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黙ってちゃわかんねーって。
第2話 夢?ゆめゆめ思わず?有名?
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今日が何月何日か、僕は知らない。というのも単純に、僕が日付を知ることができるものを何一つ持っていない事に帰納する。
カレンダーはもとより、スマートフォン、デジタル時計、腹時計なり僕の日付感覚なりなんなり、そういう物を僕は一つとして持っていない。というか、お金は一銭も持っていないし、ついでに身寄りもさっき無くなった。所持品といえるものを全て挙げると、まず服、Tシャツだ。半袖である。税抜1900円。次にズボン。ジーパンである。税抜2300円。あとは靴。スニーカーである。これは無料、貰いものなのでね。その下にはいている靴下。四足セットで税抜500円。片方すでに穴が開いている。あとは下着か。あぁ、先に断っておくけど僕は男だからね。後ろに娘がつくほどかわいい顔もしてないし、下着もクマさんが描かれているわけではないから、その辺、間違わないように。
以上、僕の所持品公開ショー。
つまり要約すると、僕は一文無しの着の身着のままボーイってわけなのだ。
でもまぁ、正確な日付は知らなくても、今が何月の何時かぐらいは勘で推測できる。
今は明らかに夜で、僕は半袖のTシャツ姿だってのに別に寒くない。ましてや少しだけ暑い。夜というのも、それなりに深夜だ。11時12時とまではいわずとも、2時、3時くらいはあるんではなかろうか。ふむ、なるほどなるほど。そこまで考えて、この思考がホントに意味のない物だと気づく。
ちなみに僕は今、とある町のとある大通りの脇にある地下道の階段の前付近で、どこを見ることなくただ佇んでいる。その脳みそに、今日どこで寝るか、明日の飯はどうするか、どうやって金銭を得るか、などは一切合切考えていない。ただ僕は車通りと人気の全くない、さながらゴーストタウンのような風景に新鮮味をおぼえて感傷に浸っているだけだ。というのは嘘で、ただ僕はすべてを失っていることに気が付いてショックを受け、何もできないままなのである。というのも十中八九嘘、嘘八百、真っ赤な大嘘である。本当は、ただの暇つぶし。なにもすることがないから、理にしたがって何もしていない。要はそれだけだ。
……なんて、これもまた嘘かもしれないけどね。
またも、無駄すぎる思考をしていたら、別訳するとまわりに気を配らずに大油断していたら。
「すみませーん」
と、話しかけられた。無駄な思考がようやく終わる。一体全体誰だ?こんな時間に、怪しさ満点だろう。そして僕は、全身の内側外側その末端から中枢に至るまで、警戒モードにスイッチを切り替える。そして相手は僕に聞いた。
「警察のものなんですけどー。お兄さんちょっとお話いいですか?」
警察。ポリス。ふん、なるほど。そりゃ上々だ。この深夜に出歩くのに一番適しているな。すぐそばに警察車両のようなものもあるし、というかいつからいたんだろう?僕って相当視野が狭いんだな。
……警察車両、まぁパトカーだけど意外としょぼいもんだな。けっこうちっぽけだ。
警察官は続ける。
「お兄さん、なにか身分証明できるもの持ってる?」
身分証明書、身分証明書……免許証でいいか。
ってさっき着の身着のままって懇切丁寧に説明したばっかりじゃないか。
「すいません。持ってないです」
警察官相手にこれはいけないと思いながらつい答える。
「ふーん。じゃあ君、何歳?名前は?家は?家族はいるの?仕事は?」
そりゃそうだ。追及される。
警察官の目つきが本職のそれに変わる。
しかし僕はこの質問のどれにもはっきりと答えられない。
「歳は…あー20歳です。名前、名前は…六問、六問 思です。家は…あーこの近くですね。家族は皆死にました。仕事はまぁ、フリーターってやつですね。」
全部嘘。特に名前。
しかし、警察官は複雑なことを考えるように顔を歪め、どうやら僕のこの一世一代の大嘘を勝手に信じてくれたようだ。
「家はこの近くなんだ。住所は?どこ町?」
ゼンゲンテッカイ。
「あーえとー」
さて、どうやって逃げようか。ところでこの警察官、一人なのか?パトカーには誰も乗ってない。警察官ってツーマンセルが基本なんじゃないのか?
……人員不足か。厳しいな、世の中。
その後、いろいろと聞かれたが、僕は適当に、辺り障りのない嘘を言って何とかごまかした。その結果、なんとか署に連行されるのは防げたようだ。
最後に警察官はこういった。
「この付近で連続失踪事件が起きてるからさ。君も気を付けなよ。犯人がどこにいるかもわからないんだからさ」
……ふーん。警察は犯人が誰でどこにいるかわかってないのか。それって機密事項じゃないのか?言っていいのか?この僕に?いや僕が失踪事件の犯人というオチではないから安心してくれ。
そして警察官は自分のパトカーに戻っていった。僕は警察官が乗り込んだパトカーをほんのしばらく見ていたが、パトカーは一切動かなかった。寸分も。アイドリングさえしていない。
うん。飽きたな。
僕はすぐ近くの地下道を通って、例の秘密基地へ向かうことにした。
カツ、カツとカッコイイ足音が響く。わざと大きく踏み出してるだけだけど。
階段をおりきって、二、三歩踏み出す。その瞬間。
後ろの気配が大きくなる。何かがこちらを見ている。近づいてくる。一体誰だ?いや、何だ?
思い出す、警察官の言っていた事。
『この付近で連続失踪事件が起きてるからさ。』
失踪事件。事件。犯人。闇。ひとけなし。逃げ道は一つ。僕は軽装。細身。深夜。車。油断。
後ろの気配が、逆立つのが分かった。
はぁ…仕方ないか。
ここは一つそれっぽく言ってみよう。
やれやれだ。
がぁあっ!
後ろの気配が階段数段を飛ばして、僕に襲いかかってきた。
僕はそれをベストタイミングでよける。そうなると後ろの気配は僕の前をまるで煙でも掴んだのかという具合で通り過ぎて、眼前に現れる。
ほお、こいつは驚いた。
これは先ほどの“警察官”じゃないか。
ぎょええ、仰天びっくり有頂天だぜ。こりゃあ。
嘘っぽいなぁ。全く。
相手の警察官、いやもう警察官ではないか。ともかく相手は体勢をすぐに整え、腰に携えていたナイフを左手に持ち、僕に襲いかかってきた。
狙いは顔。まぁ刺す気はないんだろう。あくまで脅し、僕がビビッてオーバーによけたところに追い打ちをかける。素人精神丸出しだ。そんな相手に、僕は殺されない。
断罪、させない。
僕は相手の動きをしっかりとらえ、最低限の動きだけで攻撃をよける。そうしたら、僕の顔の前に相手の腕がくる形になる。すかさず、相手の手首と肩を捕まえ、肩を下に、手首を上に持っていって、相手を転倒させる。
主導権はこちらに来た。
そのまま肩の方の手に力をこめた。
ぐいっと。
ポキ。
相手の肩の外れた音だ。
「あぁあがあがあああああがああああ!っ!!!」
瞬間。悲鳴が鳴り響く。
相手はその汚らしい地下道の床を転げまわる。あの高そうな警察の制服がどんどん汚れていく。暴れた方が痛いというのに、決してやめようとしない。
僕はしばらくその様を観察していた。本来すぐに逃げるのが常識なのだが、僕は非常識の極みなのでそうはしなかった。というのも、このまま犯人が逃げると思っていたからだ。不意打ちに失敗。顔と正体が見られ、肩も外れた。年貢の納め時は、まさに今だろう。
だがある程度暴れたら、相手は起き上がってきた。そしてこちらをめちゃくちゃに睨む。怖い怖い。そして逃げだしはせずに。また襲いかかってきた。左腕はもう使えないので、右腕にナイフを持っての薙ぎ払い。これも僕はほんの少しかがんで対処。そして相手の懐に入り込む。
手をグーにして。
はい。
ドがっ。
相手の顎めがけた激烈なアッパーを食らわせた。
そして相手は声も出さずに倒れこむ。ふん、こんなもんよ。
どうやらこの男は、警察のフリをして油断させ、背後に警戒をさせないようにして襲う。という通り魔にしてはそれなりに頭を使っているタイプだった。
ただ、それでもこれにはちょっと穴が多すぎた。
だから、たとえ気づけたとて決して褒められることではない。
無論、この男は通り魔も何も、人を襲うことすらしたことがないのだろう。
本物の、いわば覚悟の決まった、人殺しの性を抑えらない生粋の通り魔なのであれば、僕なんかではきっと撃退することはできなかっただろう。
僕はそういう人間を、美殺の一家を知っている。
彼女らは、鮮烈だった。
一件落着。さてとこいつをどうしようか。警察に電話……はできないか。
そのあといろいろ考えたが、どの手段もいささか面倒すぎるので、結果、放っておくことにした。いずれみつかるだろう。それに、(多分違うけど)もしこいつが連続失踪事件の犯人なんだとしても僕にとってはどうでもいいことだ。
被害者の方々に対して失礼だとは思うが、襲われるということは油断していたということ。
殺されるのはいつだって弱者。
今回の場合、僕の方が強者だったってだけだから。
そして僕は、もともとの目的を思い出し、スタスタと秘密基地を目指して歩みだす。
コトコト……床を靴がたたく音が心地いい。
コトコトコト……
コトコトコトコト……コト……?
あれ?なんか長くないか?
違和感。いや、疑惑感。
ふと後ろを見る。近くに警察官だった奴が倒れている。
“近くに”?
数メートルのみならず数十メートル歩いたのに?
おかしい。勘違いであってほしい。僕はそう願った。
こういう時、大抵願いはかなわない。
僕に限らず、誰だって。
はぁ……どうすっかな。
僕は深呼吸して一難去ってまた一難を実感する。そして申し訳程度の準備体操をして、そして。
ダっ!
ダダダダダダダダダダぁッ!!!
全力疾走。奮起迅雷。疾風怒濤。走る走る走る。轟の走バージョン。
具体的に走ったらどうなるのかと言われたら、特に思いつかないが、体力が余ってるうちにとにかく武力行使に近い事をしておこうと思っただけだ。
―――けれど、今考えればこれは悪手も悪手。最悪だった。
しばらく走っているうちに、僕は気づいた。
まず、“走るのをやめられなくなっていること”、“周りが闇に包まれていくこと”、“すでにここは地下道ではないこと”etc……
ただ走ってるうちにこうなったといえば突拍子がないが、その説明を僕に求められても僕だって混乱しているからどうしようもない。
しばらく強制的に走らされて、上も下も左も右もAもBも分らなくなってきたころ、僕の頭に変な記憶、というか記録というかなんというか。そんな感じのあいまいなものが流れてきた。
『……前…不………素……世界を……揺る…す…』
はてな。さっぱりわからん。もっとはっきり喋ってくれ。
『………理…………中……め……』
…………?
ツッコミません。
何だったんだろう。今のは。誰かの声であることは間違いない。男か女かはよくわからなかったが、おそらく大人、または老人のようなあの貫禄ある、無理やり苦しそうに喋るあの感じには似ていた。それ以外はさっぱりだが。
それからすぐ、目の前に光が見えてきた。この場合、見えてきたのは明るい景色などではなく光そのものであったことを留意してもらいたい。細かいことだけどね。
ちなみにもう強制的に走らされてはいない。僕は今足を止めていて、光に向かっている形になる。なお、なぜか後ろは振り向けないし、後ろ向きに歩くこともできない。つまり歩み出すほかないというわけか。
つまり実質、強制的に走らされているのとなんら遜色ないじゃないか!
このまま一生ここに居座ろうか、とも考えたが、なんだかそれは生産性の無さが極まった感じがして大変抵抗があったので僕は一歩踏み出すことにした。
さっ、と。
特に特別じゃなく。
普通の一歩。
そして僕は光に飲み込まれる。そんな中僕の考えていたことといえば、先が見えないという点ならば、光も闇もたいして変わんねぇな、なんてくだらないことである。
そして全身が光に包まれて、僕は、
目を、瞑る。
刹那、またも聞こえてくる。先ほどと同様の声。しかし、先ほどと違う点はこんどはハッキリと聞こえてきたことだ。聞こえるよりも、伝わると言ったほうがいいかもしれない。
そして声はこう言った。
『お前の願いを一つ叶えてやる———』
願い。
望み。
僕の願い、僕の望み。
僕は一体何を、
何を、
何を、望む?
いや、それは決まっているのか。
最初の最初からすでに。
僕は一体誰なのか。
———僕は願った。
カレンダーはもとより、スマートフォン、デジタル時計、腹時計なり僕の日付感覚なりなんなり、そういう物を僕は一つとして持っていない。というか、お金は一銭も持っていないし、ついでに身寄りもさっき無くなった。所持品といえるものを全て挙げると、まず服、Tシャツだ。半袖である。税抜1900円。次にズボン。ジーパンである。税抜2300円。あとは靴。スニーカーである。これは無料、貰いものなのでね。その下にはいている靴下。四足セットで税抜500円。片方すでに穴が開いている。あとは下着か。あぁ、先に断っておくけど僕は男だからね。後ろに娘がつくほどかわいい顔もしてないし、下着もクマさんが描かれているわけではないから、その辺、間違わないように。
以上、僕の所持品公開ショー。
つまり要約すると、僕は一文無しの着の身着のままボーイってわけなのだ。
でもまぁ、正確な日付は知らなくても、今が何月の何時かぐらいは勘で推測できる。
今は明らかに夜で、僕は半袖のTシャツ姿だってのに別に寒くない。ましてや少しだけ暑い。夜というのも、それなりに深夜だ。11時12時とまではいわずとも、2時、3時くらいはあるんではなかろうか。ふむ、なるほどなるほど。そこまで考えて、この思考がホントに意味のない物だと気づく。
ちなみに僕は今、とある町のとある大通りの脇にある地下道の階段の前付近で、どこを見ることなくただ佇んでいる。その脳みそに、今日どこで寝るか、明日の飯はどうするか、どうやって金銭を得るか、などは一切合切考えていない。ただ僕は車通りと人気の全くない、さながらゴーストタウンのような風景に新鮮味をおぼえて感傷に浸っているだけだ。というのは嘘で、ただ僕はすべてを失っていることに気が付いてショックを受け、何もできないままなのである。というのも十中八九嘘、嘘八百、真っ赤な大嘘である。本当は、ただの暇つぶし。なにもすることがないから、理にしたがって何もしていない。要はそれだけだ。
……なんて、これもまた嘘かもしれないけどね。
またも、無駄すぎる思考をしていたら、別訳するとまわりに気を配らずに大油断していたら。
「すみませーん」
と、話しかけられた。無駄な思考がようやく終わる。一体全体誰だ?こんな時間に、怪しさ満点だろう。そして僕は、全身の内側外側その末端から中枢に至るまで、警戒モードにスイッチを切り替える。そして相手は僕に聞いた。
「警察のものなんですけどー。お兄さんちょっとお話いいですか?」
警察。ポリス。ふん、なるほど。そりゃ上々だ。この深夜に出歩くのに一番適しているな。すぐそばに警察車両のようなものもあるし、というかいつからいたんだろう?僕って相当視野が狭いんだな。
……警察車両、まぁパトカーだけど意外としょぼいもんだな。けっこうちっぽけだ。
警察官は続ける。
「お兄さん、なにか身分証明できるもの持ってる?」
身分証明書、身分証明書……免許証でいいか。
ってさっき着の身着のままって懇切丁寧に説明したばっかりじゃないか。
「すいません。持ってないです」
警察官相手にこれはいけないと思いながらつい答える。
「ふーん。じゃあ君、何歳?名前は?家は?家族はいるの?仕事は?」
そりゃそうだ。追及される。
警察官の目つきが本職のそれに変わる。
しかし僕はこの質問のどれにもはっきりと答えられない。
「歳は…あー20歳です。名前、名前は…六問、六問 思です。家は…あーこの近くですね。家族は皆死にました。仕事はまぁ、フリーターってやつですね。」
全部嘘。特に名前。
しかし、警察官は複雑なことを考えるように顔を歪め、どうやら僕のこの一世一代の大嘘を勝手に信じてくれたようだ。
「家はこの近くなんだ。住所は?どこ町?」
ゼンゲンテッカイ。
「あーえとー」
さて、どうやって逃げようか。ところでこの警察官、一人なのか?パトカーには誰も乗ってない。警察官ってツーマンセルが基本なんじゃないのか?
……人員不足か。厳しいな、世の中。
その後、いろいろと聞かれたが、僕は適当に、辺り障りのない嘘を言って何とかごまかした。その結果、なんとか署に連行されるのは防げたようだ。
最後に警察官はこういった。
「この付近で連続失踪事件が起きてるからさ。君も気を付けなよ。犯人がどこにいるかもわからないんだからさ」
……ふーん。警察は犯人が誰でどこにいるかわかってないのか。それって機密事項じゃないのか?言っていいのか?この僕に?いや僕が失踪事件の犯人というオチではないから安心してくれ。
そして警察官は自分のパトカーに戻っていった。僕は警察官が乗り込んだパトカーをほんのしばらく見ていたが、パトカーは一切動かなかった。寸分も。アイドリングさえしていない。
うん。飽きたな。
僕はすぐ近くの地下道を通って、例の秘密基地へ向かうことにした。
カツ、カツとカッコイイ足音が響く。わざと大きく踏み出してるだけだけど。
階段をおりきって、二、三歩踏み出す。その瞬間。
後ろの気配が大きくなる。何かがこちらを見ている。近づいてくる。一体誰だ?いや、何だ?
思い出す、警察官の言っていた事。
『この付近で連続失踪事件が起きてるからさ。』
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後ろの気配が、逆立つのが分かった。
はぁ…仕方ないか。
ここは一つそれっぽく言ってみよう。
やれやれだ。
がぁあっ!
後ろの気配が階段数段を飛ばして、僕に襲いかかってきた。
僕はそれをベストタイミングでよける。そうなると後ろの気配は僕の前をまるで煙でも掴んだのかという具合で通り過ぎて、眼前に現れる。
ほお、こいつは驚いた。
これは先ほどの“警察官”じゃないか。
ぎょええ、仰天びっくり有頂天だぜ。こりゃあ。
嘘っぽいなぁ。全く。
相手の警察官、いやもう警察官ではないか。ともかく相手は体勢をすぐに整え、腰に携えていたナイフを左手に持ち、僕に襲いかかってきた。
狙いは顔。まぁ刺す気はないんだろう。あくまで脅し、僕がビビッてオーバーによけたところに追い打ちをかける。素人精神丸出しだ。そんな相手に、僕は殺されない。
断罪、させない。
僕は相手の動きをしっかりとらえ、最低限の動きだけで攻撃をよける。そうしたら、僕の顔の前に相手の腕がくる形になる。すかさず、相手の手首と肩を捕まえ、肩を下に、手首を上に持っていって、相手を転倒させる。
主導権はこちらに来た。
そのまま肩の方の手に力をこめた。
ぐいっと。
ポキ。
相手の肩の外れた音だ。
「あぁあがあがあああああがああああ!っ!!!」
瞬間。悲鳴が鳴り響く。
相手はその汚らしい地下道の床を転げまわる。あの高そうな警察の制服がどんどん汚れていく。暴れた方が痛いというのに、決してやめようとしない。
僕はしばらくその様を観察していた。本来すぐに逃げるのが常識なのだが、僕は非常識の極みなのでそうはしなかった。というのも、このまま犯人が逃げると思っていたからだ。不意打ちに失敗。顔と正体が見られ、肩も外れた。年貢の納め時は、まさに今だろう。
だがある程度暴れたら、相手は起き上がってきた。そしてこちらをめちゃくちゃに睨む。怖い怖い。そして逃げだしはせずに。また襲いかかってきた。左腕はもう使えないので、右腕にナイフを持っての薙ぎ払い。これも僕はほんの少しかがんで対処。そして相手の懐に入り込む。
手をグーにして。
はい。
ドがっ。
相手の顎めがけた激烈なアッパーを食らわせた。
そして相手は声も出さずに倒れこむ。ふん、こんなもんよ。
どうやらこの男は、警察のフリをして油断させ、背後に警戒をさせないようにして襲う。という通り魔にしてはそれなりに頭を使っているタイプだった。
ただ、それでもこれにはちょっと穴が多すぎた。
だから、たとえ気づけたとて決して褒められることではない。
無論、この男は通り魔も何も、人を襲うことすらしたことがないのだろう。
本物の、いわば覚悟の決まった、人殺しの性を抑えらない生粋の通り魔なのであれば、僕なんかではきっと撃退することはできなかっただろう。
僕はそういう人間を、美殺の一家を知っている。
彼女らは、鮮烈だった。
一件落着。さてとこいつをどうしようか。警察に電話……はできないか。
そのあといろいろ考えたが、どの手段もいささか面倒すぎるので、結果、放っておくことにした。いずれみつかるだろう。それに、(多分違うけど)もしこいつが連続失踪事件の犯人なんだとしても僕にとってはどうでもいいことだ。
被害者の方々に対して失礼だとは思うが、襲われるということは油断していたということ。
殺されるのはいつだって弱者。
今回の場合、僕の方が強者だったってだけだから。
そして僕は、もともとの目的を思い出し、スタスタと秘密基地を目指して歩みだす。
コトコト……床を靴がたたく音が心地いい。
コトコトコト……
コトコトコトコト……コト……?
あれ?なんか長くないか?
違和感。いや、疑惑感。
ふと後ろを見る。近くに警察官だった奴が倒れている。
“近くに”?
数メートルのみならず数十メートル歩いたのに?
おかしい。勘違いであってほしい。僕はそう願った。
こういう時、大抵願いはかなわない。
僕に限らず、誰だって。
はぁ……どうすっかな。
僕は深呼吸して一難去ってまた一難を実感する。そして申し訳程度の準備体操をして、そして。
ダっ!
ダダダダダダダダダダぁッ!!!
全力疾走。奮起迅雷。疾風怒濤。走る走る走る。轟の走バージョン。
具体的に走ったらどうなるのかと言われたら、特に思いつかないが、体力が余ってるうちにとにかく武力行使に近い事をしておこうと思っただけだ。
―――けれど、今考えればこれは悪手も悪手。最悪だった。
しばらく走っているうちに、僕は気づいた。
まず、“走るのをやめられなくなっていること”、“周りが闇に包まれていくこと”、“すでにここは地下道ではないこと”etc……
ただ走ってるうちにこうなったといえば突拍子がないが、その説明を僕に求められても僕だって混乱しているからどうしようもない。
しばらく強制的に走らされて、上も下も左も右もAもBも分らなくなってきたころ、僕の頭に変な記憶、というか記録というかなんというか。そんな感じのあいまいなものが流れてきた。
『……前…不………素……世界を……揺る…す…』
はてな。さっぱりわからん。もっとはっきり喋ってくれ。
『………理…………中……め……』
…………?
ツッコミません。
何だったんだろう。今のは。誰かの声であることは間違いない。男か女かはよくわからなかったが、おそらく大人、または老人のようなあの貫禄ある、無理やり苦しそうに喋るあの感じには似ていた。それ以外はさっぱりだが。
それからすぐ、目の前に光が見えてきた。この場合、見えてきたのは明るい景色などではなく光そのものであったことを留意してもらいたい。細かいことだけどね。
ちなみにもう強制的に走らされてはいない。僕は今足を止めていて、光に向かっている形になる。なお、なぜか後ろは振り向けないし、後ろ向きに歩くこともできない。つまり歩み出すほかないというわけか。
つまり実質、強制的に走らされているのとなんら遜色ないじゃないか!
このまま一生ここに居座ろうか、とも考えたが、なんだかそれは生産性の無さが極まった感じがして大変抵抗があったので僕は一歩踏み出すことにした。
さっ、と。
特に特別じゃなく。
普通の一歩。
そして僕は光に飲み込まれる。そんな中僕の考えていたことといえば、先が見えないという点ならば、光も闇もたいして変わんねぇな、なんてくだらないことである。
そして全身が光に包まれて、僕は、
目を、瞑る。
刹那、またも聞こえてくる。先ほどと同様の声。しかし、先ほどと違う点はこんどはハッキリと聞こえてきたことだ。聞こえるよりも、伝わると言ったほうがいいかもしれない。
そして声はこう言った。
『お前の願いを一つ叶えてやる———』
願い。
望み。
僕の願い、僕の望み。
僕は一体何を、
何を、
何を、望む?
いや、それは決まっているのか。
最初の最初からすでに。
僕は一体誰なのか。
———僕は願った。
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