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聖女の嫁入り
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母上!今日、僕はテストで100点をとりました!
母上!今日は美味しくケーキが作れました!
母上!あのね、今日は…
少年は、身振り手振りを加えて楽しそうに話しかける。勉強のこと、料理のこと、友達のこと…。
あの日から、一日の出来事を話すことが日課になっていた。
おーい
遠くから手を振って近づいてくる。
父上!
ユリウス、またここに来たのか
父親は少年に近づくと、ガシガシと力強く頭を撫でた。痛いよぉ、と少年は唇を尖らせる。父親は笑って、少年を軽々と抱き上げた。
帰るぞ
はぁーい。母上!またね!
そう言って手を振る少年の頬を、優しい風が撫でた。暖かくて穏やかな風だ。少年と父親を包み込むような風は、帰り道を示すかのように彼らの背を押した。
面倒ごとが舞い込んだ、とシャルナーク家 当主オルガはため息をこぼした。嫌な顔を隠すこともしない。その手には王宮の署名付きの手紙が握られている。側近のフィリスは、主人のその表情に苦笑した。
「燃やしておけ」
「そんな!ウィリアム陛下からの直々の手紙ですよ!そんなことしたら世間からどう見られるか…」
「どうでもいいな」
「よくありません!一体どんなことが書かれていたんですか?
ぽいっと投げられた手紙をフィリスは慌ててキャッチした。オルガによってぐしゃぐしゃになった紙のしわを伸ばしながら、彼にその内容を尋ねるも不機嫌そうに眉を顰めるだけで、何も話そうとしない。
いつもはあまり表情がでないオルガだけに、フィリスは手紙の内容を思案して冷や汗が流れる。
ここ、シャルナーク家は王家の次に高位の貴族である。前当主は、オルガの実兄が務めていたが不慮の事故によって他界し、20歳まで戦場の先頭で戦っていたオルガが急遽当主
の座に就いた。
あれから2年が経ち、戦場暮らしが長かったオルガも、ようやく貴族の暮らしというものに慣れ始めたころ、王からの勅令が届いた。
「で、なんと書かれていたんですか」
「……結婚」
「え?なんですか?」
「結婚だ!王命で拒否権はない」
「え、えええええええええ」
その日、屋敷中にフィリスの絶叫が響くこととなった。
***
どきどき、子どもみたいに目を輝かせている。
これから向かう新天地に心躍らせる女は、初めて外の景色を見た。町行く商人や出店、追いかけっこをする子供たち、馬車の中で移り変わる光景の一つ一つに感嘆の声を漏らす。
ウェンディは、生まれて初めて外に出た。生まれてすぐ聖女となってから、ずっと王宮の片隅で暮らしてきた。
人生で関わったことがある人は、王宮でお世話をしてくれた数名の侍女のみであった。ウェンディが生活していた部屋の前には、いつも大きな男の護衛が待機していたが、遠目でちらっと見たことがある程度で接触を禁じられていた。
だから、ウェンディは、馬車の中からではあるが、こんなに近くで男性や子どもを見たのは初めてだった。
「ついに、私にも家族ができるのね」
ウェンディはぼそりと、でも嬉しそうな声で言った。
どんな旦那様なんだろう。大きい人だったら、肩車をしてほしいな。お年寄りだったら、一緒に静かに本を読もうかな。まだ見ぬ旦那様を想像して、むふふと口角を上げた。
がたん、と馬車が揺れてウェンディはびくんと肩を震わせた。旦那様のお屋敷に着いたようだ。でも、門の前から馬車は一向に動かない。外から騒がしい声が聞こえてきて、ウェンディは耳を澄ませてみた。
どうやら、門番と揉めているらしい。小窓を開けて、門番に話しかけた。
「お嫁さんが来たと言えば、わかると思いますよ」
母上!今日は美味しくケーキが作れました!
母上!あのね、今日は…
少年は、身振り手振りを加えて楽しそうに話しかける。勉強のこと、料理のこと、友達のこと…。
あの日から、一日の出来事を話すことが日課になっていた。
おーい
遠くから手を振って近づいてくる。
父上!
ユリウス、またここに来たのか
父親は少年に近づくと、ガシガシと力強く頭を撫でた。痛いよぉ、と少年は唇を尖らせる。父親は笑って、少年を軽々と抱き上げた。
帰るぞ
はぁーい。母上!またね!
そう言って手を振る少年の頬を、優しい風が撫でた。暖かくて穏やかな風だ。少年と父親を包み込むような風は、帰り道を示すかのように彼らの背を押した。
面倒ごとが舞い込んだ、とシャルナーク家 当主オルガはため息をこぼした。嫌な顔を隠すこともしない。その手には王宮の署名付きの手紙が握られている。側近のフィリスは、主人のその表情に苦笑した。
「燃やしておけ」
「そんな!ウィリアム陛下からの直々の手紙ですよ!そんなことしたら世間からどう見られるか…」
「どうでもいいな」
「よくありません!一体どんなことが書かれていたんですか?
ぽいっと投げられた手紙をフィリスは慌ててキャッチした。オルガによってぐしゃぐしゃになった紙のしわを伸ばしながら、彼にその内容を尋ねるも不機嫌そうに眉を顰めるだけで、何も話そうとしない。
いつもはあまり表情がでないオルガだけに、フィリスは手紙の内容を思案して冷や汗が流れる。
ここ、シャルナーク家は王家の次に高位の貴族である。前当主は、オルガの実兄が務めていたが不慮の事故によって他界し、20歳まで戦場の先頭で戦っていたオルガが急遽当主
の座に就いた。
あれから2年が経ち、戦場暮らしが長かったオルガも、ようやく貴族の暮らしというものに慣れ始めたころ、王からの勅令が届いた。
「で、なんと書かれていたんですか」
「……結婚」
「え?なんですか?」
「結婚だ!王命で拒否権はない」
「え、えええええええええ」
その日、屋敷中にフィリスの絶叫が響くこととなった。
***
どきどき、子どもみたいに目を輝かせている。
これから向かう新天地に心躍らせる女は、初めて外の景色を見た。町行く商人や出店、追いかけっこをする子供たち、馬車の中で移り変わる光景の一つ一つに感嘆の声を漏らす。
ウェンディは、生まれて初めて外に出た。生まれてすぐ聖女となってから、ずっと王宮の片隅で暮らしてきた。
人生で関わったことがある人は、王宮でお世話をしてくれた数名の侍女のみであった。ウェンディが生活していた部屋の前には、いつも大きな男の護衛が待機していたが、遠目でちらっと見たことがある程度で接触を禁じられていた。
だから、ウェンディは、馬車の中からではあるが、こんなに近くで男性や子どもを見たのは初めてだった。
「ついに、私にも家族ができるのね」
ウェンディはぼそりと、でも嬉しそうな声で言った。
どんな旦那様なんだろう。大きい人だったら、肩車をしてほしいな。お年寄りだったら、一緒に静かに本を読もうかな。まだ見ぬ旦那様を想像して、むふふと口角を上げた。
がたん、と馬車が揺れてウェンディはびくんと肩を震わせた。旦那様のお屋敷に着いたようだ。でも、門の前から馬車は一向に動かない。外から騒がしい声が聞こえてきて、ウェンディは耳を澄ませてみた。
どうやら、門番と揉めているらしい。小窓を開けて、門番に話しかけた。
「お嫁さんが来たと言えば、わかると思いますよ」
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