————ようやく。
ようやく、平坦な赤いカーペットの上を通る頃に、僕は口を開いた。
開けた。やった。
「あの……どういうことですか?!」
声を張り上げて言ってみる。しかし彼女は————
「♪~」
鼻唄を唄うだけだった。
フル無視である。
「ちょっと……止まってくださいよ!」
渾身。叫んでみる。辺りはすでに、先ほどの陰気臭い牢獄とは打って変わって、真っ白で綺麗な、やはりこれも中世を意識させる、大理石(のようなもの)造りで、声が本当によく響く。
だから、聞こえてないはずないのだ。
「あの!どこに連れてかれんですか?!僕!」
かなりの悪道を引きずられたため、服はもう、ダメになっているだろう。
相当に汚いだろうし、相応に破れているだろう。
あーあ、気に入ってたのに。
靴も片っぽ脱げてるし。
あぁ……外は真っ暗だな。
「すいませーん……返事をくださーい……」
僕は半ば、いや、完全に諦めてからそう言った。
無論返事は返ってこない。
「お前は気に入った。おもしれーからこのあたしがお前を愛でてやる」
————飼ってやる。と、付け加えてから宣言した。
って返事、返ってきたじゃないか。
望んだものではなかったけれど。
飼ってやる。
雇用奴隷の次は、ペットかい。
なんだか、つくづく下々な職に縁があるな。僕は。
ペットも奴隷も職としてとらえていいかどうかは、不明瞭だけど。
ペット宣言が起こった後は、僕は黙り込んで、おとなしく彼女に連れていかれることにした。彼女もただ、鼻唄を口笛交じりに唄うだけで、なにも言ってこなかった。
沈黙。しかし別に苦ではなかった。
謎は多いし、いまだ処理されていないものが多いが、それでも僕は今だけは、引きずられて一切格好がついていないが、しかしここ最近でもっとも安らかな瞬間だった。
なんの警戒も自責も迫害もない。
あまりに平坦で直線で何もない。
油断、し放題だった。
だが、そんな時間はすぐに終わってしまう。
「よし!ここだぞ!」
ふと辺りを見てみるとそこはもう、さっきの豪華絢爛ごうかけんらんな廊下ではなくなっていた。
あの牢獄程ではないが、それに準ずるものはある。
石レンガの壁、同じように石レンガの床、照明も均等に並べられたランプだけなので薄暗い。ほぼ同間隔にある重たそうな木の扉、やけに長い廊下。
それらが相まって、陰鬱さ加減はもう凄まじい。
まさか、ここが僕の部屋なんて言わないだろうな。
「ここがお前の犬小屋だ!」
いいやがった。なんでそんな元気ハツラツなんだ。なんでそんな無邪気に笑ってるんだ。
そう言って扉を蹴り開けて(彼女には扉を手で開けるという概念が存在しないのだろうか)僕につながっている鎖を持って、中に放り投げる。
投げられた。
投げやがった。
もちろん言うまでもないが、僕は思いっきり壁に叩きつけられ、さっきのように、ぐえ、と情けない声をだして床に落ちる。
だがやはり、なぜか、本当になぜなのか。
またも痛みは感じない。
けがも一つもない。
もしかしたらこの世界は重力が四分の一くらいになってるのかもしれない。
「キャハハ!ふふん、あたしが暇になったらまた来てやる。それまで退屈、凌いでな!」
そんなことを、血反吐を吐くように吐き捨てて言い、彼女は扉を手を使って思い切り閉めた。
なんなんだ彼女は、なんなんだあれは、なんなんだ僕は。
こんなのって、こういうのって、こんなものって、おい!
まるで、二年前と一緒じゃないか!
また、同じことになるのか?
扉の向こうにいるであろう彼女に向かって僕は言った。
そこに勇気なんて腐敗感情は、無かった。
「――――あなたは!本当に血も涙もないですね!」
扉が、また、思い切り、開か――――
開かなかった。
僕はてっきり、ここで死ぬもんだと、身構えていたけれど。
彼女が飛ぶように入ってきて、見るも無残な惨殺死体にでもなるのかと思っていたのだけれど。
だが、代わりに飛んできたのは言葉だった。
扉の向こうで彼女は言う。
まだ、彼女は、続く。
まだ、彼女は終わらない。
「あたしに無いのは涙だけさ。残っているのは血だけだ」
それだけだった。あとに残ったのは、扉の向こうで少しづつ小さくなる、彼女の足音だけ。
首輪が、音もたてずに、外れた。
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